能面男のサバイバル、始まる 6
怪我したホーンドラビットの子供を連れて帰ってから、5日が経った
その間、肉を食ったり魚を釣ったり、草を刈っては与えたり…割と平和な日々を過ごしていた
最近では当たり前のように俺の近くにいるコイツ、怪我はもうカサブタのような物が出来ていた
まだ痛みはあるのか、動きはさほど良くはないが、殆ど引き摺るような歩き方は無くなっていた
怪我した箇所の毛が生えていないのは可哀想だが、他の所の毛もあるのでさほど目立たない位にはなっている
しかし、野生の魔物とはこうも懐くものなのだろうか?
野生というだけで懐かない雰囲気しかしないのに、魔物なのだ
その魔物が今、胡座かいて釣りをしている俺の足の間で丸くなって、たまに水面がバシャッとなる音にビクッと顔を上げる以外、鼻をスピスピ鳴らすか、下手したらアクビまでしやがる
本当にコイツは野生の魔物だったのだろうか…それとも、まだ子供だからなのだろうか
そんな事をぼんやり考えながら、今日も釣りをしている
小さいサイズが多いものの、釣果はなかなか良い…っと、またかかった
竿を勢い良く上げて、かかった魚をそのまま陸まで引っ張り上げる
跳ねた水が顔にでもかかったのか、野生も魔物としての矜持も無くなっている可能性のあるヤツが顔を横に小さく振る
「水かかったか?寒いだろうからテントに戻ってろよ」
俺の言葉が分かるのか否か、チラッと此方を見上げて、それから
「いや、寝るんかい」
また丸くなってしまった
人の体温で暖を取りやがって…まぁ、いいか…邪魔じゃないし
釣った魚を針から外し、また餌を付け、投げる
あと何匹か釣れたら、今日の分は終わりだ
夜、川は流れているから凍らないだけ、という程に冷たくなる
なので、多めに石を焼き、放り込む
飯を終えた俺のこの生活最高の楽しみである命の洗濯タイムだ
夜は大分冷え込んできたからな…風呂(穴)で暖まって、上がったらすぐテントにダッシュして暖かい寝袋に入って寝てしまおう
そういえば、今もずっと傍らにいる野生を失ったウサギも入れてやろうか…?
流石に嫌がる可能性があるが、朝の小鍋を準備した時の反応を見る限りは…
「おい、一緒に入るか?」
本当に言葉を理解していそうな膝の上で丸くなっているそいつは、顔を上げてスピスピ鼻を鳴らした後、小さく鳴いた
「…ま、嫌ならすぐ出ろ」
返事を待たずにホーンドラビットを抱え上げると、焚き火の中の石を放り込んでいく
水の蒸発する凄まじい音と水蒸気にビクッと警戒するウサギを尻目に、湯加減を確かめる…寒いからな、これくらいで良いだろう
更に追加で石を焼いているので、風呂の温度が下がってきたら足せばいい
地肌に当てさえしなければ、火傷をする事はないだろう
焚き火に当たりながら、急いで服を脱ぎ、濡れもせず、焚き火の火で引火もせずという場所に適当に服を畳み、急いで湯に入る
「くぁぁあ…染みる…」
冷えた身体が、やや熱いと感じる程の湯によって暖められる
皮膚は寒暖差に最初はピリピリと感じていたが、すぐに慣れてきた
「はぁ~…やはり風呂は…たまらん…」
疲れがお湯にじんわり溶けていく感じがする…緊張していた筋肉は和らぎ、全身の力が抜けていく
「っと、ヤバいヤバい…落ちかけた」
危うく意識を手放してしまいそうな程に気持ち良かった
ふと、風呂の側に何か気配を感じた…ホーンドラビットだ
「…入るか?」
返事の代わりに、お湯に向かって飛び込んできた
「…ホーンドラビットって生物は、お湯に入っても気にしないのか?」
沈んでしまいそうなウサギを抱えてやる
