第35話 八咫の目的
「~~~~~~っっっ!!」
人間、本当に驚いた時は声が出ないと聞いたことがある。声が出るのは敢えて声を出すことで何かしらを良くしてるらしいが……声が出ないってことは何かしらを良くしていないのだろう。
つまり、考えすぎていっぱいいっぱいになってるのだ。
何でここにいるのか。どうやって来たのか。ノート族はどうするのか。どうやって追い返すか。ここに来て大丈夫なのか。体は問題ないのか。八咫はどうしている。
全部考えて、全部分からなかった。ただ、脳は混乱したままだが体は落ち着いた。そっと寝床から離れてアイザの状態を見る。
ただ、寝てるだけのようにも見える。ただ僕の隣で寝る為にここまで来た訳がないのはわかる。驚いて何も行動ができなかった僕は、ようやく八咫という便利な神様がいることを思い出せた。
「八咫……八咫!」
「ん……なんだ、騒がしいな……」
珍しく人間姿で寝ていた八咫が鬱陶しそうな顔をしながら体を起こした。
「アイザがいる……なんでここにアイザがいるんだ?」
「ん……あぁ、それは…………くぅ……」
説明が途切れたから何か勿体ぶってるのかと思って八咫の方を見ると座ったまま首がかくんと落ちた。
「座ったまま寝るな!」
こんなタイミングで寝る奴があるか!
立ち上がって八咫のところへ駆け寄り、片を掴んで前後に揺らす。こんな緊急事態に寝れるなんてどういう神経してんだ。
「ん、んんっ……ぅ……鬱陶しい!!」
「グハッ!! ガッ……ぐぅぅ……!」
思いっきり腹をぶん殴られた。信じられないと思うが人は神様に殴られるとちゃんと吹っ飛ぶらしい。殴られた勢いで飛んだ僕は地面を跳ねてから転がり滑る。昨日は食欲より睡眠欲を優先したお陰で半固形物が口から出てくることはなかったのが唯一の救いか。
「アイザは……私の眷属になっている。つまりイレギュラー化してるんだ。もうモンスターじゃない。だから来れた。わかったか? 分かったら、二度と、寝起きの私を、揺らすな」
「は、はい……」
知らんがなそんなん……つーか眷属? イレギュラー化? いつそんな……。
うつ伏せで床を舐めながら暫く考えてハッとした。そういえばアイザに初めて会った歓迎会の時。酔ったアイザの行動に怒った八咫が寝室へ案内させて、それから朝まで戻らなかったんだっけ。
あいつ、さてはその時に何かしたな?
「そうに違いない……」
何とか起き上がれる程度にはダメージが回復した僕は這う這うの体で寝床に戻り、アイザの傍に腰を下ろす。八咫は頭までリネンを被っている。小学生みたいな『起こすな』の主張だな……。
「……アイザ、起きて」
少し迷った僕はアイザの肩を揺する。何度かそれを繰り返すとぴったりと
合わさっていた長い銀の睫毛が二手に分かれた。
「ん……将三郎さん……?」
「起きた? 体は大丈夫?」
「あ……あっ、将三郎さん……!」
周囲を見回していたアイザは、状況が掴めたようで少しの間は慌てていたが、次第に落ち着いてきたので、説明を求めることにした。その頃には八咫も、まだ寝転がってはいたが目を開けて僕達の方を見ていた。
「私、八咫様の眷属となっているのに気付いたのがあの戦争の前夜なんです」
「あの日は朝からバタバタしてたし、話す機会もなかったのか……」
「終結後の宴に将三郎さんは来なかったので、結局最後まで話せませんでした」
僕にも責任はありそうだった。しかしこうなることは分かっていたはずだ。
ただ1人を除いて。
「八咫」
「気安く呼ぶな」
「……お前、知ってて何で言わなかった?」
「言う必要があったか?」
「あるだろお前……何でお前がキレてんだよ。いい加減にしろよ」
後ろめたいことがあるから逆ギレしてるんだろうけれど、こんなしょうもない言い争いはしたくない。八咫の方が圧倒的に年上で大人ではあるが、ここはひとつ、僕が大人になるしかないだろう。
僕は八咫のそばに座り、ジッと目を見て話しかけた。
「八咫。僕はお前と地上に出るって約束した。こんな言い争いで仲違いなんてしたくない……言い難いことならこれ以上聞かない。でも教えてもらえるんだったら、僕はお前の言葉で聞きたい」
きっとアイザも事情は把握してると思うが、僕は八咫から話が聞きたい。
「……話をするのは、お前に知らせるべきなのは当然だった」
「うん」
「ただ、そうだな……リスナーに言わせればおまいう案件なのが、私の口を堅くさせたんだ」
「……うん?」
なんだろう。なんかそういうやり取りあったっけ?
