17話「異端祓いのニナ」
爆炎が晴れる。
九條の爆発が、空中で霧散していく。
まるで花開いた後の花火のように。
煙を払うように、九條が舌打ちをする。
「マジで分解しやがった」
ニナの術式が静かに展開している。
見えない壁が爆発を吸収している。
「‥‥本当にできた」
自分でも信じられない。
魔術の使い方など知らなかった。
でも、できた。
九條の爆破を完全無効化している。
「君の魔力が完全にゼロだと知った時、一つの可能性に思い至った」
修験者が錫杖を揺らす。
「──『全知無能』。君はどんな術式も編み出すことが出来る、と」
「全知、無能。でも、私の力だけじゃ──」
ニナは視線をきゅーちゃんに向ける。
九尾の幼体魔物。
この子の奥にある何者かから手解きを受けた。
──この子は一体?
だが、その答えを考える時間は与えられなかった。
九條が大仰に手を叩く。
「全知無能に無知全能。まるで神話の体現。‥‥こりゃ勝てんわ」
不思議なことに、その目からは敵意はなかった。
だが、悪意は依然として感じ取れる。
まだ何かあるのか?
警戒するニナを脇に、九條は人差し指を挙げる。
「──提案だ。月笑プロジェクト。お前らの事務所を俺らに売れ」
九條は淡々と言う。
「は?」
「どんだけ爆発させてもお前らには効かねぇのは分かった。水使いきっちまったし、これ以上は非効率だ」
「‥‥そしたら、負けを認めるってこと?」
ニナの声が震える。
やはり九條は怖い。
しかし、その恐怖を拭うように修験者が手を寄せる。
「答えはNO。お前らは勘違いしている。お前らにとっちゃ俺は悪。思想の交わらない敵かもしれねぇ。だが、その前に俺はビジネスマン。宗教者じゃねぇ」
静まり返るサーバ室。
九條はサーバの一台に身を向ける。
「泡沫リリィの正体は日本貿易会社の開発したAIモデル。つまり、うちが泡沫の人権を有している、そう解釈できる」
リリィは俯く。
それは、九條が言う言葉が正論である証だった。
「ふざけないで。リリィはあなたたちのものじゃない」
「あーあー。今はAIの人権問題についてはどうでもいい。確かなことは一つ、俺らはその気になれば落とせるぞ、サーバ」
九條は冷酷に続ける。
「事務所売却に応じるなら泡沫は停止しないし、お前らも無事に帰してやるよ。今日のことは水に流してやる」
「‥‥その証拠は?」
修験者が厳しい目を向ける。
「おいおい、まさかその疑問をお前が言うのか、『異世界教』。魔術の基礎は知ってるだろう。『契約』に嘘はつかない、いや、つけない。そうでなくてもビジネスは信用が命だ。俺は言ったことはやる」
「‥‥」
修験者が口を閉じる。
隣では、リリィが小さく息を呑む。
この場の誰もが合理的な判断だ、と納得する顔であった。
「どうだ? 悪くない条件だろう」
──そんなもの、クソ喰らえだ。
「無理」
ニナは即答する。
九條だけではない。
修験者とリリィも驚きの表情でこちらを見る。
「はぁ? お前、話聞いてたか?」
「そっちこそ、何でも思い通りに行くと思わないで」
「おいおい、お前ももういい大人だろ? 俺がムカつくのは分かったが、遅すぎる反抗期は身を滅ぼすぞ」
「そっちこそ、もう自分の言葉を忘れたの? 私たちはビジネスマンじゃない。損得感情で説き伏せられると思わないで」
九條の提案。
それは、正論だった。計画だった。
だが、それはニナが決別したものだった。
──信念。
それが今のニナを突き動かしていた。
「て、めぇ‥‥!」
ニナの視線を受けた九條は歯軋りをする。
悔しさの表情を浮かべていた。
ニナは九條をまっすぐに見つめる。
九條へ突きつけるNO。
それは勇気のいることだった。
だが、言ってしまえばこんなにも楽なのか、とさえ思う。
もう、九條は怖くない。
「スー、フゥー。‥‥アンガーマネジメント。今朝e-Learning受けただろ、俺。損益分岐点を見失うな、落ち着け」
だが、九條は一呼吸を置くと、すぐに怒りの形相をいつもの悪どい笑みに戻す。
「よし、じゃあサーバぶっ壊すわ。マジで」
すると、九條は胸ポケットからシャーペンを取り出す。
だが、もう九條の武器である水はなくなった。
何をするつもりなのか。
警戒するニナをよそに、九條は左の袖を捲りだす。
「確かに水は無くなった。が、こーいうのもできる」
そして、取り出したシャーペンの切先で自身の腕を切りつける。
血が滴り、鮮血が指を伝う。
それを振り払うように腕を弾く。
「バン!」
その瞬間、爆発が引き起こされる。
血を媒介に爆発を発生させたのだ。
赤く染まった爆風がサーバを襲う。
爆炎がサーバを焼き尽くす直前──
「やめろォォォ!!!」
怒号がこだまする。
見ると、故田中が爆発とサーバの間に割り込んだのであった。
ニナは故田中の元へ駆け寄る。
彼は爆発をモロに受けていた。
シャツの裾は焼け、そこから赤黒い皮膚が燃えているのがわかった。
彼は苦しみの呼吸を上げていた。
「な、なんであなたが──!?」
荒く息を吐く故田中の視線はニナを射止める。
その口から放たれる予想外の言葉。
「──お前、玉藻ミコだろ?」
「う、そ。私のこと、知って‥‥」
「視聴者舐めんな。お前の喋りを見てればわかる。‥‥それに、その耳も」
ニナは故田中の言葉を飲みこむのに数秒かかる。
