能面男、また一人暮らし(居候)へ 12
診療所を出たエリーは、深く溜め息を吐いた。
「何々?どうしたの?親友取られちゃったって感じ?」
ルーシーがニマニマしながら聞く。
「そうですね。結構昔から、それこそあの子がこの街に流れ着いた頃にたまたま知り合って以来の仲ですから。何だか複雑です」
「まさか、恋愛感情的な?」
ちょっと焦るルーシーを見て、また溜め息をエリーはつく。
「違いますよ。妹みたいな存在のあの子が、いつの間にか大人っぽくなってて、私より先にそういう…恋愛対象を見付けていて…何と言いますか…うん、やっぱり少し寂しい気持ちですかね、多分」
「…巣立つ妹を見送る感じですか?」
アークの問いに「多分、そんな感じです」とエリーは答えた。
「烏滸がましいと思いますけどね。彼女もちゃんと自分の意思を持っているのに、勝手に自分が保護者にでもなったかのような…まだあちらは親御さんも健在なのに」
エリーは空を見上げ、伸びをした。まるで、自分に課せられた大役の役目を終えたかのように。ただ、それは自分で勝手に課せた物であって、アーシャには言えないが。
「…何か美味しい物でも食べに行こう!ほら、あの…ケンタロウさん達が泊まっていた宿屋さん、営業再開したらしいから!」
ルーシーがエリーの肩に乱暴に腕を回す。「痛っ…もう、何なんですか」とぼやくエリーだが、少し楽しげではあった。そんな2人の姿にアークは少し考え、それから
「御二人共、今日は私が奢りますよ。あの宿屋に行きましょう」
と、2人に伝えた。どうせ自分も食事の時間が近い。多少早くても問題はない、とアークは考えた。
「きゃっ♪アーク様からお誘いされちゃった♪これは所謂、お付き合いの…」
「違いますね」
「私は今、研究が生きがいなので色恋は」
「違いますって」
「アーク様、エリーと私、どちらを」
「どちらも選びませんよ、そういう意味のお誘いではないので」
「なら2人共ですか、英雄色を好む、とは言いますが」
「色を好んでいるから誘ったんじゃ無いですし、私は英雄ではないただの騎士ですし」
怒涛のボケにツッコミながら、アークは思う。城で王子として学んだ、紳士としての女性への相手の仕方はこんなんだっけ?と。もしかしたら、彼女達が特別なのだろうか?そうなのだとしたら、我が友、真上 健太郎は大変だったのだな、と。そして、アーシャもまた同じような女性なのだとしたら…エクス君、我が友の弟分にして、我が国の有望な戦士よ、これから大変だろうが頑張れ、悩んだら愚痴くらいは何時でも聞くから騎士宿舎に来なさい、アドバイスは出来ないだろうが、とも思った。
「はぁ…帰ろうかな」
帰って、宿舎の食堂で食べてもいいのだから、何故食事に誘ってしまったのか。落ち込んでいたように見えたから、美味しい物でも…と思った自分が見る目が無かっただけなのか。
「待って!お待ちください!あのアーク様とお食事出来るとはしゃいでしまいましたぁ!」
「私は食費が浮けば何でも」
「エリー!失礼でしょお!?」
「いや、貴方も大概ですよ、私は最初からそういうお誘いでなければ、と言っています」
「うぐぐ…」
そんなやり取りをしながら歩く2人を見て、「元気になったみたいだし、本当に奢らなくていいのでは?」と思うアークだったが、ふと気付くともう宿屋はすぐ近くだった。ここまで来たならもう関係無いか。食事をして、城の街門辺りの状況を門番兵の人に聞いて、それから帰ろう。
「到着しましたよ、入りましょう」
まだ何か言い合っている2人に声をかけると、「はーい」と素直に中に入っていく。女心と何とやら、父も言っていたな…「女心というのは、魔物と戦うより、戦で他国の兵と戦うより、国家の統治やりも難しい」と。当初は「何を言ってるんだ、この人は」と思っていたが、今なら少し分かる気がした。
「ふぅ、御馳走様でした」
「御馳走様でした、アーク様」
「いえいえ」
宿屋を出たアークは、2人と別れて街門へと向かった。途中、一瞬だけチラッと後ろを見て姿が見えない事を確認後…溜め息をついた。
「危なかった…給料前だったとはいえ…というより、冬の時期とはいえ…物価の上昇は困ったものだ。得に、調味料は高くなってしまう…我が国でも、何らかの方法を考えなくてはな」
宿屋のご主人は、そう嘆いていた。どうしても値段を上げざるを得ない、と。だから、ケーキとカフェオレで、結構な値段がするんだな、とアークは思った。そして、どうしてあんなに甘い物が食べられるのかも、理解出来なかった。
