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4.決意の夜、決戦の朝


 ひとしきり泣いて、少し落ち着いた私は涙を止めてぐいっと拭いた。


「シーラさん、そんなにしたら目が傷付きます」

「いいのよ。今更傷付いても誰も困らないわ」

「俺が痛くなります。シーラさんは今のところシーラさんしか大切にできないので、シーラさんはシーラさんを大事にしてください」


 また訳のわからない事を言って私を困惑させ、理解が追い付かず思わず吹き出した。先程までみっともなく泣いていたのに笑ってしまうなんて、感情が忙しいのは初めてかもしれない。

 でも、おかげでウジウジせずに短期間で気持ちが浮上できそう。


「ありがとう、アスティ。……先程の映像を見たらもう無理みたい。リオンとは離婚する方向で話し合ってみるわ」

「リオンとリコン……」


 ぽつりとつぶやいた言葉が何だか面白くて、私は声を上げて笑った。


「もう、あなたホント、何なのホント……」

「すみません……」


 魔法をオールマイティーに使いこなす賢者で、ソロでクエストをこなせる人なのに偉ぶってなくてむしろ親しみやすい。


「あ、でも離婚するなら、相手側有責にしたがいいです。どちらかが悪くて離婚するなら、慰謝料ってお金貰える決まりがあったはず。婚姻中の不貞で子どもまでいるならかなり悪質です。騎士夫さんの裏切りの証拠を出せばいけますよ。生まれてくるお子さんの為にも少しでもお金はあったがいいでしょ? めちゃくちゃ証拠掴んでぐうの音も言わさない程に追い詰めてやりましょう」


 それなのにしっかりしていて、謎な人物だ。

 ちょっとデリカシーに欠けるけど、今はそれが助かっている。


「俺の監視魔法に付随する映写魔法と録音魔法があれば魔道具に記録できます。さっきのも魔道具に記録されてます。俺めちゃくちゃ役に立ちます。だから、不貞の証拠を突き付けてやりましょう」


 がしっと手を握られ、勢い余って頷いた。

 けれどアスティは怪訝な顔をして私の手を開いた。先程強く握り締めたせいか爪が食い込んで血が滲んでいる。


「痛かったでしょう。これはシーラさんの心のキズですよね……」


 痛ましそうに見るから手を引っ込めたくなったけれど振り解けない。

 アスティの唇が何かしらを呟くように動くと、手から柔らかな光が漏れて私の手を包み込んだ。かと思えば手のひらの傷がみるみるうちに塞がっていく。


「今の俺にはシーラさんの体のキズしか癒せませんが、いつかは心のキズも癒せるようになりますね」

「アスティ……」


 夫に裏切られて、私の胸はそれほど痛んではいない。たぶんアスティがいてくれるからだ。

 ちょっと変な思考だけど、今はその方が気が紛れてちょうどいい。


「ありがとう」


 お礼を言うと、ニコッと笑う。

 今まで気付かなかったけど、笑うとちょっと犬に似てるな、と思った。



 その後しっかり睡眠をとること、と約束をしてからアスティは自室に戻って行った。

 夜はまだ長い。

 ベッドに横になり、目を閉じる。

 お腹に手を当て、まだ見ぬ生命に謝罪した。


「ごめんね、あなたを父無し子にしてしまう。お母さんを許してね……」


 本当なら知らない振りをして、リオンの浮気に目を瞑り子を育てていく方がいいのだろう。けれど、リオンはもう家庭を作ってしまった。

 私をおざなりにしてまでも、この地にいたいと思うほどに大切な存在ができたのだ。

 あの女の子は父親に会えて嬉しそうだった。

 もうリオンを父として認識して、慕っている。

 そんな子から父親を奪い返す気にはなれない。

 我が子から父を奪う事になるけれど、その分私が倍以上に愛せばいい。

 それに今のリオンの私に対する態度も見せたくない。


 人は簡単には変われない。

 リオンも、子どもができたからって変わるとは思えなかった。



 目を閉じて、次に開けた時には窓の外は白み始めていた。

 随分と深く眠れたらしい。意外と神経図太いのかもしれない。


 伸びをしてベッドから出てテーブルを見れば何かが置いてあった。


『シーラさんへ


 朝起きたとき、吐き気があるかもしれないので食べれそうなものを置いておきます。

 つわりっていう妊娠の初期症状らしいです。

 俺は先にあの家に行っておきます。

 明け方に夫さんが駐屯地に帰らないとも限らないので』


「嘘でしょ!」


 叫んで支度を、と思うと予言の通り吐き気が襲ってきた。

 不浄場で少し戻し、落ち着いてからありがたく食べ物をいただいた。

 食べやすいものを選んでくれたアスティには感謝しかない。


 それからすぐに支度をし、宿の自室を出るとリーダーに鉢合わせた。


「シーラ、具合はどうだ?」

「リーダー、すみません。ご心配をおかけしました」

「いいって事よ。俺らは今日帰るが、クエストは終わったから体調整えてゆっくり帰って来たらいい。報酬はギルドに預けとくよ」

「ありがとうございます。あの、女性陣のどなたかが着替えをさせてくれたそうで」

「ああ、ラムリアかな。まだ寝てるんだが」


 リーダーはちらりと扉を見た。隙間から何人かの女性の足が見える。……掛布がはだけて肌色も見えたけれど、そっと目を逸らした。


「ラムリアさんにもお礼を伝えてください」

「はいよ!」


 リーダーはニカッと笑う。

 彼のように平等に女性を愛し、彼を愛する女性たちも一人の男性を他の女性と共有できるなら平和なんだろうな、と思った。


「シーラ、理解できない事は無理して理解する必要はねぇ。納得いくまでとことんやれよ」


 見透かされたのかリーダーは穏やかに笑う。

 きっとハーレムの女性たちを尊重し大切にしているからこそ慕われるのだろう。

 クエストをしていて仲間を大事にしているのは分かっている。

 懐に入れたら最後まで面倒を見る根っからのリーダー気質なんだろうな、と思った。


「ありがとうございます」

「どうにもなんなくなったら俺んとこ来いよ。ちゃんと最後まで面倒見てやるから」


 冗談を笑顔で躱し、踵を返す。変に心配されるより全然いい。


 アスティは先にあの家に行った。

 私も早く行かなくてはいけない。


 真実をはっきりとこの目で見るのは怖い。

 けれど、これから先の事に必要な事だ。


 お腹に手を当てる。


「大丈夫。あなたが味方だもんね」


 心強い味方がいるだけで気持ちが変わる。

 私は前を向いて一歩を踏みしめた。



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