能面男、また一人暮らし(居候)へ 15
ビンのコルクを抜いてみる…ああ、本当に醤油だ…懐かしい匂いだ。今日は早速これで野菜炒め作ろう…待てよ?醤油があるなら、まさか…米もあるのか?いや、そもそも稲があるか分からないか。過度の期待はしないでおこう。
しかし、米があるなら餅米も…いや、だから…俺、自分で思うよりも遥かにお米、ご飯に思い入れあったんだな。というか、日本人だから、かな?
やっぱりこう…生まれてきてずっと食べてきて…あれ?俺、そんなにちゃんと食べてたか?ガキの頃。ちゃんと、本当にちゃんと食べさせて貰ったのって、最初の叔父さんの所だけだったような?後は本当に残り物とか、親が残した金から少しずつ食費出してもらって、コンビニ弁当とかだったような?
ああ、爺ちゃん婆ちゃんか…あの2人は確かにご飯ばかりだったな。それに、煮物とかも多かった。最初の頃は、正直そんなに美味いと思わなかった気がする。今では…
「あー…思い出したらやべぇ…婆ちゃんの里芋とか入った煮物、食いてぇ」
婆ちゃんが亡くなってから、今まで一度もこんなことを思わなかったのだが…人間強度が落ちているのか、人間としてマトモになってきているのか。どちらにしても…今の俺に作り方なんか分かる訳もなく。そして、挑戦して失敗したら材料無駄になってしまうダメージがデカイ。
出汁も無いし、そもそも上手く作る自信もない…あるのは勇気だけだが、今あっても仕方ない。
取り敢えず、保存箱の中身を漁ってみる…じゃがいも…ふむ。肉じゃが、とか?良く、お嫁さんに作って貰いたい料理にランクインすると言うが、俺はそうでもない。ただ、確かに肉じゃがで俺の場合は婆ちゃんがフラッシュバックする。婆ちゃんが良く作るのは、豚肉の肉じゃがだったな。牛より安いからねぇ、と言っていた。
要は、「昔ながらの家庭の味」という奴で、実際今ではそんなことももう無いだろう。そもそも、肉じゃがを家庭で作る事がもう無かったかもしれない。俺には分からんが、何か良く分からんスパイスを使った何処其処の国の何たらっていう料理が~…みたいな感じなのかもしれない。
正直な話、塩と醤油、味噌、砂糖、マヨネーズ、中濃ソース、ケチャップ位なもんだ、俺が分かるのは。やれ何たらソースと言われても、「あー、うん、美味いッスね」位にしか分からんし、「いや、マヨじゃいかんの?」「醤油で良くね?」「ソースで…」と思ってしまうのだ。寧ろ、大体は醤油でいい。
話が反れたが、だからこそ醤油という、日本人にとって恐らく一番馴染みのある、最強調味料をこの異世界で手に入れたのはデカイ、本当にデカイ。300年程前にこの異世界に呼ばれた勇者様とその従者の人達には感謝しかない。話から察するに、戦国時代に敗北し、命を落としたお姫様と使えていた人達なのだろうな。
しかし、匂いを嗅いでしまうと…味も試したくなる。貴重ではあるが…スプーンにほんの少しだけ出して舐めてみる。
「うぉ…し、醤油だ…」
そう言って売られてて、そう聞いて買った同郷の子が送ってくれたものなのだから、そりゃそうなのだが…感動する。濃口、ではないように感じるが、薄口でもない。だが、独特の風味は醤油そのもの。
これは大切にしたい。改めてコルクを閉め直し、保管箱に大切に入れておこう。飯作る時に大切に使おう。本当に心から、見付けて送ってくれてありがとう、佳菜子ちゃん。もしこの場にいたら抱き締めていたかもしれない、割とガチで。
「しかし、醤油がある、という事は、酵母があって…味噌も作れるという事か?もっと言えば…藁さえ見付ければ、納豆も…?」
夢は広がる。ただ、残念ながら俺にはその知識が無い。こう…上手いことサバイバル知識先生のお力を借りれないか、少し考えるが…今は思い付かないな。兎に角、これで飯の時間が楽しみになってきたのは事実である。
そして、醤油だけではない。今日は矢も手に入れる事が出来た。これもかなり大きい。ちゃんとした金属製の矢じりや矢羽が見れる事ですら収穫なのに、そのものがここにはある。更にサバイバル知識先生からも知識が足され…
「はー、なるほど、矢羽を螺旋状にする事で、姿勢制御に加えて、飛んでいく際に回転力まで加えて、貫通力を上げてるのか」
