能面男、また一人暮らし(居候)へ 6
律儀だなぁ…わざわざいいのに。
「でもさ、孤児院とかって経営はどうなんだ?国の補助でも出てるのか?」
「それはまだこれからだってさ。ただ、アタシの行く所は平気だろうね。ローザ様が目ん玉飛び出る位の額のお金を用意した上、色々な家具やらも持ち込んでくれてね。更に、何処からか連れてきた元執事ってお爺さんを財政管理の担当として連れてきてくれたから」
それを聞いて、俺も佳菜子ちゃんも顔を見合わせた。恐らく、そういう事なんだろう。
「…話します?」
小声で聞いてくる佳菜子ちゃんに
「いや、止めておこう…未来ある子供達には何も知らずにすくすく育ってもらおう」
と小声で返しておいた。レベッカは「何コソコソ話してんのよ」と言っていたが、気にするなと伝えておいた。
「ま、いいわ。兎に角それだけ。アンタらが街に残るかどっか行くかは知らないけど、また何処かであったら宜しくね」
そう言い残し、レベッカは出ていった。あの時助け出した内の大半は、新しい道を歩み始めているか、その準備をしていると聞いた。チラッと見ると、佳菜子ちゃんは何か思うところがあるようだったが、まだ聞かないでおこう。きっと、漠然と焦りというか、罪悪感に似た何かを感じているのだろう。
その気持ちを解決出来るのは自分だけで、俺がしてあげられるのはアドバイス位なものだ。だから、聞かれたら答える事にしよう。まだ道を決めかねているどころか、その道すら見えていないだろうし。そんな時にアドバイスしても混乱させるだけだ。伊達に三十路手前まで激動の人生を送ってきた訳ではないのだ。
「さっぱりしてるな」
「ですね」
レベッカの出ていった病室は静かな時間が流れていた。レベッカが出ていった後も佳菜子ちゃんは暫く俺の病室にいたが、看護士に呼ばれて戻っていった。恐らく、ゼノやローザも自身の仕事をしているんだろう。
「さて、どうしたもんか」
眠くもなければ体も動く。傷が開いたらいけないので、今日1日は寝ていろ、と言われたが…やることも無い。
「あ、そういや…スキル、どうなったんだろうか」
そう、結構な戦闘を行ったんだが、スキルはどうなのだろうか?脳内でぼんやりと思い描いて…みようとして、やめた。まさか見たり気付かないとレベルアップしないなら、今あの頭痛を食らいたくはない、傷が開きそうだし。
だが、いま無意識で気付いていたが平気だったな…もしかして、気絶してる間に終わってたかな?だと嬉しいんだが。恐る恐る、自身のスキルを頭に浮かべる。
槍術7→8
基礎戦闘術3→6
威圧2→6
狂戦士1→3
体術1→3
守護者を覚えました 1→3
増えたな、おい。こんな一揆に増えたら頭痛が…あれ?来ない。何でだ?こんなに一気に上がったら、それこそ意識飛ぶレベルの頭痛を食らうはずなのに。
守護者特性:耐久力、防御力、防御技術が上がる。誰かを、何かを守りし者。対象によって能力が上がる幅が替わる
…まさかこれか?あのスキル頭痛に強くなったか?ならラッキーだ、あのえげつない頭痛を食らわないで済むなら
「がぁぁぁああああ!!!?」
遅れてきた頭痛のあまりの痛さに、俺は意識を手放した。消え行く意識の中、思った事はただ1つ。この頭痛どうにかしてくれよ、神様。
◆
病室に戻った佳菜子とうさ子は、看護士と魔法医に検査を受けていた。これで正常なら、退院後もすぐだ。
「…うん、良いですね。弱っていた部分はすべて正常です」
女医はお腹の辺りに翳していた手をどかすと、看護士が服を着せてやる。
「スズシロさん、取り敢えず今は正常な状態には戻ったけれど、体力や筋力はまだまだ落ちたままだからね?無理したらダメよ?あと、食事もちゃんと野菜も食べなさいね?」
「はい、大丈夫です。私、野菜大好きなので」
「うさもやさい、すき」
「ふふ、うさ子ちゃんもスズシロさんも良い子ね。治った、とは言っても、あまり無理せずにゆっくりと、リハビリ程度に出掛けるのはいいけど、あまり長時間出歩くのはダメよ?」
「はい、気を付けます」
「あと…」
「はい?」
「院内ではイチャイチャは限度と節度を持ってお願いね?」
「ふぇ!?い、イチャイチャ!?そ、そんな、してませんよ!」
「マガミさんと抱き合っていたでしょ、何度も」
「ふぐぅ!」