「まぁ、味覚の違いはありますからね」
自分の隊にも、異常と思えるほどの辛党がいるし、国や文化の違いもあるのだろう。その辺、表に出さないのは礼儀だろう。親しい仲のその騎士にはたまに言うが…と、そんな事をぼんやり考えていたら、街門にたどり着いていた。
「お疲れ様です、騎士アーク殿」
「お疲れ様です」
アークの方が役職は上になるのだが、向こうの方が年上だ。それを踏まえて、「向こうの敬語は仕方ないとして、此方も敬語で喋る」という姿勢を通している。まぁ、アーク自身は普段から敬語な事が多いので得に問題無いのだが、気にする人もいるので初めて会う人にはいちいち説明が面倒臭い。今回の人は以前会った事のある人なので問題ない。
「わざわざ街門までどうされました?何かありましたか?」
「いえいえ、たまたま知人と食事をしたついで…と言うと少し問題ある言い方ですが、街門の様子と何か違和感が無いか、を聞きに来ました」
「ふむ…得に何か変わった事はありませんでしたなぁ…この前のゴブリンの群れの襲撃以降は、静かなものです。野生動物か、それから進化したのが数匹。追われているようでもなく、旅の商人のスパイスや薬草なんかの匂いに釣られたようですな」
「へぇ、魔物を誘き寄せるのに、スパイスも使えるのですか?私はてっきり、匂いが強くて苦手なのかと」
「物による、って感じですかねぇ…いや、私も良く分かりませんが、旅の商人がそう言ってました」
「まさか、違法な薬物…」
「いやいや、荷物は全てチェックしていますよ?そんなもん持ち込んだら、その場で捕縛、抵抗次第では斬ってます」
「そりゃそうですよね、いや、疑った訳では無くですね…こう、やはり色々上の連中はピリピリしてるんですよ」
自分も上の連中どころか、元皇太子にして次期国王候補でもあったが、アークは騎士生活の方が長い分、そういう感覚は薄い。
「あー…手柄を取られたから?」
「まぁ、それもある人もいます…が、何よりもなのは、本来保護する対象の異世界からの転生者であるマガミ殿がずっと騒がせていた悪党を斬り伏せ、エクス君と共に残党をぶちのめし、そして今回のゴブリンの群れへの単騎突撃からの大量撃破、それと引き換えに意識を失い、細かい怪我なんかもして…入院までさせてしまった。国を守る仕事をしている私達が、エクス君という兵士1人と、守るべき対象のマガミ殿に守られた、という現実が、やはりプライドを傷つけられた、とも思うのでしょう」
そういうと、門番兵の男性は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「チッ…っと、アーク殿の前で失礼しました…」
「いえ…団の一部にそういう奴がいる、と団長に聞いて、私だって正直斬り伏せてやろうかとも思った位です。貴方の気持ちも分かる」
「随分と過激ですな。ただ、私も腹が立つのは事実です。守ってもらっておいて、プライドも何もあるか、と…エクスは兵士としてちゃんと戦っただろうが、と」
「そうですね、マガミ殿ばかり前に…いや、あの猛将っぷりは確かに前に出ても仕方ないですが、エクス君がいなかったら、マガミ殿も間に合わなかった、と私や団長も同意見です。だからこそ、まず彼を褒め、そしてマガミ殿へ感謝をし、我々が気持ちを新たにして街の平和を、民の平和を守らなくてはならない…これは私も団長も同意見です」
「私も同意見です。我々門番兵の層の薄さ、人員配置の甘さ、実力の問題…多くの問題が、今回露呈していると思えます」
アークは門番兵の言葉に頷き、そして意見を聞く。現場の事は現場で聞くのが一番早いし正確だ。それから上で考えて希望に寄り添える形にすべきだ、というのがアークの考えだ。団長もそういうタイプだが、色々起こった事への対応が忙しく、恐らくこれから冬を越える位までは忙しいのではないか、との事。ならば副団長達は…と思うのだが、彼らの意見は割れている…というか、真上健太郎という人物に対して、素直に感謝する者、自身の隊への入隊を画策する者、是非とも手合わせ願いたいという者、武器や現在の彼の両親代わりの人物を知って羨ましく思う者…そして、嫉妬している者。
