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能面男、また一人暮らし(居候)へ 11

「………」


「いいのよ、皆乗り越えていかなきゃいけない。貴方もそう、乗り越えなきゃいけない。だけど、それまでに誰かの手を借りる事が悪い事じゃないし、自分より悲劇…と自分が思った相手に救われる事に何か思っても、それは相手の気持ち次第だわ。その相手が乗り越えていなかったりするなら手助けをそもそもするのが間違いだし、手助けをしてもらった側が悪い、とはならない気がする…そして、私はもう過去の記憶として覚えているけれど、あの時はどうしようもなかった。今はそう思うわ」


そこで一旦言葉を切ると、ディアナは佳菜子を見つめて


「いいのよ、生きてさえいれば。取り返せるから」


と、本当に小さな変化だが、確かに微笑んだ。そう、佳菜子には見えた。


「…まだ、まだ割り切るとか、出来ないですけど…取り返します」


佳菜子にディアナの言葉はしっかり響いた。心にスッと入り、そのまま染み込むように。


「でも、貴方は大分取り返したわよ?」


「…え?」


「そのローブ、実は高給取りの魔法研究所の上層部もホイホイ買えない代物よ」


「…や、やっぱり…凄い高いんだぁ…ど、どうしよぉ…」


「いいじゃない、くれたんなら貰っておけば。彼、無表情だけど優しい…だろうし、やったわね、こっちの世界でいきなりあんな強くて優しい彼氏が出来て」


その一言は、十分に、十二分に、佳菜子を赤面させるにはクリティカルだった。


「か、かれ!?か、か、彼氏…かれ…か、か…」


「かーかー連呼して何事?」


「そ、その!あの!えーっとぉ…か、彼氏、というには、わ、私はお子様、かなーって」


「マガミ様、おいくつ?」


「に、28歳だって聞いてます」


「カナコは?」


「19歳、です」


「あのね、たかが9歳差…私達の間じゃそんなもの誤差よ?何せ200歳差のカップルだっていたもの」


「にひゃく!?って、それはエルフさんだからでは!?」


「…それもそうね」


「んもぅ…」


それから、佳菜子は笑った。ディアナも、少し嬉しそうにしていた。一頻り佳菜子は笑い、その後でふと、


「そういえば、お醤油って、ディアナさんは使います?」


「殆ど使った事無いわね。あの店でもレア物扱いで置いていたし」


「そうですか…」


「どうかした?」


「いえ、健太郎さんも喜びそうだなぁ、って」


「ああ、彼もヒノモトなのね…そう、それなら喜ぶかもしれないわ」


「でも、贈るのもこれから雪なら難しいだろうし、そもそも数が無いかもしれませんね」


「じゃ、聞いてみましょう。考えるより動く。考えたらすぐ動く。メイドたる者、ぼーっと時間の浪費は許されないわ」


「あ、あの、私はメイドさんじゃ…ま、いっか」


ディアナは立ち上がると、佳菜子もそれに続く。そして先ほどのスパイス屋に戻り、在庫状況を聞く事にした。




「驚いたなぁ…」


スパイス屋から出てきた佳菜子が呟く。


「そうね、私はそれが豆から出来ている事も、凄く手間隙かけている事も、味見させてもらって、確かに塩辛いんだけど…不思議な味だった事も驚いているわ」


「ああ、いえ、それもなんですが…そもそも在庫を大量入荷してしまっていたという事が、何というかタイミング良いなぁ、と」


佳菜子は、自分のトートバッグに入れた醤油入りの大体1リットル無い位の瓶2本を見て呟いた。自分の寝ていた場所を黒い液体に邪魔されたウサ子は、今は佳菜子に抱っこされていた。そんなウサ子はウサ子で、街行く性別が女性の大半の視線を奪っていた。たまに小さな子が「可愛い!」と近寄ってくる程に。


「良いタイミングと言えば良いタイミングだし、出来すぎと言えば…だけれど、フォーテッドの街って、たまに突然妙な物が売れたりするから、市場を読みにくいのよ、定番商品以外は」


