8.束の間の休息
「わあ! これ、可愛い! ね、エルシーさん、似合う?」
「ええ、そうね」
「こっちも可愛いな。ね、エルシーさん、どっちがいいかな」
「……そうね。勉強に集中できそうなのはこっち。普段使いによさそうなのはこっち。でも、一番大事なのは、自分が一番気に入った方。毎日使うものだから」
食事を終えてやって来たのは、大きな文具店。
大人から子どもまで使える様々な文具を専門的に取り扱う店だった。
ダガートさんの知り合いが経営しているそうだ。相変わらず顔が広い。
学び舎新入生特集コーナーに来ると、リリアちゃんは早速目を引かれた物があったようで、文具を手にしては悩み、決めたと思えば再び悩み、あれでもないこれでもない、と散々迷って最終的に選んだのは、最初に手に取ったものだった。
「やっぱりこれにする」
「いいんじゃない」
リリアちゃんは大切そうに抱え、カゴに入れる。
真新しい文具を見て、学び舎に通うことを楽しみにしているのだろう。
その瞳はきらきらと輝いていた。
「リリア、ほら、カッコイイだろう! 最近はクリスタルドラゴンもあるみたいだぞ!」
ダガートさんは相変わらずドラゴン推しだ。
だが、リリアちゃんからすれば、ファンシーなもの以外は興味の対象外のようで。
「今の流行りはシンプルだよ、おじさん」
「く……クリスタルドラゴンもシンプルだぞ?」
「分かってないなぁ、これだからおじさんは」
リリアちゃんが、やれやれ、と頭を振り、ため息を吐いた。
ダガートさんは未練がましそうにドラゴンの絵が描かれた文具を棚に戻す。
しっかりしてそうなのに、案外少年のような人だな、と笑いが漏れた。
リリアちゃんが選んでいるのを見ながら、私も要り用の物を見繕う。
ふと、壁に貼られたチラシが目に入って、手が止まった。
──割と、悪くないかも?
それは従業員募集の広告だった。
接客、仕入れたものの出し入れ、提案など、父の商会を手伝っていたときのスキルが役に立ちそうだった。
何より寮がある。この建物の3階がそうらしい。
さすがに賄いはないみたいだが、部屋に小さなキッチンもあるようなので問題ない。
「エルシーさん、こっちこっち!」
詳しく見ようとして前のめりになったところで、リリアちゃんに呼ばれてしまった。
肝心の待遇面をきちんと見ることができなかったので、また改めて来るとしよう。
結局、リリアちゃんの学び舎入学前に揃えるべき道具の殆どを購入し、歩き回って疲れたダガートさんに半ば引きずられるようにしてカフェへと入店した。
6歳児とは、エネルギーの塊なのだろう。
一番あっちこっち動き回ったはずのリリアちゃんは、美味しそうにふわふわ生地のパンケーキを頬張っている。
口元にベリーソースとクリームが付いているがお構いなし。
隣に座るダガートさんは、意外にもティラミスパフェを注文した。飲み物はコーヒーだから、よほどのコーヒー好きなのだろう。
私は甘さ控えめレモンのチーズケーキ。
疲れた身体にレモンの酸味が染み渡る。
「エルシーさん、今日は本当に、ありがとうございました」
ダガートさんに頭を下げられ、お茶のカップをソーサーに戻す。
「たいしてなにもできていませんので……」
「いや、エルシーさんがいてくれたから、必要なモン買い出せたし、正直俺だけじゃ分からなかったから本当に助かりました」
ダガートさんは書くものだけあればいいと思っていたようだが、実際には様々な物を準備しないといけない。
国から補助されるのは授業料や給食費、教科書代などで、勉強に使うものは自分で用意する。
文具店には、入学時期の半年ほど前から入学前準備のコーナーが設けられ、必要な物を買い揃えられる。
ちなみにそのコーナーに必需品と、あった方が便利な物がお店の方のご厚意で掲示されているから、好きなものを自由に買えるのだ。
「俺も通ってきた道のはずなんだが……」
「おじさんはもう20年くらい前でしょ」
「まだ20年だ。ちなみに俺たちの世代はみんなドラゴンだったんだぞ」
「まだドラゴンて言ってるの? 今はプクプクスライムだよ」
プクプクスライムは冒険初心者がはじめに出会う、害のなさそうなスライムだ。
可愛い見た目に反して、会敵すればプクプクした身体で突進してくるから、油断大敵である。
「入学する頃にはまた変わってるかもしれないぞ」
「そうだとしても、ドラゴンにはならないと思う」
二人のやり取りを見ていて、まるで本物の親子のようだと、思わずくすりと笑みがこぼれた。
「エルシーさんはどう思う?」
「さあ? 流行りなんて循環するから、プクプクスライムでもドラゴンでも、どちらでもいいんじゃないかしら」
笑っていたのをごまかすように、お茶をひと口含んだ。
それからも二人は飽きずにああでもない、こうでもないと話している。
私は時折相槌を打ち、ダガートさんの意見を肯定したり、リリアちゃんの言葉に同調したり。
「でも、こういうのって、お譲りとかで結構揃えたりするので、全部新しい物って珍しいですね」
「そうかあ? まあ、家庭の事情は様々だがな。
俺は親父が半分くらい勝手に買ってきて、ケンカになったんだよな」
ダガートさんいわく、せめて自分で選んだ物を使いたかったらしい。だが、父親の気持ちも分かるため、強くは言えず、無くなるまでは我慢して使っていたのだとか。
「ドラゴンじゃなかったからですか?」
「……ワイバーンだったんだよ」
「あまり変わらない気もしますが……」
「俺は! 陰影で表現されて炎を吐く地獄からの使者のようなブラックドラゴンがよかったんだ。
地上の覇者っていう風貌がカッコよくて!」
前のめりに力説するダガートさんは、しまった、と言わんばかりに口をつぐみ、こほん、と咳払いをした。
「……次に買うとき、お絵かき帳くらいならブラックドラゴンにしてもいいよ」
「そうしてあげて」
リリアちゃんは、呆れたようにパンケーキを頬張る。
ダガートさんはちょっとふてくされたように、パフェを食べた。
「なかいいね」
「親子かな」
ふと、そんな声が聞こえた気がして、振り返る。
──まさか、私も含めて家族に見えてたりしてる?
そう思うと途端に胸の鼓動が嫌な感じに高鳴った。
嫌だ、いつの間にか楽しんでしまっているようで居心地が悪い。
慌てて席を立とうとして顔を上げると、──見知った顔を見つけて、まるで締めつけられるように苦しくなった。
「──……っぁ……」
その姿を見るだけで、胸の奥がぎゅっとなる。
その人に見つかりたくなくて、とっさに顔を俯けた。
「……エルシーさん? 大丈夫?」
目の前には、あの女の面影。
逃げ場がなくて息苦しくなって、スカートをギュッと掴んでやり過ごしていた。
「エルシーさん、そのまま動かないでくれ。……あいつだな? あの茶髪の優男風の男」
ダガートさんの言葉に小さく頷く。
「分かった。大丈夫だ。顔を上げていい。絶対に見つからないから、安心していい」
「え……?」
恐る恐る顔を上げると、最後に見たときより窶れてヨレヨレになった男──ダリオが、誰かを探しているような光景が見えた。