様々な考えが交錯、入り乱れているが…最終的な帰結は「あの」ゼノ様やローザ様、魔法研究所、更にはゼノ様に心酔している陛下まで敵に回して、明日どころか数分先に自分が生きているかすら分からない、という圧倒的絶望に、誰も無茶な事は言わないで、彼をサポートしたり、彼を煩わせないようにしようと考えるのだ。
というか、我が国が総力を上げて立ち向かって、果たしてあの「戦神」とまで呼ばれたゼノ様と、「魔王に単身立ち向かえそうな唯一の存在」とまで言われた我が国最強にして最恐のローザ様に勝てるのか?と言われると…本当に怪しい。
何せとんでもない腕力と技術で振り回される戦斧で、盾や鎧ごと切り裂かれるというゼノ様に、ほぼ無詠唱で最上級クラスの攻撃魔法をぶっ放してくるローザ様だ、アーク自身は総力戦で勝てない、とまでは言わないが、絶対に本気のあの2人と戦いたいとは、口が避けても言いたくない。
「そうですね…正直、毎年兵士になろうとする者は少なくなっていますし、質も…うん、規定に満たない者かスレスレの者ばかりでして…そんな中でエクス君は希望の星、というか、実力だけは今すぐ騎士に迎えても問題無いレベルです」
「でしょうね、まだ荒削りだし、年齢的な事か経験不足か、集中力にかける所や、自分の腕を過信していた部分があった…それが、今回の怪我なんでしょうが」
「ふむ…」
アークは思い出す、あの若い2人の青春街道一直線、甘酸っぱいシーン…は置いておいて、彼が自身の実力不足を嘆いていた事を。そして、明確に守る相手を見つけ、守るものを決めた事を。
「…エクス君は、もう大丈夫だと思いますよ。これからまた、元気になったらメキメキ成長していく。年も重ねれば落ち着きも出ますから、集中力も出ます」
「アーク殿、随分詳しいですが、エクスとそんなに知り合いでしたっけ?」
「彼と、というか、彼の兄貴分の話題のヒーローと、友達になりましてね」
門番兵は、話しながら内心で先程までの真面目な顔と違って、随分柔らかな表情を見せるアークに驚いていた。少なくとも自分は全く見たことがない。なるほど、これはモテる訳だ、と思っていた。
「ほう、友達ですか…それはまた、心強くて良いご友人ですな」
「ええ、私から見ても3つ年上ですし、頼れる兄のような方ですよ、マガミ殿は」
「ふむ…アーク殿、街中をその顔で歩いてはいけませんぞ?」
「えっ?そんなに変な顔をしています?」
「…普段の凛々しいお顔で女達は黄色い悲鳴をあげるのです。今の柔らかで優しそうな笑顔なんかしながら歩いていたら、何人か卒倒しますから」
そう言って笑ってから、門番兵は自身の業務へと戻っていった。1人取り残されたアークは、
「そんな事、あるわけ無いでしょう…魔法か何かですよ、それは…」
とぼやき、それでも「ふぅ…」と一息ついて、気持ちを切り替えて真面目な顔をする。これなら大丈夫だろう…と、思いたい。別に自分は、魅了の魔法も支配の魔法も使っていないのだが…この上失神魔法まで使っていると思われてしまえば、もうそれは化け物なのではなかろうか?と思ってしまう。
まぁ、それでも自分は騎士なのだ。騎士の勤めを果たしに戻ろう。まずは…腹ごなしに軽く訓練場でも…と、そこで思う。次に健太郎が来た時には、手合わせしてみたい、と。槍が苦手な自分は槍では恐らく負けるが、剣なら勝つ自身がある。
そう思うと、雪の時期が過ぎるのが楽しみで仕方がない…と、いけない、つい顔が緩んでしまう所だった。気持ちを引き締め直し、城に帰ろう。
そうして、足早に城に帰っていくアークは知らない。先程の手合わせをしてみたいと思った瞬間に出てしまった子供のような無邪気な笑顔を見た街娘の1人があまりのギャップに打ち抜かれて失神した事を。
◆
ローザ達の孤児院から帰ってきた佳菜子とディアナは、夕飯の支度に取りかかっていた。ディアナの料理速度はあまりにも早く、佳菜子が手を出せる状態ではなかった。なので佳菜子は自分のやる事をしようと思い、予備に置いてあった包丁とまな板を借り、自分の作りたい物の準備を始めた。
まずは切り分けてもらった豚肉のブロック、腿の肉らしい…を、自分のスマートフォンの大きさより指1本分位の長さで切り、幅もスマートフォンのサイズに切る。それから、フォークで数ヵ所刺して穴を開ける工程があるのだが、これから塩と砂糖で揉み込んで寝かせていたら明日になってしまうので、今回は固そうな部分にのみ穴を開け、ほんのひとつまみだけかけた塩を揉み込んで、置いておく。