「あー…いえ、確かに…私の前居た日本、ヒノモトもそうですよ?良く分からないスイーツが流行ったり流行りそうだったり、流行らなくて消えていったり」


「流行りなんてどこもそんな物なのね、異世界でも」


「そんな物ですよ、どこの異世界も」


そんな事を言いながら、自宅に向けて歩いていく。因みに、佳菜子は後日また、醤油を配送したいから取っておいて欲しいと店主に頼むと、店主は快く了承してくれた。


「さて、そうしたら一度荷物を置いて、ローザ様の所へ行きましょうか」


「ローザお婆ちゃんの?どうしてですか?」


「醤油、配達頼むんでしょう?」


「はい」


「なら、ローザ様の結界を抜ける通行札が無いと、配達人が丸焦げになりますよ?」


「ひぇっ…そ、そうなんだ…じゃあ、行きましょう…」


「ええ、そうしましょう」


家に帰って荷物を置いた2人と1匹は、ディアナの案内の元、ローザのいる孤児院へと向かった。道中、ローザが今何をしているかという話をディアナは佳菜子に話していた。


「立て直し、ですか」


「ええ、ローザ様が目を付けた…という言い方はアレだけど、その孤児院はまだ若い牧師さんとシスターだけで回してて、収入は僅かな寄付と、シスターや子供達だけで作る野菜で何とか生活してたらしいのだけれど…」


「それだけじゃ厳しくて、そこに土地の…地上げに入ったのが」


「そう、私が仕えていた主人を騙して追い出したゴミ屑。それでローザ様は色々とあってその地上げをしていた冒険者崩れのゴロツキと、そのゴミ屑に圧倒的恐怖と力の差を見せ付けて制圧、悪事を全部洗いざらい城の偉い人達に報告したって訳」


「…ローザお婆ちゃん、強いなぁ」


「まぁ、あのお年ではあるから全盛期ではないでしょうが、それでも恐らく…魔法を扱う者の中ではこの国最強は間違いないでしょうね。私も下手な連中にはまず負けないけれど、あの人は別格。恐らく魔王と直接やり合える位の力はあったんじゃないかしら?1人では無理だとしてもね」


「ふぇ~…凄すぎて想像つかないや」


「そうね…貴方がもう少し魔力を操れるようになって、相手の魔力量を感覚で感じられるようになったら分かるわ」


「そっかぁ…じゃあ訓練あるのみ、ですね」


「そうね、頑張りましょう」


そうこうしていると、街の外れにある古ぼけた教会に着いた。見た目は大分くたびれているが、しっかりとした建物だ。


「ここですか?」


「そう、ここよ」


2人と1匹が建物に近付くと、女性が1人、外を掃き掃除していた。


「…レベッカさん!」


かつてルードに囚われていた中の1人で、一番年上の女性、レベッカがそこにいた。


「ん?あれ?カナコじゃない。それとそちらは…」


「ディアナと申します。本日ローザ様はいらっしゃいますか?」


「あー、ローザ様なら奥の院長室で院長とか会計のクレイウェルさんと仕事中だと思う、案内するよ」


「ああ、クレイウェル様が会計…なるほど、適任ですね」


「クレイウェル…さん?」


「ああ、私の元上司、ゴミ屑の執事を仕方なくやっていた人で、凄く優秀な人よ」


「優秀だけど、ちょっと怖い所があるかもしれないわねー。まぁ、牧師様がお金の事に無頓着過ぎたってのと、シビアな現実を見させられているというか…ね」


レベッカはそう言いながら掃き掃除を辞め、箒を玄関脇に立て掛けると扉を開け、2人と1匹を招き入れた。中に入ると、最初は遠巻きに見ていた子供達だったが、佳菜子のトートバッグからウサ子が顔を出してキョロキョロとし出した途端、1人の女の子が寄ってきた。


「う、ウサギさん…お姉ちゃんの?」


「ううん、この子はお姉ちゃんを助けてくれた人が、お姉ちゃんのボディガードに、って」


「そう、うさ、かなこまもる」


「!?い、いま、ウサギさん喋った?」


「そう、うさ、ねんわできる。ゆうしゅう」


「凄い!ウサギさん頭良いんだね!」


そんなやり取りを皮切りに、遠巻きに見ていた子供達が近寄ってきた。

「可愛い!」「すげー!」「ふわふわだー」など、口々に言いながら寄ってくる…が、レベッカが


「ほらほら、このお姉さん達はローザ様に御用があって来たのよ」


と言うと、子供達はちょっと寂しそうにしながら道を開けてくれた。


「かなこ」


それを見ていたウサ子が、佳菜子に念話を飛ばす。最近では個別に念話を飛ばせるようになってきている。


「ん?」


「むずかしはなし、うさわからない。だから、ここいる」


「ウサ子ちゃん、大丈夫?」


「まかせて、なにもしないけど」


「よし…じゃあ、お願いね」


ウサ子は何かを感じたのだろうか?それとも本当に難しい話になりそうで退屈になりそうと思ったからなのか。本心は分からないが、佳菜子は最初に近寄ってきた子を手招きして呼んだ。テクテク近付いてきた子に


