表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

14話「半間ニナと修験者の覚醒」

 修験者は静かに耳元へ手をやる。


「物語には、『転調』が必要だ」


 黒髪に覆われた耳をかき上げ、チェーンピアスを引き抜く。


 瞬間、修験者の右腕が膨張する。

 骨が軋み、筋繊維が裂け、黒く変色する。

 皮膚がひび割れ、その隙間から赤い光が漏れ出す。


「……っ!?」


 ニナが息を呑む。


 修験者の右腕は、人間の形から外れていた。

 血管が脈打ち、爪は刃のように伸びる。

 それは、魔物だった。


「なるほど、お前は『魔力蔵』か」


 九條はペットボトルの蓋を再度開封する。

 いつでも戦えるように体制を整えている。


「お前の体内は魔力が無尽蔵に湧き出ている。魔力はいわば生命力。魔力が細胞を強制的に分裂させ、傷を治しているのか」


 修験者は九條の言葉に返さない。

 だが、それは九條の言葉が正しいという裏付けであった。


 修験者は術式を持たない代わりに、無限の魔力を有している。

 生命力たる魔力が細胞分裂を引き起こし、傷を回復させていたのだ。


「普段はそのピアスで意図的に裂傷させているな? 再生(なお)すべき傷がなくなると、今度は進化(ぼうそう)する。行くあてのない細胞分裂が体を増幅させるんだ」

「ご名答だよ。さすがは日本貿易会社。いつもはこれで抑えている」


 耳から滴る血。

 ピアスの裂傷。

 常に自傷することで、自動回復を制御し、暴走を止めていたのだ。


 ニナは震える。


「そんな……そんな無茶な……」

「大丈夫、ニナ。僕は暴走しない」


 修験者はこちらを見る。

 魔物となった右腕、こちらを振り向く姿は異形だった。

 だが、彼の眼は人間だった。


「じゃあ、ネクストバトルを始めようか」


 修験者が踏み込む。

 その瞬間、サーバ室の床が砕ける。


 九條が水をまき散らし、爆発で応戦する。

 それをモロに食らう修験者。だが、たちまち再生が追いつく。


 修験者は敢えて食らっているのだ。

 強行突破。巨大な質量による攻撃。


 それに対して、九條が舌打ちする。


「避けろって、マジで。効かねぇ攻撃するなんて非効率だと思われんじゃねーか」


 修験者の右腕の拳が九條の腹に直撃する。

 その衝撃によって九條が吹き飛ばされる。

 壁に激突した衝撃で付近のサーバラックがゆがむ。


「おいおい、サーバ壊すんじゃねーよ。マジで、一個でも壊れたら障害だっての」

「じゃあ、こんなところでやるんじゃなかったね。これ、『計画』の考慮不足じゃないのかい?」


 壁の横たわる九條に向かって、修験者が追撃を仕掛ける。

 大きく振りかぶった攻撃が九條の顔面をすりつぶそうとして──


「バカが。これも『計画』のうちだ」


 それは叶わなかった。


 修験者が九條を殴ろうとした瞬間。

 パンチを繰り出そうと息を吸った一瞬。

 その合間に九條はペットボトルの水滴を修験者の口に流し込んだ。


「バン」


 九條の叫び声と同時に、修験者の体内で爆発が起きる。

 腹部が内側から破裂する。

 だが、すぐに再生する。

 また、爆発が発生する。

 だが、それも再生する。


 永続ループ。


 体内に入れられた水分が、

 九條の能力で連鎖的に起爆される。


「……っ!?」


 九條が冷たく言う。


「お前の異形化は無傷が故。水の無限爆発。お前の体を常に傷つければいい。魔力は回復に割かれ、異形化に間に合わない」


 九條がゆっくりと立ち上がり、爆発で突っ伏す修験者の頭を足で抑える


「『物語』? 笑わせるな」


 修験者の右腕の異形化が収まる。元の人間の形に戻る。


「『計画』の前じゃ、『物語』なんて何の役にも立たん」


 修験者が歯を食いしばる。


「大事なのは数字。物語? ばかばかしい。白魔術だか何だか知らねーが、無情も圧倒的な数字の前ではひざまずくしかない。ちょうど、お前のようにな」

「……やっぱり、術式が必要か」


 修験者はニナを見る。


「ニナの術式が、必要だ」


 修験者に見つめられたニナは固まる。


「でも、私……できない。術式、知らないし……」


 声が震える。

 喉から絞り出すような声音が漏れる。


九條じょうしが、怖い」


 脳内で光景がフラッシュバックされる。


 会議室。

 感情のない人型アイコン。無機質な機械音声。

 そこから放たれる言葉。


「お前は、ダメだ」


