2.あの日の言葉は嘘だった
『月の殆どは家にいないけど、俺が帰って来るのはこの家だから。だからシーラに守って欲しいんだ』
そう言って私にプロポーズをした夫、リオンとは街の酒場で出会った。
友人アメリとパーティーを組んでいた時、お疲れ様会をしていた女性二人組に絡んできた暴漢を追い払ってくれた騎士の一人がリオンだった。
「女性二人でいるなんて、襲われ待ちと言われても仕方ないんだぞ?」
「そんな輩なんかふっ飛ばしてやるわよ!」
騎士相手に食って掛かり、目を丸くしたリオンとその同僚は私たち二人を盛大に笑い飛ばしたのだ。
助けてもらった恩はあれど、そんな失礼な男二度と関わるか、とお礼だけ言ってその場を後にしたのだが。
「げっ」
「げっ、とは何だ失礼だな」
翌日ギルドでクエストを受注している時に再び出会ってしまったのだ。
聞けば彼は王国騎士団に勤めており、ギルドに回復薬を買いに来たそうだ。
「失礼な輩に再会してこれ程適切な言葉も無いかと」
「そうですか」
王国騎士団の制服を着ているせいか、引き攣る笑いをしている彼にべーっとして、私はクエストを受注した。
「一人で行くのか? 危ないだろう」
「ぶっ飛ばしますのでご心配なく!」
呆気にとられる彼を置き去りにして、私は颯爽と駆けて行った。
それから何故か会う度彼に絡まれて、内心うんざりしながらもどこか楽しくて。
「この回復薬きみが作ってるのもあるのか?」
「たまに卸してる。すんごい暇な時とか」
「じゃあ全部俺が買うよ」
「えっ何で?」
「すっごく性能がいい回復薬を作るたまに来るサポーターの女性にいい男って思われたいから?」
「は、はぁ……」
そんな何気ない会話が楽しくて。
アメリと一緒に飲んでいればあの時一緒にいた同僚の人も一緒にいて。
同僚がアメリに恋をして、アメリもそれに応えて。
じゃあ余り物同士でくっつくか、なんて気安く始まった。
それから騎士団にお邪魔したりしてアメリと二人で差し入れしたりして、よくある付き合いをしていたのだ。
ただ、同僚さんと違ってリオンはよく遠征に行っていた。お金も多くもらえるし、色んな街に行って刺激があるのが楽しいからだと言っていた。だから毎日会えるわけではないけどその分会えた日の喜びは倍増だった。付き合って初めての遠征の時はお守りを渡したとき。
「ありがとう。周りの奴らも恋人や奥さんから貰って羨ましいって思ってたんだ」
渡したのは刺繍の入った剣帯。ただの刺繍ではない。私の魔力を織り込み加護の入った物だった。
作るのにありったけのバフを盛り込んだからちょっと疲労感が半端なかったけれど、嬉しそうにしてくれたのは私としても作ったかいがあったというもの。
遠征ばかりで寂しい思いはあったけど、リオンの活躍を耳にすれば誇らしかったし嬉しかった。だからリオンが沢山かつやくできるように支えていたつもりだった。
このままずっと一緒にいたいな、って思い始めた頃にプロポーズをされた。
「月の殆どは家にいないけど、俺が帰って来るのはこの家だから。だからシーラに守って欲しいんだ」
リオンの家に半同棲状態だった私はプロポーズされた事で舞い上がって二つ返事で了承した。
アメリも彼の同僚の人と結婚をしたばかりで、騎士の妻として改めて仲良くしてね、なんて笑い合っていた。
それからギルドに書類を提出して結婚した。
お互い両親は遠くに住んでいるから報告だけだった。
一月の新婚休暇は二人で暮らした。しばらくは彼も愛してくれているのが分かった。
けれど、遠征は一向に減らないし、一年が経ち、二年が経過した頃には抱き締める事すらままならず、リオンの気が向いた時だけ相手をする。
そんな感じで子を授かるなんてできずに時間だけが過ぎていった。
アメリは順調で、私たちが授かれなかった五年の間に二人、子を生み、今もう一人がお腹にいる。
アメリの旦那様は彼女の為に遠征は最低限にしてくれて、家事や育児にも協力的ないい旦那さんで羨ましい。
その同僚の方にリオンも遠征を減らせないのか、と聞けば難しい顔をされた。
「子がいれば多少考慮はされるんだが、夫婦二人きりだと遠征に借り出される確率は高いな。それでもリオンはちょっと多いとは思うよ」
