能面男、また一人暮らし(居候)へ 8
エクスの病室前に着くと、つい聞き耳を立ててしまった…静かだな、寝てるのか?ソッと扉を少しだけ開けて中を見ると…ベッドで寝てるエクスに寄り添うように、椅子に座ったまま上半身をベッドに預けて眠るアーシャの姿が見えた。
「起こしたら悪いか」
少しだけ開いた扉をまたソッと閉め、エクスの分の見舞いのデザートは受付に預ける事にしよう。続いて、通いなれた佳菜子ちゃんの病室に向かう事にする。扉をノックすると、いつもの返事が。扉を開けると、そこにはディアナもいた。
「やぁ、こんにちは」
「はい、こんにちはです」
「マガミ様、こんにちは」
軽い挨拶を済ませると、まずはフルーツ盛り合わせを退院祝いで渡す。
「私、日本では入院とかしたこと無かったので、こんなの見たこと無いですよ」
「よく見ると冬の果物が多かったりするけど、結構しっかり色んな果物入ってるよね」
「ほぇ~…何か見たことの無い物もあります…」
「ああ、そういえば…この手提げ袋、もう1つあるからディアナと佳菜子ちゃんで使って。ディアナは魔法研究所に勤務するのに使えるかと思って」
手提げ袋を2人に渡す。ディアナは「おや、これはいいですね」と広げたりしている。佳菜子ちゃんも「うわー、凄い丈夫そう!」と、喜んでくれて…いると思う。取り敢えず、渡す物は渡せた。
「ごめんね、今日はこれから忙しくて、もう行かないと」
「そうなんですか?」
「うん、明日にはゼノ達の家に戻らないと、佳菜子ちゃんのベッドが届くからさ、迎えてあげないといけない」
「ああ、そうだったんですね…」
「そう、だから今日の内に買い物を済ませて、それから帰って…雪の時期を越えるまで待ってるよ」
「…はい、待ってて下さい」
「よし、じゃあ…先に帰ってるよ。ディアナ、後を頼む」
「ええ、お任せを」
病室を出て、そのまま診療所を出る。さて、次は商業地域に戻って、買い物をしてから荷馬車を頼んで…明日の朝には帰ろう。保存食やら何やら…狩猟用の道具とかも売ってたら買っていこう。この肩掛け袋が役に立ちそうだ。
保存食というと、日本では最近では大きな災害以降に色々な防災グッズが出回った。その中には当然ながら食品類も多くあり、各種缶詰め、水から作る米、水を入れると沸騰する薬品の入った袋なんかを使えば、暖かいご飯も食べられる。軍用糧食…レーションと呼ばれる自衛隊員や海外の軍隊の兵士達の食べ物もそこに分類してもいいのかもしれない。
最近では水も保存用の物があったり、お菓子やらもある。乾麺の類いも大半は長期保存が出来る。何れも、湿気さえ防げていれば、だが。ところが残念ながらここは異世界、ビニール袋なんていう便利な物は存在していない。真空保存の機械も無ければ、魔法を使わないと冷蔵庫すら無い。
では、どうやって食べ物を保存するのか?それは、干すか砂糖漬け塩蔵(塩漬け)、油漬け、発酵食品化…なんて方法がある。芋が主食の国では乾燥させた後に粉末化し、食べる際に水と練り合わせて…なんてのもある。日本で有名なのは漬物全般、切干大根に干し柿、干し芋なんかが長期保存も出来るし、干し柿なんかは渋柿を美味しく食べる方法でもある。兎に角、古来より…いや、昔だからこそ、食べ物を余す事無く、出来る限り保存食にしていたのだろう、と思う。
で、この世界の物はどうなのか…というと、以前も見たが、やはり塩はお高い。海が遠い国は仕方ないよなぁ、と。やはり冷蔵庫ってのは凄い開発なんだなぁ…と、以前野菜を見せてもらったお店を見付けたので、買い物ついでに聞いてみた。
「え?食べ物の保存?なんだい、兄ちゃんはあれか?冒険者か?」
「いえ、違いますよ」
「ならよ、今はどこの家にも保存箱は置いてるだろう」
「保存箱…ああ、はい…」
ゼノ達の家にあったアレって、そんなに普及してたのか!?取り敢えず、自分の素性を話し、ゼノとローザの家にあった物と同じなのかを聞いてみる。ゼノ達の家にあったものは、確か物質の保存と保護がされる上に冷気も生まれる、それはもう冷蔵庫じゃんか…いや、もっと多機能じゃないか…という代物だったが。
「あー、アンタがあの最近有名になってきたヒーローさんか!」
「いや、ヒーローではないです」
「そんな真顔で反論しないでくれよ、怖いな」
