11話「半間ニナは九尾系Vtuber」
配信開始のカウントダウンが、静かにゼロを刻む。
画面に映るのは、ふわりと揺れる九本の尾。
「迷える小狐ども、今宵も宴を始めようかの」
ニナは思い切って『キャラ変』することにした。
だが、それは決して自身の性格を捻じ曲げることじゃない。
自分の奥に眠っていたものを呼び起こしたのだ。
「キュー!?」
きゅーちゃんが画面端で驚いたように声音を上げる。
視聴者も同様に、あまりの変貌にコメント欄が流れる。
<キャラ変わった?>
<なんか落ち着いた?>
<前より好きかも>
ニナはマイクの前で、ほんの少しだけ息を整える。
「今日は流行りのホラーゲームを実況するのじゃ。『深夜タクシー』。なんちゃらズアートの作品じゃな」
今までチャレンジしたことのないゲーム実況をやってみることにした。
題材は昨今配信界隈で流行りのゲーム。
「ほう。深夜ドライバーがテーマか。客が実は怪異だった、みたいなパターンがありそうじゃな」
中でも、各配信者のびっくりリアクションを比較したショート動画がバズっている。
一番人気はリリィのものだ。
振り向いたら客だと思っていた女性が幽霊だった時のリアクション。
ここで爪痕を残せればニナも一気にバズれると踏んでのチョイスだ。
「それにしても深夜タクシーか。……最近の若い衆は知らんかもしれんがな。終電すぎて会社の金で乗るタクシーというものがあってな」
だが、ニナは普通のリアクションを取る気は更々ない。
なぜなら、こちらは魔物と日常的に触れ合っている。
今更幽霊など怖くない。
ニナにはニナの戦い方がある。
「普段は気にするメーターもチラ見しないし、高速も遠慮なく使ったりするんじゃ。残業代よりタクシー代の方が高いな、とか思いながらのう」
小さく笑う。それは『確信』だった。
「深夜の首都高。車窓から見えるスカイツリー。自分、労働しているなという充足感。あれが一番沁みるんじゃ」
他のアイドル売りしている配信者では絶対に出せない『本音』。
今さらニナが付け焼刃のリアクションをしたところでプロには勝てない。
ならば、ニナの本音、プロでもある「本当に苦労した社会人」。それを前面に押し出す。
正直賭けだ。
だが、絶対成功する。今はそう断言できる。
<草、でもわかる>
<それはガチ勢>
<これは、本当にやっているヤツ>
<刺さった>
ニナの胸の奥が、少しだけ熱くなる。
コメント欄が反応した。
ニナの期待に応えてくれた。
「まぁ、今では会社辞めて配信やっているがのう、あの景色は忘れん。嫌なこともあったが、嫌なことしかなかったわけでもない」
コメントがゆっくりと増える。
内容が今までとは違うように見えた。
<泣きそう>
<なんでそんな解像度高いんだよ>
<マジの経験者だろこれ>
すると、モニターの端に通知が光る。
金色の通知。
「キュ?」
きゅーちゃんが通知音に反応する。
デュアルモニターとなっているもう一つの画面を確認する。
<¥50,000 初スパです。めっちゃ共感しました。自分も経験者だけど、これはガチ。あの時はつらかったけど、今はいい思い出>
初めてのスーパーチャット。
しかもかなりの大金。
一瞬、ニナは言葉を失う。
「……お主、正気か?」
コメント欄がナイスパと驚愕のリアクションで埋まる。
「そんな大金投げるくらいなら、うまい飯でも食え。だが……ありがたく受け取る。今宵の酒代にするかの」
胸の奥で、静かに何かがはまる感覚。
視聴者の本音も見えてきた気がする。
本音で向き合えば、向こうも本音で返してくれる。
初めて画面の向こうの視聴者が生きた人間だと実感できた気がする。
『何か』を掴めた気がした。
「キュー!」
きゅーちゃんが笑顔で鳴いた。
ニナは配信停止のボタンをクリックする。
ブースを出ると、壁にもたれて腕を組んでいる修験者がいた。
「……正直、驚いたよ」
ニナが何かを言う前に、修験者が言葉を放つ。
「殻を破ったね。確信したよ」
視線はいつも通り冷静。
だが、視線の奥で、静かに火がくべられているのが分かった。
「やけに世の中の解像度が高い。こういう、本当に経験した人間だけが分かるネタは刺さる人にはとことん刺さる」
ニナは少しだけ得意げに笑う。
それはまさに『芯があって』、『世の中を知っていて』、『自虐的な』配信だ。
修験者にも『刺さって』いるのが分かった。
それがわかり、自然と笑みがこぼれた。
「褒めてる?」
「事実を言っているだけだ」
「それを褒めてるっていうの」
小さく沈黙が返る。
修験者とは喧嘩中だ。気まずさがあるのだろう。
沈黙を破るために、ニナから声を放つ。
「……スパチャ、五万」
「見ていた」
「すごくない?」
「……一回にあれほどの額はリリィでも来たことがない」
彼は視線を逸らす。
そして、何かを覚悟したように腹の奥から白状する。
「──この前は、すまない」
修験者が視線を落とす。
本当に申し訳ないと思っているのだろう。
「いや。私も勝手に拗ねてた。本当は視聴者を理解しなきゃってわかっていた。でも、素直になれなかった」
「それは、僕も悪かった。君を見ていると、つい熱くなってしまった」
修験者の目を見る。
彼の眼差しはまっすぐだった。いつもの飄々とした様子とは違う。
ニナは素直に彼の謝意を認めることにした。
「──ニナ」
「え?」
「君、じゃない。ニナ、って呼んで」
「‥‥ニナ」
修験者はそれだけを返した。
だが、それだけで十分だった。
彼の眼を見ればわかる。
ちゃんと、見返せた。
そして、胸に手を当てる。
今のニナは弱者ではない。
そう、胸を張って言える。
芯を持った自分、それを見つけられた気がした。
※
「キュー! キュー!」
と、きゅーちゃんが何やら騒がしい。
「どうしたの? きゅーちゃん」
「キュ!」
何か焦っているようだ。
机に置いてあるスマホを足で指す。
「? スマホ?」
ニナはきゅーちゃんに誘導される形でスマホを見る。
玉藻ミコ名義のSNSアカウントに通知が大量に来ている。
見ると、リリィのファンからのリプのようだった。
リリィが時間になっても配信を始めていないらしい。
背筋に一筋の汗が流れる。
「……そういえば、リリィは?」
リリィは基本的に遅刻をしない。
正確に時間通り何でもこなす。
そんな彼女が配信の遅刻するなんて珍しい。
状況を理解した修験者が隣でスマホを操作する。
「マップアプリでリリィの居場所を確認する」
「リリィの場所を共有しているの?」
「勘違いしないでくれ。曲がりなりにも僕たちは反社会的組織。狙われてもいいように備えている」
最悪が警鐘を鳴らしている気がする。
何か良くないことが起きると直感した。
それを証明するように修験者が顔を上げる。
「……まずい」
修験者がスマホ画面をこちらに見せる。
マップのピンは、ここから遠く離れた地方の郊外。
リリィの意思でこんなところにいるわけがない。
「──リリィが拉致されたかもしれない」




