能面男、また一人暮らし(居候)へ 1
◆
2日後の早朝、宿屋の主人と奥さんにお礼をいい、料金を支払った俺、ゼノ、ローザは、荷馬車に乗っていた。毎度お馴染みになった行者のおじさんに馬車に乗せて貰い、一路森の中の家に帰ることになった。
行者のおじさんには、また3日後に迎えにきて貰う約束をし、ゼノとローザの家に戻ってくると、すぐさま家の中の物置になっている部屋に向かう。
「この部屋じゃよ」
ゼノが部屋の扉を開けると、中は整頓されているが…大分古い荷物が置かれていた。
「こりゃあ…なかなか年代物だねぇ」
「そうねぇ…恐らく、100年近く前の物もあるかもしれないわ」
「そりゃあ…もう歴史だわ」
部屋に入ると、埃の臭いがする。不思議と、カビ臭さはない。ばっと見て思うのは、果たしてこの中に売れそうな物はあるのか、という点である。ゼノもローザも全処分のつもりでいるが…あまりにも勿体ない気がする。
だが、やらない訳にはいかないのだ…話は昨日、色んな所に挨拶しに行った時の事だ。
「という訳で、暫く来れないかもしれない」
佳菜子ちゃんの病室にて、昨日は夕方まで意識を失うように寝ていた、と説明した。それから、一回ゼノ宅に戻って片付けなんかをして、そうなると雪の積もっている間はこっちに来れない、という旨を伝えに来たのだ。
ウサ子にも伝えて、佳菜子ちゃんを守ってくれるように言っておく。念話で「わかった、まもる。でもちょっとさびし」と言ってきたので、優しく頭を撫でてやり、「頼む」と伝えた。
今日も魔法講座の為に先に来て、クッキーをつまんで談笑していた…何しに来てるのか分からないアーシャにも、「昨日も言ったが、暫く佳菜子ちゃんを頼む」というと、
「任せて下さい!このクッキーでカナコちゃんが痩せすぎなのを治します!」
と、意味の分からない方向性での了解をくれた…大丈夫か、エリーの胃に穴でも空かないか不安だ。で、当の佳菜子ちゃんは
「そうですか…」
と言ったきり、静かになってしまった…困ったな、こういう時にどうしたらいいのか分からない。なので、
「もし雪の時期でそんなに酷くなければ、こっちに戻れるかもしれないから」
と、しっかりと明言はせずに言っておいた。確実性の無い事は、約束出来ない。
「大丈夫です…その、私が帰れる場所を作ってくれるんですよね?」
「そうだね。佳菜子ちゃんが退院して、ゼノとローザの家に来れるように、部屋を1つ空けるんだけど…中身は恐らく超が付くほどの年代物があると思うから、どうなっているか分からないけどね」
「どの位古いんだろう…」
「下手したら3桁、かな…」
「それ、もう古美術品レベルなんじゃ…」
「ほら、エルフとドワーフだし、あの2人」
「ああ…そういえばそうでした…」
会話が途切れ、ふと静かになる。気が付くと、アーシャはウサ子といなくなっていた。気が利くって奴なんだろうな。
「…真上さん」
沈黙の後、佳菜子ちゃんは顔を上げて俺をじっと見つめる。次の言葉を、俺は待った。
「待ってます。そして、早く元気にもなります…だから…っていうのも何だか変なんですけど、1つお願いがあります」
「えっと、何だろう?俺に出来る事なら、何でも」
「…その…な…」
「な?」
「名前で、呼んでもいい、ですか?」
「名前?…ああ、いいよ」
すると、佳菜子ちゃんは笑顔で、でも顔を真っ赤にしながら…「け、け、健太郎、さん」と呼んでくれた。呼んでくれたら…見慣れたドームを形成して「えへへ…」と中から笑い声が聞こえてきた。
「佳菜子ちゃん、それじゃあ俺、行ってくるよ」
と立ち上がると、ドームは開き、佳菜子ちゃんが抱き付いてきた。
「待ってます…」
「うん…もしかしたら、冬が終わる前に佳菜子ちゃんが元気になってこっちに来るかもだけどね」
「が、頑張ります…」
背中をポンポン、と優しく叩いてやると、佳菜子ちゃんは離れ、ベッドに座り直した。この暖かさとも暫くお別れか、と思うと…少しだけ寂しく思う。人の温もりなんかそれほど感じずに生きてきた身からすると…佳菜子ちゃんの暖かさは、ちょっと麻薬並みに中毒になりそうだ。
そんな離れがたい温もりから気合いで抜け出す為に、立ち上がる。
「じゃあ、またね」
「はい!またね、です!」
そう言い残して病室を出ると…アーシャがいた。ウサ子を抱き抱えて、耳まで真っ赤にしながら。
