3.失敗して歪んだ笑顔
「あ、いや、その。好きだからです。いや好きですが恋愛とかそんなんじゃなくて、ただ溺愛しているだけというか、めちゃくちゃ好きで、愛しているだけというか」
益々眉間にシワが寄ってしまう。
「シーラさん、すごいサポーターじゃないですか。俺はバフだけは使えなくて、シーラさんの、的確なバフでめちゃくちゃみんな強くなって、もうシーラさんじゃないと満足できない体になって」
「待って、その言い方語弊がある」
「でもっ、一度シーラさんを知るともう他で満足できないし」
確かに私はサポーターとして活動している。
いわゆる攻撃アップや魔力アップ、魔力供給から食事の世話までこなす雑用係として重宝してもらって、クエストしたい! って時にじゃあうちのパーティー来て! とすぐに見つかるくらいには人気があると自負している。
「今回初めてシーラさんとしましたが、もう俺は他の人は無理です。好きです。ずっと俺のサポーターしてください。一生食べさせますから」
「いや私まだ既婚者だから!」
アスティのドン引くような押しに慌てて言い返す。
夫が浮気して隠し子までいるからと言っても、現時点では不確定要素だ。
「……まあ、離婚してもしなくても、俺はシーラさんじゃないと無理になったんで、これからもソロでやります。だから、シーラさんの力になりたいんです。あわよくば、とは思いますがシーラさんを無理矢理とか趣味じゃないんでそこは安心してください」
ニコッと笑う様はどこにでもいる好青年なのに、口を開けば残念になるのは何故だろう。
ちなみに彼は、普段はソロで動くオールマイティーな賢者で、攻撃から回復から器用にこなせるから誰かのパーティーに入る事は滅多に無い。私とも今回のクエストで初めて一緒になったはずだ。
クエスト中もあまり喋らなかったし、どちらかと言えば寡黙で根暗なイメージしかない。
自己紹介でさえ『はじ、初めまして、あの、今日からよろしくお願いします。アスティです。アイスティーみたいな、名前ですよね。すみません。アスティて呼んでください。さんとかいらないんで呼び捨てでお願いします。呼んでくれなかったら泣くんで言ってください』とかいう、訳のわからない自己紹介だった。
それからクエスト中は真顔で淡々と攻撃魔法やら使いこなしてサクサク進めるから、リーダーはじめパーティーメンバーたちも「楽々こなせていいわぁ」なんて言っていた。
そんな彼が私に対してある意味重たい感情を持っているなど、誰が想像できただろう。
でも、彼がいたから私はまだ余力があるような気がした。
アスティが先回りして手配してくれたなら、やるべき事をやろう。
「ありがとう、アスティ。じゃあ、ちょっと協力してもらっていいかな」
苦笑いしながら言うと、アスティは目を輝かせて笑った。
「勿論です! そうと決まれば腹ごしらえからですね。胃に良さそうなやつとかスルスル入りそうなやつを買ってきました。食べれそうなやつだけつまんでください」
そう言って誘われたテーブルの上に、所狭しと食材が並べられていた。
「こんなには食べれないわ。一緒に食べましょう」
そう言って椅子に座ると、アスティは何故か顔を赤らめてもう一つの椅子にちょこんと浅く腰掛けた。
私が食べれそうなものをあらかじめ取ると、残りをアスティが食べ始めた。もっと大喰らいなのかと思ったけど、ちょぼちょぼと小さな口で食べている。
でも何故か食べ終えたのは同じくらいのタイミングだった。……私が遅いのかしら。
「アスティ、監視魔法ってどこにかけてるの?」
食べ終えたタイミングで、アスティに問いかける。すると真面目な顔をして魔導具を取り出した。
「監視魔法は昨日親子が入っていた家の玄関の内側にも掛けてあります。ちなみに現在はこの鏡に映ります。見ますか?」
外側ではなく内側に掛けている意味はスルーしておく。見える場所、届く範囲ではなく見えない場所に掛けられる理由を考えたら怖いからだ。
今は夜も遅い時間。夕食は食べ終えただろうけれど、リオンが親子のもとから帰った可能性もある。そんな一縷の望みに縋って、見る事に決めた。
「お願い」
動揺を悟られないようにテーブルの下で手を組んで緊張を逃した。
アスティが鏡に向かって呟くと、ぼうっと現在の様子が写し出された。
『リオン、いつになったらこっちに来れる?』
鏡から声がして、心臓が嫌な風に音を立てた。
よくある監視魔法は映像ではあるが、声付きなどは見掛けない。アスティのなせる技なのか。
彼を見るけど唇に指を立てて鏡に集中するように、と鏡を差した。
玄関の内側に仕掛けた監視魔法は、壁をすり抜けて家の中全体を見る事ができる。
部屋が二つに居間、台所、湯浴み場、不浄場は別という、母子二人で暮らすには立派な家だ。
部屋の一つで女の子が一人ですやすやと寝ている。そしてもう一つの部屋にあるベッドの上で、リオンと女性が服を脱がせ合いながら戯れていた。
『王国騎士として向こうに住んでなきゃいけないんだ。給料が全然違うんだよ』
『そうなの? ……私としてはリリアの為にもこっちに駐屯してほしいな』
『すまない、シアラ。俺も愛するきみと一緒にいられないのは辛いさ。リリアにも寂しい思いをさせてしまっているな……』
ちゅっ、と鳴る音に、その後に続く女性の艶めくような声に、私の指先が冷えていくのに汗ばんで。
『いつまでいられる? もう少し長くいたいな』
『あと二、三日なら大丈夫だ。この辺りは魔物も多いからね』
『もっと魔物が湧けばいいのに。そしたらリオンはずっとここにいられるでしょう?』
『こら、不謹慎な事を言う唇は塞いでしまうぞ』
そこから始まる男女の密事。私はアスティに目配せをして鏡の映像を閉じてもらった。
鼓動が嫌な音を立てて早く鳴る。
握り締めた手は白くなって、指先が冷たくなる。
「シーラさん……」
アスティに呼ばれ、ハッとして、取り繕う為に笑おうとして、――失敗した。
「あなたの、魔法、高性能すぎない?」
「……すみません……」
私より落ち込んだ表情のアスティを笑い飛ばそうとして、私はくしゃっと顔を歪めた。
目が震え、目頭が熱くなって堪えきれずにボロボロ溢れていく。
何とか誤魔化そうとして口を動かすけれど、漏れるのは嗚咽だけ。
「どうしてよ……どうしてよぉ……!!」
答えの無い問いが虚しく響く。
けれど前と違うのは、誰かがそばにいてくれる事。
アスティは何も言わず、ただそばにいて私を見守っているようだった。