「生まれつきこの顔で表情変わらないだけなんですが…で、どうなんですかね?」
「ああ、保存箱な?恐らくだけど、ゼノ様とローザ様のお屋敷だろう?そりゃあ色んな機能も付与されているし、容量も多いだろうし、そもそも複数ありそうだしなぁ」
いや、あれはお屋敷ではなく、平屋ですが。まぁそれはいいや。
「複数は無いですが…やっぱり違います?」
「いまこの国で普及してるのは、大体野菜やら肉やら魚なんかを一時的に腐敗しないようにそのままの状態でキープする…位しか無いんじゃないかな?大体は1週間位なもんだよ。それ位なら、魔法研究所のおかげで簡略化?だかされたらしくて複数量産されてる。ただ、外見に拘ったり、外装を良いものなんかにしたら…そりゃあ高くもなるがね」
「そうなんですか…」
意外だったな…保存食そのものが一般家庭ではあまり使われていないのか。ならもういいや、普通に日持ちしそうな干し肉とか木の実だけ買おう。で、明日の出発前に野菜やらを買い込んで…そうして買い物をしている中、思い出した事がある…机と椅子だ。
「あー…しまったな…買い忘れた…」
今からで間に合うだろうか?それとも…
「作って…みるか?」
本棚リベンジを雪の時期にやってみるかを考える…いや、恐らくまた理想を追い求め過ぎて、失敗する未来が見える。諦めて買おう。近くを歩く人に聞くと、少し先に家具を安く売る店があると聞けたので、急いでその店に向かう。
「ここだな」
言われた場所に辿り着くと、外にも椅子を並べた店舗を見付けた。恐らくはここだろうと中に入る。店内は木の落ち着く匂いに包まれていて、中には机と椅子のセットが並べられていた。
「いらっしゃい」
店の少し奥のカウンターに、俺より少し年上だと思われる男性が1人座っていた。会釈をして、それから店内を見回す。どれもシンプルだがしっかりとした作りで、頑丈そうだ。
「あの、すいません」
カウンターにいる店番の男性に声をかけると、男性は此方を見て、それから
「あれ!?ゼノさんの所の!?」
と声を上げた。
「え?あ、はい、そうですね、書類上は子供として身請けされてます」
「そうだよね?いやぁ、どっかで見たことあったなぁ、とは思っていたけど…で、どうしたんだい?」
「えーっとですね…」
それから、大体のサイズ感と使用者である佳菜子ちゃんの身長を教え、良さげな物が無いかを聞いてみる。
「なるほど…それなら…これなんかサイズは丁度良いかな」
勧められたのは、大きな引き出しが1つと、脇に3つ作られている、所謂シンプルな事務机だ。ただ、机の表面は滑らかで、引き出しも出し入れしてもまるで引っ掛からない。引き出しの取手も掴みやすく、とても丁寧な作りだ。
「ああ、これいいですね…因みになんですけど、これって後で運んで貰うことは出来ます?」
「ああ、勿論。あれかい?ゼノさんの家にかい?」
「いえ、あの家はいま、結界魔法が張られてまして…俺、明日には戻るんで、その時にでも運んでいただければ、と思いまして」
「成る程ね。いいよ、そうしたら明日のお昼過ぎ位に荷馬車が集まってる場所に運んであげるよ…何なら、君も一緒に乗って行くか?」
「え?いいんですか?」
「うちはこういうデカイ物売ってるからさ、専用に契約してる荷馬車もあるんだよ。何台か纏めて運ぶ事もあるから、君1人と荷物位どうって事はない。それに、君が居れば結界魔法も通り抜けられるだろう?」
「そうですね…じゃあ、お願いします」
「ほいよ、ただ申し訳ない、ちょっとお金かかっちまうけど」
「大丈夫です。どちらにしても荷馬車を借りるお金はかかりますから、ここで済むなら一石二鳥です」
「そうかい?じゃあ、机と椅子の代金に追加で…そうしたら、これをおまけで付けとくよ」
と、カウンター近くの棚からランプを1つ、見せてくれた。
「えっ?いいんですか?」
「ああ、ゼノさんの所の人だったら、例の井戸のポンプを考えたり、ルードの野郎やゴブリン共から街を守ってくれた人だ、本当なら机と椅子もプレゼント、といきたい所だが、そうしちまうと俺が干上がっちまうからね、せめてもの御礼だ」
「そんな…いえ、ありがとうございます。丁度今から探しに行こうと思っていたので助かります」
「そうかい、そいつぁ丁度良かった。じゃあ明日、これもセットで城の門の所にいるよ」