 ニナの体は完全に動かなくなっていた。


「ニナ……」


 修験者の見つめる目。それを直視できない。


「さて、お前の物語ではあの若手がキーだったみたいだが。残念、すでに機能不全なようだ」


 ニナは動けない。

 足が床に縫い付けられたようだった。

 視界の端で、サーバラックのLEDが点滅する。


 赤。

 黄色。

 緑。


『要改善』

『期待未満』

『戦力外』


 まるで、ニナへの評価のように感じた。


 修験者の体内で爆発が続く。

 爆発。

 血が飛ぶ。

 再生する。

 爆発。


 それでも修験者は顔色を変えない。

 これだけの状況でも絶望しない。


 ニナだけを見ている。

 それは、期待している目だった。


 だが、それが一番、怖かった。


「やめて……」


 声が出ない。


「やめてよ……」


 自分のせいだ。


「私なんかが、できるわけ……」


 九條が肩をすくめる。


「そう、それでいい。それも合理的判断だ。勝てない相手とは戦わない。次にやるべきは、敗戦処理」


 その言葉が、まるで首切り通知のように響く。

 だが、その言葉に、修験者が小さく笑う。

 血を吐きながら。


「……違うね」


 爆発。

 再生。

 爆発。


 それでも目は死んでいない。


「不確実なピース。想定(・・)を超えた想定外。これを乗り越えてこそ、『物語』だ」


 九條が舌打ちする。


「まだ言うか」


 修験者は、ニナを見る。


 震えている。

 目を伏せている。


「ニナ。君は恐怖を知った」


 爆発。

 肉が裂ける。


「──絶望を知った」


 爆発。

 骨が軋む。


「それは『魔王の素質』だ」


 その瞬間。

 修験者の瞳の光が変わる。

 理性のブレーキが外れる。


 修験者の右腕が再び膨張する。

 だが今度は右腕だけではない。

 左肩、背中。肋骨。

 全身が異形化を始める。

 九條の目が細くなる。


「……おい、待て」


 爆発。

 だが再生が止まらない。


 内側で爆発が起き続けているのに、

 外側への増殖が止まらない。


 魔力の出力が、爆発の消費を上回り始める。


「お前、傷があるうちは異形化しないんじゃねーのかよ!」

「──確かに、僕の描いた物語は破綻してるかもしれない」


 修験者は全身が魔物と化す。

 サーバ室の天井が軋む。

 九條の額に汗が滲む。


「──でも、面白くなるのはこれからだ」


 魔物と化した修験者は九條を押しのける。

 黒く肥大した腕が空間を裂き、床に叩きつけられた九條の足元に亀裂が走る。


 その瞬間──

 修験者の体内からあふれ出た魔力が、形を失ったまま空間へ漏れ出す。


「……っ、やめろ」


 九條の声が、初めてわずかに低くなる。


 魔力が渦を巻く。

 サーバ室の空気が歪む。

 LEDの光が波打つ。


 爆発。


 だがそれは水の起爆ではない。

 純粋な魔力による空間破砕。


 ドン、と重低音。

 衝撃波がラックを揺らす。


「おい、待て待て待て!」


 九條が立ち上がる。


「ここでそれはマズい! サーバが壊れる!」


 修験者は答えない。

 瞳は虚空を見ている。

 理性が薄れ、ただ膨張する出力だけが残る。

 再び爆発が発生する。

 今度は天井近くで弾ける。

 配線ダクトが裂け、火花が散る。


「やめろって言ってんだろ!」


 九條が叫ぶ。

 その声には、計算ではない焦燥が混じっている。


 三度目の爆発。

 今度は至近距離。

 サーバラックの扉が内側から弾け飛ぶ。


 ストレージユニットが床に転がり、回転音が異音へ変わる。

 アラート音が鳴り響く。


「クソ……!」


 九條が歯噛みする。


「一台でも落ちたら障害報告書だぞ……!」


 しかし、止まらない。

 修験者の全身から放出される魔力が、空間そのものを震わせている。


「最悪だ……!」


 九條が舌打ちする。

 計画が崩れる音が、現実の破壊音と重なる。

 その時、サーバの一角から、異質なノイズが走る。


 LEDが不規則に明滅する。

 モニタ画面が乱れ、文字列が崩壊し、再構築される。


 その崩壊と同時に、ニナの視界の端で乱れが生じる。


『……ナ……た……て……』

「リリィ?」


 サーバがノイズを上げて制御を失う。

 そして、同時に、リリィも制御を失ったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