2024/3月分
なんとなく、コミュニケーションを得意とする人が減少しているような気がしないでもないんですよ。理由をつけて思いやりにかけた発言をして、平気な顔をしているような人が増えたような気がしないでもないというか。
自分の意見を言いっ放しで人の意見が聞けない人。
誰かの意見を聞いてあげることはできるけど自分のことはうまく話せない人。
ラインやメール、掲示板なんかでは達者なのに、人と会うとほとんど話せない人。
なかなか全てが丸く収まることはないのだなあと感じます。
なんていうか、自分大好き民が増えたなあって思うんですよね。
自分のことを褒めてくれる人を探して
一方が聞き入れているだけではダメというか、片方に染まってしまう、染められてしまう時点で、それはコミュニケーションではなくて…強制にはなってませんかね。思ってることを口に出せない人って、わりとこう…ゴリ押しされちゃいがちというか。
コミュニケーション全般において、
むつかしいですね。現在はマイノリティとか個性とか、
なぜ私はお前の個性を受け入れて肯定しなければならないんだ、なんで私はお前の個性を認めているのに自分自身を否定されているのだみたいなことがですね。
まあ、自分の事なんですけどね!!!
もいて、る事があるんですよ。
↑みたいな、なんでこうなった展開に、ボチボチ遭遇するのですよ。
なんていうか、今までそっぽを向かれていた少数民が主張を始めて、
私は昔から、ヒマと白い紙(主にチラシの裏)があれば鉛筆を握っていました。
絵を描いたり、迷路を描いたり、手紙のようなものを書いたりして、幼稚園に入って、そこで初めて先生に指摘されたんですよ。
「鉛筆の持ち方が変」私は事務用の鉛筆で
そう言われてみれば、ここ数年…デジタルに移行してからペンを持っていません。鉛筆も持ってないし、よくよく考えれば筆圧をかける機会はとうの昔に失われていて、負担らしい負担を受けることがないまま月日は流れ…指が完全復活したのです!!
消えてびっくり
・井戸端会議は、少なくとも半径五メートルに何も存在しない空間でするべし
・家の壁は案外薄い
バイト代は出ないんですけど、もともとお店屋さんごっことかが好きなタイプなので物をあげたり打ったりするのがすきなんですよね。
実はけっこう侮れないのですよ。
というのも、参加人数が少ないゆえの一般参加者と主宰側の
特に、細々と活動を続けているフリーイラストレーターや店舗を持たない独り親方業者なんかはですね、意外と
経費が組み込まれているので、赤字を出しても怒られないのが強い。
大きなイベントをやる時って、わりと
なんていうんですかね…商業イベントって黒字を出さないといけないので、血走ってるんですけど、わりと小規模のイベントって、自分たちの活動を知ってもらうのが第一目的だったりするので必死さがないというか、まあ中には売ることに命かけてる人もいますけど、わりとこうギラギラしてないことが多いのですよ。
来場者が少ないので比較的ききたいだけ聞けるしせっかく興味を持ってくれてる人がいるのにしつこくして逃げられたら矢田的な考えの人も少なくないので、しつこく声をかけたりしないし。
人というのは自分ではない存在に指示されておとなしく従いにくいものなので、
そのうちたった一人でわしはやらんぞと座り込むような人をあれはただの邪魔なしようなんて流れになりそうだ、みたいな。
「寝ているときに時計の音が気になる」
秒針の音が気になって眠れないというのですよ。
何をいうんだという気もしないでもないんですけども。
そこもびしょびしょ!!テレビをつけてみればおかしな表示、ーーー!!!
家中亜熱帯地帯化した、リビングキッチンーーー!!!
はオフしているレベルです。最近の空気清浄機ってわりと加湿器付きのものが多いんですよね。
家庭用だとけっこう不都合な部分が多いんですよね。
今現在の品々を見て感じた事を一旦みるべ!!と思い至った次第でございます。
おでんの味噌が足りないから美味く食べられなかったので返品、気分を害したから損害賠償しろだのおかしいな不愉快な記憶がデロデロと!!思いついたことをメモしたり予定を書き込んだりして毎日気軽に使い捨てている手作りのフグの干物をしょっちゅう動画
高評価と低評価
比率が0.00%
地味にへこむので、なろうは評価なしに設定できて易しいなあと思う
毎週土日には遠出をしてまで愛でに行くような感じでしてね。。
あの時見たものはいまだに脳裏にばっちりと残っていて…事あるごとに顔を出してくるので、正直見なきゃよかったという感想しか出てこなかったりするわけですけれども。
その後、父方の祖母にまたいとこ、同級生に母方の祖母、お世話になった人などなどを見送ってきました。最近はずいぶん小さなお葬式が増え、身内で済ませる方が増えたこともあって知人の葬儀に参列することが減りました。
買った洋装の喪服の金額を考えたら、和装も買えたんじゃないかと思うわけですよ。
最近は家族葬が珍しくなくて、葬儀に参列する機会そのものも減っていて
洋装でなければいけないこともないんですよね。
いまさらだけど買うか迷っている自分が折りましてですね。()
なお、自分で着られなくなった喪服はともに引き取られていきましてですね。ああ、・・。
サイズアウトがかさんでしまい
明日は4/1、エイプリルフール。
ウソにまみれたこの日は、何を隠そう私がなろうで小説を投稿し始めた日でしてねえ。
4周年の記念日ですよ、いよいよ5年目に突入ですよ!!
わりと本気であんまりランキングとか気にしてなくて、すごく雑なんですよね。
まえはなろう分析さんで自分のランクインをチェックしてたんですけど、ランキングがリニューアルしたからか更新されなくなってしまって、もはや確認するすべがですね。
なんていえばいいんですかね、私はあまりランキングは気にしていなくて、毎日何かを投稿するという行為にドハマりしているだけなんですよ。
何でもかんでも普通葉とか一般常識はと乾く羽目するのもねえ。
なんていうんですかね、たとえばとある助言をしてくれたとしましょうか。
それを聞いてそういうものなんだと思う人がいたとします。
ところが、そういう考えの人は一人しかいなくてですね。
だがしかし、そういうものだと思ってしまえばそう思う人は二人に成ってしまうわけで、こういうのが連鎖したらあっ中馬に常識というものは出来上がってしまうのですよ。
何も知らない人というのは実に危ういというか。
なんだろうね、自分の常識というのは自分の常識であって、人の常識ではないのですねえ。
人の常識と重なる部分があれば勘違いもしますけど、基本脳みそは自分が所有しているわけで、人の脳みそなんてのは完全に別物名わけでねえ。
いろんな人がいて当然だけど、人の総長したい気持ちや周りと同じなんだという安心感を求めてつながってはおかしな方向煮的な流れがですね。
常に孤立したいタイプに月、意見交換経験が乏しくて持論展開することしかできないのがもうね。
明日はなろうで投稿を始めて五年目、
世界に一冊しかない本を作るのが好きだったんですよ。
なので、もし自分の作品が本になったら、ぜひ直筆のイラストとかを入れたいなと思っているんですよねえ。
自作のプラパンマスコット付きとか、面白そうw
その昔とあるタレントが己の着用済み下着の欠片付きで写真集を発売した実績があるので、たぶんおそらくできないことなはいはず?
原稿を書いて印刷所に出して刷り上がってきたものを見るのはうれしいけど、




