男爵令嬢、「名前がゴツすぎる」という理由で婚約破棄されそうになる
「ゴンザレス・ギガントハンマー! 君との婚約を破棄する!」
夜会の最中、伯爵家の令息カーター・エヴァンスはこう宣言した。
「なぜですか!?」
男爵家の令嬢であるゴンザレスはこう聞き返す。
当然である。彼女は麗しい金髪と色白の肌を持ち、桃色のふわりとしたドレスを着て、青い瞳ときたらまるで宝石の如し。
むろん、礼儀作法もパーフェクトに心得ている。
貴族令嬢の鑑というべき娘であった。婚約破棄される心当たりがまるでないのだ。
「いやだって……いくらなんでも名前がゴツすぎる!」
「そうですか?」
「そうだよ! なんだよゴンザレスって! 身長2メートルを越えた毛むくじゃらな大男しか想像できないよ!」
「そんなのは偏見ですわ!」
「それにギガントハンマーって……絶対貴族のファミリーネームじゃないって! 武器だって! 超巨大なハンマー! バーベルの重りを片方だけ外した感じの! 地面を殴ったら地震が起きる感じの!」
「ギガントハンマー家は300年の歴史を持つ由緒正しき貴族ですわ!」
「300年の間に、『ウチの家、名前ゴツくね? 武器っぽくね?』ってなる人はいなかったのか……」
話を戻すため、カーターはゴンザレスに指を突きつける。
「とにかく、君との婚約は破棄させてもらう。ゴンザレス!」
ゴンザレスは悲しげな瞳でカーターを見つめる。
「ゴ、ゴンザレス……」
カーターは顔をしかめる。
「可憐な美人である君を“ゴンザレス”って呼ぶとなんだか頭が混乱してしまうんだよ! 砂糖を舐めながら『辛い!』って言うみたいに! 火を触って『冷たい!』って言うみたいに! 鞭で打たれた時に『気持ちいい!』って言うみたいに! ……あ、これは正常か」
カーターがさらっと性癖を吐き出したところで、ゴンザレスが指を突きつける。
「カーター様!」
「な、なんだよ……」
「冷静になって下さい。婚約というのは家同士の契約、それを“名前がゴツい”程度の理由で破棄してしまったら、あなたの名前に傷がつきますよ」
「……それはそうだが」
「古い言葉にこんなものがあります。『習うより慣れろ』と」
「ああ、聞いたことがある」
「カーター様が私の名前をゴツいと思うのはこれまでの経験のたまもの……ですが、そんな“習い”は“慣れること”で簡単に上書きできるはずなのです」
「む……」
カーターがわずかに気圧される。
「つまり、慣れてしまえばいいのです! 慣れてしまえばどうってことないのです!」
「そういうものか……!」
「さあ、私を見てゴンザレスとお呼び下さい!」
「う、うん。ゴンザレス……」
「もう一度!」
「ゴンザレス……!」
「はい、もう一回!」
「ゴンザレス!」
二人は見つめ合いながら、このやり取りを10回以上繰り返した。
「ゴンザレス! ゴンザレス! ゴンザレス!」
「……慣れました?」
「いや、まだ脳が混乱してる……」
「ではもう一回!」
結局この日二人はずっとこれを繰り返した。
これではパーティーにならないということで、夜会はお開きとなる。
ゴンザレスはひとまず婚約破棄を免れた形になった。
***
三日後、カーターとゴンザレスは町をデートしていた。
端正な美男子と、気品に満ちた美女が並んで優雅に歩く姿に、通行人はみな振り返った。
そんな中、カーターが言った。
「慣れたよ」
「でしょう?」
カーターは慣れてしまった。
もはやカーターは混乱していない。
この三日間で、彼の脳は『ゴンザレス=可憐で美しい自分の婚約者』と認識したのである。
「一度慣れてしまうと、もうゴンザレスという名前そのものに美を感じてしまうね」
「まあ、カーター様ったら……」
「愛してるよ、ゴンザレス」
「私もです、カーター様」
「君ほど素敵な人はいないよ、ゴンザレス」
「あなたほど素敵な殿方もいませんわ、カーター様」
「僕は君を絶対に幸せにしてみせる、ゴンザレス!」
「私はもう十分幸せなのに、これ以上幸せにして下さるなんて……カーター様!」
二人は特訓のつもりで向かい合い、お互いに何度も呼び合っているうち、愛情もまたどんどん深まっていってしまった。
三日前に“婚約破棄”という土俵際まで追い詰められたゴンザレスだったが、諦めずに押し戻し、ついにはカーターを“落として”みせたのである。
「ゴンザレスっ……!」
カーターはゴンザレスの柔らかな体を抱きしめた。
ゴンザレスは頬を染め、カーターの温かな両腕の感触を噛み締めるのだった。
***
やがて、二人は結婚した。
結婚し、三人の子をもうける。
当主となったカーターは貴族としても領地経営に成功し、優れた領主として評判になっていた。
今日も邸宅に客人を招いていた。
「カーター伯、あなたに融資頂いた資金で、鉱山開発は上手くいきそうです」
「うむ、君のことは信頼している。しっかり頼むぞ」
「はい!」
客人はふと庭をちらりと見る。
美しい三人の少女が、仲良く庭で遊んでいる。
「あの娘さんたちは……」
「ああ、私の娘だよ。三姉妹なんだ」
「ほぉう、天使が三人もいらっしゃるとは。羨ましい」
「天使とは、君こそ言葉がうまいな」
気をよくしたカーターが、庭にいる娘たちに目をやる。
「せっかくだし、君に紹介してあげよう」
「え、ホントですか?」
カーターが呼びかける。
「おーい! ゴメス! ゴリアテ! ギガンテス!」
「え!?」
長女ゴメス、次女ゴリアテ、三女ギガンテスが走ってくる。
「はーい! お父様!」
「なぁに、パパ?」
「おとーさーん!」
三人はいずれもまだ幼く、両親の美貌をよく受け継いだ美少女である。
客人は口をパクパクさせている。
「どうしたのかね?」
「ええと、名前……」
「ああ、三人の名前は私がつけたんだ。妻のように可憐で華奢な名前をね。ハッハッハッハッハッハ……」
呆然とする客人を尻目に、カーターは三人の娘に囲まれ笑う。
そんな夫を見ながら、美しき妻ゴンザレスも嬉しそうに微笑んだ。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。
ゴンザレスは本来姓なのですが、この作品では名前として扱いました。