12話「半間ニナは助けに行く」
修験者の運転により、ニナはリリィの居場所と思われる地点へ向かっていた。
「場所は?」
修験者のスマホに表示された地図。
点滅している位置情報を確認する。
「ここ」
二本指でスマホを拡大する。
位置情報の地点は日本貿易会社、子会社の施設。
日貿インフォメーションシステムズ、第三データセンター。
そこは、枯草が差し出した資料に載っていた施設だった。
ニナの喉がひりつく。
嫌な予感が現実に染まっていく感じがする。
「もしかして、あの二人が関与している?」
「‥‥。──これは罠だ」
リリィがいると思われるのは、日本貿易会社の関連施設。
直近のニナ達が関わった関係者は枯草と故田中と名乗る人物のみ。
とすれば、彼らがリリィ誘拐に関与していると考えていいだろう。
「どうしよう。勢いで向かってるけど、忍び込むとか?」
「……最近のデータセンターは、下手な刑務所より厳重だ。生体認証、入退室ログ、監視カメラ。忍び込める場所じゃない」
ニナは唇を噛む。
正論だ。潜入するのは現実的ではない。
諜報軍でも潜入作戦には長い年月の計画が必要だ。
その日かぎりの思い付きでうまくいくようなものではない。
「じゃあどうするの?」
答えのない問いに、一瞬の沈黙が流れる。
しばらくすると、修験者がゆっくりと言う。
「賭けになるが、向こうの土俵に乗る」
「……え?」
「前に向こうが提案していただろう。データセンター利用を前向きに検討する、と伝える。正式な見学という形で入る」
つまりは正面突破だ。
完全に、相手の作戦に沿っているとしか思えない。
だが、現状それしか方法がないのも事実だった。
「スマホ、スピーカーにして。枯草に電話する」
修験者がニナにスマホをよこすように目配せする。
スマホのスピーカーをオンにして発信する。
ツーツーと規則的な発信音が車内に響く。
定時外の時間だ。普通ならば反応はない。
だが、数コールですぐに繋がる。
『日本貿易会社、枯草です』
いつもの穏やかな声。
だが、あらかじめ決まった計画を遂行しているような、不気味さがあった。
「……データセンターの件、前向きに検討したい。実際の設備を見たい」
わずかな沈黙が流れる。
しかし、それも計画の一端であるような演技に感じた。
『それは光栄です。本日でもご案内可能ですよ』
あまりにも、すんなり。
ニナの背筋に冷たいものが走る。
やはり、こちらを誘っている。
修験者が淡々とやり取りを続ける。
「今日でいい」
『では受付に通達しておきます』
通話が切れる。
同時に一時的に緊張の糸を切れる。
ニナは深く息を作く。
「……用意してたみたい」
「ああ」
やはり、思った通りだった。
リリィを誘拐したのは彼らだ。
そして、こちらが悟っていることを理解している。
もしや、リリィの配信の裏で魔術利用する証拠を掴まれたのか。
そもそも、リリィは無事なのか。
頭の中で様々な可能性が浮かんでは消える。
そんなニナの表情を察してか、修験者が軽く言う。
「今は考えても仕方がない。‥‥そろそろ着く。心の準備を」
「キュー‥‥」
一緒についてきたキューちゃん。
撫でると少し落ち着いたようでボックスに入る。
ニナはボックスを腰に装着する。
ニナも少し心が落ち着いた。
そして、二人はデータセンターに着く。
巨大な建物。
無機質なコンクリートの壁。
窓は少なく、外観はほぼ要塞だ。
足早にセンタの入り口に入ると、受付に案内される。
「見学ですね。こちらに記入を」
事務的な笑顔。
事情を把握しているのか。分からない。
しかし、呼び止められもしない。
正常に手続きを終えると、セキュリティゲートが静かに開く。
「では、こちらがマップです。地下のサーバルームにお進みください」
暗い、無機質な空間が広がる。
二人は冷気が満ちた廊下を無言で進む。
鼓動が高まるのが分かる。
サーバールーム前にたどり着くと認証ゲートが見える。
「ここでも認証か」
修験者は一瞥すると、受付で渡された端末をかざす。
ニナも続いて認証する。
ドアが開くと、大量のサーバーラックが陳列された空間が広がっていた。
無人の巨大な空間。光るLED。低く唸るファン。
どれも無機質だった。
そして、サーバーラックが陳列された奥、少しひらけた空間にたどりつく。
──そこに、リリィがいた。
椅子に座らされている。
手を後ろでに縛られて、拘束されている。
「リリィ!」
ニナは急いでリリィの元へ駆け寄る。
すると、ニナの視線の奥から一人の男が現れる。
「‥‥おい、なんでだよ」
男の視線は目の前のニナではなく、修験者に向けられていた。
男は目を見開き、怒号を放つ。
「やっぱりお前、彼氏いるじゃねぇーかよ!!」
男は歯を剥き出しにし、矢継ぎ早に言葉を放つ。
「お前さぁ、配信で彼氏いないって言ったよなぁ! だから俺はあんなにスパチャしたんだぞ! あれなんだったんだよ!!!!」
そして、その男、──故田中はリリィの胸ぐらを掴んだ。
「やめなさい!」
ニナは急いで故田中を制止しようとする。
だが、腕を振り払われてしまう。
故田中の力に押し負け、押し倒されてしまう。
「うるせえ!」
故田中の目にはニナは映っていなかった。
「俺は毎回スパチャ投げてたんだぞ! 貯金も何もかも捧げたんだ!」
リリィは静かに故田中を睨みつける。
「ニナちゃんに暴力を振るうのはやめなさい。スパチャだって、それはあなたが『合意』したことです」
「あ?」
空気が凍る。
冷却ファンの震える音だけが室温に響く。
「‥‥スパチャ、ありがとうございます。でも、あなたの全てに応えることは『契約』にはないです」
「契約? ふざけんな! 俺は──」
故田中の顔が歪む。
「俺は、愛してるんだぞ!」
故田中は完全に自分の世界に入り込んでいる。
自分が愛しているから、これだけ捧げているから。
だから、相手からも返ってきて当然。
全て自分の中の世界だけで完結している。
相手がどう思っているか、など関係ない。
「そんな、勝手なこと‥‥!」
ニナは理解した。
この男は、『愛』が歪んでいるのだ、と、
その時、背後から靴音が響く。
「──久々にムカついた」
歪みを混沌に染めるように、悪がこちらにやってくる。
目にかかるウェーブがかった漆黒の髪。
整ったスーツ。
その上に羽織る日本貿易会社のロゴが入ったブルゾン。
「定時退社だの福利厚生だのほざく若手がいた」
「‥‥う、嘘。そんな──」
ニナは『悪』を知っていた。
あの時のニナは、悪の言葉こそが全てだった。
「そいつのプロジェクト計画書を見てみた。うまく行った場合の計画しか書かれていなかった」
「あ、ありえない。そんなの」
「ニナ、どうしたんだ? あいつは‥‥」
修験者がこちらを見る。
だが、それに応えられない。
ニナの背中から汗が吹き出る。
目の前にいるのは、『トラウマ』だった。
「大事なのは、ダメだった場合。『最悪』を事前にどれだけ想定できたかだ」
それは、ニナが所属していた諜報軍の上位組織。
「さて」
日本貿易会社、異世界開拓事業部、事業部長。
最悪の名は、九條マコト。
「──お前らはどこまで『最悪』を想定できた?」




