3.不貞の子
第2話を割込み投稿しています。
そちらからお読みいただけると幸いです。
完全に職選びを失敗したと思った。
シアラの子──リリアは、シアラが不貞の再犯で連れて行かれ、父親である騎士が亡くなったことで完全に孤児となったらしい。
当初は王都にある私生児専門の孤児院に預けられていたが、故郷を恋しがったリリアは日に日に衰弱したそう。
見兼ねた諜報員がマルセーズの騎士団長であるダガートさんに相談したところ、ダガートさんが養父になると申し出たから騎士団の駐屯地に住んでいる。
ちなみにダガートさんは独身で、騎士団寮に住んでいる。
安全で、誰かが面倒を見てくれる、ということで、特例で独身男性でも養父になれたそう。
リリアの父親は亡くなったそうだが、シアラはいつか帰って来るかもしれない。なのでマルセーズで待てるのはリリアにとって悪いことではないのだろう。
知らなかったとはいえ、そんな場所を就職先として選んだ私は既に後悔にみまわれていた。
「リリアのママはね、パパがいるときは優しかったのよ」
休憩しているとリリアがやって来て、隣に座りお絵かきを始めた。
これはパパ、こっちがママで、自分はここ。
画面いっぱいに大きく描かれた両親に対し、リリアが小さいのが印象的な絵は、傍から見れば幸せな家族になるのだろうか。
「だからね、早くパパが帰って来ないかなあって思ってたの」
「……そう」
けれど、私にはそう感じなかった。
パパがいるときは優しい、という言葉が、では、パパがいないときは……? という疑問に変換されたから。
両親は大きいのに自分は小さくて、まるで存在を否定しているかのような描き方に、言い得ぬ不快感が押し寄せる。
「リリア」
「ブラント兄ちゃん!」
持っていた書き物を放り投げて、リリアはやって来た少年に抱き着いた。
儚げな容姿をしているがどこか危うい雰囲気をまとうのは騎士見習いの男の子だ。
彼もまた、リリアと同じ私生児で王都の孤児院に預けられていたが、リリアがダガートさんに引き取られると同時に付いてきたらしい。
父は騎士で、母は元娼婦。
数年前に騎士団に粛清が入り、既婚者だった父親の不義の子であることが判明し、一緒に住んでいた母親から捨てられたらしい。
母親が元娼婦で、父親候補が不特定多数だった為婚外子とされていたが、騎士団への粛清がきっかけで父親が発覚。
当時10歳だったブラントは私生児と断定され、両親には法外な金額が科せられた。
更に7歳からの学び舎の授業料も追納命令がくだったため、両親が逃亡。彼は学び舎を辞めざるをえなくなったが、皮肉にも母親が彼を捨てたことにより孤児となり、法外な授業料は助成を受けられることになった。
けれど結局12歳までで学び舎を退学し、以来リリアと共にマルセーズにやって来たのだ。
今は寮に住んで騎士見習いとして活動している。
「またお絵描きしていたの?」
「うん。エルシーさんと一緒にいたよ」
ブラントは冷たい目線で無表情に私を見ていた。
彼にとってリリアは守るべき妹のような存在で、母親と同じ大人の女性は忌むべき存在らしい。
だから私がリリアに害をなすかもしれないと常に警戒しているのだ。
私のほうが彼の母親より10くらいは年下だと思うんだけど。
「私はそろそろ仕事に戻るわね。リリア、お兄ちゃんと遊びなさい」
「えー! エルシーさんと一緒にいたいよ」
「駄々をこねない。私は仕事をしにここに来てるのよ」
リリアとしてはもっと母親に近い年齢の私に甘えたいのだろうが、いい迷惑だ。
夫を奪った女と似ている顔を見るだけでも不愉快なのに。
そんな空気を感じ取っているのか、ブラントも私に敵意を向けている気がする。
せっかく寮付き賄い付きのいい職場を見付けたと思ったけれど、新たに探した方がいいかもしれない。
「とはいえ、中々条件がいいところも無いのよねぇ……」
騎士団の寮母、三食賄い付き。
部屋や寮の共用部分の清掃は、騎士たちの持ち回りだから基本は無し。
洗濯も最近流行り出した全自動洗濯魔道具を導入したおかげで、随分と楽になったと先輩が言っていた。
