能面男、また一人暮らし(居候)へ 7
おかげだ、と言われてもなぁ。俺個人としてはエクスがヤバいんじゃないか?と思って駆け付けたら、本当にヤバイから助けに入り、結果ぶん殴られてブチ切れて理性飛ばして暴れ散らかし、意識が戻ったら電池切れと怪我で搬送されて皆に心配かけるという体たらくだ。
あそこで格好よく追い返し、エクスを救い出してたら英雄だったろうが…結果はエクスに肩借りて撤退してるしな。持ち上げられ過ぎるのも何か違う。己の実力を過信してはいけない、と思い知らされた事件でもあった。
せめて何か手伝えないか、とアタリを見回したが…黒い炭の山と化したゴブリン共以外、気になる点は見当たらない。血糊も、良く見ればちらほらとは見えるが、パッと見では分からない程に綺麗になっていた。
街門周辺は既に兵士達や街の人達が清掃し終えていたし、周辺警備は騎士達がガチガチに固めているので必要ない。つまり…何も役に立てそうもない。
「召喚者殿」
また門番のおじさんに声をかけられた。
「はい?」
「何か気に病んでおいでのようだが、貴方は間違いなくエクスと街を救った人だ。騎士の到着が遅れていたら侵入されていたし、エクスは死んでいた。それに騎士達が間に合っていても、街門前まで来ていたら開いたと同時に侵入されかねない。被害も出ていただろう」
「はぁ…そ、そうなんですかねぇ…」
気の抜けた返事の俺の背中を、門番兵のおじさんはバシン!と周囲に聞こえる位にひっぱたいた。
「ぉごっ!?」
「胸を張れ!貴方は間違いなく、この街を救ったんだ!あれだけの量のゴブリンを抑え込めたのは、貴方がいたからだ!縮こまらず、誇りなさい!傲り高ぶれとは言わないが、誇ってもいいだけの事をしたんだから!」
強烈な檄の後、周囲の視線が集まっているのに気付いた門番のおじさんは咳払いをして、
「出過ぎた真似をしてしまいましたな。ただ…我々門番の数少ない新人や、街を救った事は間違いではないのですよ、召喚者殿」
と言って、またバケツに水を汲みに行ってしまった。1人残された俺は考える。勿論だが、傲る気はない。だが、誇るとはどういう事なのか…謙遜し過ぎも恐らく違うだろうし、難しいもんだ、と思う。結局、何か出来る訳でも無く、大人しく街門から立ち去るのだった。
それから俺は、荷物を思い出して城に向かっていた。アークが預かってくれているらしいが、ほのアークに会わない事には始まらない。入り口にいた若い兵士に声をかけると、呼びに行ってくれた。暫くして戻ってくると、今日はアークは非番の日らしい。その代わり、アークが所属する騎士団の団長が直々に話したい事があるから、と呼んでいるらしい…何事だろうか。
兵士に案内されるがままに城内を進み、騎士団長の部屋の前まで来た。案内してくれた兵士は敬礼をし、帰ってしまった。やべーな、怒られたらどうするか…いや、考えていても仕方ない、扉をノックした。
「どなたかな?」
すると、中から低く渋い声の返事が帰ってくる。
「えっと、いま若い兵士さんに教えられてきた、ケンタロウ マガミという者ですが」
「おお、どうぞ、開いてます」
扉を開けて中に入ると、大きな机の上で事務作業をしている男性が1人、此方を見ると立ち上がった。
「どうも初めまして。この国の騎士団を纏めている騎士団長のグレイグと申します」
「ああ、えっと、初めまして」
「あまり堅苦しい事は抜きにして、そちらのソファにお掛け下さい」
「はぁ、失礼します」
言われるがままにソファに腰かけると、すぐにメイドさんがお茶を淹れてくれた。いつの間に、何処にいたんだ。自分の机の書類を纏めると、グレイグはローテーブルを挟んで反対側に腰掛けた。
「それで…俺は何で呼ばれたんですか?」
俺の問いにグレイグは改めて姿勢を正すと、
「まずは、我々がずっと手を焼いていた極悪人のルードの討伐と、その一味の逮捕への多大なな貢献へのお礼を、改めて申し上げます。本当にありがとうございました」
と、深々と頭を下げた。
「いえ、そんな…頭を上げてください。俺はこの街に来た時にたまたま佳菜子ちゃん…もう1人の召喚者の事を知り、助けようとしただけです。そもそも、ゼノやローザの手助けありきでしたし、不意討ちの一撃で倒したようなものですから」
「それでも、貴方が召喚者でありながら々召喚者の女性を救いだし、ルードを討ち取った事は変わらない。なので、改めて私からお礼を言わせて下さい」
