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6.牽制


 声なんか聞こえない距離にいるはずだけど、アスティの魔法でバッチリ聞こえてしまうのはいいのか悪いのか。


「じゃあ行って来るよ」

「パパ今日も帰って来る?」

「ああ、魔物退治したらリリアのところに帰って来るよ」


 嬉しそうに笑う女の子の頭を優しく撫でる夫の表情は柔らかく。子どもを持つとこんな顔もできるんだ、と思ってしまった。


「リオン気を付けてね」

「ああ、俺は強い騎士だからな。大丈夫だよ」


 潤んだ瞳で見つめる女性を抱き締め、額や頬に口付ける。私の知らない幸せな家族の像がそこにあって、すぅっと愛情が冷めていくのを感じる。


「強いっていってもシーラさんのおかげだろうに」

「え?」


 アスティがボソッと呟いたけどよく聞き取れなかった。名前を呼ばれた気がしたけど不貞腐れていたようなので追及はやめておいた。


「駐屯地に行くんですかね」

「そうね」


 名残惜しそうに離れ、夫は歩き出す。

 母子は見えなくなるまで夫に手を振り続けて、夫も何度も振り返って手を振る。

 魔物退治が終わればまたすぐに帰って来るだろうに感動の別れを演出しているのかしら。

 そんな冷めた気持ちで見ていた。


「シーラさん大丈夫ですか?」

「え?」

「気分はどうですか? 悪阻はありますか?」


 アスティに聞かれて、そういえば今の所気持ち悪くなってないな、と思い出す。

 気持ちが昂ぶっているからかもしれないけど、このまま調査を続けられそう。


「大丈夫。ありがとう」

「これからシーラさんはどうします? オススメは駐屯地に差し入れですかね」

「え」


 駐屯地に差し入れ? 私が?

 そんな事をしたらバレるんじゃ?


「たまたまこの近くにクエストに来たから騎士団の皆さんに差し入れです。夫が遠征で来る事もあるだろうから、って事でいけるはず」


 これもアスティの作戦なのかな? 目を瞬かせ、困惑しながら頷いた。


「できればシーラさんのサポート魔法入りの手作りがいいですね。宿屋で厨房借りて作るか、もしくは回復薬もいいかな」


 ギルドに置いている回復薬は私も作っている。回復薬は材料が今手元に無いから無理そうだけど。


「回復薬の材料は俺の空間魔法にあるんで言ってください」


 用意周到な彼の事だ、と思っていたらやっぱり持っていたか。至れり尽くせりで一家に一人アスティがいれば色々な事が解決しそう。


「じゃあ回復薬にするわ。知らない人からなら食べ物より回復薬の方がいいと思う」

「シーラさんが作る食べ物はバフ付ですからね。そこいらのやつとは違いますからね。でも確かに騎士団には回復薬の方がいいかもしれませんね」


 そんな訳で私は一度宿屋の部屋に帰る事にした。

 ここに来た時は歩いてだったけれど帰るときは移動魔法で一瞬だ。

 アスティの空間魔法から必要な材料を取り出してもらい早速回復薬作りを始める。

 ちなみにアスティはやる事があるらしく、再び現地に戻って行った。

 回復薬が出来上がる頃にまた来るそうだ。


「よし、じゃあ早速作りますか」


 回復薬を入れる瓶を並べて即席釜をテーブルに置いた。

 この即席釜は高級品で借り物だから丁寧に扱わねば。


 回復薬の作り方はいたって簡単。

 材料を適当に入れて純水を入れていく。ひと煮立ちさせたら混ぜてろ過して冷ますだけ。

 材料自体に回復効果はあるけど、混ぜる過程に魔法を加える事で製作者の力が試される。

 今回は回復増強と素早さアップ、あと徐々に回復する魔法を混ぜ合わせた。

 すると回復薬は透き通った色になってきれいになるのだ。


「よし、できた」


 回復薬を瓶に注ぎ分けて蓋をする。釜が大きかったのでざっと百くらいはできたかな。いつもよりは少ないけど臨時の差し入れにしては十分だろう。

 作業に集中していたからか、集中力が途切れたら胃からせり上がるものがあって慌てて不浄場に駆け込んだ。


 お腹に手を当て、ここにいるんだ、という気持ちが私を強くさせてくれる。

 それと同時に生まれた時から父親を奪ってしまう事に申し訳無さが募る。

 その分愛していくけれど、父親恋しさに寂しい思いをさせてしまうかもしれない。

 だから離婚する事に躊躇いがないわけではない。

 でも、あの女の子の笑顔も見捨てられない。

 親の犠牲になるのはいつも子どもだ。

 今更あの子から笑顔を奪ってまでもリオンと一緒にいたいとは思えなかった。


「シーラさん、どうですか? 顔色悪いですね。食べれそうなもの買ってきましたがお昼にしますか?」

「うわぁっ!」


 シュンッという音と共にアスティが部屋の中に現れる。慣れたものだけど親しき仲にも礼儀ありでは? と凝視してしまった。

 すると何を思ったのかアスティは瞬きをしてから何も言わずに部屋から出て行った。

 扉が閉まってから、すぐにノックする音がする。


「シーラさん、入ってもいいですか?」


 ズルッと身体が傾いて、大きく溜息を吐いた。

 順序が逆なんだけど?


