0話 オリジン
いつのまにか私は校舎の屋上の端っこに立っていた。
下は見るだけで足がすくむ断崖、そこには私に気づいた生徒や先生が声をあげている。
今まで助けてくれなかったくせに、今更なにを。
今まで魔法が使えない私を忌み嫌っていたのに、死のうとしたらそれすら否定して、何がしたいのか。
まぁいいや、もう終わる。
私の長すぎた最低最悪で低劣な人生は、13歳の夏で終わりを告げるのだ。
この世界は、魔法なしでは最低限の人権は尊重されない。
マナという特殊な粒子を取り込んで自身の体内で魔法に変換する。
その変換する器官はみぞおち上あたりにある【ゲート】と呼ばれるクレート型の臓物だ。それが私は生まれつきなかった。
みんなが魔法を習得していく中、私だけ取り残される日々。
ゲートがないことを小学生の頃は馬鹿にされて、近寄ったらゲートが奪われるなんて酷い噂も立てられたものだ。
そして今、中学。そのイジメはエスカレートして、魔法で私をいじめるようになった。
時には魔法で身動きを封じられて殴られたり、机を壊されたり、水魔法でびしょ濡れにされたこともあった。中学から本格的にみんなが魔法の上達が見られ、その練習台として私はあてがわれた。
魔法があれば、こんな人たちなんて、やっつけられるのに。
魔法があれば、こんな状況覆せるのに。
魔法があれば、私だって...!
「ソフィリア! 危ないからこっちに来い! 一体何考えてるんだ!」
先生が後ろからそんな声を掛ける。
何今更虫のいいことを。今までだって見て見ぬふりしてきたくせに。
私が苦しんでいる時先生たちは何をしてくれたのか?
「来ないでください、来たら、来たら飛び降りますから」
「一体どうしてこんなことを! リリアナも心配してるんだ、早くこっちに来なさい!」
「あなたたちには言っても、わかりませんから」
リリアナ、私をいじめていた張本人。彼女が全ての元凶、あの人さえいなくなれば楽になるのに。
そんな人が私の心配なんてするはずない。
もう、めんどくさいな。
私はもう考えることをやめた。だって考えたって無駄だから。
いくら足掻いても所詮は魔法が使えない無能力者、周りの人たちは私の気持ちなんてわかるはずがない。
「わかりますよ」
瞬間、別の声が後ろから聞こえた。
どこかで聞いたこのふんわりとした安心感のある声。どこで聞いたかは思い出せない。だけど、私は恐る恐る後方を振り返る。
「私も魔法が使えない人間でしたから、ソフィリアの気持ち、わかります」
目の前の少女は昔あった魔法災害の時に私を救ってくれた、
いや、私達を救ってくれた少女だった。
7年前の魔法災害と呼ばれた震災。
私はある山に遠足で行っていた。忘れもしないあの日、大地震と一緒に結界から入れるはずのない魔獣が私たちに牙を向けた。地震によって結界が破られ、魔獣の大群が押し寄せたのだ。
当時の私は勇敢で、蛮勇だった。友達を守りたいがため、迫る魔獣に正面向いて抵抗していた。だが魔法も使えず体術も心得てない私がなす術もあるはずもなく。私は立っているのがやっと、恐怖で気絶寸前だった。
そんな時に、あの少女は舞い降りた。まるで絵本の中の勇者の如く、颯爽と君臨し、魔獣たちを蹴飛ばしていった。
「みなさん! 無事ですか!?」
少女は13から15歳程度の見た目で、どこかの学校の制服を着ていた。
床まで垂れるローブとマント、魔法で魔獣を的確に倒していくその様はまさに救世主そのものだった。
そんな彼女が今、目の前で私と会話をしていた。
なぜ? なぜ彼女がここにいるのか。
「今日はたまたま私の学校の説明会で来たのですが、見覚えのある子が居たので寄ってみました」
ニコッと笑みを浮かべる少女。名前すら知らない彼女が、言葉を並べた。
「死んじゃダメです、あなたは勇気のある立派な女の子なんですから」
何を根拠にそんなことを言ってるのか、理解できない。
「あなたが私の何を知ってるって言うんですか...?私の気持ちも知らないでそんな勝手なこと言わないでください!」
「あなたは勇気がある。それは7年前の災害の時に私が見た事実です」
7年前の私? 一体この人は何を言って...。
「7年前、災害の時私は学校の救助班とはぐれてあなた達のいた山林に迷い込みました。当時の私は13歳、あなたと同じ年頃です」
胸が締め付けられる、何が言いたいのか。
「当時、まだ私は魔獣との実戦が少なく、結界が破れて魔獣が押し寄せた時、逃げ出しそうになっていました。だけど、あなたの勇敢な姿を見て私も勇気を出せたんです」
「そんなこと、信用できるはずありません。だって、あなたはあの時すごく強かったじゃないですか...! 魔獣をあんな簡単に倒せる人間が、私の行動で勇気付けられるなんて」
彼女は近づいてくる。私の方へ一歩ずつ。
やめて、来ないで。来たら、ダメだ。
来たら飛び降りなくちゃいけない。
まだ私はー。
「死にたくないでしょ?」
心を見透かされたようにそう言われると、私は脱力する。
彼女は目の前にまで接近して、私に向かって手を伸ばす。
「私の学校へ来なさい、そうすれば、私があなたを最強の魔法使いに育ててあげるわ」
無理だそんなの。ゲートがないんだ、そもそも魔法を使うのに前提条件が違いすぎる。だけど彼女の言葉には、妙な説得感があった。
「わ、私は...」
意思を伝えようとする、喉につっかえるものを取り出すように。
だがそれは叶わなかった。
私の視界は壁一面に染まる、足がずり落ちて落下してしまった。
彼女の笑みも姿はなく、ただ落下する違和感が体に伝わっただけだ。
この日、低劣で内気な私の人間性は破壊された。