2話 転校と友達と受験
ソフィリア、彼女はハープネスの生徒会長と話した1か月後、別の中学に転校した。
理由としてはいじめっ子だったリリアナとうまくいく気がしなかったのと、今の中学は普通科と工業科しかなく、魔法座学を極めるのにはあまりに向いていない校風だったからだ。
「私は悪くありませんから! ハープネスの人に何を言われたか知りませんけど、先生がたは私を信じてくれないのですか?!」
リリアナが職員室でそう叫んでいたのをあの日の翌日に見かけた。あの生徒会長はどんな置き土産を残していったのか。彼女の悲痛な叫びに先生も困っていた。
だがソフィリアは彼女に対して何も求めていなかった。謝罪も弁明も言い訳も聞きたくなかった。
夏休み中にソフィリアは転校手続きを完了させて、9月から無事編入を果たした。父親はソフィリアが7歳のころ妹を連れて出て行ったので今は母親と二人暮らしだ。編入手続きも母親がすべてしてくれたので頭が上がらないのと、迷惑を掛けたことに対して後ろめたさがあった。
「何言ってるの、ソフィが前向きになってくれてお母さんは嬉しいんだから」
そう慰めてくれたのは夏休みに入ってすぐのころだった。
9月1日。自己紹介から。
「ソフィリア・アズベルトと・・・言います・・・! 趣味は寝ることと、えっと、に、人間観察とか・・・です・・・! よろ、よろしくお願いいたします!」
教室内はしんと静まり返る。これは確実に転校デビュー失敗といった感じだろう。みんなの視線が痛い。
「はい、ソフィリアさんはアンジェリーナさんの席の前になります。あの開いている席ですね」
「はい・・・」
ソフィリアは完全に放心状態になり、ぽとぽとと席に座り込む。
「ソフィリアさん? これからよろしくね★」
「は、はい・・・、こちらこそよろし―」
後ろから声を掛けられ体をそっちに向けた瞬間、凍り付いた。
赤っぽい髪の肩下あたりまで髪が長い女子生徒、陽キャオーラ全開だった。キラキラしすぎてソフィリアは直視できなかった。
「はうっ」
「? どうかしたの? ソフィリアさん」
首を傾げる動作すらソフィリアが直視することすらおこがましい。そんな気がしたほどに彼女は光り輝いていた。
予感は的中し、なぜか転校生のソフィリアにではなく後ろのアンジェリーナさんとやらに生徒は集まっていた。
「アン、夏休みどーだった?」
「えー? ほとんど一緒にいたからわかってるでしょー!」
帰りたい・・・。
ソフィリアはそう思いそっと机に伏した。涙を必死にこらえて。
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次。魔法には言うなれば実技と座学が存在する。
実技は攻撃魔法、防御魔法、治癒魔法、恒常魔法の4つに分類される。前者3つに関してはある程度想像できるだろうが、恒常魔法は日常における便利魔法を行使できる種類のもの。例えば机が壊れたとしてこれの修復、これは恒常魔法に分類される。なので基本的に前者3つ以外の魔法系統は大体がこの恒常魔法になる。
この恒常魔法の分野がこの学校には根強く、工業系や魔法化学など魔法に関連した薬剤開発を学びたい生徒が多く在籍していた。
だが、ソフィリアは魔法が使えない身。実技の時間は毎回見学していた。なので、他生徒からはかなり好奇の目に晒されていた。
学校側の計らいで彼女が魔法を使えないことは伏せられていた。実際この学校にも魔法が使えない生徒は一人もいない。一歩間違えれば以前の学校と同じ状況になってしまいかねない。これは母の強い希望が表立っての事だった。
二年生になったころ、一部の生徒から少し嫌がらせを受けた。だけど大したものではない嫌がらせだったのでここは耐えることができた。それよりも彼女は友達がいないことに対してのコンプレックスが大きかった。
三年生。いよいよハープネスの課題科目が発表された。一般は座学9科目の実技と面接。そして各学校に二名、推薦組が選ばれる。実技枠と座学枠。ここで実技に関してはソフィリアは不可能なため、必然的に座学枠を狙っていく流れになるのだが。