続いて、青果店で見付けた長ネギを洗って半分に切り、握りこぶしくらいの長さで切っていく。切り分けたら、白い部分だけ包丁を入れ、白髪ネギを作って水に晒す。次に、ショウガを洗い、ある程度の範囲スプーンで薄く皮を削いだら、皮を削いだ部分だけを薄くスライスしてから細切りにする。
見ると、もう肉からは僅かながら塩が浸透したのか、水が出ているので軽く洗い流し、陶器の器に入れる。そこに刻んだショウガ、長ネギの緑の部分を敷き詰め、肉の上にも乗せていく。
「ディアナさん、お鍋って空いてます?この器が入る位の」
「ええ、これなら空いてるけど…入るかしら?」
試しに器を入れてみると…丁度一回りくらい大きいサイズなので、入れたまま竈に置き、火にかける。
「えっと…」
火を着けなくてはいけないが、どうすればいいかと思っていたら、ディアナが指をパチンと鳴らすと竈に火が着いた。
「おー…凄い」
「魔法の練習にもなるから、次からカナコが着けるようにしなさい」
「う、うん、頑張ってみます」
入れておいた薪が燃え始めたら、肉や野菜を入れた器と鍋の間に水を入れて、丁度器の半分くらいまで注いだら、後は蓋をして待つだけ。火加減に気を付けながら弱火になるように見ながら薪を入れていく。
「んむむむむ…」
初めての竈に手こずりながら、
「…けほっ、けほっ」
煙に噎せたり、
「あちっ!」
火傷しかけたり、
「えぅ…」
煙が目に染みたりしながら、悪戦苦闘の末にテーブルに置いたスマホから、「ピピピピ…」と電子音が鳴る。その音に驚いて身構えるディアナだったが、佳菜子は慌てて「だ、大丈夫です、害は無いので!」と、ディアナもスマホのアラームも止めた。
「これで出来ていれば…」
蓋を開けると…肉の表面は火が通っている…ように見える。試しにフォークを真ん中付近まで深めに刺してみる…透明な肉汁が出てきた。これで火は通っている事が分かったので、火から鍋ごと下ろし、トングを使って肉とクタクタになった長ネギの緑の部分を取り出し、今度は鍋の中の湯を捨て、肉を入れていた器に残っている肉の脂と旨味や長ネギの栄養素の溶け出したショウガ入りの水分を鍋にあける。
まだ少し燃えている竈の中に薪を足して、再度火力を上げ、鍋を置く。そこに買ってきた醤油、砂糖を入れて味を調整したら、暫く煮込んでいく。その間に、肉を食べやすい幅に切っていき、クタクタになった長ネギの緑の部分も半分程に切り、皿に盛り付ける。その上から、水にさらしておいた白髪ネギを乗せる。
「お待たせしてごめんなさい」
佳菜子がディアナに謝ると、既にパンにスープ、煮込み野菜まで作り終えていたディアナは「大丈夫よ、貴方の思うようにやりなさい」と返した。とはいうものの、後は肉汁入りのタレの水分をある程度飛ばし、本来ならトロッとするまで煮詰めていけば完成だ。だが、そこまでやると時間もかかってしまうので、程々のところで鍋を火から下ろし、白髪ネギの上から満遍なくタレをかけて…
「完成です!…美味しいかどうかは、自信ありませんが…」
佳菜子が生前、今は亡き母親から教わった鈴白家全員の好物、「蒸し豚肉、白髪ネギ添え」の完成だ。時間はかかるが、チャーシューや角煮より手間もかからず、白髪ネギの代わりに葉物野菜を乗せたり下に敷いても良い。鈴白家では、白髪ネギの他にも下にレンジで温めた細切りキャベツ、手千切りレタス、茹でたモヤシなどを敷いたり、上に豆苗、かいわれ大根、春菊等を乗せたりしていた。
タレにも味噌を使ったり、洋風にしたり、中華風にしたり…メインの蒸し豚肉は変わらないが、母親は色々な工夫をして出していた。佳菜子も父親もこれが兎に角好きで、出てくるとペロッと食べてしまっていた。
「…懐かしいなぁ」
今はもう、食べられない母の味でもある。懐かしくて、寂しくて、残念である。作り方を頭にいれておいて良かった、と心から思った。この料理は、自分と両親の今も残る繋がりのような物なのかもしれない。
「…やっぱり、寂しい?」
ディアナの言葉に、佳菜子は首を横に振る。
「寂しいけど、もう向こうでは死んじゃいましたから、私も、親も」
どんな顔をしていただろう?佳菜子は言ってから思う。泣いてはいなかったと思う。ただディアナは、「そう…そうね」とだけ答え、それから
「さぁ、食べましょう。貴方の作った家族の味、楽しみだもの」
と言った。それ以上はその話題に触れる事無く、2人の初めての食事会が始まったのだった。




