能面男、また一人暮らし(居候)へ 4
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街に1度戻ってから、ベッドを待つ為の街への滞在を初めて2日目を迎えた。初日は結局佳菜子ちゃんのベッド選びを終え、カーテンを春夏物と秋冬物を2枚ずつ選び、ローザが有無を言わさず購入(ベッドの時もそうだった)、結局宿屋の俺の部屋に紙に包まれて纏められている。
ゼノはジェイクの鍛冶工房に泊まり込み、パイプ作りを継続している。ローザはルードから助け出した女の子達のケアをしていく為に、知っている孤児院に泊まっているそうだ。
「くぁあ…」
朝を迎え、体を起こす。俺はというと、佳菜子ちゃんとウサ子を診療所まで送り、疲れていたのであろう横になってすぐに寝落ちてしまった佳菜子ちゃんとウサ子を残して病室を出て、荷物を持って宿屋に部屋を借りた。俺も色々疲れていたのか、ベッドに横たわるとすぐに意識が落ちたのだ。
ストレッチで体を解し、上着を羽織って鎧を着込み、布を斧や槍の部分に布を巻いたハルバードを背中に取り付ける。腰にグラディウスを下げ準備を終ると、下に降りていく。この前のような事が無いとは限らない、いや、あったら困るから無い方が良いんだが。
「おはようございます」
下に降りて宿の主人に挨拶をすると、ギョッとされてしまった。
「おいおい、随分と物々しい装備だな」
「まぁ、この前あんなことありましたからね」
「あー…あの後、結構な頻度で兵士や騎士が見回りしてるぜ」
「まぁ、市民の安全確保の為にはいいんじゃないですかね」
朝食として出された、薄くスライスされて炒めてある羊肉とレタスの挟まれたカットされているバゲットと野菜のスープを交互に食べながら、当たり障りのない返事を返していく。
「で、今日はどうするんだ?お姫様のベッドもカーテンも手に入れたし、他の家具でも買うのか?」
「いや、今のところ何が必要かは本人に聞いてみないとなぁ、と」
「壁が外に面してるなら、小型のストーブでも買ったらどうだ?最近、更に小型化されてるし、周りに燃え移りなんかも殆ど無いらしいぞ」
「成る程…でもなぁ、高そう」
「それを言ったら、全ての物はそうなっちまうだろ。ある程度は高い値段でも買わないと、変な物を掴まされるよりはいい。そう割り切っていかないと、買い物出来なくなっちまうからよ」
「んー…まぁ、そうなんですかねぇ」
言われてみれば…日本では新製品は大々的に広告を出し、店も沢山あれば、ネット注文だって出来る。だが、ここは異世界。その考えは捨てなくてはならない。下手したら、手作り1品物のオンパレードの可能性すらある。
量産出来たとしても、機械による大量生産は出来ない。機械もない。そうなると…結局のところ、手作りか、型を作ってからの手作りとなるから、つまりは大量生産なんてのは夢物語でしかない。すげぇんだな、俺がいた世界って。そりゃ飽和するわ、経済が豊かな国は。バランスの悪い世界でもあったのかもしれない。
「まぁ、考えてみます」
そう言って、出された珈琲を飲み干し、立ち上がる。
「今日は何処に行くんだ?」
「そうですね…また見舞いですかね、多分」
「そうか、いってらっしゃい」
「行ってきます」
会釈をしてから外に出て、まだ人通りも疎らな宿屋の前の道を進み、そのまま商業地域を進んでいく。大半はまだ開店準備中だったり、閉まっている。屋台もほぼ同様だ。その中で人がいる所に行って話しかける。
「おはようございます、お忙しい所申し訳ないのですが、準備しながらでいいんでちょっとお聞きしたいことがあります」
「ん?なんだい?まだ開店には時間があるからいいぜ」
「ありがとうございます、それでお聞きしたいのはですね、小型の室内用のストーブの事なんですよ」
「んー?うちは自分の所の野菜売ってるから、売ってないぞ」
「あ、それは分かります。美味しそうなキャベツですね」
「おぅ、ありがとうな。開店したら買っていってくれ。こいつは意外と長持ちするからよ」
サバイバル知識先生による野生にあれば食べられるシリーズより、このキャベツはサボイキャベツ、日本名はちりめんキャベツというらしい。普通のキャベツと違って葉は固く、生食向けでは無いらしい。時間経過で葉が縮れていくのだそうだ。更に、前述の通り葉が固いだけでなく厚いので水分も多く、普段は新聞紙などに包めば長期保存も出来るとか。必要時に包丁を入れるのではなく、必要な量を外側から剥いていき、また包んで保存…という事だ。ロールキャベツとかにしたら、食い応えありそうだな。
「へぇー…分かりました、後で寄れたら寄らせて貰います。で、ですね。その小型のストーブ、この先の工房地域で作られたんですよね?」
「確かそうだったはずだぜ…悪いが何処で作ってるかまでは分からないな」
「いえ、ありがとうございました。工房地域に知人がいるので、聞いてみます」
一礼して立ち去る。店主は手を上げて応え、それから開店準備に戻った。工房地域で製作された…この情報があれば、後はゼノかジェイクかルーシーにでも聞けば分かるだろう。
俺は工房地域に向けて歩き出した。途中、「何故武装しているのか?」と見回りの騎士に会って声をかけられたが、身分証を見せるとすぐに誤解が溶けた。そして、「ルード本人だけでなく、残党狩りまでしていただきありがとうございました」とお礼までされてしまった。
騎士と別れ、工房地域へと向かう。ここも流石に静かだろうな、と思っていたら、何件かは煙突から煙が上がり、金属を叩く音が聞こえてきていた。鍛冶職人の朝は早い。
そんな工房地域を歩いていくと、ジェイクの店が見えてきた。起きているかな?と思って近くまで行くと、ゼノが店前で掃除をしていた。老ドワーフの朝は早い。というか、ゼノが何でまた掃除を…居候だからか?