確かに、矢羽側から見ると、真っ直ぐには入っておらず、少し捻りが加わって入っている。矢じりに関しても、先端は円錐形だが、軸に嵌め込まれている側は僅かに反しのようにしてある上、矢羽と揃えて螺旋状に掘り込まれている…これはエグいな、木製の盾でも突き刺さるわ。動物の皮膚も柔らかい箇所なら簡単に突き刺さるだろう。弓の威力と当たり所によっては、貫通するかもしれない。
「こりゃ凄いわ」
良く考えられている。狩りを楽に行う為でもあるだろうが、殺傷力の強化は即ち、戦に勝つ為でもある。こんなもんが鍛えられた兵士の全力の引き絞り+弓の反発力で、ドリルみたいに回転しながら飛んでくる訳だ、そりゃ死ねるわな…と。言ってしまえば、弓矢も槍も剣も、単に命を奪う事に特化した物だ。ただ、そこには熟練者と初心者の違いが生まれる。
それを埋める為に…銃が生まれたのかもしれない。戦争の為、人を殺す為…狩りの為もあるのだろうが、最終的に行き着く先は…結局は人が人を殺す為の道具になっている。誰かを守る為…と言えば聞こえは良いだろう。だが…行き着く先は、そこなのだ。
「まぁ…もう俺も、もう…な」
俺はもう既に、人を殺めている。ゴブリンという生物の命も殺めている。そう、俺はもう命を奪っているのだ。その事実は、元の世界で言うなら、殺人罪になるのだろう。ただ俺は…俺は、その事実に心が大きく揺れない。まるで、慣れているかのように。
「ハッ…俺、サイコパスなのかもな、やっぱり」
吐き捨てるように言い、窓から空を眺める。この世界に来たからそうなったのか、この世界の前からそうなのか。他人の気持ちどころか、自分の気持ちも分からないまま、こんな歳まで来てしまった。俺のタガは、この世界で外れたのだろうか?それとも、元から無かったのか?
「…はぁ、今更か」
立ち上がり、矢を持って寝袋の所に置いておく。同じような物を作れるだろうか?いや、同じではなくても近い物が作れれば、狩りがより楽に出来そうだな、と思う。
「ま、取り敢えず今はいいか」
小難しい事をいちいち考えていても、どうせ俺には答えなんか出せないんだろうし、取り敢えずは…
「飯、だな」
腹が減っては何とやら、だ。
大根、人参、じゃが芋等の根菜を洗い、何とか皮を剥く。最近、漸く包丁に慣れてきた。それから適当な大きさに切り、長ネギも適当なサイズに切ったら、次に肉も適当な大きさに切る。それから、鍋に放り込んで具材の半分よりちょっと上くらいの量の水を入れて、火にかける。
沸いてきたら、大さじで醤油を入れていく。1…2…ちょっと味見…何だろう、肉や野菜から出汁は出ている…砂糖、かな?
砂糖を大さじ1入れて、混ぜて確認…ああ、良くはなったかもしれない。あとはアクを取ったり、焦げ付かないように混ぜながら少し煮詰めて…よし、分からんがこんなもんだろ。フォークで刺して…よし、何とか火は通っているな。
器に入れて…人生初の煮物、完成だ。果たしてそれはちゃんとした煮物なのか、味はどうなのか…その辺りは手探りだ。材料は無駄に出来ないが、どうしても食いたくなったので、挑戦してみた。
煮物にパン。合わないかもしれんが、米が無いんだから仕方ない。うどんでも作れれば違うんだろうが、作り方を知らないので仕方がないし、そもそもパンの作り方すら知らないんだ、今はあるパンでも我慢しよう。今日はロールパンが切れそうなので食パンを切る。2枚…3枚いこう。
さて、何時もの食パンに…煮物である。醤油や砂糖で煮た、豚肉と根菜の煮物である。ガッチガチの和の香りである。恐らく日本にいた頃の俺なら「パンに煮物かよ」となっていただろう…だが!だがしかし!今は違う、久しぶりの、もう一生無いかもと思われた醤油で作った煮物なのだ。
「懐かしい香りだな…まだそんな、何年も前の話じゃないんだがな」
1人食卓に座り、辺りを包む醤油の香りに少し涙腺を刺激された。そう、根っからの、紛れもなく、混じりっけ無し、純国産の日本人なのだ。人よりは確実に思い出の味どころか、両親の顔すらほぼうっすら…というレベルの特殊な環境の俺でも、やはり、こう…染み付いているのだ、DNAに。
日本人のソウル調味料である醤油は、思い出スッカスカの俺ですら、懐かしさを思い起こさせるのだ。醤油すげぇ。ただ、DNAに染み付いているのは言い過ぎた…が、でも抜けにくいからね、醤油の染みって…等と、ダブルミーニングにもなってない意味不明な事を思いながら…じゃがいもをフォークで刺し、食べる。
