5話 友達になって
「わたし、わたしは・・・。一年前、アンジェリーナさんの席の前になってうれしかったです。最初はよく話す人だなって思ったけど、聞いていたら相手の様子を見て話す順序考えてたり、気遣いのあるしゃべりかたをする人だなって、机で聞いてる時も思ってました。だから、嫌いなんてことあるはずありません・・・!それは本当です」
「ソフィリアさん・・・」
「確かにわたしは人見知りだし、会話は続かないし、全然面白くない話しかできないですけど・・・。受験に行くときも話ができて落ち着けましたし、こうやって知ってる人に話しかけられてうれしかったんです・・・」
「だったら、友達になろうよ。そうしたら毎日―」
「でもわたし、わたしは・・・。その。なんて言いますか」
「・・・?」
クレドということをこちらから明かしたことは今まで一度しかない。
究極的なコンプレックスだから、言いたくないし、これを言ってがっかりされるのが怖くてたまらない。だけどこれを言わないと結局何も変わらない、変えられない。
わたしはこの疾患と一生かけて付き合う覚悟がいるのだ。それをこの一歩目で証明する。
わたしにもそれぐらいの勇気はあるんだってことを証明したい。
たとえアンジェリーナに嫌われたとしても、だ。
「クレド症、なんです。わたし」
「え・・・?」
「クレートレス・チルドレン症候群。知ってますよね。忌み嫌われているこの病、それを私は持ってるんです」
「そう、だったんだ・・・。あ、だから魔法実技授業の時いつも見学していたのね・・・」
見る見るうちにアンジェリーナの顔に曇りがかかり、ソフィリアは動揺する。
答えを待つ。こちらから何を言えるわけでもないから、彼女の返答を待つ。
一人急いで生徒が学校へ走っていく姿が目に飛び込む。男子生徒で彼もマントが赤色だ。同じ入学生で初日から遅刻したのだろう。女子生徒が二人で道路に立っている様子を走りながら横目で彼は見て立ち去る。
走り去る姿がアンジェリーナの姿と重なりちょうど見えなったときに彼女は口を開いた。
「クレドって、本気でそう言ってるの・・・?」
「ごめんなさい。隠していたつもりはなかったんですけど・・・。言うに言えなくて。すみませ—」
言葉を言い終えるまでにアンジェリーナがこちらに近づいてくる足音が聞こえ言葉を切らしてしまう。ソフィリアは俯いたままなので近づいてくる足音しかわからない。それがどれくらいでこちらまでくるのかもわからず、目を瞑って待つ。
目の前まで来て彼女は立ち止まる。怒っている。直感的にソフィリアは感じた。それをどうかしようとうろたえた様子で言葉を絞り出す。
「ごめんなさい。すみません、クレドのわたしなんかがここにきて、それに加えてずっと黙ってたとか、あり得ないですよね。ははは、本当に・・・ごめんなさい」
「そうじゃ・・・なくて・・・!」
刹那、アンジェリーナはソフィリアの両肩をがっと掴み、無理やりソフィリアの顔を上げさせる。
顔を上げてしまった勢いでソフィリアの目じりにたまっていた涙がはじけ地面に落ちる。目線がかち合い、どうにも逸らせない状態にされてアンジェリーナはこういった。
「クレドだから、だからあたしが嫌がると思ったから避けてたっていうの・・・!?」
「え・・・?だって、普通そうですから。く、クレドだってわかった瞬間みんな顔色変えて避けて・・・」
「だからあたしもそうだって・・・?ソフィちゃん、あたしのことそんな風に思ってこの一年避けてたの・・・?!信じられない!そんなこと、するはずないじゃない!!!」
アンジェリーナはそう言ってソフィリアを自らの胸に抱きよせてはぐするような姿勢をとる。
新品のローブが顔に覆いかぶさり、いい匂いが鼻をつつく。フレグランスのような、甘い香りで、同時に人の温かさにも安心感を覚えた。
お母さん以外にハグされたの、初めてだ。
一瞬なにをされたのか理解できなかったが、甘い香りのおかげでどういう状況なのかを判別できた。
アンジェリーナは数秒抱き寄せた後すぐに体を離して再び両肩をつかむ。
「誰に何をされたか知らないけど、あたしはそんなひどい人たちみたいにはしない。ソフィちゃん、人ってそこまで警戒するような生き物じゃないと思うよ。運が悪かっただけだよきっと」
「そうなんですかね」
「だから、あたしたち今日からもう友達だよね?」
「本当にいいんですか・・・?ほかの人から変な目で見られるかも。それでもしアンジェリーナさんもひどいことされたら」
「その時はその時でどうにかするし、そうはさせない。それにね、ソフィちゃん。さっきの話の続きなんだけどね。あたしのお母さんの病気、クレド症のことなの」
苦笑いを浮かべながらそう話す彼女の言葉にソフィリアは目をはっとさせる。
ソフィリアと同じ病。そんな話今まで一度も聞いたことのない、到底信じられないが、彼女の表情はすごく真剣なもので、性格を知っているからこそ嘘を言っているなんて疑問は一切感じない。
「クレド症って言っても、多少の魔法は使えるんだけど。クレートは人の10分の1もなくて、だから使える魔法なんてせいぜい花壇に水を上げられる程度のものなの。そんな苦労してきたお母さんをあたしの手で治してあげたい。そう思ってこの学校へ来た」
ソフィリアは涙をローブの裾で拭う。
アンジェリーナは言葉の後に彼女に対して「みんな頑張ってるんだよ」と一言だけ添える。その言葉でまた泣きそうになるが、これ以上醜態をさらすわけにもいかない。ソフィリアは顔を上げて最後にこう言った。
「ありがとうございます、アンジェリーナさん。これから、よろしくお願いします」
「うん!って、時間やばくない・・・?そろそろHR始まるよね!? 教室の割り振りとかも見てないし、早くいこ!!」
そう言ってアンジェリーナはソフィリアの袖を強く引っ張って駆けだした。
駆けて駆けて森を抜ける。目の前に現れたのは、広大に広がる庭低と真ん中に大きくたたずむ噴水。巨大な城につながる坂道を上った先はハープネスの第一棟である中央区だ。
噴水からあふれ出る水は太陽に照らされ淡く光反射している。まるで外の世界とは違う幻想的な異世界だ。こんな場所で、六年間生活すると思うと胸が躍ってやまない。
坂道を目指す道すがら、ソフィリアは一つ忘れていたことを思い出す。
「そういえば、アンジェリーナさん」
「なに?」
走る足を止めることなく、引っ張られながらもソフィリアは懸命な大声で彼女に言う。
「わたしがここに来た理由、なんですが・・・。わたしは過去の自分を変えたくてここに来ました・・・・! 自分を変えるために、自分の人生で何がしたいかを見つけるため、魔法が使えない自分でもできることがないかを知るためにここへ来ました・・・! わたし、魔法が大好きなんです」
「今この状況でそれ言う!? やっぱりソフィちゃんって面白いね!」
笑いながらそう答えるアンジェリーナ。その反応を見てソフィリアも安堵する。
一気に坂を駆け上がり校舎が見えてくる。すでにチャイムが鳴っておりHRの始まる時間になってしまっているようだ。
それを聞いたアンジェリーナは速度を上げて、ソフィリアも必死にそれに続く。
見たこともない巨大な学校、新しい友達、新生活。不安だらけだが、これから始まる生活にソフィリアは珍しく心躍り、不思議と笑みがこぼれてしまっていた。