「分かりました…」
「それと、今回のゴブリンの大群の襲撃を街門にいち早く駆け付け、門番兵と共に食い止めて下さった件に付きましても、お礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました。貴方のおかげで街は救われた」
「…それは、まず最初に全てを1人で引き受けたエクスや、負傷してしまった門番の方がまずは称賛を受けるべきだと思います。彼らの素早い判断で街門を下ろし、入国希望者達を逃がした門番兵は、まず称賛を受けるべきかと。俺はその後で、俺を兄貴と慕ってくれるエクスの身を案じて駆け付け、最終的にはまだ未熟な狂戦士のスキルで暴れ回っただけで、結果的に退けましたが…俺よりはあの2人が褒められるべきだと思っています」
一気に捲し立てるように伝える。そう、俺は確かに沢山の敵を屠った。そこに間違いはない。だが…それはスキルの、武器のおかげであり、本当に褒められるのは、讃えられるのは門番兵ではないのか。召喚者だから、とちょっとした事でも褒められたり許されてしまうのは、恐らく性に会わないし、違和感を覚えてしまうのだ。
「ふむ…貴方の言う事も最もではある…門番兵の2人は今は入院中と聞く。私自ら訪問し、労い、相応の報酬を出す事は約束する。その上での貴方なのだ」
「…その上で?」
「貴方がいた世界に魔物はいなかった、真保もなかった、今より世界は発展していた…そう、聞いている」
「ええ、間違いありませんね」
「なのに、あれだけの戦果を上げたのだ…それは、称賛に値する」
「あの2人も何か褒美があるのなら…俺はその称賛を受け入れます」
騎士団長グレイグは、「ふぅむ」と少し考えた上で、
「年上の男として思ったことを伝えたい。君は自己評価が低すぎるな」
と、言われてしまった…いや、まぁ確かにそうなんだけれども。
「傲慢になれとは言わんが、もう少し自分を高く評価しなさい。少なくとも、ルードは不意討ちだったかもしれないが、ゴブリンの大群相手に立ち向かったのは、君がこの街を、この国を、もしくはそこにいる誰か1人でも…その為に戦う者は、称賛されても良い」
あの門番兵のおじさんにも言われたな…評価された事なんか今まで1度も無かったんだ、そう簡単に受け入れて…なんて、難しい話だ。とはいえ、いつまでも問答していても仕方ないので話題を進める事にした。
「…それで、他に何か用事が?」
「ああ、そうそうアークについてなんだが」
「元王族、現騎士団員の25歳、恐らく独り身、母親は今も王妃付き、顔が良い、但し残念な奴である、剣の腕は確か…こんな所ですかね、知っているのは。後はアイツの家に預かって貰ってる荷物を回収しないとな、と」
「…驚いたな、そこまで知っているのか…残念?というのは分からんが」
「アイツ、俺と会った帰りは絶対褄付くんですよ、帰り際。あと、うーん…説明難しいんですが、タイミングの悪さは天才的です」
「…意外だな、彼にそんな1面があるとは」
「案外面白い奴ですよね、底抜けに良い奴だし」
「…我々以上に彼を知っているんだな」
「ま、家知らないですけどね。あと、いつか飯に行きます。俺とアイツと、あとは門番兵のエクスってのと3人で。そういう約束はしてますね」
「彼は…いや、あの方は、我々のように素性を知る側からすると遠慮してしまうんじゃないか、気を遣ってるんじゃないか、と考えて、心の奥を余り見せない方だ」
「それがいけないんじゃないですかね?元王族だろうが何だろうが、アークは自分の意思で王族の立場を退いて、騎士としてこの国を守りたいと願っている。遠慮してるのはそちらでは?」
「…そう、かもしれませんな。フォーテッド王子としての姿も知っている私は、特に」
「そりゃ、アークも気を遣いますよ。今は自分の上司に気を遣われていたら、「やはり元王族だった自分がここにいてはいけないのかもしれない」と思い込みますよ」
「そうですな…気を付けて接します。まだすぐに、貴方のようにはいきませんが」
「ま、俺は特殊なんだと思いますし、この国の王族への思い入れがまだ少ないからだと思いますよ、何せまだこっちに来てそんなに経っていませんから」
「そういうもの、なのですか」
元いた日本には、王族というか皇族の方々はいらした。日本の象徴たる方々が。その方々には敬意を持っていたが…まだ会った事もない王族には、何の感情も湧かない。それに何より、アークがそう望んだのだから、俺はそうさせて貰う。その方が楽だし。