面倒なので、抱えたままカサブタになっている箇所は避けて洗ってやる
キュイキュイ鳴いているが、嫌がっている感じはしない…まぁ、嫌じゃないならいいか
全身くまなく洗ってやっている時に、1つ気付いた事があった
「お前、メスだったのか」
お腹を洗ってる時に気付いたのだった
「じゃあ、ウサ子だな」
そんな嫌そうな雰囲気出すなよ…俺にネーミングセンスを期待するな…
「仮で、ウサ子とする」
何でそんな諦めたようの気配を出しやがる…
「はぁ~…よし、そろそろ最後の焼き石の効果も無くなってきたな…上がるか…ウサ子、もうお湯が冷えてくるから上がるぞー」
此方を見上げ、スピスピ鼻を鳴らす…名残惜しいだろうが、諦めてくれ
キンキンに冷えちまったら、命が危ない
ウサ子を抱えたまま立ち上がり、そこからは秒単位だ
ダッシュでテント内に戻り、下に敷いた毛皮が濡れてしまうがそれどころじゃない
急いでタオルで体を拭いたら服を着て、ウサ子も拭いてやる
移動中にぶるぶる体を震わせて水を飛ばしていたが、当然足りない
ちょっとボサボサになってしまったのを手で整えてやり、後は寝袋に体を突っ込む
ウサ子はホーンドラビットの毛皮の上で丸くなり、そこに乾いているタオルをかけてやる
俺は俺で、寝袋のチャックを途中まで閉め、完成したフォレストボアの毛皮を上からかける
そうして、後は上までチャックを閉めれば寝る準備は終わる
「じゃ、おやすみウサ子…もう寝てやがる」
野生を恐らくもう失ったウサ子は、暖かい毛皮とタオルに包まれて眠りに入っていた
翌朝、何時もの通りにウサ子に起こされ、餌を取りにいく
ウサ子はもう大分歩けるようになったらしく、俺に着いてくる
「よし、後は自分で餌取ってこい」
そのまま野生に戻るならよし、戻らないなら…どうしたものか
育てるといっても、俺自身の生活がままならないのだ、もう一匹の面倒を見れるだろうか
自分の餌を探しに行ったウサ子を放置し、自分は自分で飯を食わねば
最近、川辺に生け簀を作って魚をその中に入れている
肉も有限、魚を少しでも準備しておかないと、飢えて死ぬ可能性がある
「ああ…米食いてぇ…」
本音が漏れる
野菜も食いたいし、炭水化物も欲しい…が、やはり米が一番食いたい
「自分で育てるしかないけどさ…まず稲が無いしなぁ…」
ぼやきながらも、そろそろ無くなりそうなキンキンに冷えて凍りかけている肉をナイフで切り分け、起きてから流れるように着けた焚き火の上の網に並べていく
開拓は殆ど進んでいない…このままでは良くない
「…肉、そろそろヤベェな」
量も、質も限界を迎えていた
こうなると、もう後は罠でも仕掛けてみるしかなくなるのだが…
「ホーンドラビットかかったら気まずいよなぁ、今は」
ホーンドラビットを保護している奴が食う中の候補では、最も無い選択肢だろう
「出来たらホーンドラビット以外がありがたいんだがな」
選べるもんだろうか…罠の種類によってはいけそうだが、罠か…作った事がそもそも無いしな
ふむ…サバイバル知識さんの脳内へのレスが止まらんが、そもそも道具も殆ど無いんですよ
ネットも檻もない…ならロープ、パラコートか
正直、使い回せるなら使い回していきたいが、罠にかかったサイズによっては…切れないか、頑丈だし
後は…落とし穴か…恐らく、1日掛かりの穴が必要だし、穴から出るための梯子や、獲物を引き上げるのに…結局パラコートがいる
どうしたものか…肉を貪りながら考える
罠は必要になってくるはずだ、それまで凌ぐとして…魚だけで耐えきれるか?