「おおケンタロウ!おはよう」
「おはようゼノ、随分と早いね」
「酒飲まんかったら、こんなもんじゃよ。それに今はジェイクの工房と言っても、元はワシの工房じゃ。掃除くらいはのぅ…何より居候に身分じゃからの」
朝から豪快に笑うゼノ。すると、中からルーシーが飛び出してきた。
「師匠!そんなの私がやりますから!…あ、ケンタロウさんおはよう」
「ん、おはよう…師匠?」
「うん、私もね、お店の対応しながら、時間が出来たら鍛冶を習ってるんだー、だから、師匠」
「カッカッカ!そんな大層なもんじゃないわい、ちょこっとアドバイスをするだけじゃよ、ワシは」
「そんな事無いですよ!凄い分かりやすくて、鉄と向き合う事の楽しさも難しさ、も改めて分かってきたんですから!」
「そいつは何よりじゃ、まぁ掃除はワシに任せて、暖かいお茶でも淹れておいてくれるかのぅ」
「それなら…いえ、それの方がまだ鍛冶より得意なんで任せて下さい!」
2人は師匠と弟子というより、先生と生徒に感じる。本気で弟子にしたら、恐らくジェイクのような扱い方をされていたかもしれない。ローザが怒りそうだが。
「…っと、そういえばケンタロウさん、こんな朝早くからどうしたの?」
「そうじゃった、何か用でもあったのか?」
漸く話を切り出せそうだ。俺は小型ストーブの使い道から、製作者は誰か、もし紹介して貰えるなら教えて欲しい、という旨を伝えた。するとルーシーが、
「ああ、確か鋳造専門の人で、最近小型のを作ってる人がいるよ」
と教えてくれた。流石はジェイクの店の看板娘、情報は早いらしい。ゼノも心当りがあるようで、「ふむ、あやつかのぅ?」と思い出しながら言っている。鋳造専門の工房はどうしても普通の鍛冶工房より大きくなるらしく、数は多くないらしい。
「場所、分かる?」と聞くと、ルーシーは
「後で案内してあげる。私がいた方が話も通りやすいだろうし、取り敢えず師匠と一緒にお茶飲んでいったら?」
と言ってくれたので、お言葉に甘える事に。外は寒いので、温かいお茶はありがたい。ただ、何となく先に上がっているのは気が引けてゼノを手伝う事にした。サクッと掃除を終わらせて中に入ると、店舗スペースの真ん中に置かれたテーブルにお茶が入ったカップが3つ置かれていた。
「あ、戻ってきた。どーぞどーぞ♪」
言われるがままに俺とゼノは椅子に座る。それを見てからルーシーも座った。
「ほいで?小型のストーブだっけ?」
「ああ、佳菜子ちゃんの部家に設置しようかなと。もし安く複数手に入るなら、ゼノとローザの部家にも1つ置きたい」
「ワシらは大丈夫じゃぞ?」
「でも、あった方がいいでしょ?」
「…そりゃあなぁ。鋳造するほどワシの工房は大きくないからのぅ」
「ケンタロウさん、自分の所は?」
「ああ、俺が借りてる小屋の床は毛皮敷いてるし、寝るときはもう1枚毛皮かけるから、寧ろ暑くなる位なんだよ」
「ふーん、まぁいっか。多分だけど、2つ位ならあるんじゃないかなぁ?行ってみないと、だけどね」
ルーシーはそう言うと、外を観る。
「もうすぐ朝の鐘が鳴るから、その頃に行けば開店してると思うよ…あ、師匠、申し訳ないんですけど…」
「朝の鍛冶練習か?良い良い、街にいる間は時間があればいつでも見てやるから、行ってきなさい。ジェイクにも伝えておこう」
「うん、ありがとう師匠!さて、と、じゃあティーカップ片付けちゃうねー」
そう言って、ルーシーはティーカップとポットを木製のトレイに乗せて奥に片付けに行った。奥にルーシーが行って見えなくなると、ゼノは小さく溜め息をついた。
「どうしたの?何かあった?」
「んー…いやぁ、何というか…ルーシーだがのぅ、こう…あんなに良い子なのに何で浮いた話の1つも無いのかのぅ…顔も悪く無いし、スタイルも良い。恐らくじゃが、服装のセンスも良い…のじゃろう、ワシには分からんが。何でかのぅ」
「…どうだろうね?まずは…親父さんがおっかない、ってのがあるんじゃないの?」
