1話 「私」の始まり
足元は空の上。地面はなく屋上から宙ぶらりんなこの状況はとても違和感があった。
私はまだ生きていた。さきまで話していた少女が私の腕をぎりぎりで掴み、難を逃れていたのだ。
だが、彼女の腕だけでは私の体は持ち上がりそうにない。
詰みだった。
「もういいんです、私はもう」
「いいわけあるか! 絶対死なせませんから・・・!」
彼女の目はずっと私の視線を捉える。絶対離さまいという意思が伝わる。なんでそこまで必死になってくれるのか。
「会長! 下に到着しましたよ!」
突如、足元から男の声がする。声音は若く、恐らく彼女の連れの生徒なのだろう。見ると下から顔だけ出している彼が見える。
「遅い! 足から持ってそっちに引っ張って!」
「うす! てこれダメです! パンツ見えちゃいますよ?!」
「いいからさっさと持て馬鹿! 私の腕が持たないからー!」
「うす!」
緊張感のないそんな会話が目の前で繰り広げられ、私は死ぬことなく生還してしまった。
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先生から死ぬほど怒られ、説教が終わった後に校長室に招かれた。
だが中には校長はおらず、代わりに助けてくれた二人がいた。
男はニコッと笑うと私をソファに座るよう促す。
「調子はどう?」
「最悪、です」
女性にそう聞かれ私はそう答える。実際気分としては最悪だったし、とてもじゃないがさっき自殺を図ろうとしていた私が彼女らと話すのは気まずさもあった。
この人は死にたいんだなって思われるのが嫌で。
「詳しくは聞きません、ただ、死んだら全部終わりですから」
「はい」
「お説教は先生から山ほどされてるはずなので、言いたいことは一つ。さっきも言ったけど、あなたハープネス魔法学園に来なさい」
まただ。学校への勧誘、さっきも言っていたが・・・。というか、魔法学園って、しかもあのエリート校の名門だ。無理に決まってる。
「無理に決まってるじゃないですか、私魔法が使えないので・・・。ク、クレド症なんですから」
「く、クレド症っすか・・・?!」
男性が大きな声を上げた。女性はぎろりと睨みつけて彼を静止させる。彼は「あっ」とした表情を浮かべて黙り込む。
クレド症、正式名称はクレートレス・チルドレン症候群。生まれつきゲートがない子供に命名されるこの病気、100万人に一人が掛かるこの難病。魔法を行使するために使うゲートという器官がないため魔法が使えない。そして、行使するために使われる粒子物体、マナの存在も視認できない。
これは私に課せられた呪いであり、縛りだった。
これのせいで私は・・・。
「なんだ、私と同じか」
と、彼女はそんなことを言う。
同じ・・・? 同じといったのか今。
「ふ、ふざけてるんですか? あなたは使えてましたよね・・・?! 7年前の魔法災害、そこで私たちを魔法で魔獣から護ってくれたのは正真正銘あなたの力だったはずですけど」
「確かに、私は魔法を使えてる。だけど、それには理由があってね。ここでは言えないけど、クレド症の子でも魔法が行使できる世界、私はそれを実現したいと思ってるの」
何を言ってるのか、到底理解できなかった。この病は決して治ることはない。
ゲートは通常、持ち主の神経と繋がっているため体外に排出されると細胞が壊死する。臓器移植も基本的に受け付けない神経質な臓器がないまま、魔法を行使するなんてそれこそ―。
「それこそ、魔法ちっくだよね」
見透かしたようにそうつぶやく。私は彼女の言葉を信用していいのか、信用したらこの人生も変われるのか。
「私もクレド症で苦しんだけど、頑張って足掻いて、ここにいる。私があなたのことを救えたのも私が諦めずにクレド症について研究したからだし、あなたが勇気をもって魔獣に立ち向かったからでもあるの。あなたはこんなところで終わる人間じゃないはずよ」
真剣な目は私を真っすぐ捉える。クレド症と分かって見捨てた父親、私よりも優秀な妹。それでも私を大切にしてくれたお母さん。
そして私、天秤にかけたときに何が一番大切か。
そんなの分かり切ってる。明白だ、私はずっと思っていたんだから。私を救ってくれた魔法を使えたらいいなって。それで人助けできたらどれくらいいいことか。私は心の中で7年前のこの人と出会い憧れていたのだ。ただ、魔法が使えない自分が対極しすぎていて、諦めていた。
そんな私自身を変えたいと。
「考えてみます」
「うん! きっとそれがいい。君はまだ先に行けるはずだよ、待ってるから。ハープネスで」
これが私の始まり。死にきっていた私の人生の原点。
ここから私の本当の人生が始まるのだ、そう言い予感がしてならなかった。
「あ、ちなみに入学試験は実技と座学があるんだけど、ソフィリアさんは実技は当然無理だから座学枠のトップ5で入らないと入学できないからね! あと偏差値は大体70以上はあるから、今から勉強死ぬ気でやらないと受からないよー!」
去り際彼女からそんな声が聞こえてきた。
今の私の偏差値は50程度、基本は赤点回避を目指す私にとって、それは死刑宣告に近いものだった。
「・・・へ?」
「じゃね! 説明会あるから私はこれで!」
あわただしい足音を立てながら彼女は校長室を後にした。
名前、聞くの忘れたな・・・。
私は重い腰を上げながらそう一人つぶやいた。