能面男、また一人暮らし(居候)へ 13
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朝である。誰が何とも言わないが、明るいしお天道様はてっぺんじゃないので朝である。
「くぉお…今日もさみぃ…」
朝から…いや、早朝が1日の中で1番冷えると言うし、恐らく今が1番寒いわ…さて、顔も洗ったし、ストレッチもした。朝飯は…いいか、食いながら今日の予定を決めるか。そうそう、1つやっておこうと思った事を思い出した。
現薪置き場、以前は俺の居候先の小屋に置きっぱなしのローザが以前使っていたサーベル。まだ生き返るとゼノは言っていたので、再生してみよう、やれる限り。
竈に火を入れ、その火でスライスした食パンを軽く炙る。次にその火を使ってスキレットで肉を焼き、パンに乗せて…後は適当に野菜を丸かじり…まるで往年の名作ドラマのオープニングのような食事だな、牛乳と新聞紙の前掛けは無いが。
さておき、パパッと飯を済ませて、早速小屋に入る。立て掛けておいたサーベルは…見るも無惨、全面に錆が浮いている。これは研いでどうにかなる話じゃないな…仕方ない、少し考えよう…って、柄の部分に巻かれた何かももうボロボロだな、まずこれを剥がしてしまおう。
サーベルの成れの果てを持ったまま外に出て、恐らく布か何かだったものにナイフを当て…あ、こりゃダメだ、手でやった方が早い。ベリベリ剥がして地面に置いておいて、あとて捨てよう。剥がしてみると、まぁ全面しっかり錆びた柄の本体が出てきた。縦に2本、留め具の杭が打ち込まれている…が、錆びている上に割れていて、恐らく意味を成していない。
ハンドアックスの背で複数回叩くと、ポロッと落ちた…予想を遥かに超えて限界だったらしい。しかも、柄が割れていてどうしようもない…これ、治すんじゃなくて、錆だけ落として溶かした方が良いんじゃないだろうか?サーベルの刀身も抜けたが…真ん中に深い亀裂がある。鑢で軽く擦ったら…ほぼ折れかけている。
「…流石にこれは…鍛冶屋さん案件だろ」
まぁ、やり始めたし残してくれと言ったのは俺だ、何とかならんか足掻いてみよう…まぁ、間違いなく折れるだろうが。何せ、まだ繋がっている部分もほぼ錆が侵食していてどうしようもない。予想以上のダメージに、俺は溜め息を付いた。
「仕方ない…取り敢えずやるだけやろうか」
台所からお酢…穀物酢があるのを見付けた。瓶は古いのに殆ど減ってない所を見るに…使ってなさそうだ…と、木のバケツに水を入れておく。サーベルの刀身程の縦幅と、2本分程の横幅に穴を掘り、そこにビニールシートを敷く…恐らく大丈夫…で、あって欲しい。その上に刀身、柄を入れ…そこに酢を流し入れ、更に水を多めに入れる。本当は1:1の比率なのだが、今回は水を6割位にした。酢を使いきっていいものか悩んだからだ。
「そうだ、ついでにあのランプもやるか」
ゼノから譲り受けたランプも倉庫から持ってきて、色々弄ってみる…ああ、この上蓋を回すと緩んで、引き上げて…ほうほう…なるほど、良く出来てるなぁ。
構造としては、上蓋を時計回りに回すと緩み、引き上げられる。取手側に収納された2本の金属の棒が引き上げると伸び、上蓋が落ちないようになっている。取手側が金属に覆われていた理由はこれだったのか…確かに、取手側に灯りはそこまでいらないから、ここにこういう機構を入れておくのは便利だな。そして、中のオイルの染み込んだ紐に火を着けるのか。
底の円柱型の浅いケース状の部分には紐の余りが収納されており、ツマミを回すと…今は回らないが、回せば収納された紐が出てくる仕組みだ。そこにオイルを注入しておく仕組みらしい。
上蓋はガラスを固定する他、小さな穴がいくつか空いており、内部が燃焼によって真空になり、火が消えるのを防いでいるようだ。上蓋は二重で、穴の空いている箇所がずらされているのは、空気は入るが侵入速度を弱めて万が一突風でも空気の流れが変えられる事で弱められ、中の火が消えないようになっている…のだと思う。つくづく良く出来たランプだ。
上蓋を外すのは簡単に出来たが、二重になっているのをバラすのが…ああ、このツメで引っ掻けてるのか…1度中に戻り、リュックの中から先端が取り替えられるドライバーセットを持ってきた。精密用から普通より少し小さいネジまで回せる、6角のナット回しまで入っている優れものだ。これが100円ショップで数百円で売られている日本は、やはりどこかおかしいと思う。