聞けば遠征組は給料はいいが希望者は独身騎士で殆ど埋まり、穴埋め程度に既婚者が行くはずらしい。だから本来ならば月の半分ではなく、月の四分の一くらいで済むはずだ、と同僚は言う。
だからリオンに相談してみた事もある。
「ねえリオン、私たちもそろそろ子どもが欲しいと思わない? だから遠征を少し減らして欲しいの」
「シーラ、子どもがいないうちに稼いでおきたいんだよ。子が生まれたら遠征はセーブするから」
「その遠征が多くて子どもが授かれないのよ。タイミングだってあるし」
「遠征が多くても子沢山の夫婦はいっぱいいるだろ。もういいか? ただでさえ遠征帰りで疲れてるのに気が滅入る話をしないでくれ」
そう言って取り付く島も無かった。
今思えばこの頃には浮気をして、他に子ができていたから私との子を望まなかったのだろう。
今の彼は私が守る家に帰りたいと思ってくれているのだろうか。
子がいない家よりも、父と慕うかわいい子と、見ただけで蕩けるような笑みを見せる本当に愛する女性がいる家に帰りたいと思っているのではないか。
そしたら、私とこの子は……邪魔に思われてしまうのでは? と思うと怖くなった。
『お前はもういらない。元々余り物同士だったからな。俺はもう本当に愛する女性と子がいるんだ。お前は邪魔だ。死ね』
「――っはっ!!」
脂汗をかいて目が覚める。
夢だと思っても息が詰まり、苦しくて、掛布をぎゅっと握り締めた。
「シーラさん、大丈夫。ゆっくり息吐いて」
そんな声がして、ゆっくりと息を吐く。
「うん、上手。今度はゆっくり息を吸って。そう、さすがだね」
優しい声で言われ、素直に従うと段々と呼吸が楽になる。見てみればいつの間にか私はベッドで寝ていて、アスティがベッドサイドにいて、目が合うとにっこり笑った。
「勝手に入ってごめんね。何か食べれそうなの、って買いに行って戻ってきたらシーラさん倒れてたから医者呼んで着替えさせたんだ。
あ、着替えはパーティーメンバーの女性にお願いしたよ。リーダーにも話して、体調悪そうだから何日かこの街に滞在してから帰るって伝えた。心配だから俺も残るって言ったよ。
ちなみに医者の見立てで赤ちゃんは元気だそうだから安心していいよ」
次々に早口で捲し立てる彼に目を丸くすると、気まずそうな顔をした。そして思わずお腹に手を当てる。ああ、いるんだ、と温かな気持ちが湧いてくる。
「ごめんね、シーラさん。混乱してる中嫌な事いっぱい言ったよね」
「……いいのよ、もう」
アスティに言われた事は全て考えなければならないことだ。
リオンと別れるにしても、再構築するにしても、子がいるなら逃げずにちゃんと話し合わないといけない。
「もしかしたらさ、あれは夫さんの他人の空似かもしれないし、あの子は女性の子ってだけで、夫さんは騎士として助けた親子の様子を見に行っただけかもしれない。『あの時の騎士さん!』『パパって呼んでいい?』『お礼に食事を』とか」
「もう、いい! ……もう、いいの……」
必死に違う可能性を今更言われても全部違うと否定できる。
そんなただの顔見知りの親切な人じゃなかった。もっと親密で、正しく家族だった。
それでも、その家族があっても、私のお腹にいる子の父で、今はまだ私の夫なのだ。
「……シーラさん、せっかくさこの街にいるんだから、ちゃんと真実を見極めよう。想像だけで決め付けてもスッキリしないでしょ」
アスティは真剣な眼差しで私を見ている。
「俺手伝うし。遠視と監視の魔法はもう付けてある。だからシーラさんが嫌ならここで見れるし、俺が信用ならないなら一緒に行ってもいいし」
遠視はともかく、監視の魔法は常に発動しているから少しずつでも魔力が消費されていくはずだ。
そんな魔法を使ってくれているのか、と申し訳ない気持ちになる。
そしてたぶん、彼の事だからリーダーに事情を説明してくれてそうだ。ぐずぐず先延ばしにしないようにこの街に残って夫の状況を調べられるように前もって準備を整えてくれたのだろう。
「アスティは何でここまでしてくれるの?」
「シーラさんが好きだからです」
思わず眉間にシワが寄ってしまったのは仕方ないと思う。




