第13節 ユーリ
午後の授業は二人ともなかった。
そこで二人はランチを終えると、ロックの『宿題』のために早速図書館へと向かった。
中央アカデミーの図書館は、大陸一の蔵書量を誇る研究者にとって最高の空間である。しかも、利用者は教員と学生と卒業生、提携大学の教員等に限られている。それゆえ、欲しい資料が貸出中であるという事態もほとんど起こらない。エステルたち中央アカデミーの学生は、この素晴らしい環境をフルに活用することができた。
「……ふう、賢者の法に関する本は、これで全部かな」
「そうであることを祈るよ……」
四人用の机に堆く積み上げられた本の山を見上げながら、エステルとクレアは途方に暮れていた。
「多過ぎない? ちょっと、選別しようよ、エステル……」
「うん……でも、どれが参考になりそうかなぁ」
二人は机の周りをグルグル回りながら、背表紙を吟味し始めた。
「……何か私たち、不審者っぽくない?」
クレアが心配する。
「う、うん……でも、ちゃんと選ばないと……」
「誰かにアドバイスもらうのってどう?」
「誰に?」
「その辺にいる賢そうな人とか……」
「え~~っ?」
取りあえず辺りを見回してみる。
「あ……」
エステルは丁度いい人物を発見した。ユーリが、少し離れた机で自習していたのだ。窓からの斜光が、薄い水色の髪をキラキラと反射させている。元々、色素が薄く儚い印象の彼が、更にガラス細工のように儚く見えた。
「ユーリ君かぁ……相手にしてくれるかな?」
クレアは、エステルの視線の先を確認すると、心配そうに言った。
「一応、チャレンジしてみようよ」
二人は取りあえず、話かけに行った。
「あの……ユーリ君」
まず、時空法で一緒のエステルが話しかけてみる。
ユーリは返事をせずに、髪と同じ色のキレイな瞳だけを少し上に動かした。
「あのね、いきなりなんだけど、『賢者の法』で、おすすめの本があったら教えてほしいの」
「……オレ、今勉強してんの。見りゃ分かるでしょ? ジャマしないでくれる?」
「あ、ははは、そうだよね~。ごめんねぇ」
エステルとクレアは早々に退散しようと背を向けた。
「エステル……参考文献位、直接、ロック先生に聞いてもいいんじゃないの?」
「ロック先生?」
背後からの声に驚いて、二人は軽く飛び上がった。
ユーリの方を振り返る。
「もしかしてロック先生から課題出されてんの?」
「うん……そうだけど」
「何で?」
「何でって……」
エステルは軽く経緯を説明した。
「呆れるね……次期賢者最有力候補が『力の承継』も知らなかったなんて」
「うぅ……それはもう耳タコだよ」
「でも、ロック先生って『力の承継』受けてないんだ。ビックリだね」
ユーリは『力の承継』と聞いても平然としている。嫌悪感を露わにしていたダンテとは全く異なる反応だった。
「ねぇ、ユーリ君は、賢者がこの世の中に必要だと思ってる?」
「いるでしょ。何当たり前のこと聞いてんの?」
「ダンテは、『力の承継』してまで存続させるような存在じゃないって言ってたから……」
「ハッ、綺麗事だよ。あいつはピュアだからね」
ユーリが五歳年上のダンテを見下すように言う。
「でも、もしロック先生みたいに、『力の承継』なしに賢者になれるんなら、その方がいいでしょ?」
「……まあね」
ユーリも『力の承継』を全肯定している訳ではなさそうだった。
「本さ、選んであげてもいいけど、多分、この中には『答え』ないよ」
「「えっ!?」」
ユーリは立ち上がり、エステルとクレアが作った本の山へと歩み寄る。
「オレ、この辺りの本、もう全部読んでるけど、『力の承継』以外で賢者になる方法なんて、載ってなかったもん」
「「…………」」
「ま、『賢者の法』初心者のエステルさんには、これ位がオススメかな」
そう言って、一冊の本を引き抜き、エステルに手渡す。
「『賢者の法』(著・カレン=スミス)……ベタな題名だね」
「大体、そんなもんでしょ?」
ユーリはさっさと席に戻っていった。
エステルとクレアは、取りあえず、その一冊だけ借りて図書館を後にした。