「…聞こえない位の場所にいてくれたら100点だったのになぁ」
「あぅ…ご、ごめんなさい…」
「いいけど…佳菜子ちゃんを宜しくね」
そう言い残して、診療所を後にしたのだった。
話は現在、ゼノ&ローザ宅の物置部屋の中へと戻る。まず窓を開け…る前に、窓を塞ぐ荷物をどかす。おいおい…この木箱、もう朽ちかけてて持てないよ…中身を出す事の了解を得て、木箱の中身を出す。
「あら懐かしい。私の若い頃の服」
「…何年前?」
「分からないわね…流石に処分してくれるかしら、もう直すのは無理だわ」
もう完全に朽ち果てているそれを、ゼノが新しく作ってきた木箱に入れる。そして、朽ちた木箱も破壊して中に放り込む。これは…予想以上に形の残っている物が少ないかもしれない。
そうして、布だった物や何かだった物を、木箱に入れていく。
「予想以上に形が残っておらんかったな」
「本当にね」
と、笑う老夫婦…いや、笑ってる場合か。これじゃあ、部屋の床とかも怪しいんじゃないか?と思う。少なくとも、置かれていたベッドは完全に朽ちている。
「これは…金属類でもまともに残っているか、怪しいぞ…」
どんどん荷物を開けては捨て…としていく中で、荷物に埋もれた壁際に大分くたびれた皮の袋を見つけた。
「おっ!こいつは懐かしい!ワシが冒険者をしていた頃の道具じゃ!」
ゼノが皮の袋を開けようとして…袋は破けてしまった。
「年月には勝てんかったか、お疲れ様」
そう言いながらゼノが最初に取り出したのは、持ち手の付いたランプだった。ガラス面はヒビが入っており、全体的に錆びていた…が、作りそのものは頑丈そうだ。
「これはのう、ワシが自分で作ったんじゃよ。今は錆びてしまっておるがな」
そう言って、ゴミ用木箱に入れようとするのを慌てて止めた。
「なんじゃ?もう使えんじゃろ、流石に」
「いや、恐らく磨けば使えるよ。ガラスはどうにもならないけど…金属部分はまだ使えると思う」
「そ、そうかのぅ…そもそも、旅用のランプなんぞ、使う時が来るかのぅ…」
「俺、貰っていいかな?」
「ん?まぁ構わんが…」
そうして、ゼノから旅用のランプを貰い受けた。これは…磨けば使えるはずだ。そうして、ゼノは残りの荷物もどんどん出していく。砥石に、ナイフ…金属製品はどうにかなりそうだが、布や皮の物は全てアウト。大丈夫そうな物は全て貰い受け、次はローザの物に移る。
「…本ばっかりね…保存魔法は書き込んであるからまだ大丈夫そうだけど…」
「ごめん、本は全部残して。佳菜子ちゃんが本を読みたがっていたから」
「カナコが?でもどうかしら、大して役に立つ物でも無いと思うけど」
「大丈夫、残してくれ」
そうして、ローザが倉庫にいれておいた本は数十冊にもなった。それらは全て廊下に1度出し、纏めておく。他にローザの物で言うと…当時は美しかっただろうが、今は錆びと埃にまみれた剣が出てきた。
「あら懐かしい」
と言って、鞘から抜こうとして…なかなか抜けないのでゼノが抜くと…やはり刀身も錆びていた。僅かに無事な見た目から察するに、普通の剣よりは短いがサーベルのようだった。
「これ、私が魔法師団長の頃の物ね」
「超年代物じゃないか!」
「そうねぇ、大分古いけど、もうこうなったらねぇ…」
「ゼノ」
「んー?どれ…そうじゃのう、研げば少し小さくはなるが…まぁ使えそうじゃが」
俺が古いものを捨てさせないのに、ゼノは慣れたようだ。
「これ、王様というか、国に返却しなくていあの?」
「いいのよ、私が特注で作ってもらったんだから。魔法使い用に軽くて扱いやすくしてあるのよ」
「へー…キープで」
「ほいよ」
「もう使わないからいらないのに…」
そんなやり取りをしながら、部屋の中の荷物は粗方片付いた。次は掃除なのだが…
「流石に明日ね。もう暗くなるわ」
ランプも無いこの部屋を、夜間に片付けるのは無理がある。明日は掃除と、ゼノによる床や壁のチェックをし、明後日にはゼノもローザもフォーテッドの街に戻る。そうなったら、俺は1人でここを掃除したり、この家の管理をしなくてはならない。
その後、久しぶりのローザお手製料理を食べ終えた俺は、1人小屋に戻っていた。久しぶりの毛皮の上で、寝袋に入って考える。
「…街で食い物沢山買ってきておいて良かったなぁ…」