細めのマイナスドライバーを差し込んでツメを立て、上蓋の二重になっているのを分解する。更に、取手部分は…差し込まれているだけか、割れたガラスをこれ以上割れないように慎重に外し、地面に置く。それから取手を少し力を入れて…いや、これ差し込まれているだけじゃないのか?底部分は捻ると外れるネジ式のようなので、まず捻って底部分を分解する。
「こいつぁひでぇ」
中で恐らく残していた紐が、錆に飲まれて形だけ保てているが、恐らくもう固まって使えない。やはりマイナスドライバーで軽く擦ったらボロッと剥がれたので、先ほどのサーベルの時に出たゴミと纏めておく。
さて、取手は…ああ、これも内側に、しかも3方向に折り込まれてるのか、取れない訳だ。やはりマイナスドライバーで立ち上げ、取手の本体はこれで良し。上蓋を持ち上げた時の棒は…ああ、この底側を叩いて潰してあって抜けないようにしてあるのか。じゃあこっち側からなら…うん、簡単に抜けた。後は取手を外して…
「…よし、これでいいだろう」
バラし終えた各パーツを、サーベルと共に酢と水を入れた中に沈める。これで、後は今日1日漬け込んでおけば、錆が取れやすくなる…のだが、こうなると…
「さて、次にすべきは…と」
次にやることを探さなくてはならない。取り敢えず…丸太を2つに割り、漬け込んでいる上に蓋をしておいた。そこでふと…取ってきた丸太の内の数本、何かこう…内側が赤い木がある事に気が付いた。真っ赤ではないが、他の木と比べると明らかに内側が赤い。割る前の樹皮は…あれ?割と普通だ。
サバイバル知識先生!出番ですよー!…きたきた、えっと?この木はイチイっていうのか。ふむふむ…なるほど、特徴としてかなりしっかりと頑丈で、建材としても使える。曲げても折れにくく…アイヌ民族が弓の素材にしていた!?おいおい、マジかよラッキーだな。しかも、樹皮や木の中心辺りは、煮出すと赤い染料にも使える、と。へー、知らなかったなぁ…てっきり、弓は竹か鉄…とか思ってたからなぁ。
ただ…いま手元にあるイチイの木では太すぎるな…よし、今から森に入ろう。確か、以前薪を取りに行った所に生えていた木の筈だ。幹じゃなくても、恐らく太めの枝でもいけそうな気はする。一旦部屋の中に戻って準備をするか。
一応、武器も防具も装備しよう…慎重になっているが、それくらいでいい。ナイフと、鉈と、折り畳みスコップと…刃物持ちすぎか?だがまぁ、あるに越した事は無いし、スコップはノコギリ刃が付いてるからな。だが不安だ、ゼノの鋸も持っていこう…で、こんなもんかな。よし、後は外に置いてあるハンドアックスを持っていけばいいや。
森の中は、鳥の鳴き声もそれほど無く、ただ時折吹く風の音と、もう葉の落ちた木々が風で揺すられる時の軋む音や枝同士の擦れる音がたまに聞こえる位だ。葉が無い分、日の光は届きやすく、辺りを見回しやすい。寒いはいつも通り厳しくはあるが、今日は幾分かマシに思える。それでも、日本の、東京にいた頃よりは寒いがな…そんな事を考えていたら…見つけた。
いや、樹皮も赤いな、おい。恐らくこれだろう、幹のサイズ的には俺の太ももよりは細い…か、これだとまだ若い木なんだろうか…回りには、もう樹皮の剥がれかけた木もある。その中から1本選び、樹皮を剥ぐ…うん、これも恐らくイチイの木なんだろう。
こいつは大分幹も太い。そして樹皮は手で簡単に剥がれる…これだと逆に駄目かな?まぁ、切ってみて薪になるか弓になるか、その時に選ぼうか。では、狙いをすませて…
「…ふんッ!」
最初の一撃は樹皮を飛ばし、少し刺さる…かってぇ、イチイって硬いんだな…それだけ強い木なんだろうが。因みにだが、イチイは本来は寒冷地に良く生えるのだが、太陽の当たる多少なら暖かい所でも成長速度や仕方こそ違えど、成長していく。その為、防風林や街路樹としても有能らしい。葉を大きく広げて育つので、日除けにもなるとか何とか。
「…普通の枯れ木ならもう倒れそうだが…」
刃が1/3程入ったが、まだまだらしい。いいぜ、やったろうじゃねーか!45°位、恐らくそれより角度の小さな幅で切れ込みを入れながら数分、反対側に回り込んで…
「オラァ!」
