第51話 埒の外なのに原因は自分だった時の立ち振る舞い
よく分からないという感覚、未知の物事にはこちらから歩み寄らない限り解消されないもので、大きな溝も小さな溝も、どちらも越える為に必要なのは努力だ。
例えそれが『他の鳥見ないでよ』なんて鳥目線の嫉妬でも僕は理解していかなければいけない。
確かにそうだな。ペットとか飼ってても後から家族になった子を可愛がってると先輩ペットが機嫌を損ねちゃうってこともあると聞く。
神様をペット扱いしたらそれこそブチギレられそうだけれど、言われたことは大体そんな感じだった。相手の立場になって目線を合わせて寄り添っていくことを誓い、八咫の部屋を後にした僕は宴会場に戻る。
「おぉ、将三郎殿! 待ってたぞ!」
僕の姿を見つけたエンリケが腕を振って呼ぶ。なんだろうと思い近付いてみて後悔した。エンリケの前に大きな長机があってよく見えていなかったが、彼の足元には顔を真っ赤にしたオークが何人も転がっていた。どう見ても酔い潰されている。
「いい、僕はいい」
「まぁまぁそう言わず!」
「いやだ、絶対いやだ!」
あんなんなって転がされるくらいなら八咫に罵倒され続ける方がまだご褒美だ。しかしその八咫は現在、気持ち良く眠っている。期待はできないだろう。
「将三郎殿!」
「僕はまだ死にたくない!」
「酒で死ぬ奴なんて聞いたことがないぞ!」
「急性アルコール中毒舐めるな! アルハラ反対! これは王命だぞ!」
酒に潰されたくなくて王命を使う王様がそこにはいた。流石に王命と言われれば退くしかないとみたのか、エンリケは大人しく着席した。ちょっとしょぼんとした顔をしていたのを見て、ちょっと申し訳ないことをしたかなと思った。文化の違い、か……。
エンリケの正面が空いていたのでそこへ座った僕は、酒の入ったカップを手に取る。
「人間はオークと違って酒に強い者、弱い者の差が大きいんだ。そして僕は弱い方だ。あんまり沢山飲むと体を駄目にしちゃうんだよ」
「そうか……人間にも色々あるのだな」
「あぁ。だからこの1杯で勘弁してくれないか?」
手にしたカップを持ち上げ、エンリケの前に差し出す。ちょっと落ち込んでいたエンリケの顔が満面の笑みに変わる。ガチン、と強くカップを打ち合い、エンリケは一気飲み。僕はちびりと一口飲む。
飲んでみてびっくりした。骨と草しかない白骨平原でこんなすっきりした飲み味の酒が飲めるとは……。
「旨いだろう!?」
「うん、めちゃくちゃ美味しい。ちょっとアルコールが強いけど……っ」
「これはな、ホロウウッドと呼ばれるモンスターから取れる実で作った酒だ」
モンスターからのドロップアイテムを加工したのか。果物から作ってるからこういうすっきりした口当たりになるのかな。とにかく飲みやすいのだが、オーク用だからか度数が高い。じんわりと熱をもった喉を酒で冷ますように飲むからみんな酔い潰れるんだろうな。
「ウッドというには木のようなモンスターなのか? なら薪とかも落としそうだけどな」
「うむ。時々落とす。が、薪なら燃える骨を使えば問題ない。それよりも、こっちよ!」
エンリケは机に立て掛けていた剣を手に取り、僕に見せた。なんだろうと思いながら見るがなるほど、柄が木製だった。
「骨は硬く強い。研げば大抵のモンスターを圧倒できる力がある。しかし握るには痛くてな……そこでこのホロウウッドの木が役に立つ! こいつは柔軟性があって手にもよく馴染む。それでいて丈夫という、まさに剣の為にあると言っても過言ではない素材よ!」
「なるほど……僕みたいな人間には柔軟性があっても堅そうだけど、オークにはちょうどいいかもしれないな」
「将三郎殿の剣もなかなかの業物のようだな?」
身を乗り出し、僕の腰にぶら下がっているスクナヒコナを見るエンリケを慌てて押し戻す。
「これには触れちゃ駄目だぞ、神罰が下るから!」