ゼノの作った物を入れて運んだリュックに、野菜や肉類の他にも保存の効きそうな物やらを買い漁って帰ってきていた。ゼノやローザも買ってきてはいたが…自分でも何とかせねばと思って買ってきたのだが、その中には塩もある。最悪は肉を塩蔵でもしておこうかと思っているが、塩はちょっとお高い。
台所にあるものや、貯蔵庫にいれてある物は好きに使って良い、と言われているが、やはり自分で何とかしなくては、今後もし旅にでも出るとなったら話にならない。
因みに、貯蔵庫は魔法研究所開発の物で、内側に冷気を放つ魔方陣と、物を一定期間そのままに保てるような魔法もセットで放出する仕組みで、言わば冷蔵庫のような物らしい。
ただ、コストが高くて高価な為、一般的にはあまり出回っていない、との事だ。そんな便利な物があるのに、井戸のポンプが無かった事に驚くが…改めて、ここは異世界、そんなもんなんだろう。
「明日は部屋の掃除して…鑢を借りて…この先を考えて、狩りの準備を…野生動物、いるのか?」
冬眠するんじゃないだろうか、この時期って普通は。その辺、いまいち詳しくないんだよ…
「普通の動物で言うならば、熊は冬眠…リスでもジリス?地面で暮らすリスは…へー、ハリネズミもなのか…えっと?鹿や兎等は冬眠はしない、と…」
サバイバル知識先生、いつも助かります。なるほど、鹿やら兎はいる、と…魔物はどうなんだ?…ああ、元が動物だから同じ、と…サバイバル知識先生、最近出番無かったから張り切ってるな。
ところで、だ。罠は恐らく必要だろうが…そろそろ練習すべきか?弓を。やはり狩りをするのなら遠距離武器は欲しい所だ。弓かぁ…作ってみるか。
後は…ああ、ベッドを作らなくちゃなぁ…ただ、世間一般でいうベッドのサイズが分からんし、そもそもマットレス的な物も此方に合わせては作れないだろうからな…さて、どうしたものかな。本棚…位なら、作れるか。2人が出発したら作っておこう。
しかし、狩り…かぁ…ふと、壁に立て掛けたハルバードの傍らにある武器に目をやる…ルーシーがくれた剣、グラディウスだ。
刃部分は約60センチ程度の長さで全長で75センチ程度、騎士達の腰に付いている長剣に比べると短いのだが、刃の部分が厚く頑丈な両刃で、鍔は円形で小さく、持ち手の部分は指の形に合うようにデコボコしており、指が引っ掛かって滑り難い造りになっている。
接近戦で真価を発揮するこの剣は、槍は愚か、長剣の間合いよりも内側に入り込んで戦える為、一気に踏み込んで一撃を入れられる。また、非常に厚く作っているので相手からの攻撃を受け流したり打ち払ったり、相手の刀身が脆くなっていればそのまま破壊して攻撃が出来る程だ。扱いこそ難しいが、使いこなすと長剣より戦い易くなるらしい…使いこなすと、だが。
因みに、剣闘士の語源でもあり、このグラディウスは後にもう少し刀身が長くなってスパタという剣に移り変わっていく。前の世界で言うと、古代ローマ時代の剣で、ローマ王朝時代からは長剣に近いスパタに変わっていくのだ。
「練習しないとなぁ、グラディウスの扱いも」
そもそも、槍術スキル以外は殆ど鍛えられていない現状、剣で…しかも割合特徴的な剣である以上、恐らくそれなりの訓練が必要になってくるだろう。
徐に、しっかりとした皮製の鞘から抜くと、その分厚い刀身が露になった。刃は重くずしりとした重量を手に伝えてくる。槍と全く違う重心や形状は、やはりまだ違和感を覚えてしまうが…不思議と手には馴染むし指の引っ掛かりがあるから滑りにくい。
ゼノの弟子であるジェイクの作った物だが、長剣が一般的なフォーテッド王国ではあまり受けが良くなく売れ残っていたらしい…まさか、売れ残りを押し付けられたか?まぁ、タダで貰えたんだから文句はない。
それに、この厚さと重量感のある刃は、ある意味斧に近しい感覚すら覚える。もしかしたら、割と早く扱えるようになる…といいなぁ。
「…寝るか」
グラディウスを鞘に戻し、立て掛けてから寝袋に入る。ホーンドラビットの毛皮の上に寝袋を敷き、さらに上からフォレストボアの毛皮を掛けている寝袋の中はとても暖かいが、外に少しでも出ると…結構寒い。冬が、雪の季節はもうすぐそこだ。
この小屋もちゃんとした防寒対策するか…?等と考えながら、意識は遠退き、いつしか暖かさと疲労から眠りに堕ちていた。