「…っ!」
美味い。当然奇跡が起きた訳でも、日々の料理紛いでスキルが上がったからでもない。シンプルに醤油味は、美味い。美味いというよりは…染みる、といった方がいいかもしれない。こう、身体に染み渡り、脳は懐かしさと共にかつての美味かった味を思い返し、日本人が好む日本食の、その中でも最も使われていると言っても過言ではない、究極にして最強の発酵食品、醤油。
足りてなかったのか何なのかは分からない。ただ、染み渡るのだ。こう、久しぶりに会った、けれど良く知った仲の誰かと久しぶりに会った時のような、日本人の大半はほぼ毎日…は言い過ぎか、毎週位は恐らく口にしている調味料が、今久しぶりに口から胃に落ちていく。
舌が、脳が、日本人としての身体が、美味いと結論付けた。料理自体は初心者にしてはまぁ、焦げてないだけいいんじゃない?というレベルではあるだろうが、それでも…醤油という圧倒的な力の前では、そんなものに効果はないのだ。だって醤油味だから美味ぇんだし。
「…っと!ヤバイヤバイ」
気が付くと、器によそった半分以上を夢中で食べていた。手を止めていなければ、全部いっていた。器の中身は跡形もなく、ペロリと平らげてしまっていただろう。そこでふと、立ち止まったからこそ思う…「本当にパンには合わないのか?」と。
「…いや、豚肉の油も出てるし」
などと供述しており…とでも言われそうな言い訳を自分に施して、催眠にかけ…かかるか!どう考えても無理な話ではある。だが今は、今こそは…「いや、意外と?」と思えてしまうのだ。さて、言い訳も覚悟も出来た。あとはやるかやらないかだ。
「ま、やるけど」
煮物の煮汁にパンをちょいと付けて…
「…ん?うん、意外といいんじゃね?」
続いて、残っていた具の豚肉を乗せて、一口…いや、おれば嫌いじゃないぞ、マジで。
「あれ?何か思ってたより…うん、いや…いけるんじゃないか?」
などとブツブツ言いながら、気が付くとパンも煮物もペロリと平らげていた。やベー、醤油に飢えた日本人(俺だけだろうが)やべぇな。正直、この煮汁の僅かな余りさえ…いや、流石に塩分過多だな、血圧とか数字も気になりだすお年頃だ、やめておこう。
「…神様仏様佳菜子様、だな…本当にありがたい」
日本にいた頃は、新年最初のお参りである初詣すら、日々の疲れと寒さ、人混みの多さに、そもそも信じて救われていなかった幼少期を思い出して、行く気にもなれなかった。それなら、現状の食事においての危機を救ってくれた佳菜子ちゃんの方が俺には神様にも仏様にも思える…いや、まぁ…この世界の神様には何度か会ってはいるが。
結局、正月を迎えても元旦だけは買ってきた餅を焼き、インスタントのお吸い物に放り込んで、スーパーで見付けた安い冷凍食品をおかずに食って、適当にパソコンで動画サイト眺めたりしながらスマホのアプリゲームをやったり、そのまま寝落ちたり…確か、初詣なんて行ったのは、足腰弱ってても行きたがった爺さんと婆さんの付き添いで、しかも頭一つデカイ事が多かったから目印にもなれたし、庇ってもやれた。そうして何年かして、2人が順に入院して、送って…それから行ってないな。
まぁそもそもが信じてなかったし…流石に今は、目の前に現れて会話までしてるからな、信じないというのは無理がある。
「ふぅ…美味かったなぁ…」
余韻に浸りながら、鍋や食器を樽に貯めておいた水で洗う。次の飯はどうするか…少し飯を作る事が楽しく思えてきた。これこそ、成長なのだろうな。
さて、成長と言えば、だ。弓矢に関してもやらなくてはいけない。とはいえ、矢じりも羽も付いた物は1本のみ。そこで、サバイバル知識先生にお伺いを立てて見ることにしてみる。すると過去の歴史では石や骨なんかも矢じりとして使われていたという。なるほどなぁ、と肝心しながら脳内に流れる情報を見つつ、淹れた珈琲を啜る。
ふむふむ、なるほど…銃弾の回転はジャイロ効果による姿勢制御で、矢はそれ+貫通力…それと、羽は葉っぱなんかでも代用出来なくはない、か…今の次期、葉っぱが付いた木の方が少ないが。
「うーん…そもそも骨の矢じりって言っても、その骨の元になる動物捕らないとなぁ」
鉄というか、鉄の板に成り変わったローザの元サーベルもあるにはあるが、俺が鍛冶をして矢じりが作れるとは思えないし、そもそもゼノの工房を勝手に使う気は更々ない。となると、だ。