大変なのは騎士たちの食事作りくらい。
だから割と休憩時間は多かった。
それでいてお給料もいい。
ここ以上の条件というと、そうそう無い。
リリアが元夫の不倫相手の娘でなければ、生涯の仕事として最適だったのに。
「あ、エルシー! ちょうどよかった。王都騎士団の遠征隊が到着したんだよ。騎士団長のとこにお茶と茶菓子持って行っとくれ」
「分かりました」
王都騎士団の遠征隊と言えば件の騎士がいたところだ。シアラの相手がそもそも手を出さなければ、私の失恋だけで済んだ話だったかもしれないのに。
本当にここを選んだのは間違いだったかもしれない、と、漏れ出る溜息を呑み込みながら騎士団長に持って行くお茶の準備をした。
団長室の扉を叩き、返事を待ってワゴンを押して中に入る。
既に遠征隊長と副長がソファに腰掛けていた。
「それで、この辺りにオークの巣があるんだ。冒険者たちにも声を掛けて様子を見ながら殲滅したい」
「我々もそのつもりで来ています」
「サポーターとしてアルストレイルの強力助っ人も、短時間だが来てくれる。
夫婦者なんだが、どちらか片方でも来てくれたら心強い」
「助っ人はどなたでも助かります。よろしくお願いします。早速隊員たちを柔軟代わりに訓練させたいのですが」
「ああ、マルセーズ駐屯地の土地は広いからな。どこでも好きに使ってくれ。あと、こちらエルシーさん。彼女の作る料理も美味いから期待してくれ」
お茶を配膳していると、不意打ちで団長が私を王都の騎士に紹介したので慌てて頭を下げた。
「ありがとうございます。ではそれを楽しみに訓練に励みましょう」
人好きのしそうな隊長は爽やかな笑顔を浮かべた。
こういう人が裏では……なんて考えが過ぎって胸がつかえる。
「……頑張ってください」
恥ずかしくなって、一言絞り出すのが精いっぱいだった。
ワゴンを押しながらぼうっとしてしまった。
見ず知らずの人に対して裏では……なんてありもしない疑惑の目で見てしまった。
いつからこんな嫌な人間になったのだろう、と自己嫌悪に陥る。
知っている人ならまだしも、話したこともない人に対してだから、自分が嫌な人間になってしまったようで溜息が出た。
「エルシーさん?」
どこからか呼ぶ声がして振り返ると、リリアがぬいぐるみを抱えて立っていた。
自己嫌悪に陥っている今は会いたくなかったな。
「どうしたの? どこか痛いの?」
「大丈夫よ」
「でも……」
「ごめんね、今忙しいから」
リリアのことを振り切って食堂に戻ってきた。
こんな時にズカズカと踏み込んでこないでほしい。
あの女に似た顔に覗きこまれると不快にしかならない。
どす黒くてドロドロしたものが全身を駆け巡るようで落ち着かない。
「やっぱり他をあたろう」
魅力的な待遇には未練があるけれど、ここはダメだ。自分の傷を何度も抉ってしまう。
いつか、リリアに八つ当たりしてしまう。
リリアは悪くない、いえ、悪いわ。
その存在が揺るぎない不貞の証拠で、誰かを傷付けている。
子どもに罪は無い?
それは本当?
あの子がいなければダリオは──
「……っぐぅ……」
そんなわけないじゃない。
ダリオはあの子すら愛していたわ。
あの子がいてもいなくても、ダリオはシアラを愛していた。
あの子を引き取る覚悟を見せただけで、どれだけ本気で愛しているか突き付けた。
涙を堪えて唇を噛みしめる。
ボロボロと汗が滲んで床に落ちる。
あの子はダメだ。私の嫌な部分を明るみにさせる。
だから私はすぐにでもここを離れようと決意した。
割込み投稿すると更新通知がいかないと知り、急遽第3話を更新しました。
小説家になろうの仕様上書籍発売記念の番外編が間に挟まりますことをお許しくださいませ。
(年明けに移動できるように要望を出します…)
ブラントの父は言わずもがな、あの騎士です。
リリアちゃんの番外編は、時系列としては番外編8のあとになります。
まだ全てを書けていないのでスローペースにはなりますが、気長にお待ちいただけますと嬉しいです。
今年の更新はここまでになりますが、来年もまたよろしくお願いいたします。
よいお年をお迎えください。