実技枠に推薦をもらったのは3年生でも同じクラスだったアンジェリーナ・コロニアだった。彼女は元々魔法適性も高く、実技枠の座は彼女で間違いないだろうと話していた。
「ねぇ、ソフィリアさんだったよね? また同じクラスだね! これからよろしくね」
「え・・・!? あ、えっとその、は、はい」
進級したての事、席がソフィリアが真ん中の席の後ろから二番目、その後ろにアンジェリーナという順で最初挨拶をされた。だが入学してから一年半まともに会話をしてこなかったソフィリアのコミュニケーションは最低値の限界を突破しており、会話という会話は最早成立しなかった。
そこから何度か彼女から話しかけられたが、夏休み以降は完全に話しかけれることはなくなり、昼休みに寝たふりをしながら後ろで話す彼女の会話を盗み聞きしていた。なのでそこで彼女が実技枠を狙っているということは耳にした。
〈私なんかが盗み聞きしてすみません、すみません〉
そう唱えながら昼休みは過ごしていたのだ。
ソフィリアは1年のころから猛勉強をしたおかげで何とか座学枠を勝ち取ることはできた。B判定という少し安心できないレベルの模試を終えて、いよいよ受験日と相成った。
「あ、ソフィリアさーん!! ちゃんと会場あってるか不安で、ソフィリアさんいてよかった~」
「あ、はい。そうですね」
「もしかして緊張してる?」
「は、はい・・・」
「私もめっちゃ緊張してる・・・!今日マナの吸い具合あんまりよくないのよね・・・。こういう日って魔法行使しづらいときあるから不安」
珍しくかなり潮らしくなっているアンジェリーナを見てソフィリアは若干気が大きくなった。ただ気が大きくなったからと言って普通に話せるようになるわけではないのだが。
「だ、だ大丈夫ですよアンジェリーナさんなら。優秀なので」
「そういうソフィリアさんのほうが緊張してるよね。ていうかあたしソフィリアさんがハープネス志望って知らなかった! いつから志望してたの? 何科受けるの??」
質問の質問に会い、彼女の頭は完全にパンクした。それを見たアンジェリーナは「ごめんねこんな時に変な質問して!」と謝罪をしたが、ソフィリアの混乱が収まることはなかった。
「あ、あとこれ良かったらもらってくれない? もしいらないなら捨てても大丈夫だから」
そう言ってニーナが渡してきたのは、猫の形をしたキーホルダーだった。お腹のあたりには小判のようなものがあるかわいらしいお守りのようなものだった。
「合格と健康祈願は込められてるんだって、よかったらもらっておいて」
「いいんですか?私なんかに」
「ソフィリアさんだからだよ、一緒に合格しようね!」
ソフィリアはそれを受け取ると、大事そうに両手でぎゅっと握りしめる。初めて他人から贈り物をもらった。ニーナはそそくさと先に進んだが、1,2分ほど興奮のあまりその場を動けずにいた。
そして、二日間にわたって行われた試験は無事終了した。座学枠組は4科目を一日目に受け二日目に残りを受け面接、帰宅。そして実技枠も同じく二日間のカリキュラムをこなすが、実技は三日目にオリエンテーションと現生徒会の説明挨拶など色々イベントが盛り込まれていた。座学枠組も希望があればこの催しに参加できるらしいがそんな余裕はソフィリアになかったので早々に帰宅した。
数か月後、合格通知が家に届き、ソフィリアは晴れてハープネス入学決定となった。
母親は泣いて喜び、ソフィリアもつられて一緒に泣いていた。ここまで号泣したのは二年前の自殺未遂を図ったとき以来だった。
アンジェリーナも同時に合格していた。仲良く学校で友達と合格祝いをしていて、ソフィリアもそれに巻き込まれてしまった。
その途中に気分が悪くなり保健室に直行したのは言うまでもない。
ここからは彼女のハープネスでの出来事がつづられる。
だが彼女は知らない、この学園の厳しさと綺麗な部分だけではないことを。