「この子はウサ子ちゃん、大人しいし優しいけど、頭の角には気を付けてね?それと、あんまり強く撫でたり、いじめないであげてね?」


と伝えると、それが合図かのようにウサ子は佳菜子のバッグから這い出ると、その子に飛び付いた。


「わぁ!?」


「ローザお婆ちゃんとお話してる間、ウサ子ちゃんをお願いね?」


「…うん!」


モフモフを抱き抱えたまま笑顔を見せる女の子を後にし、佳菜子はディアナやレベッカと共にローザの元に向かった。執務室は教会の奥にあり、中からは話し声が聞こえてきた。


「あ~…今日も大変そうだねぇ、牧師様」


「そうなんですか?」


「大体経営に関してローザ様とクレイウェルさんで話し合うからね。牧師様は殆ど口を挟めずにいるんだよ」


「まぁ、あのお二人の間には中々入れないでしょうね。この国で魔法師団と魔法研究所のトップを掛け持ちしてこなしていた方と、優しくて騙されやすかった御主人様と、その後のザル会計の人身売買クソ野郎の両方で執事をこなしながら破綻をさせなかった方ですから」


人身売買、の言葉にレベッカが反応する。


「…そいつは?」


「御安心を。既にこの街と何処かの街の途中に廃人状態で棄てられているでしょうから。因みに、ローザ様の仕業です」


「…なら良かった」


目に見えて顔色の悪いレベッカに佳菜子が近付くと、手を握る。


「レベッカさん、大丈夫ですか?」


「…まだ、まだちょっとね。人身売買、なんて言葉を聞くと、体が震えるし気分悪くなる」


「…軽率でした、謝罪します」


頭を下げるディアナに、レベッカは


「いや、いいんだよ。私だってもう…立ち直っていかないといけないんだ」


と、強がった。ただ、佳菜子が握る手は…冷たく、少し力が入っていた。そんなレベッカの手を、佳菜子は優しく握り返していた。この人は、いつでも気丈に、優しく、強くいてくれた。それは支えだったし、1時の安らぎだったが…単純にこの人は歳が一番上だっただけで、聞けばまだ健太郎よりも若い上に、苦痛を受けていた時間も皆より長いのだ。それはきっと、彼女に消える事がない傷を負わせた事だろう。


「…ふぅ、もう大丈夫、ごめんねカナコ」


「ううん、私は平気です」


先程までにはまだ戻らないが、レベッカは血色も戻っていた。


「さ、行こう」


そうして執務室の扉をノックするレベッカの背中を見ながら、佳菜子は彼女にこそ、あの時に辛い思いをした女の子達にこそ神様の祝福と幸せが訪れて欲しい、と願わずにはいられなかった。




またも時は戻って、佳菜子がディアナ宅に着いた頃…フォーテッド診療所には入院患者が複数いる。それは、異世界から来た鈴白 佳菜子がそうだったように病や栄養失調による体力低下や、内臓系の病、骨折等々。魔法医術という分野の確立されたこの異世界においても、一瞬で治るものと治らないものがある。所謂重病であれば、当然ながら時間はかかる。

それと、精神的な病や、佳菜子がなっていた栄養失調も同様で、内臓系の病に至っては問題箇所の特定から治癒、完治までかなり時間を要する事がある。現代のようにレントゲンの技術があればそんなに時間がかかることも無いのだが、残念ながらそんな都合良くいかない。なので通常よりも時間がかかり、治癒魔法と平行して行われるCTの用に、魔法医術の医師達は病巣を探し当て、そこから更に治療をしていく。

そんな中、骨は繋がったものの、魔力で無理矢理に繋いでいる為に無茶が出来ずに、結局入院中のフォーテッド門番兵のエクスは思っていた。「暇だ」と。元来、本を読んだりジッとしているような生活をしてこなかったタイプなので、強制的に動くなと言われる入院は苦手だ、と初めての入院で思い知らされた。

本は…恐らく、言えば手に入るだろう。ただ、どうせ小難しい本しかなく、自分が読めそうな物は無さそうだ。それに何より、仕事の穴を開けてしまっているのが心苦しい。自分は一番年下なのに、門番兵という代わりの少ない仕事を動けずにいる不様さが歯がゆい。


「あー…今頃兄貴は1人で色々やりながら暮らしてるのかな」


最悪だった初対面ではあったが、今では兄貴分と慕うまでになった相手、真上 健太郎は、今は身元引受人でもあるこの国の英雄、ゼノとローザ夫妻の物である山の中の家に戻っている。

自分と1度だけ割と本気の試合をして、必殺の連携をかわされて負けた。ショックでもあったが、それ以上に「やっぱり強いんだな、この人は」と嬉しかった。確かに不意討ちだったかもしれないが、この国一番の厄介者を切り伏せただけはあるのだ、と。