「いいのよ?好きな人と一緒にいたいのは女の子として当たり前だから。でも…うーん、何て謂えばいいかしら…うん、面倒臭いから包み隠さないけど、おっ始めないでね?」
「おっ!?し、しませんよ!な、何を言ってるんですか!!!」
「先生、言動がゲスいです…あ、カナコちゃん」
「…はい?」
「…声は抑えてね?シーツとかは何も言わずに替えておいてあげるから」
「もぉぉお!!!だからそんな事しませんよぉ!!!」
女医も看護士も楽しそうに笑っていた。こっちはそれどころじゃないのに、と佳菜子は思う。この2人、人の恋路を楽しんでないか?と。
「ごめんね、スズシロさん。こんな純愛を久しぶりに見たから、お姉さん何かドキドキしちゃって。それじゃ、無理ぜずにね」
そう言って、恐らく真上くらいの年齢の魔法医の女医は出ていった。看護士も「ごめんね」と言い残して出ていった。残された佳菜子は、自分の顔が熱いのが分かる。
「かなこ、まっか」
「うー…分かってる…少しソッとしておいてぇ…」
「ん、わかった」
こんなに顔が真っ赤だと、折角の全快報告にもいけない。特に、真上に合わせる顔が無い。顔を見たら言われた事を思い出してしまいそうだから。ベッドにぽすんと倒れ込み、「はぁ~…」と、長い溜め息をついた。
「はぁ、折角もう大丈夫だってお墨付きまで貰ったのに…これじゃ健太郎さんに会いに行けないよ…お爺ちゃんやお婆ちゃんにも報告に行かないといけないし…」
と、そこでふと思い出す。
「あれ?私…退院した後、どうしよう…」
ゼノとローザの家に行こうにも場所も知らない。この街で暮らそうにも手持ちは無い。
「あれ?私まさか、詰んだ?」
そう、退院した後の事をすっかり忘れていたのだ。
「お爺ちゃんかお婆ちゃんに…いや、今忙しいんだった…健太郎さん…は、まだ入院だし…」
頭の中を知人がグルグル回る。混乱と焦りでいっぱいの頭には、まともなアイディアなんか浮かんでこない。どうしよう、どうしようと考えている内にも時間は過ぎて行く。するとそこに、救いの手は差し伸べられた。ドアをノックする音にいつもの様に反応すると、ノックした人物はトビラを開け、仲に入ってきた。
「スズシロ様、失礼します」
褐色の美しきエルフにして、長年メイド長を勤めた気遣いの達人、ディアナである。
「ディアナさん!」
「おや、どういたしました?そんな思い詰めた様な顔をなさって」
「あのですね」
「トイレですか?」
「違います!」
佳菜子は思う、「期待したのはまちがかだろうか」と。
「ところで、スズシロ様」
「はい」
「先ほど通りすがった女医に話を聞きました。まずは回復おおめでとうございます。さて、そうなると退院、となるのでしょうが、恐らくスズシロ様は何処にも行く宛がない。どうしよう…と言った所なのではありませんか?」
「は、はい…」
この女性、とんでもなく有能なのだと思い知らされた。そこまで読まれるとは思っても見なかった。
「御安心を。私は、ローザ様より貴方がどうやってここに来たかも聞いております。それについては言及する気は毛頭ございません。そして、先日のお買い物の事もお聞きしております。お聞きする限り、此方の通貨をお持ちではないように思えたので、ここを退院、となると困ってしまうだろうな、という推測の元です」
情報収集能力も先読みも…これがメイドさん達のリーダーを勤めていたという実力か。佳菜子は驚き、同時にディアナを見る目が変わった。なんと凄い人、いやダークエルフなのだろうか。このダークエルフさん、間違いなくとてつもなく優能な存在なのだろう。
「凄いですね、全部当たってます」
「本当であれば、マガミ様とご一緒にローザ様やゼノ様の御自宅に帰れれば良かったのでしょうが、生憎マガミ様はあの状態、スズシロ様も良くなったとは言え、早ければ数日後から雪も降り出します。今の病み上がりの体力の無い貴方を、そんな中で誰もサポート出来ない、街から離れた森の中の場所に行かせるというのは出来ません」
「うぅ、でもどうすれば…」
「そこで、私です」
「へ?」
「私、現在お屋敷を出て、退職金で商業地域の少し先、住宅地に小さな家を買って住んでおりまして」
「はぁ」
「それでですね。私はこの先魔法研究所に就職が決まっておりますので、仕事をし始めたら家に帰る日は減るかもしれません」
「はぁ、なるほど…」
「で、一緒に暮らしませんか?暫くの間の同居という事で。恐らく、雪の季節が終わる頃には、貴方も十分に山の中で街を離れても暮らせるはずです」