「はい、分かりました。俺も明日も買い物を済ませたらそちらに行きますので」
「あいよ」
買い物と輸送の手続きをして、身分証を見せて会計を済ませてしまう。便利だな、資産管理局。そうして買い物を済ませた俺は店を出た。助かった、移動手段をどうしたもんかと悩んでいたんだ。
「ああ、後はランプ用の油か…探すか」
ランプの油…どんな物があるのやら。やはり道行く人に話を聞きながら、雑貨屋に辿り着いた。中に入ると、そこには色々と便利そうな物が売っていた…取り敢えず、ランプ用の油を探すとすぐに見付かった。色々な木の実から絞り出したもの、動物性のもの…色々と種類があるようだ。アルコールもあったが、これはちょっと危なそうだ。
取り敢えず、持った感じ1リットル位のサイズの瓶に入った木の実から絞り出した油を購入、花から絞ったエキスのような物を混ぜると良い香りがするというので、それも購入しておいた。ついでに、椅子に敷く座布団のようなクッションも見付けたので購入。ふと、ペンとインクを見付けたのでそれも合わせて購入し、紙と便箋も幾つか買う…もう忘れ物は無いだろうか、と悩みながら、雑貨屋を出た。
「…もう夕方か」
外は夕暮れ、そこで思う。
「あ、今日どこに泊まろう」
そう、宿屋は今休業中。診療所は退院してきた。
「野宿か?いや、何も道具が無いしな…」
流石にこの寒空の下、何も無しで寝るのは…ブッシュクラフトって言っても、もう夕方じゃ間に合わないだろう。
「ミスったなぁ…新しく宿屋さんを探すか、どうせ今日1日だけだし…」
何時もの宿屋前にいつの間にか来ていた、習慣って恐ろしいな。ボーッとしていたら、宿屋の主人が外に出てきた。
「どうしたんだ?」
「あー、宿を取るのを忘れてまして。どっか知ってる所は無いですかね」
「そうだなぁ、じゃあ…」
宿屋の主人の紹介の元、教えられた場所に行く。この宿屋はやっているのか。中に入ると、主人らしき男性がカウンターにいたので話し掛ける。
「あー、部屋?空いてるよ。これに記入しておいてくれるかい」
渡された紙には、何日泊まるのか、人数は、などの記入欄があるので埋めて、渡す。
「あー、アンタあれか、あのゴブリンの群れをブチのめした人か!んで、明日までな、はいはい…」
新しく泊まる予定の宿屋の主人は、カウンターの下をゴソゴソと漁り…
「ほい、鍵。2階で、部屋番号は鍵に書いてあるよ」
と、渡してきた鍵を受け取り、2階へと上がると部屋はすぐに見付かった。鍵を開けて中に入って荷物を下ろす。ランプに火をつけ部屋に明かりを灯すと、真っ暗な部屋はほんのりと明るくなった部屋で、やっと一息ついた。下ろした肩掛け袋の紐を解き、袋を開けて買った物を出しながら確認していく。
「よし、壊れた物は無いな…瓶は不安だったが、何とかなったな」
全ての物を確認して、また入れ直す。明日は別の袋を買った方が良いかもしれない。
「ま、臨時収入あったし、そもそもサバイバル生活していこうとしてたんだから、使いきってもな」
ぼんやり考えながら、ベッドに横たわる。明日は朝から買い物して、机と椅子のセットと一緒に帰り…それからベッドを迎え入れる。それからは…異世界一人暮らし生活が始まる。とはいえ、かなり恵まれている状態なので、もうスタート時から比べれば全然良い…いや、ちょっと腑抜けてきている感はあるな。
狩りに畑に拠点に…今後は少しずつ進めていこう…気持ちを新たに、明日に備えて寝る事にした。
翌日、朝から野菜やらを買い溜めた俺は、街門前にいた。程なくして、昨日購入した机と椅子を積んだ荷馬車が現れ、行者さんの他に店主ともう1人、若い男が乗っていた。何でも、職人見習いで今日は荷物運びを手伝わせる為に連れてきたらしい。
軽く挨拶を済ませて、出発する。行者さんはある程度の道は分かるし、店主さんはゼノ達の家の場所を知っているので、迷う事も間違える事もなく、あっさりと昼前には到着した。
家を開け、机と椅子を佳菜子ちゃんの部屋になる場所まで入れてもらう。途中、狭さに苦戦はしたものの、何とか部屋に収まった。そうしたら丁度良い場所に移動し、完了。
店主は「今日はもう1件あってね」と言って、弟子と共に足早に帰っていった。繁盛してるのは良い事だ。
「さて、と…荷解きすっかぁ…」