やはり木の実や食えそうな植物を探さないと、いつかはダウンしちまう
「困ったもんだ」
上手いこといかないのはサバイバルの醍醐味だが、命に関わってくると、醍醐味だとか言ってられなくなる
「鍛練でもするか…いまいち進歩しているかは分からんが」
兎に角、何かしていたら良いアイディアが浮かぶかもしれない
テントから角槍を引っ張り出してくる
あのスキル急速レベルアップ事件以降、さほど長い時間じゃないが、槍術スキルを鍛えている
相手を見据えて突く、払う、薙ぐ…既に一度、柄にしていた木が折れてしまった事があった
改めてサバイバル知識を頼りに頑丈な木を探しに出た所、日本で言う樫の木に近しい性質の木が群生している場所を見付ける事が出来た
その中から一本、良く締まっていそうな木を選んで伐り、ナイフやハンドアックス、粗い表面の石などを利用して少しでも表面を滑らかにして柄に使っている
ある程度…槍の使い方をちょっとは学べているようではあるが、スキルの成長とやらは訪れていない
やはり、ちゃんと戦闘しなくては育たないのだろうか…
「おらぁ!!!」
空中に突きを繰り出す…仮想敵が昔のまだ感情が多少豊かで、荒れていた頃の嫌いな連中だったりするので、口調が悪くなっている気がする…本当に気を付けなくてはならない
ブンブンと軽く槍を回す…格好つけたつもりだが、
これを片手で難なく出来るのが高い槍術スキルなのだろうか…未だ、槍の扱いは覚束ない
ふと何かの気配を感じて足元を見ると、ウサ子がそこにいた
「お前、そこにいたら危ないぞ」
抱き上げ、毛に付いた枯れ葉を払ってやる
「腹いっぱい食ってきたか?」
ウサ子からの答えは、俺の顔へ自分の頬を擦り付けてきた事で済ませたようだ
「分からんが、まぁいいか…」
それからウサ子を下ろした俺は湯を沸かし、タオルを浸けて固く絞り、汗を拭いた
そうそう簡単に風呂に入れないのがサバイバル生活、とはいえ、不衛生になりすぎないようにはしたいとも思っている
槍をテントの外に立て掛け、干しておいた肉を持ってくる
随分空気も乾燥しているし、寒さもあるのだろう、残っていた肉からは水分が抜けて
外側を薄く削ぎ、中の肉を切って食う
固いが、それでも食えなくはないので問題はない
肉をつまみながら、最近新たに始めた作業をする事にした
木の繊維でロープを作る、という、出来上がればこの生活において大分楽になるであろう物の制作である
現状の目標は、仕掛けてある括り縄の罠を手製のロープでなんとかしたい
シナノキという木に非常に近い木が、今まで薪に使ってきた木の中にあった
この木の繊維は剥がしやすく、俺がいた世界で古くから北に住むアイヌ民族の人達は古くから糸やロープに使ってきたという
木を切った時に分かるが、木の皮の内側は色が違う部分がある
外周と、内側の本体で、内側は薪やらに使う部分、外側は木本体を守る繊維で、この繊維を使う
シナノキは枯れた倒木だと樹皮が固く乾燥しており、剥がすのが大変だ
しかし、生木の状態であれば木の皮は剥がれやすく、切欠があれば手で剥げる
固く乾燥した表面と、内側の木の部分を繊維層から剥がし、折れないように曲げて纏める
それらを煮込むのだが…ここで問題がある
繊維層を煮込む程大きな鍋が、手元に無いという事だ
どうしたものかと悩んだ挙げ句、仕方ないので腰の高さくらいまでの穴を掘った
そして、内側の木を板状にして貼り付け、底には石を隙間なく敷き詰める
上手くいかは分からないが、これで何とかするしかない
いつか、粘土を探してきて大きな鍋を作らなくてはならない
次に、掘って作った穴に水を入れ、焼いた石を放り込む
沸騰するまで石を放り込んだら、そこに繊維層を束ねたものを放り込む、つまり煮込むのだ
煮込みながら、本来は重曹を入れると良いらしいが、生憎手元にはない
どうやら、灰を入れている事があるという情報もあったので、焚き火の際に山ほど出る灰をカップラーメンの空容器で掬い、振って細かくなったものを何杯か入れてみた
木の棒でかき混ぜながら、時間が経ったら焼けた石を放り込んで温度を保つ
スマホは電波が入らないので使い道が無かったが、何となく風呂に入っていた時の冷める時間を知りたくてタイマーで図っておいた物をメモに入力してある
それを元に、流水が流れ込んで来ない事も考慮して調整しながら煮込んでいく
初めは興味津々に近くにいたウサ子だが、すぐに飽きて森で餌を取ったり、近くの石で自分の小さい角をゴリゴリやっていた
話は反れるが、ホーンドラビットのメスの角をは殆ど伸びず、ちょっと固い突起程度にしかならないらしい
つまり、あの時のホーンドラビットはオスだった、という事だ
更に、子育て等で子供を傷付けないよう、メスはそこまで角を研いで尖らせないらしい
ただ、ゴリゴリ擦り付けるのは習性のようなものなんだとか
更に、成長するとオスもメスも一度角が取れ、生え変わるのだという
