第38話 王剣リョウメンスクナ
【王剣スクナヒコナ】が軽すぎる問題を覚えてる人はいるだろうか。初めてあの剣を手にした際、羽根のように軽いと感じ、その軽さ故に振った時の威力が減衰すると感じ、僕は八咫に重さを増やしてくれと頼んだ。
そうして若干の重さを増やし、手に馴染んだスクナヒコナ。剣にしては軽く、しかし軽過ぎず、先のカオスオーク戦では非常に役に立ってくれた。
そして今回、新たに八咫の羽根より生み出された大剣である【王剣リョウメンスクナ】。二羽のカラスが開いた片翼がそれぞれ刃になったこの剣は、大剣でありながらも非常に軽かった。
もしかして発泡スチロールかな? と思うくらいの軽さだった。しかし、握った時に感覚で理解できた。八咫は僕の要望を先読みしてこの剣に特殊なアビリティを組み込んでいた。
「ぐっ……うおおおおお……!!」
僕の下でガーニッシュが膝をつきながら剣を押し戻そうと奮闘している。
【王剣リョウメンスクナ】に備わったアビリティ【重力崩壊】は剣の重さを自在に操るものだった。スクナヒコナにはない力だ。あれはあれで万能だが、こちらは大剣ということもあり扱いが難しい分、威力の増減や操作性の向上が僕の配分で操作できるようになっていた。
王の剣だからこそ、触れて理解できた力だった。
現在は刃の重さを増やし、ガーニッシュを押さえつけている。ちょっと力を入れれば剣ごと斬ってしまいそうなのを避けながらなので意外に難しい。なので僕の内心はさっさと降参してくれでいっぱいだった。
「己の武器を手足のように扱い、敵を制す……これが強さなんじゃないか?」
「ぐ……っ!」
「早く降参してくれ。殺す気なんてないんだ。このままやっても変わらない」
「ぬ、ぐぐ…………わ、わかった、降参だ、降参する……!」
欲しかった言葉をようやく引き出した僕はリョウメンスクナの重さをゆっくりと戻してやる。一気に軽くしたら反動でガーニッシュの剣が飛んできそうだからな……。
戦闘を終え、息を荒くしながら僕を睨みつけるガーニッシュ。なんだろうな……僕としては十分に剣のアビリティを引き出して力を見せてやれたと思ったんだが、こいつの目はそれを認めているようには見えなかった。グランのように、物分かりの良いタイプの長ではないようだ。
「……」
立ち上がったガーニッシュはそのまま村の奥へと行ってしまう。何か言えよ……。
溜息交じりにそれを見送り、さてどうするか考えようとしたところで声を掛けられた。
「父が申し訳ないです」
声のした方へと振り返る。そこには背中を丸めたハドラーが立っていた。見るからに消沈した様子で、何だか申し訳ない気持ちになってくる。彼は何も悪くないのに。
「気にしてないと言えば嘘になるけれど、自分から言い出した勝負に納得してもらえないのはむず痒いものがあるね」
「こればっかりは種族間の認識の差としか……力と力の戦いが俺達オークの証明方法なんです。武器の性能も大事かもしれないけれど、俺達オークは、やっぱり力の比べ合いが勝負の分かれ目なんです」
「そうか……そういうこともあるか……」
ハドラーに言われたことを反芻する。確かに、オーク同士なら純粋な力の比べ合いでの勝負は分かりやすく成立するだろう。しかしこちらは人間。しかも非力な一般人だ。多少、戦いの覚えはあるとしてもオークに比べれば肉体的に脆弱だ。
力と力での比べ合いにはならない。ならば、小手先での勝負になるのは当然の流れだった。
ハドラーはそういう柔軟な思考ができるタイプのようだ。見ればガーニッシュにはなかった知的な部分も表情に現れているようにも見える。
「……君が長老だったらと思うのは我儘だな」
「もう少し来る時期が遅ければ、それもありえたかもしれないです」
どういうことか聞くと、ハドラーは現在、長老になる為の試練の最中だそうだ。この白骨平原は89層から81層までぶち抜き設定の広大な草原で、ホワイトオーク以外にも様々な種族が住んでいるのだとか。
そうした環境で生き残る為のサバイバルをするらしい。これまでの戦いで何度か訓練としてサバイバルをして、次が本番だそうだ。
「村の何人かと一緒に試練を受け、戻った者が長老と幹部になるんです」
「なるほど……興味深い風習だな」
長老と幹部が総入れ替えになるのか。世代によって違った政策等もあって住民たちは混乱するかもしれないが、長く続けてきたことならある程度の順応性はあるだろう。
だとしたらやはりガーニッシュにはがっかりさせられる。彼だって試練を乗り越えて今日までこの集落をまとめてきたはずなのに、素直に負けを認められず、しかも神と王の前で無礼を働いて謝罪もなしに姿を消したのだ。
「俺がもっと強ければ、王にあのような情けない父の姿を見せずに済んだのに……」
「まぁ、あれだけ強さに自信を持っていれば多少性格も歪むだろう……お互い、気を付けていこう。それよりお願いがあるんだけど……」
「? なんでしょう?」
僕は周囲の目を気にして少しハドラーに近付き、小声で囁く。
「あのさ、良かったらその試練、僕もついて行っちゃ駄目かな」
「えっ……えぇっ!?」
「邪魔しないからさ! 試練はハドラー達にとってとても大事なのは理解してる。邪魔は一切しない。助けもしない……かは断言できないけど、僕は君達の試練を間近で見てみたいんだよ。駄目かな?」
ダンジョンのモンスターがこんな風習を軸に生きているとは思いもしなかった。ダンジョンに潜るまではただ本能のままに生きていると思っていた。
でもアイザ達に会い、ハドラーに会い、こうしてモンスター達もちゃんと物事について考え、苦労し、協力し合って生きていると知った。
できればこれはしっかりと配信に納めたい。これからも納めていければ、リスナー達もきっと喜んでくれるだろう。
ハドラーは腕を組んで考えていた。数分後、考えがまとまったのか、ジッと僕を見た。
「試練は俺達が出世する為の大事なものです」
「うん。理解してるつもりだよ」
「なのですが……実は昔、父が不正をしたという話が一時期ありました」
「なんだって?」
これこそ周りの目を気にしなければいけない話じゃないか。
「そうした噂は禍根を残します。俺も仲間も、父や幹部達に良い感情は持っていません……できれば、王にはそうした不正がなかったことをしっかり見てもらいたいです」
「なるほど……そういうことなら願ってもない」
同じ部族の者より外部の人間の方が信憑性は上がるだろうな。
「じゃあできるだけ邪魔しないように見させてもらうよ。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
うんうん、上手く話がまとまって良かった。あの親からこんなできた息子が生まれるとはな。きっと母親似なんだろう。
「それで、いつ出発するんだ?」
持ちっぱなしだったリョウメンスクナの重さを調節して手遊びに手首のスナップで剣をその場でクルクルと回しながら尋ねた。
「明日です」
僕は危うく落とした剣でつま先を斬るところだったよ。