「私はアイザを寝室に連れ込んだ」
「うん」
「それで、抱いた」
「うん!?」
「情が湧いたので眷属化した」
「はい!?」
八咫は立ち上がり、アイザの傍へと移動する。僕は今朝よりも頭が回らず、それを見送る事しかできなかった。
「アイザは私の勝手で連れて行く。そうなるようにしたんだ」
「おま、お前……やってることが滅茶苦茶すぎて、やばいぞ。サフィーナはどうするんだよ。アイザには娘がいるんだぞ!?」
「将三郎さん、サフィーナはノート族の首長となりました。時期的にも継承は近かったので、それについては問題ないんです」
「そうは言うけどアイザ、八咫についてきたら……ダンジョンから出たらサフィーナには簡単には会えないんだぞ?」
会おうと思えば会えるだろう。地道に【禍津世界樹の洞】を潜るのでもいいし、5層の安地にある転移罠を踏むのでもいい。どこに着くか分からないが、運が良ければ僕みたいに99層に辿り着けるかもしれない。
「あの戦いで死ぬ可能性もあった。でも生き残れた。ずっと一緒に暮らしていけたはずだったのに……八咫、お前の勝手で親子が引き離されたんだぞ」
「神とは勝手なものだ。お前の尺度で測れるものではない。ただ、こうなった以上、責任は取る」
「責任って……どうするつもりなんだよ」
「このダンジョンを上から下まで全て隅々まで支配し、独立させるつもりだ」
八咫は腕を組み、堂々とした態度で言ってのけた。
「平らかなる王となる為にダンジョンのモンスターと手を組み、友好を交わすと貴様が決めたように、私はダンジョンに巣食う敵対モンスターを全て殺す。その後、ダンジョンから脱出した際は【禍津世界樹の洞】をクリア権限を利用して個人用ダンジョンとして探索者協会から買い上げるつもりだ」
「お、おぉ……なるほど……ちょっと待て、考える……」
八咫の言っている言葉の意味はわかる。ダンジョンはクリアした者の権限で個人用ダンジョンとして買い上げることはできる。探索者同士の集まり……クランやギルドが専用ダンジョンとして所持しているということも少なくない。
ただ、このダンジョンは県庁所在地のど真ん中に出現したダンジョン。土地的にも結構な値が張るだろう。誰の物でもないダンジョンの場合は手が出せないので値段は付けられないが、個人の物として所有する場合は土地代が関わってくる……はずだ。確か。
「お金はどうするつもりだ?」
「このダンジョンならいくらでも用意できる。木材や石材といった建築用の物から、魔力石も敵対モンスターを退治すれば手に入る。別の階層には天然の魔力石が採掘できる鉱山もある。勿論、採掘者もいる。外の知識を持ち帰れば雇用の対価にもなるだろう」
「意外とちゃんと考えてるんだな……それで、アイザとサフィーナはどうするんだ?」
問題はそこだ。親子の間を引き裂いた責任。それが一番の問題だ。
「ダンジョンを買い上げた後、再び100層まで、1層ずつ攻略する」
「それに何の意味があるんだ?」
「貴様はいきなり99層に来たし、逆走してるから分からないと思うが……いや、言い方が違うな。当てはまらないと言うのが正しい」
八咫は人差し指を立て、天井を指差す。それから真っ直ぐ下へと腕を下ろした。
「上から1層ずつ順に攻略するとその層の支配条件が達成されるんだ。最終的に最下層まで攻略すると条件が達成され、各層の行き来が自由になる」
「……つまり、転移が解禁される……ってことか?」
