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4話「半間ニナはカルトになる」

「半間ニナ、到着しました」


 ニナが現場に到着する頃にはすでに別働隊が作戦の展開を始めていた。


「参集感謝する。早速だが、任務を伝える」


 ニナのそばに移動式格納庫が横切る。

 そこから魔導銃や端末などの装備を引き抜き、腰のホルダーに装備する。


「魔力反応が複数。固定的なものと断続的なもの」

「位置は特定されておりますか?」

「固定的な方は。すでに別働隊の祓魔軍が向かってる。だが、断続的な方は特定できていない。そちらの居場所特定を頼みたい」

「承知しました」


 ニナは頭に情報を叩き込むと、足早に指定されたポイントへと足を進める。

 上官が短く言う。


「指揮はこちらで執るから命令に従えばいい。これをつけろ」


 上司からイヤーピースを受け取る。


「‥‥従えばいい、か」


 ニナは耳にイヤーピースを装着した。


 ガラスを踏む音がフロアに響く。


 ニナは指定されたポイントである、廃ビルのフロアで探索をしていた。


 湿った匂いがフロアに充満している。

 やけに豪華なステンドグラスや装飾品が放置されたままになっている。

 一室にあるバスタブに残ったままの水はドロドロに濁っている。


 魔力反応はこの建物の上階。

 息を整え、階段を登る。


 そして、最上階。

 暗がりの奥。


「‥‥やぁ、また会ったね」


 あの時の黒装束の男が立っていた。

 前回と同じ、不適な笑み。


「私に魔術をかけたの?」


 まさか、知らぬうちに魔術をかけられたか。

 あの男に再会するような。

 そんな思考が巡る。

 だが、それを一蹴するような男は笑みを浮かべる。


「僕もそこまでストーカー気質じゃない。まぁ強いて言うなら運命の力、かな」

「ふざけないで。あなたは魔物召喚の首謀者。ただのテロリストよ」


 ニナは銃口を男に向ける。

 その時イヤーピースから音声が流れる。


「こちらポイントα。任務完了。魔物処理数1、目撃者処理数2」

「目撃者、処理‥‥」

「相変わらずだな」


 男の嘲笑うような声。

 ニナは睨む。


「あなたたちが原因でしょ」


 男は否定しない。


「そうだね。でも、そこまでやる必要があると思う?」


 ニナは答えられない。

 確かに発端はこの男と異世界教である。

 だが、日本貿易会社が情報を隠蔽するために一般人にまで手を出しているのは紛れもない事実。


「命令って言葉、便利だよね」

「便利とは」

「思考を停止できる」


 なおも耳に冷淡な報告が続く。


「こちらポイントβ。目撃者多数につき優先して処理。現在は魔物と戦闘中」

「承知した。ポイントγ。状況を報告しろ」


 ポイントγはニナの担当だ。

 答えなければ。

 ニナは上擦りながら声を絞り出す。


「……こちらポイントγ。魔物、目撃者どちらも現時点では確認なし」

「了解。引き続き捜索を続けろ」


 実態と異なる報告。

 息が詰まった。

 ニナの額から汗が流れ落ちる。


「まぁ、嘘ではないか。僕は魔物でも目撃者でもない。やっぱり要領がいいね、君」


 ニナは沈黙する。

 この報告が正しかったのかは分からない。

 だが、ニナには考える時間が欲しかった。

 会社の言うことが正しいのか。

 この男の目的は何か。


「僕もあの時そうしていたら──」


 男が言う。


「どう言う意味?」

「‥‥今にあの会社の本質がわかるさ」

「‥‥」


 それ以上は何も言わない。

 沈黙を破るように命令が更新される。


「指定区域の封鎖が完了した。目撃者多数のため、個別処理は困難と判断。三分後に区域内で無差別爆破の術式を展開予定。社員は急ぎ撤退しろ」

「無差別って……」


 ニナの喉が乾く。


「こちらポイントγ。区域内の一般人はどうしますか?」

「爆発事故として処理する。既に本部の承認済みだ」


 あまりにも合理的で、事務的な声。

 ニナは一瞬、言葉を失う。


「……あなたたちが魔物を出すから」


