7話 新たな先生
時刻は9時前、ようやく教室の前にたどり着いた二人は息を整えて教室の後ろ側の扉まで行きこっそり開ける。
中はすでに生徒たちが集まっており、出席確認を担任がとっているようだった。静かだった教室内は扉の開く音で一斉にこちらへ注目が集まり、しんとさらに静まる。
「お、おはようございますぅ」
アンジェリーナの弱気な細い声で教室へ入り、ソフィリアは息を殺して入る。
こんなに注目されることなんて人生で初めてだ。しかも悪いほうで、静かに消えてなくなりたい思いを背中に背負い、一生懸命言い訳を考える。
「あの、すみまぜん・・・・。みちに、迷ってしまいまして・・・」
「いつまで立っている。あいている席がお前たちの席だ。早く座れ」
担任であろう男が冷たい声で言う。
教室内は後ろに行くにつれて高さがあるような設計になっており、長机が一段に3席、合計それが6段ある。なので一教室の定員は18名ということになる。一番前の席の教壇から見て右端の席2つがあいていた。一番端にはすでに男子生徒が座っているようで、こっちには見向きもしていない。
下の段の生徒はこちらを見上げるような体勢でこちらに注目しており、それがどうにもなれない光景で奇妙な感覚だった。このままぼーとしていたらまた何か言われると思ったので、二人はそそくさと小さな階段を降りて席に着いた。背負っているリュックを下ろして静かに座る。
隣の男子生徒は左ひじをついたまま何も言うことなく壁のほうをみている。それがどこか過去の教室の自分を見ているようで少し安心した。こんな学校にもこういう人間がいるのだと、友達になりたいな。
なんて思っていると、担任の男がまた口を開く。
「また一から話すぞ。この学校は知っている者も多いと思うが6年制だ。AからDのある一年生組はこの一年間この教室で勉学に励むことになる。当然ここは魔法専攻の学園だ。座学に魔法化学、実技、そしてそれらの応用試験があり、それは年に2回実施される。夏と冬、つまり8月と1月の二回にわけて行われる。ここで赤点、または進級するのに満たない成績のものは退学となる」
退学、その一言で生徒全員が息をのむ。ソフィリアは運よく座学の部門で試験を受けて入れたが、一般入試を受けて合格した一般生は並々ならぬ努力をしたのだろう。その努力はソフィリアの想像以上に大変なはずだ。ピりついた空気に、さらに担任は言葉を添える。
「ついでに言うと遅刻、欠席、必修授業のさぼり、態度その他もろもろ。監督官による基準はあるが基本的にそれらも成績に響く。今日の二人みたいに初日から遅刻しているようじゃ夏まで持たないからな」
ちらっとこちらを見てソフィリアは思わず目をそらす。彼の黒いダークな髪が邪悪さを醸し出し、さらにはつり目でじっとこちらを見ている。そんなものと視線を合わせれば、間違いなく彼女は失神してしまうだろう。これはあくまで自己防衛のため、そう言い聞かせて机と目を合わせる。
「それじゃあ、今日のスケジュールを話す。まず一限目、今年のカリキュラムと必修科目の共有、その他の連絡事項をつたえる時間とする。そして二限目、入学式だ。お前たちのために多くの先生と在校生が力を入れて、とこれは話すのはダメだったな。失言した」
こほんと咳ばらいをして彼はソフィリアたちのほうを一瞥してこう言った。
「おいそこの、遅れてきた二人の赤いほうの奴。どこ向いてる」
「すみません!!!!」
「誰も立てなんて言ってない。座れ、そしてこっちを向いて話を聞け。退学にするぞ」
「ひっ・・・・」
その何かが轢かれたような声を出したのはアンジェリーナではなく隣で怯えているソフィリアのほうだった。ガタガタと震える彼女は完全にわが意を失っているようで、どこか遠くを見て硬直している。