そして、その後はまさかの自分が救われた。そして見てしまった。後に聞いた「狂戦士(バーサーカー)」というスキルを使った存在の凄まじいまでの強さを。まるで紙切れのように、荒れた土地の枯れ草でも払うかのように、健太郎がハルバードを振るう度に両断されていくゴブリン達。それがいつしか小高い丘のようになった頃に、まるで糸が切れたように動きを止めた姿を。


「あれは…諸刃の剣ってヤツなんだろうなぁ、今の兄貴には」


見舞いにきた騎士のアークに聞いたが、アレはまだ恐らくは未完成なスキルなのだと。アレが完成したら、それはとんでもない事になるだろう、と。ただ、彼が自らあの力を使い、極めない限りは…危険な力だとも。


「見境い無く…か。確かに、あの戦闘能力で見境い無しはやベーわ…」


あんな状態の健太郎を相手にしたら、恐らく自分では生きていられない。この国の近衛や騎士団長ですら…と思えてしまう。

と、そんな事を暇潰しに考えていたら、病室のドアがノックされた。返事をすると、看護師…ではなく、1人の少女が立っていた。


「こんにちは」


「ああ、こんにちは」


少女の名はアーシャ。以前、健太郎から紹介された中の1人で、怪我を負った自分を助けてくれた少女。魔法研究所の若き所員らしく、とても優秀な、自分と違って頭の良い子なのだろう。本来であれば、接点なんか恐らく無かったであろう少女は、今は自分の見舞いにほぼ毎日来てくれる。


「足の具合はどう?」


「うーん…もう骨はくっついてるからなぁ。無理出来ない…って位で、ちょっと痛いけど普通に歩けてはいるかな」


「あんまり無理は…」


「してない、してませんよー」


このアーシャという少女、過保護な位に心配してくれる。まぁ、自分がかなり無茶をしたのが原因ではあるのだが。ただ1人でゴブリンの群れに立ち向かい、数匹は倒した。しかし、多勢に無勢…多方からの攻撃を受けきれず、怪我をした。そして、兄貴分の大暴れに呆気に取られた隙に…棍棒で足を打たれた。生木を折るかのような嫌な音が響き、「折られた!?」と思った時には遅く、途端に態勢が保てなくなった。

倒れそうになるのを自分の槍で支えて踏ん張ったが…激痛に意識は遠退き、冷や汗は止まらない。痛みに吐き気がしたし、倒れこみたい気持ちしかなかった。だけど…今倒れたら確実に殺されてしまう。片足で必死に一撃を繰り出して自分の足を折ったゴブリンを屠り、それから必死で健太郎の元へ近付いた。見るからにハルバードを振るう速度が落ちていたから。

途中、駆け付けた騎士達が戦闘に加わって一気に形成逆転、自分達の安全は恐らく確保出来た。それから、自分の武器で体を支えながら歩き、たどり着いた時には健太郎はゴブリンの死体で出来た丘の上で制止して意識を殆ど飛ばしていた。


「ははは…いやぁ…ヤバかったなぁ…」


つい、自嘲気味に口から言葉が漏れた。


「ん?何て?」


「え?…あぁ、いや…俺ってさ、実際はそんなに強くなくて、弱いんだなぁって思ってさ」


「…そんなこと無いよ。だって、最初に街を救おうと戦ったじゃない」


「ああ、うん…だけどさ、兄貴が来てくれなかったら死んでたし、その後で騎士の方々が駆け付けてくれてなかったら、恐らくやられていたと思う」


「で、でも…」


「だから、さ…俺、強くなりたい。いや、強くなるよ。それこそ、兄貴と肩並べられる位に。それで守るんだ。街も、仲間も…それと、その…」


「うん?」


「えと…アーシャも、守れるように」


「っ!?あ、え、あぅ」


「はは…ま、まずは足を直して…それから特訓かなぁ…」


「…ぃ」


「へ?」


「う、嬉しい、な…って」


「あ、うん…」


言った方も言われた方も、顔を真っ赤にしてしまっていた。若き兵士は、これからもっと強くなる事だろう。


「…部屋、入れないですね…」


「これはさすがに無理だよ、おねーさんも」


「せ、青春だなぁ、エクス君…あはは…」


一方、病室の外に見舞いに来てたまたま出会っていたエリー、ルーシー、アークは、甘酸っぱい青春オーラに守られた病室に入ることすら出来ず、そのまま物音を立てないように回れ右して帰っていった。勿論、2人の世界だったエクスとアーシャには、知る由もない事ではあるのだが。

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