 男に銃口を向けたまま言う。


「違うよ」


 即答だった。


「僕らは『重大な欠陥(バグ)』を表に出してるだけだ」

「バグ?」


 ニナの耳に、別働隊の通信が重なる。


「撤退中に目撃者発見。爆破に任せて構わないか」

「いや、念のため処理しろ。爆破で処理しきれない可能性がある」

「承知した。目撃者を追加処理する」


 ニナの胸がざわつく。

 まるでタスクの一つのように淡々と命が消化されていく。

 彼らの悲鳴は聞こえない。血も見えない。

 だが、この言葉のやり取りの裏で確実に人が死んでいる。


 会社は一般人を見下したり、卑しんでいるわけではない。

 ただ、無関心なのだ。

 その圧倒的な無関心で、人の人生を数字とデータとして処理する。


「もう、めちゃくちゃだ」


 思わず零れた声。

 ニナは銃口を下げ、その場でうずくまる。

 本当にこれが正しいことなのか。

 限界だった。一度気づいたからには、もう耐えられない。


「ねえ」


 と、男の声が少しだけ柔らかく聞こえる。


「君、疲れてるでしょ」

「……何を」

「分かるよ。あの会社」


 一瞬の間。


「あそこまで行くと、もう誰にも変えられない。一人が声を上げたところで意味がない」


 ニナの指がわずかに震える。


「会社を変えようだなんて思わないほうがいいよ。そういうもんじゃないから。……特にあの会社は」


 男が呟く。


「……あなた、何を知ってるの」

「さあね」


 男は肩をすくめる。


「でも、あの会社だけじゃない。もうこの社会自体がそういう病気にかかっている。いや、むしろ最適化されてしまったと言っていい」


 爆音が響く。

 遠くで第一波が発動したのだろう。

 ビルが揺れ、ガラスが割れる。


 イヤーピースから冷静な報告。


「第一波着弾。爆破完了。ポイントαは再度区域に戻って生き残りを処理しろ」


 ニナは窓から外を見る。


 周辺一帯が燃えている。

 火災から逃げ惑う人影。彼らの悲鳴がビルの合間を縫って反響する。

 やがてその悲鳴も聞こえなくなる。別動隊が処理したのだろう。


「こうは思わないかい?」


 男が言う。


「何を」

「──こんな世界、一回ぶっ壊れればいいって」

「……。随分大きい話ね」

「でも、そうだろう? ──数字だけが正義。人が消えても数字に影響がなければ問題なし。僕たちは何を『見て』、『触れて』、『感じて』生きているの?」

「つまり、何が言いたいの?」

「僕たちは、この社会の欠陥(バグ)を修正したい」


 二発目の爆撃音。

 さらに近い。衝撃によってニナは吹き飛ばされる。


 天井の一部が崩れ、破片が周辺に落ちる。


「無差別爆破によって、諜報軍の社員一名が死亡」


 静かな声。


「今ならそういうことにできる」


 男はニナに手を差し伸べる。


「──これは勧誘だ。異世界教(ぼく)と一緒に来るかい?」


 イヤーピースが叫ぶ。


「ポイントγ、応答しろ。即時撤退しろ。繰り返す、即時撤退」


 このまま逃げれば。

 ここで報告を返せば。

 またいつもの日常に戻れる。


 でも──


 ニナは差し出された男の手を見る。


「……あなたたちのやり方が正しいとは思わない」


 正直な言葉。

 男は不敵な笑みを浮かべる。


「でも」


 ビルの外、炎に包まれた街を見る。


「このままのやり方も、正しいとは思えない」


 ニナは敢えて男の手を取らずに自分の手で立ち上がる。


「私は、命令じゃなくて……自分で選びたい」


 男は、ほんの少しだけ微笑む。


「パンフレット、どこでもらえるの?」

「──フッ、すぐ案内するよ」


 握手はない。

 契約もない。


 ニナは手招きする男の後についていく。


 会社の命令ではなく。

 自分の意志で。


──この世界は一回壊れたほうがいい。


 それだけが、今は確かな真実だった。

見ていただきありがどうございます。

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