3話「半間ニナは社会ってヤツを知る」
会議室は静かだった。
壁にかけられているポスター。
パワハラ撲滅キャンペーン。
上司に怒鳴られている部下のイラスト。
ああ、まるであれは数分先の私だ。
この会議室に入った時にはそう思っていた。
怒号も、叱責もない。
ただ、プロジェクターに映る数値だけが淡々と並んでいる。
「半間ニナ。社員番号AL-2061。以下、評価詳細について」
上司の声は抑揚がない。
グラフが表示される。
成功率、判断速度、命令順守。
そして、赤い文字。
命令逸脱、一件。
ニナは背筋を伸ばす。
降格、減給、異動。
もしかしたら、──処理。
しかし、高なる鼓動を整える前に、それが淡々と表示される。
「総合評価:B」
評価:等級に与えられた職務通りに遂行したと評価。
懸念事項:精神負荷、長時間労働による判断ミスあり。
「‥‥え?」
思わず声が漏れる。
てっきり最低評価が来ると思っていた。
だが、モニターに表示された評価はB。
つまりは、普通評価。
あれだけのミスをしたというのに、特にお咎めなしということだ。
上司は視線すら向けない。
「直近三ヶ月の稼働時間は基準値を超過。等級を超えた高スキル案件の指揮。統計上は想定内だ」
統計、想定内。
「処分はありませんか」
自分でも驚くほど率直な問いだった。
「ない」
即答だった。
「で、でも、取り逃した目撃者については──」
「インターネット、マスコミへの情報工作は別課のスコープだ。うちの課に目撃者ゼロを掲げるKPIはない」
「そう、ですか‥‥」
それだけだった。
怒られない。叱責もされない。
ただ、データとして処理される。
「ただし」
モニターに新しい項目が表示される。
今期昇格候補、除外。
重要案件アクセス権、一時停止。
「休養を推奨する。産業医の面談を受けろ」
会議は五分もかからなかった。
※
夜。
帰宅途中、繁華街のネオンが滲む。
いつものように騒がしい街並み。
こんな時間から呑みあける大学生グループ。
帰路を一目散に目指す会社員。
‥‥ビルの入り口に立っている何をしているかよくわからない人。
誰も、この社会に魔物がいるなんてこれっぽっちも頭にないのだろう。
結局、ニナがしたミスなんて、大した影響はないのかもしれない。
半間ニナは
「一時的な不良品」
として処理された。
長袖で歩くには少し汗ばむくらいの気温。
袖を捲った際に、スマートデバイスの腕時計に通知が届くのが見えた。
『人事部より。メンタルヘルス支援プログラムのご案内』
怒られた方が、まだ良かった。
少なくとも感情があった。
ちゃんと話し合えば分かり合えるかもしれない、と。
だが、そんなことを弁明する機会もなく、全てが機械的に処理された。
ログには記録された。
だが、感情だけがどこにも保存されていない。
「私の感覚がおかしいのか。それともこの社会がバグっているのか」
答えるものはいない。
ただ、街の喧騒だけが続いている。
遠くで、鈴の音が鳴った気がした。
ちりん。
ニナの心臓が、嫌な鼓動を打つ。
腕時計がしきりにバイブレーションを波打つ。
『緊急事態発生。警戒区域外で魔力反応感知』
ニナは通知を確認する。
『参集可能な社員は至急現場へ急行せよ』
見ていただきありがどうございます。
ブックマーク、感想、レビューいただけると幸いです!