「なんと……! 神剣の類か!」
「【王剣スクナヒコナ】。神が王に与える特別な剣だよ。王様以外が触れると酷いことになるって八咫が言ってたよ」
「恐ろしいな……しかしやはり八咫様が認めた王ということに偽りはないのだな」
「なんだ、信じてなかったのか?」
そりゃオークよりは小さいけれども。なかなか初見で信じてもらえることが少ない気がするな……。
カップに入った酒を呷る。ふぅ、とアルコールの籠った息を吐き、ジロリとエンリケを睨む。睨まれたエンリケは苦笑しながら僕のカップに酒を注いだ。
「人間に会うのも初めてでな。それが王ともなれば多少の警戒はするとも。しかし将三郎殿は我等の酒を飲んでくれた。これでまだ信用しないとなれば、それは最早、王の敵だ。我等ホワイトオーク、ベクタ集落一同は将三郎殿の一番の臣下であることをここに誓うぞ!」
エンリケの言葉に呼応するようにベクタのオーク達も雄たけびを上げていた。カップで机を叩き、野蛮で心を揺さぶるリズムが生まれる。
「我らガラッハのオークも王の臣下である!」
「ハドラー、お前」
「うおーーー!!」
まだちゃんと長になってないのにそんなこと宣言していいのか? と言おうとしたらアレッドが大声を上げて僕の声を掻き消した。ブルーノもキーロも、ベクタ集落民と同じようにカップを叩きつけて打楽器隊に入隊してしまった。
しかしそのリズムを、誰よりも大きな声で中断させる者がいた。
「異議あーーーーーーーりぃぃぃ!!!!!」
会場どころか集落中に響き渡る声に、カップのリズムがピタリと止まった。
声のした方を見ると、椅子二つを並べ、その上に立ち、腕を組んでふんぞり返るアイザがそこにいた。
立ち上がったオークよりも上から見下ろすアイザの顔は真っ赤に染まっていた。完全に酔っ払いである。
「誰が、1番の臣下だと?」
「お、俺達ベクタ集落民こそが王の一番の臣下だ!」
「はぁ?」
「……」
声を上げたホワイトオークを、ラースヴァイパーもひっくり返るような一睨みで黙らせるアイザ。
そのままぐるりと周囲を見回し、声を上げようとしたオークを全員黙らせた。僕だけ視線が通り過ぎて目が合わなかった……。
もう反論する者がいないことを確認してから、再びアイザは口を開き、胸いっぱいに空気を吸い、吐く。一呼吸置いてから、彼女は止めの文句を、事実を皆に突き付けた。
「王と最初に対面したのは私であり、王の初陣を共にしたのも私である。つまり! 王の一番の臣下は私である!!!」
「……」
「異論のある者は出てくるがいい。一対一の決闘を受けよう」
反論の言葉はなかった。ダークエルフという華奢な身でありながら、圧倒的な圧で巨体を誇るオークを黙らせたのだ。しかし会場の空気はひえっひえ。もう乾杯もクソもないくらいに凍り付いていた。
そんな中、1人のオークが立ち上がる。エンリケだ。流石にこんな空気になったら酒を飲もうなんて気持ちにもならないのか、彼は立て掛けていた剣を手に取り、椅子から離れる。
「エンリケ、すまん。アイザには僕から……」
「決闘だーーーーーーーーー!!!!」
きぃぃーーーーーー……ん、と耳がぶっ壊れる声で眩暈がした。慌てて耳に手をやるが、運が良いことに血は出ていなかった。後から垂れてきてないか何度か触れて、見てを繰り返し、『あ、あ、あー』と自分で声を出して確認してみる。……うん、ちゃんと聞こえてるみたいでよかった。ガチで鼓膜飛んだかと思った。
「王の一番の臣下は我等ベクタ集落である!」
「否! 我等ノート族こそが一番の臣下! さぁ掛かってこい、その命を以て理解させてやろう!」
僕の本意でない戦いが、僕を原因として今、始まろうとしている。
「俺達は2番……いや、3番でいいです」
そんなハドラーの主張を聞くものは僕以外いない。その場の9割の者が、これから起こる決闘に胸を躍らせ、腹の底から吠えていた。