オスはより長く鋭く頑丈に、メスは短いままだそうだ
で、木の皮である
二時間ほど煮込んでいくと、粘りのある液体が出てくる
それを流水で洗い、また煮込んで、洗う
そのうち、更に薄く繊維層を剥がしていけるので、どんどん剥がして薄く薄くしていく
そこまでを昨日までで終わらせた
流水に浸けておいた繊維をある程度の太さになるように取ってきて、端を片結びで縛り、上に石を積んで固定する
そうしたら、2つの束に分けて片方の手で持ち、もう片方の手でで捩っていく
捩った2つを更に巻き、一本のロープにしていく
細くなってきたり、足りなくなったら繊維をたしてまた捩り、巻き…単純かつ時間もかかるし、手の平が痛くなる作業だ
手の平の水分が無くなったり痛くなってきたら、作っておいたぬるま湯に片方ずつ手を入れて、ほどけないようにしながら休ませる
ウサ子は日課の角ゴリゴリも終わり、そこらを走り回っていたが、飽きたのか疲れたのか、開けておいたテント内の毛皮の上で丸くなっている
川の流れる音をBGMに、地道な作業を続けていく
これが出来れば、色々な事が出来るからという期待を胸に、単調で地道なロープ作りは続いていく
「くぁあ…終わったぁ…」
シナノキに似た…いや、もういい、シナノキおおよそ一本半分位の繊維を、ロープと呼ぶにはちょっと細い紐に仕上げ終わった頃には、既に夜になっていた
途中から、ランナーズハイならぬ紐作りハイにでもなっていたのか、夢中でやっていた
2メートルは無いだろうが、長めの紐が作れた事に満足だ
強度は…そこいらの木に回し掛け、引っ張ってみる…おお、意外にもかなり強い、切れない
木も植物の茎もそうだが、繊維ってのは強度のあるもんだ
刃物には流石に勝てないが、それでも直径で3ミリ程の太さの複数の繊維を捩り合わせた紐は頑丈だ
恐らくはサバイバル能力スキルも相まってなのだろうが、紐は出来たのだ
建築材として使えるかは分からないが、ちょっとした物を縛るなら全然使える
「やったぜ…ロープ…ほど安心感はないけど、出来た…」
作り終えた紐を丸く円にして束ね、物干し台に引っ掻けておく
残った繊維層は、また明日やろう…川に浸けたままにしておく
上手くいけば、更に繊維層が剥がしやすくなるだろう
達成感と単調な作業による疲れが、安心した気持ちと引き換えにドッと押し寄せてきた
「くぉお…腰と手が痛ぇ…」
身体を伸ばし、軽くストレッチする
手は赤くなっていた…が、皮は剥けてはいないようだった
怪我をしても今はまだ軟膏があるが、次の作業に差し支えるので安心した
目も疲れているらしく少しだけボヤけるが、目を瞑っていたら収まった…疲れ目なんだろう
「もう今日はいいや、干し肉食って寝る」
物干し台に引っ掻けてあった干し肉の塊からまた一部を削ぎ、薄く切って口に放り込む
「硬ってぇ…」
仕方ないので、改めて沸かしたお湯を口に含んで柔らかくして飲み込んでいく
干し肉も少なくなってきている、そろそろ魚を主食に戻したいが…最近は魚も減っている
「罠…括り縄は明日また見にいくか…餌仕込んでないからかかってないだろうが」
今は遠出をする体力が残っていない
罠自体は仕掛けてはいるが、大きな音もしていないので、恐らくかかってはいないのだろう
今日は、自分で繊維から紐を作り上げただけでも大した成果だと思う
しかし、木を切って、皮剥いで、繊維層だけにしてから煮込んだりなんだりと、大体3日かかったな
穴掘りやら木探しがあった分時間がかかったが、短縮出来ても同じ長さを作るのに2日はかかると仮定すると…こりゃあ大変だ
つくづく、一人の大変さが身に染みる
だが…ぼやいた所で人が手伝ってくれる訳でもなければ、何もならないのも分かっている
明日は罠の確認に、新たにシナノキの伐採、そろそろ雪を見越して薪置き場の制作、食料の確保に、粘土の確保と、粘土での色々な物の制作、竈も必要だろうし…ダメだ、やることが多すぎて話にならん
「1つずつ片付けていくしかないか…」
時間と人手と経験が足りない
甘く見ていた、というのは確かにそうだ
そうだが、ここまで大変になるとは思ってもいなかった…それはそうだろう、一人で1からブッシュクラフト生活が簡単にこなせる訳もない
サバイバル能力スキルや知識、後は運のおかげでギリギリ生きている
「明日の為にも、今日はもう寝よう」
テントに戻ると、ウサ子が顔を上げて出迎えてくれた
「起こしたか?悪かったな」
頭を軽く撫でてやり、それから寝袋に入り、その上からフォレストボアの毛皮をかける
俺が寝る体勢に入ったのを見て、ウサ子も改めて毛皮の上に身を丸くして寝始めた
今日も1日疲れた…明日もまた、生きれるだけ生きよう
横になって目を瞑る
段々と寝袋内の温度が体温によって上がり、ホカホカしてくると、いよいよ俺も眠気に耐えられなくなってきた
大人しく従い、眠りに落ちていくのだった