能面男、居候生活へ 29
アークは少し考え…
「そうですね…まず、使用する時間を守って下さい、他の兵士や騎士と同じタイミングで使うときは、譲り合いをお願いします」
「ああ、分かった」
「限度を超えたり、無理をし過ぎないで下さい」
「ああ」
「怪我をしたらすぐに医療班や診療所に行ってくださいね?」
「いや、おう…」
「遅くなる前に宿に帰るんですよ?」
「お前は俺の母親か」
「言ってて、自分でもそう思ってしまいました」
何を笑ってんだ、お前は…分かってんなら止めろっての。それを見ていたエクスが
「仲良いッスねー、2人は歳も近いんスか?」
と聞いてきた。
「私は25です、マガミ殿は?」
「28、誰がオッサン間近だこの野郎」
「いや、何も言って無いッス…因みに俺は18ッス」
「マガミ殿、気にしてるんですか?」
「いや、全然」
「ならいいじゃないッスか…」
3人で外で雑談を続けていると、何だか…友達ってのがいた方が良いのかな?とも思えてきた。だが、楽しい時間には終わりが来るもので。
「あ、やべぇ!俺、詰所行かないと!これ、忘れてた!」
手に持った鉄の棒が倒れそうになって、慌てて持ち直して思い出したらしい。
「あー、もし何か言われたら俺が襲われてたから一緒に戦ったと伝えてくれ」
「何なら、騎士団からも連絡しておきます」
「ありがとうございます!それじゃ、失礼します!」
エクスはそう言って、走って行ってしまった。アイツ、筋肉痛来てないのか?すげーな、羨ましい。アークも、「さて、そろそろ私も城に戻ります」と言い出した。
「引き留めて悪かった、忙しいんだろ?」
「まぁ、さっきの連中を牢に放り込んだら、我々はまた巡回と緊急時に備えての待機ですから、さほどは。それに、マガミ殿と話せて楽しかったですし、エクス君というこれからの成長が楽しみな少年にも出会えた。十分な収穫です」
「そうか、なら良かった。ああ、今度飯に行く時はエクスも誘って欲しがってたから連れていってもいいか?」
「勿論ですよ。ああそれと…訓練施設の使用は手配しておきます。城の兵士か騎士にでも声をかけて下さい」
「ん、すまんな、頼む」
そうして、俺はアークとも別れ…アイツは、俺と話すとつまづくフラグでも立つのか?またこけそうになってる。
「…さて、宿屋に戻るか…」
寝起きの運動にしては随分と厄介かつ物騒な運動だったな…やれやれだ。これで残党とやらが完全に消えてくれればいいんどけどなぁ。俺はまぁいいさ、対処出来る。誰か知り合いに迷惑かかるのだけは避けたい。何なら、今から逆に打って出てやろうか、とも思うが、自分の実力を考えると…止めた方が良さそうだ。
だが、俺にも収穫はあった…訓練施設の使用許可が降りれば、夜中にコソコソ出ていかなくても済むし、迷惑もかけなくて済む。
そういえば…施設の使用許可を申請をする、とアークは言っていたが、1日待つべきかな。まだ許可が取れていないのに行くのは、流石に迷惑になるだろうから、明日は色々と準備して、それから明後日に城に伺おう。
宿屋に戻ると、3人が待ち構えていた。テーブルの上には空になった皿とカップ…いや、まぁ俺が言った事だから、遠慮されても困るんだけどな。
「会計はしとく、もう夜も遅いし、さっきみたいなのがいないとも限らないからな」
「えっ?送ってくれないんですか?」
そうか、そりゃそうだわな。
「ちょっと待っててくれ。すいません、会計は送ってきたらします」
「あー、明日でも構わないぞ?あと、今日は帰ってこいよ?」
「いや、今日は帰りますよ」