翌日は、朝から掃除三昧である。箒と塵取り、雑巾にお湯を入れて部屋の前まで行き、まずは残っている大きなゴミを3人で木箱に放り込み、金属類はゼノが溶かすからと別の木箱に放り込んでいく。殆どの大きなゴミを木箱に入れ終わったら、ゼノは1人で木箱を外まで運ぶ。俺も手伝おうとしたが、身長の違いと、そもそもゼノにしてみたらそれ程重くないので、1人で十分なのだ。
残った俺とローザで部屋中を箒で掃いていき、ある程度纏めてはゼノお手製の木の塵取りに入れて、物置と化していた部屋に残っていた比較的まだ朽ちていない大きめの布の上に乗せていく。天井も含めて大体の場所を掃き終えたら、その布を四方から持ち上げ、巾着のようにしてから上側を細い紐で縛り、今度は俺がそれを外に、布なので小さな埃が逃げるといけないので塵取りを下にしながら運ぶ。
外では、ゼノが家の外に適当な深さの穴を掘ってくれていたので、その中に木箱も袋も一緒にぶち込み、火を付ける…こんな時、分別も何も殆どが木や布、皮なんかだから早くて助かるぜ、異世界。
燃え尽きたら埋め戻すのだが、それはゼノに任せて部屋に戻ると、ローザが既に窓を拭いていた。俺も合流し、壁の高い所なんかを拭いていく。俺の馬鹿デカイだけの図体をここぞとばかりに使い、手を伸ばすとほぼ天井近くまで拭ける。
ただ、力が入らないので踏み台を用意した。此方もゼノ特性で、種族柄身長は低いドワーフ族が他種族と生きていく上で必須とも言える道具なのだという。造りは…もう言わなくても分かるだろうというレベルに頑丈で、木製でありながら俺のようなデカイのが乗ってもびくともしなければ、ミシッともいわない…どうなってんだ、本当に。
そんな踏み台に乗り、壁や天井までガンガン拭いてはローザに渡す。ローザは雑巾の汚れをお湯で洗い落としては俺に渡し…と、流れ作業でバンバン拭いていく。窓は空けているので外の冷気が入っては来るが、正直寒さを感じない位に動いているので問題ない。
逆に、空気の流れがある分、部屋の中は新鮮な外の空気が流れ込む上、お湯で拭いた壁や天井がドンドン乾いていく一石二鳥状態。開け放った窓からはゼノが大量のゴミを焼く光景も見えるが…ちょっと不安になるレベルの燃え方をしている。
ゼノからしたら炎なんざ見慣れているし、ローザは魔法でもっとヤバい火力の炎を扱える…すげぇぜ、異世界。俺からしたら、キャンプファイヤーか野焼きか火事にしか見えない。
天井、壁と粗方拭き終えたら、2枚の雑巾を俺とローザでフル稼動して床や細かい所を拭いていく。俺は脳内で細かい所を指でなぞり、指先をフッ!と吹いてから「汚れてる!やり直し!」と言っている、元メイド長のディアナを想像して吹き出しそうになってしまうのを抑えながら、丹念に長年溜まっていた汚れを拭き取っていく。
窓は、俺が外に出て濡れた雑巾で拭き、次に乾拭きしていく。そうする事で、拭き跡や水分が乾いた跡を残さずに綺麗なガラス窓に出来るからだ。よく日本等でも見られるビルの窓掃除なんかで使われるゴム製ワイパーなんかでも、洗剤ごと水分を取った後は乾拭きをした方が更に綺麗になる。昔、バイト先のガラス扉をやった事があるが、ワイパーの扱いになれるまでに1週間位かかった記憶がある。そうして慣れてきて、かなりの早さで掃除出来るようになったら店が潰れ、本当に行き場の無い技術となってしまったが。
「ふぅ…まぁ、こんなもんでしょう」
ゼノがゴミを燃やし切り、穴を灰や炭ごと埋め戻し、「お茶、淹れておくぞ」と伝言してくれた位で漸く殆どの場所拭き終えていた。
「おぉ、綺麗になったのぅ!」
お茶を淹れたティーポットとカップ3つをトレイに乗せたゼノが部屋を見て声を上げた。改めて見ると、確かに見違えた。
「あら、わざわざ運んでくれたのね、ありがとう」
雑巾を洗いながら、ローザがゼノにお礼を言う。本当にお互いが気の効く夫婦だと思う。先に床を拭いてから細かい所をやっていたので、床は既に乾いていた。そこに直に3人で座り、ゼノの淹れてくれた暖かいお茶を飲む。
「あー美味い…」
喉が乾いていたのもあって、つい、声が漏れる程に染み渡る。ゼノは嬉しそうに「そうじゃろうそうじゃろう」と言っていた。お茶を飲んで3人とも一息吐いた所で、改めて部屋の中を見回す。すげぇぜ、何にもない木の壁の、木の床の、木の天井の部屋だ。机と椅子を全部出した後の古い学校の教室かと思える程に、何にも無い。