「そういうことだ。逆走するから地形や各層の状況把握は可能だし、敵対モンスターは上に行く間に駆除できる。本来、ラスボスが存在する最下層は私の城だ。つまり、歩いているだけで攻略可能という訳だ。こうしてすべての層を攻略することで支配条件が達成。独占権が獲得できる。あとはダンジョンに見合った金額を探索者協会に支払えばダンジョンを入手することができるという訳だ。これはリスナーに何度も確認したので間違いはない」
「それで寝る前はいつもリスナーと喋ってたのか……」
思わず何度も頷いて納得してしまった。なるほど、ただ上を目指すだけだった移動に意味を持たせるのか。その為の敵対モンスターの駆除という訳か。理に適ってる、か……。
「しばらく娘とは会えませんが、私も頑張りますから……そもそも、眷属化に合意したのは私の意志でもあります」
「無理矢理された……って訳ではないんですか?」
「当たり前だ。相手の合意もなしに契約が結べる訳無いだろう」
じゃあなんで神は勝手だとか言ってたんだよ。……アイザを庇おうとしたのか?
八咫を見るも、目を逸らされる。なんだこいつ。
「元々、首長後任としての修業中でもありましたし、実はノート族が抱える悩みも一つありました」
「……というと?」
「94層は豊富な食料があり、私達は日々、狩りを行うことで生活していました。しかし、それ以外の技術がなく、新しいものを取り込めずに惰性的になりつつありました」
惰性で生きていれば長続きせず先細る……ということもあるかもしれない。
「狩り以外の自足の方法を探す為にも、私は外へ出られるこの機会を逃す事はできませんでした。だから、八咫様は悪くないのです。悪ぶってるだけです。格好つけてるだけなんです」
そこまで言い切っちゃうとだんだん八咫が可哀想になってくる。そっぽを向いたままだが目元がぴくぴくしていた。
恥ずかしい……けれど怒るに怒れない。将三郎をあれだけ煽っておきながら自分も同じことをしたし、それをきっかけにアイザに付け込まれたと言えなくもない状況をどうにかしたいがこれだけややこしくした原因は自分だから何も言えず、事の収束を待つしかない……と言ったところだろうか。
「まぁ、事情はわかった。アイザはアイザの目的があり、八咫には八咫の理由がある。なら僕は王として、二人の目的と自分の目的の為に、頑張るしかないよ」
王としてできることをするだけ……なんだろうな、きっと。上を目指す中でこれからも色んな人や出来事に出会うだろう。
そういったことの中でも、ちゃんと正解を選べるようになるのも、王としての務めなんだと、改めて思った。
「軽蔑してくれていいぞ、将三郎」
「開き直るんじゃねーよ。ちゃんと責任果たせ」
「……わかった」
「僕も王として認めてくれたお前の為に、ちゃんと責任を果たすから。一緒に頑張ろうぜ、相棒」
これまでずっとダンジョンの底で一人ぼっちだった八咫だ。ちょっと人との距離を、人付き合いの選択を間違えることはあるだろう。ダンジョンの外にいる僕だって間違えるんだ。こればっかりはトライ&エラーだ。できれだけ間違いたくないけどな。
「さて、話もまとまったことだし、朝ごはんにしよう!」
腹が減っては戦はできぬし、まずは何をするにしてもこのさっきからきゅうきゅうと内側に縮み続ける胃を満たすところから始めるとしよう。
いつもありがとうございます。
これにて紫黒大森林ヘルフォレスト編、完結です。
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