16話「半間ニナは全知無能」
ニナは九條と戦う覚悟を決めた。
戦うのは、彼らの信条。
彼らが信じるのは数字。
だが、数字は万能ではない。
この世界は愛の見方を忘れてしまった。
この世界にはもっと愛が必要だ。
だからこそ、ニナは立ち上がる。
「感動的なところ悪いが、チェックメイトだ」
九條は悪辣な笑みを浮かべ、ペッドボトルの水を撒く。
バン!
だが、
「アアァ!!!!」
寸でのところで修験者が立ち上がり、爆発からニナを守る。
「修験者! 無事なの?」
しかし、その目は真紅に染まっている。
爆風による傷ではない。
歯を剥き出している。
本能で動いているのだ。
「おいおい、マジで魔物じゃねーか」
九條は修験者の暴走に圧倒される。
爆発で修験者の攻撃を防ぐが、爆風をモロともせずに修験者が攻撃を続ける。
「助ける‥‥、絶対!」
早くしなくては修験者が手遅れになる気がする。
ニナは諜報軍時代に鍛えた感覚を研ぎ澄ませる。
修験者と戦う九條の動きを目で追う。
「おかしい」
直感が、九條に対する違和感を訴える。
まず、この状況。
ニナ達がいるのはデータセンター。
ここは彼ら自身が指定した場所。
確かに秘匿性に優れている。
だが、同時に脆い。
扱うものは精密機器。
爆発なんて引き起こしたら事故扱い。
実際、修験者の暴走によってサーバが壊れた。
しかし、
「九條の爆発では、サーバーが壊れてない?」
九條の爆発では周辺が破壊されていない。
「それに、至近距離でも爆発している。でも、九條は無傷」
加えて、爆発によって九條自身も被害を受けていない。
「もしかして、爆発をコントロールできる‥‥?」
爆発自体を制御して特定の対象だけに攻撃が可能なのだろうか。
魔術ならありえない話でもなさそうだ。
だが、ピースがハマる音がしない。
言語化できない違和感。
修験者の体が爆発で爆ぜる。
瞬時に再生する。
返しで修験者の腕が九條を狙う。
九條が躱し、空を横切る。
その様子を見て、ニナはふと気づく。
「あれ‥‥?」
九條は最初酔っていたはず。
顔が赤くなるくらいには。
でも、今は全く酔っていない。
「そんな早く酔いが覚める?」
爆発。
アルコール。
‥‥分解。
ニナの脳内で線が繋がる。
「もしかして」
爆発を分解している?
起爆そのものを制御しているのではない。
爆発を起こし、条件を与え、分解している。
そう考えてると辻褄が合う。
ピースがハマる音がする。
で、あれば──
「こっちも、爆発を分解できる?」
爆発そのものを、分解して戻す術式。
それができれば、九條を無効化できるかもしれない。
「やらなければならないことはわかった。でも、どうやって術式を作り出せば‥‥!」
ニナは頭をフル回転させる。
だが、それも徒労に終わる。
そもそも、手掛かりすらない。
術式の練り方なんて知らない。
知らないものは思いつきもしない。
「ああ、もう! なんとかならないの!」
いつも、困ったときはいつも腰に装着した端末に頼っていた。
端末に保存されているマニュアル。
参照すれば、そこに必ず答えがあった。
迷ったらすぐにマニュアルを読めばいい。
悩むことは時間の無駄だった。
いつしか、悩むことをしなくなった。
そのツケを、今払わされている。
「もう、わかんないよ……」
ニナは腰に目を落とす。
そこにはもう端末はない。
代わりにあるのは、黒いボックス。
きゅーちゃんのボックスだ。
マニュアルでは、ない。
「な、なんとか──」
その瞬間。
ニナの足元に小さな影が現れる。
「キュー‥‥」
「きゅーちゃん?」
九尾の小さな狐。
ボックスから出てきたのか。
その小さな瞳に底知れない光が宿る。
ニナは直感する。
この子の奥に、何かいる。
九尾の形をした──
「私?」
『何者か』の瞳と目が合う。
「──その心、余に差し出せ」
ニナは迷わず手を伸ばす。
その瞬間、頭の中で詩が響いた。
『その昔、全知全能が世界を創生した』
『その器は二つに分たれた』
『一つは、なんでも知ってるが、何もできない』
『一つは、何も知らないが、なんでもできる』
『二つの存在』
『全知無能と、無知全能』
修験者が咆哮する。
九條が舌打ちをする。
世界が軋む。
その合間に、『それ』は舞い降りる。
瞬間、修験者の暴走が止まる。
真紅に染まっていた瞳に理性が戻る。
「‥‥ニナ?」
修験者の肩に触れる存在。
それはニナだった。
だが、違う。
その姿は頬に金色の紋様が広がっている。
九尾の耳が生えている。
瞬間、九尾の影が揺らめく。
呼応するようにサーバーのLEDが一斉に朱色に染まる。
あれだけうるさかった冷却ファンの音が止まる。
空間が捻れる。
それはニナを中心に引き起こされる。
歪んだ空間、その奥に情景が見える。
月光を浴びる神社。
朱色の鳥居。
無限に続く階段。
そして、階段を上る逆光に照らされた少女。
その姿は後ろ姿を向いている。
その少女が振り返る。
口元から、笑みが漏れる。
「君は──」
「──お待たせ、修験者」
そして、『ニナ』は、暴走した修験者の魔力を吸い上げる。
修験者が微笑む。
「待ち遠しかったよ。僕の『物語』」
九條もまた、この光景に圧倒される。
ゆっくりと立ち上がり、呟く。
「聞いたことがある」
爆発の余韻が空間を埋める中、九條は一点を見つめる。
「──『全知無能』と、『無知全能』」
九條の視線が初めて揺れる。
「お前らか」
サーバ室の空気が震える。
「あなたの本質は爆発じゃない」
ニナの瞳が冴え渡る。
「──分解。アルコールの酔いが分解されている。爆発も、分解している」
九條は無言でニナを見つめる。
それは、ニナの言うことを肯定している証だった。
「で? 理屈だけなら気付く奴は気付く。大事なのはどう対処するかだ」
「無効化する」
「どうやって?」
「あなたができるなら、私にもできる」
ニナは修験者の手を取る。
「あなたの魔力が必要。貸して」
修験者は含み笑いを浮かべ、もちろん、と答える。
「僕が描いた物語はここまで。ここからは君が物語を描くんだ」
二人の前に術式の紋様が出現する。
魔術が契約された。
「いいぜ、異世界教。だったらこっちも、全部だ」
九條はペットボトルを構える。
そして、残り半分ほどの中身を一気にぶち撒ける。
バン!
サーバ室が白く染まる。
連鎖、連鎖、連鎖。
超高温の衝撃波が二人を襲う。
全てが爆炎に飲み込まれる。
──分解は、遅れて発動する。