思いっきり蹴る、と…木は音を立てて切れ込みを入れた方に倒れ、軋む音や折れる音を周囲に響かせ…そして大きな音と共に倒れる。こいつぁ…頑丈だ。恐らくイチイの性質やらを知らなければ、逆に気にせず切っていたんだろうが…今は「硬い」というイメージが付いているから余計にそう感じるんだろう。
「さて、こいつはどう運ぼうかな」
まぁ…間違いなく1本そのままは運べない。腰と腕と肩をやりかねない。やらかしたら、後は暫く何も出来ないだろう、何せ医者にかかるにも街まで出なくてはならないのだ。結局、折り畳みスコップを広げて、ノコギリ刃で切り始める。
「硬ぇ…」
スコップのノコギリ刃が小さい事もあるが…まぁ切れない。仕方ないのでゼノの鋸を借りる事に…いや、やっぱりやべぇな、これ。すげぇ切れる。そうして、手を広げてみて1メートル位、運びやすい長さにしてから纏めておく。そして、上の方の枝の中から丁度良さそうな1本を鉈で切る。
「…これ位なら、樹皮剥いで弓になりそうな長さだな、1メートル…位か?」
両手を広げてみる…うん、多分1メートル位だろう。樹皮を剥いでみて、片側を足で踏んで抑え、ぐっ…と力を込めて曲げてみる。
「…お?おぉ?」
90°まで曲げても折れない。もう少し曲げてみる…まだ折れない。いっそ、全力で曲げてみる…あ、折れた。流石に先端側だから水分も無いし乾燥しきってたんだろうな。他の所の…おっ、この少し下の…ちょっと手で握るにはちょっと太い奴を落として、樹皮を剥いでみる。
「ふんッ…うぉお、めっちゃ曲がる!?」
90°は簡単に越え、まだ曲がる…これは凄いな、ほぼUの字になっても…手を放したらほぼ真っ直ぐになる。すげぇな、この木…知らなかったが、これは建材にもなるわな、そりゃ。取り敢えず、この枝は持って帰ろう。丸太を纏めた所に切った枝を置き、丸太を担いで敷地に運ぶ。
「…っしょ、と」
敷地内に下ろし、また先程の場所へ。丸太を担ぎ、敷地内へ。数度繰り返し、全ての丸太と枝も運び終えた。
「アレだな、もし小屋の増築するなら…イチイの木を使おう」
頑丈な木なのは分かったので、あの場所を覚えておきたい…が、何か目印でも作るべきだろうか…立て看板でも作るか…取り敢えず、イチイの丸太をゼノの鋸で切っていく…いや、そりゃあね?恐らく日本の市販品に比べたらどうか分からんけど、それでも…すげー使いやすいんだ、これ。
丸太の外側を切り落とし、樹皮を剥いで…それから板の中心付近の上側に傷を付けて、樹皮を剥いだ側をナイフで削る。ある程度円形に、縦に一直線に削ったら、今度は円形に削った両側に、草に火を着けて火の粉を落とす。
少し燃え始めたら息を吹き掛けていき…ある程度の所で火を消し、プラスのドライバーでゴリゴリ削る。時間はかかるが…これで穴が開いた。同じように反対側にも穴を開け、更に板の下側にも同じ位の位置に火の粉を落とし、穴を開ける。
次に、片側を落とした丸太の反対側も落とし、さらに半分に割る。ハンドアックスやナイフで円形に削り、更に片側を杭のように先端を尖らせるように削る。それから、板の削った部分に合わせてみる。
「…不恰好だしズレてるが、まぁ何とかなっているだろう…多分」
そうしたら、久しぶりのパラコートを取り出し、まずは左上の穴に通して、板と棒を一緒にしながら巻いて右上の穴から出す。そのまま上に持っていき、棒に1周巻き付けて下に持っていき、板の下側で棒に巻き付け、右下の穴に通して棒と板を巻き付け左下の穴から出し…右下の穴にもう一度通して、後ろで片結びして止める。
「まぁ、これなら簡単には外れないだろう…そう、願おう」
作った立て看板に、暖炉から持ってきた炭で「イチイの木」と書き込み、完成だ。字が汚いのは炭で書いたせいでもあるが、元来字はそれほど綺麗じゃない。読めればいいんだ、公的な書類でもあるまいし。
立て看板を担いで、さっき見付けたイチイの木が群生しているエリアに行き、地面に突き立てる。近くに落ちている石を拾って打ち付け、看板を立てたら、回りの地面に小石を敷き詰めて踏み固め、さらに上から土を持って踏み固めていく。
「さて…と、戻るか」