「まずは練習、だな、やっぱり」
木を削った矢を使い、俺の弓1号で練習を重ねながら、新しい弓を作り、石でも削って矢じりを作ってみよう。立て掛けてあった弓1号と、削った矢を持って外に出る。
それから1度弓矢を置き、スコップに持ち変えると、例の埋め戻した土を掘り返し、積み上げていく。ある程度の高さに積み上げたら、スコップで叩いて少し固める。そして、その場から離れて、スコップからまた弓矢に持ち変えて…これでいい。
まずは兎に角、地面に刺されば良い。掘り返して積んだ土は、他の地面と少し色が違うから分かりやすい。兎に角、あの山に刺されば良い、程度に考えて、練習をしよう。
そして、弓を構え、矢をつがえて…昔テレビか何かで見た記憶だけをたよりに、見よう見まねでやってみる…弓、ちっちゃかったな。もう少し長くてもいいかもしれない。矢を引き…確か結構曲がるから、強めに引いて…矢を離す。
あとは木が元に戻る反動と梃子の原理で矢は放たれ…土の上の方にギリギリ刺さった。
「あれ…?真ん中位を狙ったつもりなんだが…」
矢を取りに行き、土の山から引っこ抜く。おお、結構深く刺さってたんだな。それから先程の位置に戻り、また構える。距離は…恐らく10メートルはない位、7…いや、8メートル位だと思う、戻る歩数的に。
もう一度、今度は狙いを下にして…放つ!…あれー?今度は土の山に届かなかった。あと、矢が真っ直ぐ飛ばない…まぁこれは仕方ないか。
そうして、何度か射っては取りに行き、戻って射る…を繰り返した。
「面倒臭ぇ」
運動にはなるかもしれないが、まぁ面倒臭い。もういい、まずは削っただけの木の矢を何本か用意しよう。あと、弓1号がちょっとミシッと音を立てていた。やはり、ちゃんとした物を作るべきだったな。恐らく小さい事もあって、負荷がかかりすぎている可能性もある。
「前途多難だなぁ、こりゃ」
新しく弓も矢も作らなきゃならない。そして、矢じりの事もだし、羽の事も考えなきゃならない。ただまぁ…1つ1つ解決していこう。どうせ慌てて何個もやろうとしても、ミスるのは目に見えている。まずはもう何度かやって、それから弓用の木の棒を丸太から切り出して、それから矢も削るか。
それから暫くは弓の練習をしていたが、途中で「もう少し引いてみよう…」と、矢の飛行が安定しないのは、飛ぶ際の風の抵抗に負けていて、伝わる力や速度が足りない…という事もあるのでは?と考えた俺が更に引き絞った結果、弓1号はポッキリ折れてしまい、物理的に練習出来なくなったからである。因みに、パラコートはちょっと伸びた?程度なのでちゃんと弓1号から外して回収、また別の事をにでも使うか、新しい弓の弦にでもしよう。
元弓1号、現木片を取り敢えず後で薪にしてやろうと外したパラコートと共に置いておき、今では大量の薪の入った小屋の中から、まだかなり長い…恐らく、2メートル位ありそうなイチイの丸太を運び出し、皮を剥ぐ。勿論、この皮も燃やす。
それから、弓の強度の事や長さ、手に握る事なんかを考えながら…ちょっとずつ木をハンドアックスや鋸で回りを落としていき、取り敢えず6センチ四方位の、俺が握れる位の角材を作った。長さは俺の身長よりは短く、地面から肩より少し上位…多分、160センチ位かな?佳菜子ちゃん基準で思うに…位の長さにしてみた。ここから削るだろうから、流石にもう少し短くなるだろうが。
その角材と、道具類、削った木片、皮なんかを全部家の中、俺のスペースに勝手にしている暖炉前に集めておき、洗って干しておいたビニールシートを下に敷いて、その上に並べる。更に、木の矢の為に残しておいた分も持ち込み、準備は万端だ。
「もう今日は出来るだけ外に出ねぇ」
そう決めた。今日は家の中でひたすらに木を削ったり加工したりする日にしよう。暖炉から少し離れた位置に座り、まずは角材をある程度角を落としながら削っていこう。角材からある程度削り出したら、弓として最低限に形を削り出していく。
飾りなどはなく、シンプルな弓かわ良いので、パラコートの弦を引っ掛けられる箇所と、握る部分を少しだけほかより細くして…と。ああ、矢をつがえる部分に何か…しなくていいや、下手な事したら作り直しだし、今回は妥協だ。