「いいんですか?」
「ええ、構いません。貴方の御友人…私からすれば、年下の先輩、となりますか、エリー様やアーシャ様を見ればお分かりになるかと思いますが、家に帰る事も忘れてしまう方々の集まりです。貴方が家にいてくれると助かります」
正直言うと、とても助かる。何せ、ここを出たら行く場所の無い一文無しの身だ。部屋の借り方1つ分からない以上、ディアナの提案は断る理由が無い。
「あ、あの…それでは、お願いします」
「はい、宜しくお願いします…とは言っても、まだ何日かは此方にいても良い、との事でしたので、その辺りはまた医師に聞いておきます。日程が分かれば貴方にお知らせしますし、その時は荷物を纏め、一緒に家に行きましょう」
「はい!ありがとうございます!」
「いえいえ、構いません。それでは私はマガミ様の所にお伺いいたしますので、失礼致します」
「はい、本当にありがとうございます!」
ディアナは椅子から立ち上がると、病室を出…ようとして振り返り、
「そちらのホーンドラビットも、ご一緒にどうぞ」
と言って出ていった。うさ子は「うさ、おひっこし?」と佳菜子に聞いてくる。佳菜子はうさ子を抱き上げると、「そう、お引っ越し。私と一緒に」と教えてやった。
◆
「…っ!?」
意識が戻って、勢いよく体を起こす。どれだけ気絶していた?傷は?一体どうなったんだ…?
「お目覚めですか?」
「うぉお!?」
「おはようございます、驚かせてしまって申し訳ありません」
ベッド脇に座っていたのはディアナ、暫く忙しいローザやゼノに代わって、色々手助けしてくれると決まった元メイド長。いつの間に…
「今より少し前に、スズシロ様の御見舞いと提案をさせていただき、それから此方の部屋に参りました所、まるで気絶したかのように眠っておられたので、布団を直して座っておりました」
「あ、ああ…いや、多分気絶してた」
何で何も言ってないのに分かるんだ、元メイド長。察する能力、もうエスパー級だろ。
「季節?何かございましたか?医師か看護士を呼びましょうか?」
「あ、いや…言って分かるかな?スキルの急速成長による強烈過ぎる頭痛でね」
「…そんな事があるんですか?」
「どうも、召喚者…しかも巻き込まれた形の俺や…多分佳菜子ちゃんもかな?そういう、何か神様の計らいらしいよ」
「そうなのですか。しかし、気絶する程の痛みなのですか」
「普段はそこまでではないんだけど、今回は結構一気に上がったからね。正直、もう意味が分からん」
「…にしても、激痛を伴うならば、私はそんなに早い成長はいりませんね」
「他の奴もそう言ってたよ…因みに、俺だって嫌だよ」
「でしょうね…ああ、そうでした。お知らせしておきたい事が幾つかございます…」
ディアナが俺に教えてくれたのは、ゼノ達の新工房の改築工事が始まり、急ピッチで進んでいる事と、魔法研究所が協力をする事も決まった。ローザの方は、既に会計士として入った元執事さんと協力して、色々な改革を行っているようだ。現在は、子供達の作る野菜を販売する方法を考えていたり、教会や住居部分の改装、国からの支援と、それ以外の新たな収益を何か得られないか、という方法の模索と共に、子供達への教育も行われているそうだ。
続いては、佳菜子ちゃんに関しての事。一応体の状態は正常な状態まで戻ったが、やはり体力回復はまだ出来ていない。その為、まだ冬を森のゼノとローザの家で暮らすのは難しいだろうとの事で、ディアナ宅で居候、という形に収まったそうだ。うさ子も一緒らしい。
「色々とありがとう。ところで1つ、調べる前にこんなんなっちまったから調べられなかったんだけど、俺らの世界の物を集めているようなコレクターか、そういう物も出せるオークション、知らないか?」
「そうですね…何か売りたい物でも?」
「いや、佳菜子ちゃんが色々と俺やローザやゼノにお金を出して貰っていたのを気にしていてね。佳菜子ちゃんが自分の持ち物でいらないような物を売りたい、って前にね」
「ふむ…知っているには知っていますが、恐らくスズシロ様お一人でどうにか出来る事でも無さそうなので、私や元上司の執事さん、その他ツテを当たってみます」
「すまないな。その辺りは佳菜子ちゃんと話を進めてくれ」
「分かりました。それともう1つ、マガミ様の荷物を受け取って、此方に置いてあります」