「どうぞ」


 入室を促すと遠慮がちに扉が開かれる。

 耳があったら垂れてるだろなぁ、って言わんばかりの表情をしたアスティが気まずそうに入って来た。


「すみません。座標をシーラさんに合わせてたので……。着替え中とかじゃなくて良かったです」

「ほんとね」


 怒るべきところなのだろうけど、何だろう。

 耳と尻尾の幻影が見えるせいか強く出られない。

 お世話になってるし、憎めない性格が私の力を抜いて怒る気も無くなってしまう。


「お腹空いてませんか? そろそろお昼ですし食べたら差し入れ行きませんか?

 ちょうど騎士たちは付近の魔物退治に行ったみたいなので夫さんは夕方くらいまでは帰って来ないと思います」


 別れたあと調べてくれたのかな、と感心してしまう。


「今日は差し入れだけで。鉢合わせない方が色々と都合がいいので」


 確かに不貞の証拠を集めているというのは知られない方がいいかもしれない。今の妻は私だと軽く牽制するだけでいい。何も言わず、アスティの作戦に乗る事にした。


 それからお腹を満たして騎士団の駐屯地へ行く事になった。

 今度はアスティの移動魔法で近くまで行き、そこから歩いて行く。


「座標はここなの」


 移動魔法は座標登録した場所に行く事ができるのだが、アスティが登録したのは朝監視していた場所だった。


「ここから駐屯地は近いんですよ。だからあの家は騎士夫さんの名義で借りてる家らしいです」


 どこから仕入れた情報なのだろうと凝視する。


「ご近所さんに聞き込み調査しました」

「なるほど」


 歩きながらアスティの報告を受ける。

 ご近所さんの情報によれば、あの家に母子が住むようになったのは三年半くらい前。

 夫がお腹の大きな女性と一緒に住むといって連れて来たらしい。


『自分が帰る家はここだから、きみに守っていてほしい』


 それが夫の常套句らしい。

 もしかしたら駐屯地毎に妻がいるかもしれない。それぞれに守ってほしいって言ってるんじゃないかと思うと吐き気がする。

 まあ、そうなれば私なんて疲れた、飯、風呂、な扱いでいいんだろなぁってちょっと凹んでしまった。

 まあ、色んな街で家を借りて家賃を払える程リオンが稼いでいるとは言い難いけれど。


「ここですね」


 駐屯地に到着して、アスティが受付に行く。

 何でも以前依頼でここに来た事があるらしく、顔見知りもいるそうだ。


「アスティ! 久しぶりだな。元気だったか? お前の情報めちゃくちゃ役に立つからたまにはここにも置いてってくれよな」


 呼ばれたリーダーぽい人がアスティの肩を揺さぶりながらガハハと笑う。豪快な人だなぁと見ていると、私の方に向き直る。


「なんだぁ? いい女連れて来たのか? アスティの恋人か?」

「いえ彼女はここに詰めてる騎士の奥さんです」

「え……」


 アスティが私を見てきたので、一瞬表情が強張ったようなリーダーさんに笑顔を向けた。


「初めまして、王都騎士リオンの妻のシーラと申します」

「シ……シーラ、さん? ……シアラじゃなくて?」


 リオンのそばにいた母子の母の名前が出て来て笑みを深める。


「夫のリオンがお世話になっております。たまたま近くにクエストに来たので挨拶を、と思いまして。これはほんの気持ちです」


 ずいっと木箱に入った回復薬を押し付ける。

 引き攣った笑顔のままリーダーさんは受け取った。


「リオンは魔物退治中でしょうか?」

「へっ? あ、ああ。今は魔物退治中だ」

「ではまた出直すと致します」


 にっこり笑顔のまま私は踵を返す。アスティの言う作戦は今日のところはここまでだからだ。


 リオンに私がこの街に来たという事実が伝わればそれでいいらしい。

 果たしてどんな反応を見せるのか。


 再びアスティの移動魔法で私たちは宿屋に戻った。



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