9.幻影
ダリオは、店内をぐるっと見回している。
近くまで来たのをチラリと見てみれば、髭が生えて目の下に隈ができているのが目に入る。
私がいつもきれいに整えていた服もヨレ、シワだらけだ。
「お客様、ご飲食でしょうか?」
「えっ、と……すみません、人を探しているんです」
訝しげに尋ねた店員さんを見て、懐から紙を取り出し、見せている。
店員さんは中をキョロキョロと見回して、確認しているようだった。
見つからないか不安だったが、ダリオが私の方を向いて目が合った気がしても、すぐに逸らされた。
ダガートさんのしわざかな? と見れば、ダリオを睨んでいるようだった。
「申し訳ございません。こちらにはいらっしゃらないようです」
「そうですか……」
落胆の表情を浮かべたダリオは、再び紙を懐にしまい、店員さんに頭を下げて出て行った。
「もう大丈夫だな」
「すみません……」
ダガートさんが警戒を解く。私も思わず止めていた息を吐いた。リリアちゃんは事態を呑み込めていないようだが、心配そうな表情を浮かべて私を見ていた。
「エルシーさん顔色悪いみたい」
「……まだウロついてるな。しばらく店の中にいた方がいいだろう」
ダガートさんの言葉に賛成だ。それに今立ち上がれば、震える足がもつれてまともに歩けないだろう。
息が詰まって苦しくもある。
私は一旦深呼吸をし、まずは気持ちを落ち着かせるために、お茶を飲んだ。
「すみません、ありがとうございました。あの人……元夫なんです」
ダガートさんはたぶん気づいていたのだろう。
動じた様子はなかった。
「誰かを探している風だったな。まあ、たぶんエルシーさんを、なんだろうが」
「そうですね……」
ダリオとはあれ以来会っていない。
会いたいとも思わなかったし、向こうもあっさりしていたから、まさか探しているなんて思ってもみなかった。
「会いたくないか?」
「ええ……」
「ま、そうだろうな。気づいているかもしれないが、暗幕魔法をかけてある。エルシーさんがいいならこのままかけたままでもいいか?」
ダガートさんの暗幕魔法の効果は先日体感済だ。
ダリオとはまだ会いたいとは思えない。
「お願いします。でも、負担になるようでしたら解除してください」
「いいってことよ。寮母さんの平穏を守るためならってやつだ」
「とか何とか言っちゃって。エルシーさんにいいカッコしたいだけだったりしてー」
「バッ……! おまっ!? ああ、いや、その、ほら、ギルダんときもかけたから!」
なぜかダガートさんは慌てているが、ちゃんと心得ている。
彼は騎士団長なだけあって、みなに平等な方だ。
「従業員思いなんですね。ありがとうございます」
こういう方が上司だと助かるよなぁ、と思う。
本当にいい職場を選べたと思う。
ダリオがいなくなったので、私もそろそろ帰ることにした。
ダガートさんたちも必要なものは買い揃えられたようなので、そのまま一緒に帰る。
帰り道で、リリアちゃんは望みの文具を買えたからか、いつもよりもご機嫌のようだった。
ダガートさんと手を繋ぎ、もう一方の手は真新しい文具が入った袋を抱えている。
「リリアがもう少し小さい頃ね、パパとママとおでかけして、パパにうさちゃんのぬいぐるみを買ってもらったのよ」
リリアちゃんが言ううさぎのぬいぐるみは、いつも抱っこしているやつか。
随分とくたびれて、ところどころほつれている。
きっと両親の思い出が詰まっているのだろう。
その表情を見れば、事情を知る者からすれば歪な関係でも、彼女からすれば愛情に恵まれたものだったのだと窺える。
「……あっ、ママだ!」
「えっ?」
「あっ、おい!」
リリアちゃんはダガートさんの手を解き走り出した。ダガートさんはその後ろを駆けて追い掛ける。
文具が入った袋すら放り出して行ったから、よほど慌てていたのだろう。
私は袋からはみ出てしまった文具を入れ直して拾い、あとから追い掛けた。
人混みを掻き分けて探した先で、リリアちゃんは佇み、ダガートさんに頭を撫でられていた。
「ママいなくなっちゃった……」
瞳に涙を溜め、けれどそれが流れることはなく、それがまた彼女を苦しめているような気がした。
「……また、待つか?」
ダガートさんの問い掛けに、リリアちゃんは目をこすりながら頷く。二人の間で何かやっていることでもあるのだろうか。こんなとき、私は部外者だな、と遠巻きに見ていた。
「荷物、落としてましたよ」
「おっと、すまない、エルシーさん。助かった」
「……シアラがいたんですか?」
ダガートさんに聞く表情はきっと強張っている。
まだ会いたくない気持ちの方が強い。だが、ダガートさんは曖昧な笑みを浮かべ、リリアちゃんには分からないくらいに小さく頭を振った。
二人は騎士団の詰所の門の前まで辿り着くと、座り込んだ。
ぎょっとして見ると、ダガートさんは苦笑した。
「さっき、リリアが母親の姿を見かけたんだ。だから……こうして待ってる」
「待ってるって、シアラは……」
「リリア!」
シアラはいないはず、と言いかけたところで、ブラントが走って来た。
「団長、副団長が呼んでた」
「おっ、……だが……」
「俺が一緒にいる。心配ならもう一人見張りをつけて」
ブラントは言いながら、ダガートさんとは逆側に座った。
まさか一緒に待つつもりなのだろうか。
「すまん。部下を一人寄越すから一緒にいてやってくれ」
ダガートさんはブラントにその場を託し、呼ばれたからと行ってしまった。
「あんたも用が無いなら帰りなよ」
あくまで私は蚊帳の外に置こうとすることが腹が立つ。
半ば意地になって、リリアちゃんを挟むようにして私も座った。
長くなったので2話に分け、明日も更新いたします。
明日の更新時にお知らせもありますので、よろしければご覧くださいm(_ _)m