「ジェイクか…親馬鹿じゃからのぅ」
「ああ、ただ…アークって騎士は好きというか憧れてるみたいだね、紹介してくれとか言われたなぁ」
「アーク…ああ、アーク坊か!何じゃケンタロウ、知り合いなのか?」
「…あんまり大きな声じゃ言えないけどさ…アイツは自分の秘密を話してくれた。孤独だったのかもな、友達になったよ」
「…そうか…まぁ、どうしてもな」
「そうだね、あれは仕方ないよ。本人が望む望まないに限らず孤立しちゃうさ」
ゼノはまた小さく息を吐き、
「なぁケンタロウ…アーク坊とこれからも」
ゼノの言葉を途中で遮り、
「アイツはもう俺の友達だ…あー、昔の言い方すんなら、俺はダチを裏切らねぇ、絶対にだ」
と言い切る。そうだ、俺は友達を裏切らない。感情も表情も乏しいが、それだけは守る。まぁ、今までの奴は裏切った奴が殆どだったが。裏切った奴?んなもん病院直行便だ。
「カッカッカ!なら良いんじゃ!」
ゼノは豪快に笑った。恐らく、ゼノも…そしてローザ辺りも知っているんだろう。ふと、外で鐘が何度か鳴っているのに気付いた。朝の鐘か…今まで聞いた事が無かったな。
「アレかな?鐘の音って」
工房の扉を開けて、外に出てみる。まだ静かだが、恐らくこれから開店していくんだろう。さて、後はルーシーを待って…
「ケンタロウ!」
ゼノが飛び出してきた。どしたの、そんなに血相変えて。
「今のは緊急事態を知らせる鐘じゃ!」
…はい?え?緊急事態?混乱している俺に、ゼノは更に
「恐らく魔物か何かの襲撃じゃ!門番では支えきれなくなったら、鐘を激しく鳴らすんじゃ!」
「門番、が?」
門番と聞いて、一番最初に頭に浮かんだのはエクスの顔。と、同時に俺は走り出していた。後ろからゼノが呼び止める声が聞こえたが、体は止まらない。工房地域から一気に走り抜け、商業地域を抜け、宿屋前に。宿の扉から顔を出した客が見えたので「扉閉めてろ!」と叫ぶ。
そうして街門にたどり着くと、門は閉じられ、内側に1人の兵士が倒れていた。エクスではない、見たことが無い兵士だ。額と腹から血を流しているのが見えた。
「おい!大丈夫か!?」
「え、エクスが…1人で…」
指差す先には、門の外で1人戦うエクスの姿が見えた。相手は…ゴブリンのようだ。ただ、数がやたらと多い。
「すげぇ数だな」
隠し扉の前に立つ。怪我をした兵士が「1人で行くな…」と声をかけてきたが、それはエクスに言ってやってくれ。無視して隠し扉から外に出る。そうして背中の留め具を外し、先端の布を取り払う。前を向けばゴブリンが1匹迫ってきていた。
「っだオラァ!」
前蹴りで蹴り飛ばして、ハルバードを構える。兎に角、エクスの負担を減らさなくては。走り出した俺は、そのまま一直線にエクスの方へ向かう。
「ギィ!」
「邪魔だ!」
一閃、切り伏せていく。次々と襲ってくるが関係ない。ゼノの打ったハルバードは、振り回せばゴブリンごときは両断出来る。斬り倒しながらエクスのすぐ近くまで辿り着いた。エクスは体のあちこちに切り傷をおっていた。
「エクス!」
「あ、兄貴!?な、何してんスか!早く門の中へ!」
「お前見捨てられるかよ!っと、この!」
飛び掛かってくるゴブリンを貫き、投げ付ける。
「兄貴…ありがとうございます!」
「いいから!生き延びるぞ!」
「はい!」
そこからは会話を交わす余裕なんかない。遅い来るゴブリン達をエクスと背中合わせになりながら斬り、刺し…此方も当然無傷ではすまないが、兎に角目に付く魔物を倒すしかない。2桁に突入してから数えるのも面倒になったので数えていないが、未だに数は減ったようには見えないが、やるしかない。俺とエクスは背中合わせで相手を見ることなく声を掛け合う。
「エクス!生きてるか!?」
「な、なんとか!だけどこのままじゃ押しきられる!」
「っと!テメェ今話してんだろうが…よ!」
棍棒で殴りかかってきたゴブリンを受け止め、押し返して斬る。