「となりのお友達も、こっち向かせろ。本当に退学にするぞ」
「すみません・・・。ソフィちゃん、だ、大丈夫?」
「た、退学・・・。退学・・・」
「まだなってないから、まだというかならないから・・・。戻ってきてソフィちゃん」
肩を揺らすが、ソフィリアがこちらの世界に戻ってくる様子はない。それを見ている男もこれは埒が明かないと思ったのか、深いため息をついた後にこういう。
「はぁ、仕方ない。今日は初日に免じて許す。だが明日からは普通にしてろよ」
「すみません、寛大なお気遣い感謝します」
「話を戻す。俺がこのクラスを受け持つローズ・キズメルだ。担任の科目は攻防魔法と体術だ。自分の身を守るのに適した魔法を教えている。そしてこれからやるべきこととして—」
丁寧な言葉づかいで謝罪したアンジェリーナは、担任が話を戻した後に、ソフィリアを現世に戻そうと試みる。だが、それから10分ほど彼女が正気に戻ることはなく、その間ソフィリアはただ茫然と机とにらめっこしていた。
「よし、以上がこの学校の歴史だ。その歴に恥じない行動をしろ、それじゃあ次は今期のスケジュールについて話していく。試験の概要、重要なことをいくつか話す。メモしたいものは許可する」
その言葉でソフィリアも自我を取り戻し、何なら隣に座っていた男子生徒も真剣な顔立ちになる。それほどに重要な話なのか、少し緊張感が教室内に伝わる。
「まず今月4月。この月は中学時代の復習を主にしていく。その間の授業、これについては選択式となる。つまり受けなくても成績には何ら影響はないというわけだ。まぁその授業において夏に課される試験での内容を聞かせてくれる先生はいるかもしれんがな」
煽りのような言葉を最後に付け加えて鼻で笑う。受けるのは自由だがそれで損するのはお前たちだと言いたげなようで、ソフィリアはまたもおなかが痛くなる。そういう挑戦的な物言いは慣れていないので聞くだけでも恐ろしく感じてしまう。
「5月、ここから本番だ。魔法薬、魔法座学、魔法行使による実技と応用、模擬試験。さまざまな授業に取り組む。ここからは必修科目も増える。だがそれ以外の授業の選択式は変わらない。どの授業にうけてどの道を究めるかはそれぞれが決めろ。自由科目はあとで配る資料に添付してある。参考にしろ、ちなみに試験に出る内容も毎年違う。楽な授業など存在しないと思っておけ」
変わらずに冷たい声音でしゃべる担任。座って聞いている生徒たちも彼の言葉を真剣に聞いているようでかなり表情は硬い。
そう言った後に彼は一度咳ばらいをしてちらっと時計を見る。時刻は刻々とすすみ、担任はそのあとも色々話し続けた。集中がずっと続くはずもなく、ソフィリアは時折眠くなりつつもこれ以上恥をさらすまいと奮闘し、なんとか長い長い話を耐え抜いた。
「それじゃあこの後は入学式、アリーナで開かれるからそれぞれ10分以内にいくように。場所がわからない場合は近くの先生にでも聞くかしろ。言っておくが当然この6年間で入学式と卒業式は一度しか経験できない貴重な場だ。得られるものも多くあるはずだ、心して臨め」
たかが入学式にそう彼は言ってくぎを刺す。得られるものといったが、そんな催しにどんな経験値は得られるのかソフィリアは理解できなかった。それはほかの生徒たちも同じなのか大して真剣に聞いていないようだった。
そこでチャイムがなる。一限目が終わる時間だ、長い話も途中あり意識が飛びかけたがなんとか耐え抜いた。担任の男が解散と言ったとたんに生徒のどっと息を吐く音が聞こえてくる。よほどあの男の威圧がすごかったのだろう。教室から消えたとたんに一気に喧騒が広がる。
それはソフィリアとアンジェリーナも類にもれなかった。