立て看板がしっかりと立っているのを確認して、家に戻る。恐らく字は雨や雪で消えてしまうが…看板だけでもあれば分かるだろう。帰り際、ある程度の太さを備えたイチイの倒木の枝を数本切り落とし、持ち帰る。矢の事をすっかり忘れていた…これや、今ある丸太の余りでも削って作るか…本当は鳥の羽根が必要なんだろうが…探してもなかなか落ちていなかった…残念だ。家に戻り、先程の作業中に適当に使っていた椅子代わりの丸太に腰掛け、思う。
「作業台みたいの、造るべきかなぁ」
作業台、ワークベンチ…マインクラフ○を初めとした、色んなゲームに出てくる物で、そこを調べると素材を使って色々産み出せる、云わばゲーム最序盤から最終局面まで必要になるアイテムだが、実際の物は勿論違う。
ある程度のスペースを持ち、立った状態で細かな作業から何から作ったり直したりするための専用の机で、工具を沢山ぶら下げておく所を作ったり、万力を取り付けたり、電源を引っ張ってきてハンダ付けからリューターでの切断、研磨、エアブラシでの塗装なんかをしたりと、自身の趣味や仕事に応じてカスタマイズしていく、仕事の為の机だ。
ただ…そもそもの工具も少なく、買い揃えるのも一苦労、そもそも何か作ろうにも技術も足りなければ、結局何処に置くんだ、という問題も出てくる。
「…おとなしく、また適当な丸太を机にして、作業するか」
結局、それが一番楽だったりもする。専門的にやってない俺が、この異世界でわざわざそんなもの作っても活かせないな、とも思ってしまうので、結局丸太を立てただけの物に帰結するのだ。諦めて、サバイバル知識先生から弓に関しての形や作り方を検索してみよう。オーケー先生、弓の作り方、と。
…いやいやいや、だから竹はねぇの!えーっと、竹以外、竹以外…と、そうそう、このイチイの木を使った奴ね…ふむふむ、植物の茎を寄り合わせた紐を弦にして…これは、正直パラコートでいいかな、と。より頑丈だし…ナイロン繊維が伸びていきそうだが。
矢に関しては…あー、なるほどな、弦に当てる側は切れ込み入れて…そこを紐で縛る?何でだ?…ああ!なるほどなるほど、弦で弾いて発射しようとして、そのまま切れ込みから避けていくのを防ぐ為か!羽根はまぁ、矢の飛行中の姿勢制御だよな、うん、それは何となく分かった。
そっかぁ…やっぱり紐が必要か…またやるか?木を煮込んで紐作り…どうせ暫くはこんな事しかしないだろうしな。まぁ、昼飯でも適当に食ったら、散策ついでに紐に出来そうな木か草でも探すか…ああ、そういえば、括り縄の罠も作ってないな。まだ肉もあるし、食う必要が無い殺生はしないでおこう。
街でロープも買ったが…これだと太いんだよなぁ…あ、少しほどいてみるか?寄り合わせた紐を更に寄り合わせていっているわけだから…どうなんだろう、取り敢えず後で出して見てみるか。取り敢えず今は、飯を食おう。服を叩き、残っている木屑や埃なんかを落とし、靴の砂も爪先で地面を軽く蹴り、落とす。
手を洗って…ああ、井戸から水を汲んでこないと…大変だなぁ、異世界。便利だったんだなぁ、元いた世界…ボヤいてねーで、水を汲んでくるか。井戸に行って少量水をバケツで引き上げ、手を洗う。それからもう一度水を汲み、台所に運ぶ。この手間を何とかするには水道なんだろうが、ポンプすらまだの現状、話にならん事だな。
台所にある大きな樽に水を入れる。数回繰り返し、満タンになったら…また井戸の所で手を洗い、台所に。さてと、じゃあ代わり映えしないが、パンに肉を挟んで、野菜を適当に貪る…パンの焼き方位、覚えておくべきだったな。お湯を沸かし、紅茶を入れる。
「はぁ~…美味い…暖かいだけで、体が楽になるな」
喉の渇きもあるのだろうが、やはり寒い日は暖かい飲み物が良い。本当は、暖かい食べ物もいいんだろうが、俺に焼くか炒める以外の料理なんぞ作れる訳もない。無闇にチャレンジして、限りある資源を無駄には出来ない。買いに行くのも手間だし、ローザの畑の野菜はまだ出来ていない。
「ま、そう簡単には出来るもんじゃないな」
グイッと1口飲み、息をつく。今日、残りの時間は弓を削って作る時間に当てても良いかもしれない。本当ならビニールシートでも敷いてしまえば部屋の中で木を削り、削りカスは全て暖炉に入れてしまっても良かったのだが、生憎ビニールシートは現在錆び取りの為に使ってしまっている。何か…いや、暖炉回りの物をどかして、極力削りカスが回りに飛び散らないように気を付けながらなら、箒で掃けば済む話か。




