第9節 晩餐
「いただきま~す!」
「召し上がれ」
ロックが作ってくれた夕飯は、エステルの大好きなカルボナーラ・スパゲッティだった。サラダも付いている。
「おいし~! レストランのみたい」
「そうだろう。最近、凝ってるんだ、料理」
ロックはニコッと笑った。
「あ……」
「ん?」
「いえ、初めて笑ったとこ見たなって思って。て言うか、初めて表情が変わったなって思って」
「そうか?」
「無表情ですよね?」
「そうなのか……?」
「少なくともクレアよりは」
「あの年頃の女の子と比べられても……」
ロックは少し眉をしかめると、サラダのトマトをパクッと口にした。
「でも、私たちと同じくらいですよね? ロック先生の年齢って」
「そうだな……見た目はおそらく、十五、六歳といったところだな」
「見た目は?」
「……もういいだろう、その話は」
ロックが食事に集中しようとする。
「え、何でごまかすんですか!? もしかして、若作りしてるんですか?」
「うるさいなぁ……でも取りあえず、お前が思ってるよりは上だ」
「そんなナゾナゾみたいなこと言ってないで教えてよ!」
「しつこいぞ。そう言えば、ナゾナゾで思い出したが、お前、俺の出した宿題やってるのか?」
「え?」
「おい! 忘れたんじゃないだろうな!? 『賢者になるにはどうすればいいか』考えておけって言っただろう!」
「あ……覚えてますよ」
エステルは下を向き、スパゲッティをクルクルと巻いた。
「明らかに今、思い出しただろうが!」
「だって、今日は色々、あったんだもん! 授業もほとんど休んじゃったし……」
そう――エステルは結局、午後からの授業も全て欠席し、この家でごろごろしていたのだ。
「何やってるんだ!? お前、ちゃんと勉強しなきゃいけないだろう! 賢者になるって、あいつと約束したんじゃなかったのか!」
「賢者になるんだったら、勉強しなくてもいいんでしょ? 『力の承継』さえすればいいって、クレアも言ってたよ」
あの後、クレアも自分の知っている賢者の知識を、全てエステルに話してくれた。
「はぁ……結局、そこに戻るのか。取りあえず、お前が宿題を済ませるまで、話が進みそうにないな……」
「ねぇ……ほんとにあるの? 『力の承継』なしに賢者になる方法なんて」
「…………」
「ねぇってば!」
「お前……さっきからちょくちょくタメ口になってないか? 先生に対する敬意が全く感じられないんだが」
「ロックだって、授業中より言葉遣い荒いじゃん」
「――!? お前、今わざと呼び捨てにしただろう!」
「もう、ごめんごめん! 私が食器洗うから!」
「そう言う問題じゃない!」
エステルは、ロックに敬意を払っていない訳ではなかった。ただ、妙な親近感があり、甘えても大丈夫だという雰囲気があった。ロックは、性格は全然違うが、何となく祖父のバークリーに似ていたのだ。
「ねぇ、そもそも、どうしてロックは中央アカデミーに来たの?」
「……バークリー校長に頼まれたからだ」
ロックはとうとう、エステルに敬語を使わせることを諦めた。
「いつ?」
「俺の父親の葬式の日に」
「そうなんだ……」
「…………」
「お父さんって、どんな人だったの?」
「優しくて、立派な人だった……多くの人間に愛されていた。人間だけじゃない、色んな種族から愛されていた」
「エリックとか?」
「……まぁ、エリックと同種族の友人もいたな」
「いいなぁ! 私、人間と同じくらいドラゴンが好きなの!」
「あぁ、俺もだ。彼らは、何百年、何千年も生きているだけあって、知識も豊富で、とても思慮深い。……ちょっと、頑固だけどな」
「会ったことあるの!?」
エステルが目を輝かせる。
「あぁ、初めて会ったのは俺がまだ五歳くらいのときだったが、父親の友人のホワイトドラゴンが家に来てな」
「……家に入るの?」
「来たときは、たぶん人間の格好してたはずだ……大騒ぎになるからな。夜になって、背中に乗せてもらったときのことは、よく覚えている。ほんと、最高だったなぁ」
「いいなぁ~~っ!」
「お前も機会があれば、乗ってみるといい」
「機会なさそうだけど……」
「まあな……最近、数も減ってるらしいしな」
「愛護団体、作らなきゃ!」
「……ペット扱いしたら、たぶん焼き殺されるぞ」
エステルとロックは、夕食を食べ終えた後も、色んな話をして盛り上がっていた。ロックは、『力の承継』や自分のことになると話を逸らすのだが、その他のことは、何でも話してくれた。
彼は様々な種族と面識があるだけでなく、大陸中のほとんどの地域に足を運んだことがあるらしく、知識が豊富だった。本でしか知らない世界を、ロックを通じて見られるのが嬉しくて、エステルは、時間の経つのも忘れ、ロックを質問責めにしていた。
しかし、やはり色々なことが重なって疲れていたのか、十時頃になると、リビングのソファで、眠りこけてしまった――
「結局、食器洗わなかったな……」
ロックはエステルを彼女の部屋のベッドまで運ぶと、キッチンに戻り、皿洗いを始めた。