ディアナの指差す先、ハルバードは壁に立て掛けてあり、服は丁寧に畳まれて物入れの中に入っていた。それを確認して、お礼を言っておく。
「後は…特には無いかな?トイレも行けるし、一応明日の朝の検査でオッケーならば退院かな、と」
「なるほど、ではそれをローザ様にお伝えしておきます」
「ありがとう…ちょっとまだ頭が重いな…もう少し寝ます、俺の方は後は大丈夫なので、佳菜子ちゃんの方を頼んでも?」
「はい、恐らくはスズシロ様もやる事は無いとは思いますが…もし無ければ、私は今日は帰ります。自宅でスズシロ様を迎え入れる準備をしなくてはいけませんので」
「ああ、そうか…うん、それでいいです、お願いします」
それだけ伝えて、ベッドに倒れ込む。疲労もだが、頭痛のダメージがまだ抜けてない。年取ると治りにくい、なんていうけど、まだそんな年でも無いしな。単純にダメージがデカかったんだろう。
横になった途端に眠気が襲ってくる。うとうとと危うく意識を保っている間に、ディアナは「それでは」と病室を出ていった。それに反応出来たか出来ないか位で、意識は途切れた。
◆
翌日の昼、俺は診療所を出て例の佳菜子ちゃんのベッドを頼んでおいた家具屋に向かった。到着と同時にすぐさま通され、ベッド選びの際に世話になった店員さんが出てくる。事情は既に知れ渡っており、街門の通行許可が降り次第、梱包を済ませたベッドを専用の荷馬車に乗せて運ぶつもりだったとか。
俺はローザの結界魔法の事を話し、事前に貰っておいた通行用の紋様が刻まれた木の板を渡しておく。これが無いと、ベッドは愚か、荷馬車ごと丸焼きになってしまうからだ。店員は「しっかりと言い付けておきます」と木の板を受け取り、俺は「お願いします」と伝えて店を出た。
続いて向かったのは、いつも御世話になっている宿屋さん。俺とエクスが暴れまわった影響で休業していると聞いた。行ってみると、確かに店は閉まっていた。外に宿の主人と奥さんが立っていた。店先の掃除をしているらしい。
「あの、こんにちは」
「おぉ!誰かと思えば、この街を救った英雄じゃないか!」
「あ、いえ…何かその、すいませんでした」
頭を下げると、主人も奥さんも「んん?何で?」といった顔をする。
「いえ、休業する羽目になってしまって」
「あら、それは貴方のせいじゃなくて、攻撃してきたゴブリン達が悪いんだもの」
「そうだぜ、お前さんの責任なんかねぇよ!寧ろ助かったぜ。昨日から久しぶりにゆっくりしてられるからな!」
笑う夫婦に、それでも俺は「それは良かった」とは言えずに、ただ「そうですか」としか言えない。
「真面目な話、お前さんがやらなかったら、あの若い門番は死んでたろう。それに、街にも被害が出ていた。そうなったら、うちの店も無事じゃ済まなかったんだ、感謝してるよ、ありがとう」
「そうね、もし突破されてたら、うちのお客も、店も、私達も無事じゃ済まなかったわ。感謝するのはこっちよ」
そう言って、今度は夫婦の方から頭を下げてきた。おかしいな、謝罪に来たつもりだったのだが。
「それによ、格子越しとはいえ…すげぇもん見せて貰ったからな」
「すげぇもん?」
「お前さんが途中から大暴れしててよ。凄まじかったぜ…うちの客達も店の外に出て観戦してた位だからな」
「そ、そんなにいいもんじゃ無いでしょう…」
「いやぁ、凄かったわよ!あんなに凄い戦い、そうそう見れる物でも無いもの!」
奥さんまで…あれはスキルの狂戦士の影響で、ただ暴れ散らかしただけなんだが…まぁ、何か喜んでるし、いいか。俺は宿屋の夫婦に別れを告げ、街門に向かった。宿屋は、明後日まで休業するそうだ。
街門まではそこまで離れていないが…やはり、焼けたような臭いと、大分消えてはいるが血の臭いは完全に消えてはいなかった。外では、騎士達が警護する中、街の人達や兵士達が清掃作業を行っていた。そして…街門の外、少し離れた所には、真っ黒になった「何か」が積まれたままだった。
「おー!召喚者殿!」
バケツを持った門番兵に話し掛けられた。初めてこの街に来た時に対応してくれた人だ
「どうも…手伝えなくてすいません」
「えっ?いやいや、そんな必要ありませんって!うちのエクスを救ってくれて、この街へのゴブリンの侵入を防いでくれたんですから、貴方は休んでいたって文句なんか言われませんよ」