「多分…あ、此方からも1つ、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
「アークの家って、分かります?荷物を引き取りに来たんです」
「ああ、そういえばそうでしたな…アークは、この城の騎士団寮住まいでして」
寮住まい!?つまり、その寮の部屋にわざわざ荷物を入れてくれているのか、アークは。悪いことしちまったな…
「当然ながら、寮に貴方の荷物を置くスペースはありません」
「あ、そうなんですか…え?じゃあ…何処に?」
「色々と考えた挙げ句、彼は実家に頼んだんですよ」
「実家…?え?つまり…」
「はい、彼はこの国の王妃お付きの…と言いますか、実質第2夫人のお部屋に置いてくれ、と頼んだようです」
「…アーク君さぁぁあああ!…本当、何してくれてんだアイツは!普通に行って返してくれと言える場所じゃねーじゃねぇか!」
「…私が事情を話してここに持ってきますので、少々お待ちを」
「あー…と、今気付きました。もしかして見回りかなんかでいないアークが帰るまでの引き留め、してました?」
「ははは…」
俺の質問に答えずに、笑って誤魔化したグレイグは部屋を出ていった。アークよ、君は帰ってきたら怒られろ。
数分後、グレイグは部屋に戻ってきた。荷物を俺に渡すと、もう1枚、手紙を渡してきた。
「何ですか?これ」
「ゴブリン退治の謝礼金です」
「いらないって言ったら?」
「困ります」
渡された手紙には、蝋で捺された印まで付いている。
「でしょうね…これ、恐らくは…」
「ええ、陛下の捺印です」
「…そっスか…これ、どうしたら?」
「中に金額の書かれた紙が入っていますの」
所謂、小切手的なもんか。
「…資産監理局、ですか?」
「理解が早いですね。その通りです。アークから資産監理局にお金を預けていると聞きましたので」
アーク君さぁ…マイ個人情報流出問題に付き謝罪会見してもらうかもしれねーぞ…?まぁ、隠してもいないし、最初に貰った額が額だし、ゼノとローザの書類上は子になるからな…そうしてるだろうという予想も付くのだろう。
「…病院での治療費と入院代払ったから、丁度良かったですよ」
「まぁ…私も中身は分かっておりませんが、恐らくはお釣りが有り余る程来るかもしれせんよ?」
俺、別にお金持ちになりたい訳ではないんだが…いや、もういいや、流されるままで。考えても仕方ない。
「では、ありがたく受け取っておきます」
荷物を持ち直し、手紙を上着の内ポケットにしまい、俺はグレイグの部屋を出た。取り敢えずアークには色々と言いたい事があるが…まぁ、今の騎士団に置かれているアークの状況考えたら、多少はっちゃけるのも仕方ないか。
俺は少し溜め息を付いてから、城を出た。まずは資産監理局に行ってお金も手紙も預けよう、中身を読んでから。それから商業地域で何か買って、エクスの見舞いと佳菜子ちゃんの退院祝いも何か買っていくか。ああ、もう1人、怪我してた門番さんも恐らく診療所だろうから、そこにも御見舞い買って行こう。
それからあの寝具店に顔を出して、いつ出発か聞いておかないといけない。俺より先に着いて待ちぼうけは悪いからな。
「今日は、やる事がいっぱいだな」
城の前、大通り交差点の噴水に腰掛け、手紙を開いて見た。
『召喚者ケンタロウ マガミ殿。此度の働き、フォーテッドの王として感謝をしている。貴殿の働きがなければゴブリン共の街への流入、住民達への被害が出ていた、と多くの声が寄せられている。細やかながら、貴殿の働きへの謝礼金を出そうと思う』
んで、金額…はぁ!?ひゃ、100万オウカぁ!?多過ぎないか?何だってこんなに…ん?まだもう1枚あるな…
『これは貴殿の心の内に閉まっておいてほしいのだが…我が息子アークと、全てを知った上で友になってくれて本当にありがとう。
苦労ばかりかけてしまって、何時も周りを気にして気苦労をかけてしまっていた息子が、貴殿の荷物を頼んできた時の明るく楽しそうな顔は、私は本当に嬉しかった。
妻達も同じ気持ちだったのか、アークが帰った後で2人して本当に嬉しそうにしていた。本来ならば会食でも開いて御礼を言いたいのだが、貴殿は病み上がりであろうし、此方の世界の作法等で面倒をかけさせる訳にもいかない。
なので、この手紙にて心からの礼を言わせてもらう。