気づいた瞬間、咄嗟に自身の頭を確認する。
確かに、頭頂部の髪から触り慣れない塊が生えているのが分かった。
「うえええ!? 私耳生えてる?」
「全然気づかなかったのかよ‥‥」
「だ、だって夢中になってたから」
こんな格好でいたなんて恥ずかしい。
顔が真っ赤になるニナの隣で、故田中が呆れたように笑みをこぼす。
「夢中、か」
そして、彼は何か遠くを見つめる。
「‥‥こんな俺も昔は頑張ってたんだ」
その姿は、ニナが抱いていた『厄介オタク』の印象とは異なっていた。
「──配信を聞いていて、お前の言葉についスパチャしちまった」
突然の故田中の独白。
ニナは点が線で繋がるような気持ちになる。
「え! 五万のスパチャってもしかして──」
まさか、ニナの配信にスパチャしたのは故田中だった。
驚きで空いた口が塞がらない。
「好きだとか、認知して欲しいとか、そんなことどうでもよかった。ただ、お前の言葉に共感したんだ」
スパチャされた時のことを思い出す。
確かに、あのコメントは対価に何かを求めるような内容ではなかった。
「──今思えばリリィの配信を最初に見た時もそうだった」
火傷が深いのか、故田中は息を荒らくなる。
「いつのまにか俺はリリィに歪んだ愛をぶつけちまってた、本当に申し訳ない」
故田中はリリィの方へ視線を向ける。
リリィは何も言わずに首を振る。
謝らなくていい、という意図だ。
「爆発を止めたのは、見返りが欲しいとかそんなんじゃない。ただ、俺のけじめだ。俺も、変わらなきゃって、思ったんだ」
そう言い終わると、故田中は静かに口を閉じる。
息はかろうじてある。だが、これ以上は体が限界ということだろう。
「は?」
九條はこの光景を見て、膝から崩れ落ちる。
「んだよこれ。んだよこれ!」
だが、それは爆発を防がれた、ということに対してではなかった。
「重役の息子に怪我させちまった。やべぇ、これじゃ次のプロジェクトの根回しが‥‥。今期の予算が吹っ飛ぶ」
九條は頭を掻きむしる。
その姿はまるで何かに追われているようだった。
「これが物語の力だ」
修験者が錫杖を叩く。
「一つ一つは小さくて不安定かもしれない。だけど、一人から始まった思いが数珠つなぎのように連鎖した。完璧な計画を打ち砕いた」
「物語? だと。ふざけんな!」
九條の目からは冷静さが失われていた。
「そんなもんに俺は負けねぇ!」
九條はこちらに走り寄る。
「俺の、俺の計画を邪魔すんじゃねぇ!!」
そして、ニナの胸ぐらを掴んだのだった。
「ニナ!」
修験者が九條を止めようと駆け寄る。
それをニナは手で制す。
ニナは九條を真正面から向き合う。
その目は怒りだった。
だが、同時に虚しさを感じた。
もう、怖くない。
ニナの頭に一つの言葉が引用される。
──救うべき人は救われる形をしていない。
九條は救いを求めていない。
だが、彼の奥で闇が渦巻いているのを見た。
会議室の一室、肩を落とす九條の姿。
いや、違う。あれは幼き姿をしている。
その少年は、泣いている。
彼もまた、支配されていたのだ。
「──救ってみせる」
ニナの口から言葉が紡がれる。
「この社会はカルト宗教に毒されている」
もしかしたら、彼の上司も、そのまた上司も、支配されているのかもしれない。
ともすれば、どこまで行っても支配する側なんて、いないのかもしれない。
実体のない『ナニカ』に、私たちは支配されている。
その支配から逃れるためには──
「感情が、意思が、──愛が必要」
この世界には、愛が決定的に足りない。
いや、この世界を支配する『ナニカ』に抗えるのは、愛だけなのだ。
だからこそ、
「──私が、あなたに巣食う異端を祓ってみせる」
半間ニナは異端を祓う決意をしたのだった。
「は、はは。ははははは」
ニナの視線を一心に受けた九條。
その表情は歪んでいた。
「異世界教、いや、半間ニナ。お前は『愛』、なんだな」
九條はニナから手を離す。
その目からは敵意は消えていた。
「お前の愛と、俺らの計画、そして、──異世界教の物語、祓われるのは誰か。見物だな」
そして、虚の姿でその場から立ち去ったのだった。
静寂がサーバルームに包まれる。
「‥‥終わった?」
これで終わったのだ。
それを理解した瞬間、体が崩れ落ちる。
「あ、膝が」
それを支えるようにリリィがニナに抱きつく。
「ニナちゃん、頑張ったね!」
リリィがニナの頭を撫でる。
ニナも微笑みが漏れる。
遅れて修験者がこちらに近寄る。
「信者獲得だ」
修験者が楽しそうに言う。
「え?」
顎で故田中を指す。
「君の本音が、彼を動かした」
ニナは故田中を見る。
ニナがぶつけた本音。
それがしっかりと返ってきたことを肌で感じた。
「この世界は、壊すだけじゃダメだ」
ニナは理解する。
この世界を壊すだけではダメだ。
壊して、その隙間を──
「愛で満たす」
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回でニナの物語は一旦終わりにさせていただきます!
ただ、自分自身ニナというキャラを愛してるので、また違う魅せ方でニナの物語を描ければと思います。
改めて、ここまで読んでいただいた読者様に感謝します!
ありがとうございました!
ぜひ評価、感想いただければうれしいです!




