第11節 時空法(2)
「おはよう」
ロックが声をかける。
「おはようございま~す」
ユーリが笑顔で挨拶を返した。
エステルとケーラーもそれぞれ、挨拶を返す。
その他の生徒は無言だった。
キーンコーン、カーンコーン――
「じゃ、授業を始めるぞ。前回は、テレサ先生が途中まで残してたとこを片付けたんだったな。このまま、テレサ先生のカリキュラム通りに進めてもいいんだが、折角、私が授業をするんだから、もっと実践的なことをしてもいいと思っている」
「カリキュラムを外れるということですかな?」
質問したのは、ジョン・カーライルという有力な魔法律家の家系出身の学生だった。
「そうだ」
「それは反対ですね。カリキュラム通りに授業を提供するのが、教師の生徒に対する義務ではありませんかな?」
「ジジィは黙っててよ。先生、俺は実践の方がいいです。内容は先生にお任せします」
ユーリがカーライルに真っ向から反対する。
「き、君! 失礼だね! 何だその口の効き方は! 私は年上だぞ!」
「年だけ食って、中身がカラッポなジジィに敬語なんて使ってらんないよ。アンタは十一浪すんのが怖いだけだろ」
「し、失礼な! 謝りたまえ!」
「お前、十浪もしているのか!?」
ロックが驚愕している。
「ロ、ロック先生、それは今、関係のないことです!」
「あ、あぁ……そうだな」
カーライルは、現在四十五歳である。三十二歳のときにようやく入学を果たしたものの、思いこみが激しく、素直に人の言うことを聞けない性格が災いし、入学後一切学力が伸びず、ほとんど単位を取ることができなかった。時空法の受講もこれで七回目である。
「うん……まぁ、反対意見も出るとは思っていた。取りあえず、私の考えているプランを説明するから、それから判断してもらえないか?」
「まぁ、全く相手の主張を聞かないというのも、アレですからな。いいでしょう」
「ウザッ」
「――!? 君、また、私を……!?」
ユーリとカーライルの小競り合いが再開しそうになる。
ロックは急いで説明を始めた。
「時空法は、他の法と比べ、実践でそのまま使える条文が少ない上に、実践で使うとなると、常に時間軸と空間軸を意識していないといけない。とても、難解な法だ。だが、一年生でも比較的簡単に扱える条文がある。それが『フロート』だ」
「え、『フロート』!?」
エステルが聞き返す。
「そうだ。時空法一九二条(フロート)だ。折角だから、エステル、読んでくれ」
「え、あ、はい! 時空法一九二条(フロート)『物体は、空間の移動によって、その位置を変化させることができる』」
「うん、ありがとう。フロートを使えば、空を自由に飛び回るといったことも可能だが、学生レベルでは難しいだろう。空間軸の把握が尋常じゃなく難しいからな。だが、縦方向だけの移動なら、一年生でも可能な範囲だ。そこで、今期は、この『フロート』の習得を目標にしたいと考えている。どうだろうか」
「え、私たち、『フロート』使えるようになるんですか!?」
エステルが興奮する。
「あぁ、私が責任を持って教える。よっぽどバカでない限り、誰でもできるようになるだろう。少しでも浮いたら、単位を与えようと思っている」
「バカじゃなければ、単位取れるみたいだよ? 好都合じゃない? バカじゃないカーライルさん?」
ユーリがニヤニヤしながら、カーライルを見る。
「ふ、ふん! まぁ『フロート』にも興味がありましたしな、いいでしょう」
「そうか……良かった。他の人はどうだ? 反対意見はないか?」
ロックが教室を見回す。
誰も反対する者はいないようだった。
「よし、じゃあ、今日は『フロート』の条文解釈をしっかり学ぶとして、次回から外に出て実践を行おう」
ロックが今後の方針をまとめた。
授業が終わると、ユーリは真っ先にロックに質問に行っていた。その顔はとても生き生きとしている。ダンテやカーライルに向ける顔とは大違いだし、テレサ先生の授業の時も、こんな表情を見せたことはなかった。
「めちゃくちゃ懐いてんな、アイツ……」
ダンテがボソッと言った。
「私も質問したいなぁ……」
エステルが呟く。
「ムリだろ。長いぞ、アレは。それにお前は、実家に帰ったらいつでも質問できるんだから、別にいいだろ」
「まぁ、そうだねぇ。今日帰りに寄ってみよっかな」
「お前もかなり懐いてんな……」
ダンテが呆れたように言う。
「ダンテは? 好きじゃないの? ロック先生」
エステルが問う。
ダンテはフーッと大きく息を吐くと、真剣な表情で言った。
「俺はアイツが……本当に『力の承継』なしに、あの力を手に入れたんだとしたら……きっと、すごく尊敬すると思う」
ダンテの目は真っ直ぐにロックに向けられていた。
「宿題やんなきゃね」
エステルがふふっと笑った。
「なぁ……その宿題なんだけど……」
「え?」
「良かったら、俺にも協力させてくれないか?」
「えぇ!?」
「……イヤならいいんだよ」
「ううん! すっごく嬉しいよ! でも、昨日から何かキャラ違うなって思って!」
「どういう意味だよ」
ダンテが少しイラッとする。
「ダンテさんの優しい一面に触れて、エステルさんはダンテさんのことが好きになったということですよ」
ケーラーが、にこやかに解説を加えた。
「ハァ?」
「そうそう! 何かそんな感じ!」
エステルが適当に同意する。
「お前、俺をバカにしてねぇか?」
三人は授業道具を片付けると、連れ立って次の授業の教室へと向かった。