本当にありがとう。これからも息子と仲良くしてやってほしい』
…いい親じゃないか、良かったな、アーク。俺には親の顔すらもう記憶にねぇが、こんな人達なら良かったなぁ、と思う。
「さて、行くか」
手紙を丁寧に畳み直し、上着の内ポケットに仕舞う。これは、本当に資産っつーか、宝になるような暖かい手紙だ。資産監理局に任せてしっかり保管してもらおう。俺は暖かい気持ちを胸に、資産監理局へと向かった。
少し歩くと、資産監理局が見えてきた。入り口の警備兵の人に挨拶をし、中に入って事情を説明する。恐らく新人が担当に当たったのかは知らないが、最初は一瞬訝しげな顔を見せたものの、俺の身分証を見て態度は一変し、更に手紙に捺された印に、カタカタ震えだしてしまった。慌てて近くにいたベテランの女性に声をかけた新人君は、驚きながらも対応してくれているベテランの女性にペコペコ謝りながら、俺の方をチラチラ見ていた。
本来ならば失礼だ、と言いたいが無理もない。こんなちゃんとセットもせずに寝癖だけ直したようなボサボサ頭の、一見どこの馬の骨とも知らぬ奴が、王の捺印入りの手紙と高額なお金の書かれた小切手まで持ってきたんだ。ああ、2枚目は「見るな、これは陛下が個人的に俺に宛ててくれた物だ、勝手に見るならどうなるか分からないぞ?」と、脅しをかけておいた。アークの秘密でもあるし、王や王妃達の優しさを他人に見せる気はない。
受付の女性も新人君も「肝に命じておきます」…と、女性が震える手で手紙を畳み、戻していた。
そうして全てを済ませ、多少のお金を引き出した俺は、寝具屋に向かう。すると、出発は一度取り止めになってからもう一度やっているので、明後日以降になる、とのこと。「分かりました、それまでに戻っておきます」と伝え、寝具店も後にする。
続いて商業地域へと向かう。青果店に行き、御見舞い用の物を2つ、バスケットで買う。それから別口でもう1つ、佳菜子ちゃんの退院祝いで。流石に持てないので、後でまた来る事を身分証を見せてから告げ、カバンを売っている店を探し出し、肩に下げられるような大きくて頑丈な布の手提げ袋を2つ、購入した。トートバッグに近い形をしていて、俺では無理だが腕の細い女性なら肩にもかけられそうな物だ。
これなら、この先ディアナが魔法研究所に通うのにも使えるし、買い物にも使えるだろう。もう1つには買い物をした物を入れていくが、佳菜子ちゃんが必要ならプレゼントしてもいいかもしれない。暫くはこっちで過ごすなら、あってもいいのかもしれない。
そこで思い付き、俺も自分用に冒険者がよく使うという頑丈な布製の肩掛け袋を購入した。縦長で、船の帆に使われるような生地なんだそうな。青果店に戻って手提げ袋に先程の果物達を入れ、もう1つの手提げ袋は畳んで肩掛け袋に入れておいた。
会計まで全て済ませたら、来た道を戻って診療所に向かう。その途中、もう佳菜子ちゃんが退院してたらどうするか、とか、そもそも怪我した門番の人と面識殆ど無いけどどうしよう、とか、エクスとアーシャがちょいといい雰囲気だった時に行って、俺がアークみたいな事になったらどうしよう、とか考えながら歩いていた。アークはまだ「イケメン」という、何をしても許される免罪符の如きオプションがあるが、俺がやったらただの空気も読めないで若い2人を邪魔する能面フェイスのオッサン予備軍でしかない。地獄である。ちょっとゾッとしたし、エクスやアーシャからしたらオッサンだろうなぁと思うと、ちょっと泣ける。というか、佳菜子ちゃんとも9つ離れてるんだな…そうか、三十路手前は俺だけか、泣けるぜ。
診療所に着くと、まずは受付で怪我をした門番の人の病室を聞く。そのまま病室に向かって部屋をノックする。返事が聞こえたので中に入ると、ベッドに横たわる男性と傍らに座る女性が此方を見ていた。
「この前はどうも。御加減如何でしょうか?」
「おお、貴方はあの時の召喚者殿!」
「あら、貴方がうちの人の代わりに戦った…」
会釈で挨拶を済ませ、
「これ、御見舞いです。俺は明日には森の方の家に帰るので」
そう言ってフルーツの盛り合わせを渡し、「それでは」と頭を下げて病室を出た。次はエクスの病室だ。正直、色々と緊張してしまう。果たして俺はアークと同じ事をしてしまうのか、それとも…ヤバい、行きたくねぇ。気遣いの哲人のディアナさん、助けて!とか思ってしまう。




