2話「半間ニナは決断する」
「──速やかに目撃者を処理しろ」
その瞬間、まるで操り人形のようにニナの体が勝手に動く。
腰に携帯している魔導銃に手が伸びる。
「これは命令だ。諜報軍の役割を忘れるな」
そう、これは仕事。
罪悪感など抱く必要はない。
むしろ、それが正しい。
人事評価も昇進もこれで問題なし。
計画失敗の失態も帳消しになる。
査定は守られ、キャリアも守られる。
「いや、やめて‥‥」
魔物の攻撃を掠めたのか、腰をつく女子高生が助けを求めている。
気にするな。もとよりこんな時間に繁華街を彷徨いているくらいだ。家出少女か何かだろう。
そんな存在が一人二人消えたところで誰もに気にしない。
何も考えず引き金を引けばいい。
銃口を女子高生へ向ける。
震えはない。
訓練通りだ。
これが最適解。
これが会社の求める答え。
ニナは引き金に手を伸ばす。
「お父さん、お母さん、助けて‥‥」
掠れた声、血の滲む制服で少女は涙を浮かべる。
──その瞬間、不意に全く関係のない光景が浮かぶ。
「そーいえば、初任給入ったらなんか買ってあげるよ。なんか欲しいものある?」
狭いリビング。
夕日が差し込む食卓。
ニナは両親とケーキを食べていた。
「えーお母さんはコーチの財布かな? ほら、あのアウトレットの」
「こらこら母さん」
両親が笑っている。
「まー余裕でしょ。なんならアウトレット品じゃなくて銀座本店のやつも買える」
ニナは誇らしかった。
日本貿易会社の内定通知書。
選ばれた会社。
エリート。
将来安泰。
そんな言葉がニナの将来を祝福していた。
「んで、お父さんは何が欲しいの?」
少し考えてから父は言った。
「父さんはいらないよ」
「え、お父さんお酒とか好きじゃん。ほら何年もののウイスキーとか──」
その時。
父は少しだけ困った顔をして。
「父さんはね、ニナが健康で幸せでいてくれたらそれでいいんだ」
銃口が、わずかに揺れる。
健康。幸せ。
今の自分は、どうか?
撃てば、守れる。
キャリアも、給料も、将来も。
だけど、本当にニナが欲しかったものは何なのだろうか。
「時間がない、早く処理しろ」
イヤーピースから淡々とした命令が下る。
いつもこの音声に従って行動していた。
いや、何も考えないようにしていた、が本当のところだ。
「もう、何も考えないのはやめる」
ニナはイヤーピースをそっと外す。
そして、女子高生へ向けた銃口を下げ、代わりに手を差し伸べる。
「逃げて」
「‥‥え?」
「早く!」
女子高生を半ば無理やり立たせ、背中を押す。
足取りがふらつきながらも、彼女は一歩また一歩と遠ざかっていく。
「……こんなことしたら今期の査定は最低評価かな」
視線の先で小さくなっていく彼女の背中をじっと見つめる。
遠ざかるのは彼女か、それとも。
「さよなら、今までの私」
ニナは踵を返し、銃口を向け直す。
目標は、魔物。
痺れを切らしたのか、魔物が咆哮を上げる。
わかっている。勝てないことは。
この銃だって対魔用じゃない。
だが、それでも立ち上がる。
魔導銃が青白い閃光を吐く。
遅れて数秒後、魔物の周辺に術式が浮かびあがり、高濃度の魔力が放たれる。
が、現実は無情。
硬質音を響かせながら、魔力の弾丸は魔物に弾かれる。
関係ない。
ニナは淡々と引き金を引き続ける。
何度も、何度も。
術式が次々と展開され、魔力の渦が魔物を襲う。
「これなら、いける──」
と、攻撃を受ける中で、魔物の口元が裂ける。
まるで、笑ったように見えた。
次の瞬間、ニナの視点が回転する。
魔物の攻撃によって、地面に吹き飛ばされたのだ。
肺から空気が抜ける。
痛い。痛い。
勝ち誇ったように魔物は雄たけびを上げる。
それはまるで決意など無意味だと宣言するように。
「そんな都合よく奇跡なんて起こらないか」
分かっている。
正義、なんて崇高なものを掲げて立ち向かったわけではない。
横たわるニナを見下ろす視線。
内定通知書を握りしめ、未来に希望を持っていたあの日の少女。
本気で未来は明るいと信じている眼差し。
それに対し、現実を知り、思考を止め、命令に従う自分。
「──それでも」
ニナは立ち上がる。
銃口を再度魔物へと向ける。
なぜなら、
「未来を信じていた私を裏切りたくない」
希望に満ちていた、あの日の少女に後ろ指を指されたくないから。
その瞬間、鈴の音が鳴る。
ちりん。
強大な魔力が魔物を覆いつくす。
その場から魔物が霧のように消え去った。
一瞬の出来事だった。
そして、魔物が消えた空間を補うように、黒装束の男が舞い降りる。
──異世界教。
男を見た瞬間、理解した。
あれは、魔物召喚に関わった疑いのあるカルト信者だ。
つまり、今回の作戦の確保対象だ。
咄嗟にニナは銃口を男に向ける。
この男の目的は?
なぜ自分たちで召喚した魔物を始末したのか?
私は、何をするべきなのか?
ニナの中でさまざまな思考が浮かぶ。
「大丈夫。僕は君に何もしない。‥‥そもそも、本当に君を殺すつもりならあのまま魔物をほっとけばいいだろう?」
‥‥確かに、その通りかもしれない。
ニナは銃口を下げる。
「わかってくれて何よりだ。さすが諜報軍ってところかな。感情任せにならずに俯瞰的に物事を考えられる」
ニナは瞬時に判断する。
この男に敵意はない。で、あれば次にすべきは状況把握だ。
「なぜ魔物を消した。魔物を召喚することがお前たちの目的だろう」
黒装束の男はセンターパートの髪を揺らす。
耳につけられた黒いチェーンピアスが合わせて揺れる。
「魔物なんかよりも価値のあるものを垣間見たから、かな」
「それは、どういう──」
「逆に聞きたいんだけどさ。なぜ少女を助けた」
「質問に質問で返さないで」
「君は諜報軍だ。仕事は『隠蔽』。魔物ではなく、目撃者を処理するのが普通だろう」
図星だった。
ニナは正直に言うことにした。
それはなぜかは分からない。
本当はこの気持ちを誰かに伝えたかったのか、それともこの男になら、と思ったのだろうか。
数秒の沈黙の後、ニナは口を開く。
「──思い出したから」
男は値踏みするような視線でこちらを見つける。
「まだ初任給で両親にプレゼントを買ってない」
彼は無言だった。
だが、一瞬言葉に詰まったよう見えた。
ニナは続ける。
「だって、人を殺したお金で買ったプレゼントなんて、貰っても嬉しくないでしょ?」
繁華街の明かりが二人を照らす。
ビルの隙間を抜ける夜風が髪を揺らす。
男の口元が少し緩んだように見えた。
「よかった。日本貿易会社にもまだ君みたいな子がいたんだね」
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