まずは野菜の類いを保管箱に入れていく。中はひんやり冷たい。事前に入っていた物を上にして、新しい物を下に入れていく。こうでもしないと家事レベルの低い俺は間違える可能性が非常に高い。次に干し肉などの乾燥させた保存食品を麻布の袋に入れ、風通しの良い台所の勝手口外に吊るす…これで食品関係は終わりだ。荷物の半分以上が終わり、ホッとする。
続いて、佳菜子ちゃんの部屋に入る。まだ誰もいないし住み始めてもいないのに、ついノックしてしまうのは部屋の中に家具が揃ってきたからだろうか?…まぁいいか、いずれはノック必須、しないで入ったら「きゃー!健太郎さんのエッチー!」と、某国民的アニメのヒロインのお風呂シーンかのようにビンタを食らってしまうだろう。下手したら、その後過保護でおっかないお婆ちゃんに怒られる可能性まである。
肩掛け袋の中から、ランプ、油、紙とペン、インクを取り出す。
外に出しっぱなしも良くないな、と思い、ランプ以外を引き出しの中にしまっておく。メールも無いこの異世界、佳菜子ちゃんはアーシャやエリーやルーシー、ディアナもだが、手紙位送りたいんじゃないのかな?と思ったので、事前に購入しておいた。
正直、雪深くならなければ歩いていける距離ではある。ただ、佳菜子ちゃん1人で行かせるのは危ない気もするので、やはり手紙が安心だろう。
「さてと、これで大体の片付けは終わりかな?」
後は、明日には来るであろうベッドを迎え入れるだけとなる。そうなれば…今度は俺自身が本格的に越冬の為の準備をしなくてはならない。一応、もしキツかったら家の中で毛皮も寝袋も使って良い、との事だったので、この暖炉のあるリビングに引っ越しも視野にいれている。小屋で耐えられればそちらで過ごすつもりではあるが、ゼノもローザも「相当厳しい」と言っていたので、恐らくはそうなのだろうと思う。郷に入っては郷に従え、この世界に長く住む住人が言うのだから、きっと相当に大変なのだろう。俺は郷に従うタイプだ。無駄な反骨心は疲れるからな。
「うっし、じゃあ…飯どうすっかな」
生まれてこの方、ろくな物を作った事が無い俺に、材料を上手くいかせるのだろうか。
ー
「パンは…まだあるな、なら野菜と干し肉でも挟んで食うか…」
どうせローザや宿屋さんのような料理は作れんのだ、あるものを適当に使って食えればいいんだ。適当にロールパンに切れ目を入れ、適当な葉物を手で千切り、干し肉も切り、纏めて挟んで貪る。
「…料理、練習しとけば良かったな」
モソモソとパンと野菜と干し肉を食い終わると、汲んでおいた水を飲む。あ、味気ねぇ…。
「いや、逆にこういう生活をしていた方が、また後で誰かの料理を食べた時に感動出来るんだよ、うん」
1人、自分を納得させてから外に出る。そういえば、と思い出したのが、家具を作るために切っておいた木材の山。これを薪にしたり、何かを作ってみようかと思う…どうせ暇だしな。それ以外にもやりたい事はまだある…あるが、自分の技術力で果たして出来るのかは不明だが、まぁ、雪の時期の間に何が出来るか分からんが、やるだけはやってみよう。
取り敢えず、薪を割る。燃料はまず何より必要だからな、うん。無心で薪を割る。ある程度割ったら纏めて、勝手口の外に置いておく。まずは薪置き場から作る事にするかなあ。
「ああ…思い出してきたなぁ…そうか、サバイバル生活の時はずっとやってたなぁ…」
染々思い出す。そうだったなぁ…テント暮らしで色々と模索しながら。まだ懐かしむほど時間は経ってないと思うが、ゼノ達に身請けしてもらってから、やたらと濃いイベントが多かったな…と、あまり外にいると寒いな。勝手口から中に入り、台所で見付けた茶葉を貰い、お湯を沸かして紅茶を淹れる。
「ふぅ…」
椅子に座って紅茶を啜る…落ち着くなぁ…やはり寒いと暖かい物に限るな。お茶請けなんてお洒落な物は無いが、取り敢えずは干し肉かじっておくか、小腹空いたし。
「…色々とあったな、短い間に」
思い出すと…血生臭い記憶がやっぱりインパクトが強いな。まさか、狩りをして動物を殺す前に、悪党を殺めてしまうとはな…改めて、あの時は必死だったが…あの後も、今も、罪悪感が湧かないのは…異世界マジックか、俺の精神が壊れているからなのか…後者の気がしてならない。所謂、サイコパス的な精神状態なのだろうな、きっと。