「クソッ!兎に角倒すしかねぇ!」
「でも、もう槍が…」
見ると、エクスの槍は軸棒は曲がっていた。
「エクス!剣は使えるか!?」
「槍より不得意だけど、いけます!」
「使え!」
腰からグラディウスを抜き、エクスに渡す。
「お借りします!」
そこからはまた乱戦が続く。俺は走ってきたせいで、エクスは俺より前から戦っていたせいで、お互い呼吸は乱れ、肩で息をし、正ではないにしろ、それとほぼ同等の軽いはずのミスリハルバードが…重さが増したかのように感じられていた。
エクスもそれは同様で、グラディウスを構える腕が段々と下がってきている。
「エクス、まだいけるか!?」
「ま、まだまだッスよぉ!」
お互い、また傷は増えている。当然、血も流れている。だが、それでもまだ体は動く。ならば戦おう。応援が来たら、少し休もう。だが、来るまでは…
「おらぁぁあ!!!」
叩ッ斬るのみだ。もうかなり前から酸素が足りてない。暗くなりそうな視界にふらつきながら、それでも踏ん張ってハルバードを振るう。この街には入れない、入れる訳には行かない理由が山ほどあるんだ、冗談じゃねぇ。
俺が今下がれば、エクスは恐らく死んでしまう。そうはさせない、こいつは俺の弟みてぇなもんなんだ。
「がッ!?」
受け損ねた棍棒の一撃を頭に貰う…ドロッと何かが流れ出すような…恐らく、血なんだろう。俺の体のあちこちから流れ出る命の赤い線、頭からも流れ出るそれは…命の赤か、俺の理性か。
「ってぇなコラァァア!!!」
恐らく、キレたんだろう。半分以上記憶がない。断片的に覚えているのは、目の前に立ったゴブリンを片っ端から斬り、突いている映像。何か叫んでいたのか、叫んでいなかったのか、それもわからない。気が付いた時には…電池でも切れたかのように槍を支え棒のように地面に突き立てて、それでも踏ん張って立っていた時だった。
「兄貴!大丈夫ですか!」
エクスが駆け寄ってきた…こいつも血塗れじゃないか、人の心配より自分の心配しろよ。
「応援が来てくれました!アーク殿が、騎士団と共に来てくれました!兵士達もかなりの数がいます!それに…」
エクスが指を差す。視線を向けるのもしんどいが、そちらを向くと…とんでもない速度で巨大な戦斧を振るうゼノと、マシンガンのように超高速で空気の刃でゴブリンを屠るローザの姿が見えた。
「あー…こりゃ、勝った、な」
言葉を喋るのもしんどい。良く見たら、俺の周りにはゴブリンの死体の山が出来ていた。その先にはアークの姿も見付けた。ロングソードで斬り伏せているその姿は、まるで漫画かアニメかのように洗練されていた。
「兄貴、肩貸します!俺達は下がりましょう!もう戦闘も終わります!」
「お前だって…疲れてん、だろ」
「いや、途中から兄貴が大暴れしてくれたお陰で、息を整え、立ったままですが少し休めました!」
「はは、若いから、な、回復も、早い」
「そうッス、だから問題無いので肩貸します」
「わりぃ…頼む」
エクスに肩を借り、ハルバードを杖代わりにして、何とか歩く。意識は飛びそうではあるが、あらゆる所からの痛みで意識を手放すのを許して貰えない。
いつの間にか開いていた街門をくぐって中に入ると、アーシャとエリー他、何名かの魔法研究者の所員が来ており、俺は寝かされて治癒魔法をかけて貰い始めた。
「おい、鎧を脱がせ!楽な格好にさせてやれ!」
「診療所の準備は!?」
飛び交う声の中に、エクスの
「俺はいいから、兄貴を頼む!」
と声が聞こえた。バカ野郎、お前も重症だろうが。
「マガミさんはちゃんと治療されてるから!貴方も大怪我なんだから!」
と、普段のアーシャとは思えないような鋭く強い語気の声がした。別人だろうか?だが、確認する体力がねぇ…治癒魔法の心地好さは俺の怪我も無くしてくれるが、戦況を見る力も奪い取っていく。俺は、戦闘の喧騒など気にもならずに…静かに、そして急速に意識が途切れた。