そう言って2階の自室に戻ると、急いで鎧を着て、ハルバードを布を巻いたまま背中の留め具に付け、今度は3人を待たせている下の階に急ぐ。
「悪い、お待たせ」
「マガミさん、その格好…もしかして完全武装ですか?」
エリーの問いに「いや?違うけど」と返す。本当なら腰に鉈をぶら下げていたし。もっと言うなら投擲出来るナイフみたいな物も幾つか欲しい。鉈も、本当は剣かナイフがいいが、今は手元に無いので仕方ない。
「あー、長剣だとハルバードの戦いで邪魔になるかもしれないから、狭い所で戦う為にも何かそういう武器があると良いかもねー」
と、俺の装備を見ていたルーシーが言った…流石は鍛冶職人の娘、そういう所にはちゃんと目が行くんだな。
「ああ、なら良いのがあるかも。うちに寄って貰える?」
と、ルーシーは何か当てがあるらしい。ゼノの事もあるし、顔を出すのも良いだろう。
「私も行きます、ポンプの事、気になってたんです」
「わ、私も!あの、いつも桶が重たくて…だからどうなるのかなって…」
エリーとアーシャも興味を示すと、ルーシーは少し困ったように
「うち、今ちょっと散らかってて中に入れられないけど…」
と言う…が、そこは社畜街道まっしぐらの2人、
「うちの研究室も既に何があるか分からない状況なので」
「たまに、いつ借りたか分からない研究資料出てきてびっくりするよね?」
「貸した側も忘れてたりする、アレね」
と、まるで動じない。ルーシーは「んー…」と悩んでいたが、結局は
「分かった、行こう。ケンタロウさんの武器の事もあるしね」
と、折れた。こうして、もう夕焼けはとうに姿を消した夜、俺と3人娘は一路ルーシーの自宅のある工房地域に向かって歩き出した。
◆
その頃、ローザもまた工房地域を目指して歩いていた。傍らには、ディアナが付いて歩いていた。但し、もうメイド服ではなく、安値で手に入る毛皮のコートと、麻の頑丈そうなパンツにレザーのブーツという出で立ちだ。
「寒くないかしら?」
前を歩くディアナに話し掛けると、ディアナは振り返り
「ええ、私は全く問題ありません、ローザ様は?」
と返してきた。
「まぁ、大丈夫なんだけれどね。やっぱりこの時期になると、夜は冷え込むわねぇ、外は特に」
「もう幾日もすれば雪が降るかもしれない、と精霊達の声を聞きました」
「でしょうね。毎年この頃は、もう降り出してもおかしくないわね…あら?」
ふと、ローザは目の前を行く灯りに目が入った。良く見ると、灯りを持った男は知った顔…というか、自慢の息子だ。
「ケンタロウ!」
呼び掛けると、灯りを持った青年、真上 健太郎は振り返ると、此方に手を振って近付いてきた。
「どちら様ですか?」
「自慢の息子よ」
ローザは屋敷を制圧した時の恐ろしさは消えていたが、今は特に優しい老婆の雰囲気をしていた。
◆
声をかけられた俺は振り返ると、そこにはローザと…誰だ?何かやたら美人が側をあるいている。手を振りながら近付くと、
「ケンタロウ、貴方どうしたの?そんな装備をして…」
と、至極当然の質問をされたので、夕方に起きた乱闘騒ぎの件を伝えた。
「まだそんなのがいたのね…ああ、紹介するわ、今度魔法研究所に入る予定のディアナ」
ローザに紹介された女性はペコリと頭を下げると、
「ディアナと申します。元はとある貴族の所でメイド長をしておりましたが、ローザ様の御提案により、魔法研究所にて働く事に致しました」
と、自己紹介をしてくれた。なので此方も全員が自己紹介をしていく。
「俺はケンタロウ・マガミです。ローザとゼノ夫妻に引き取ってもらって身分を証明されている、召喚者です」
「私はルーシー!これから向かう工房の主、ジェイクの娘で工房の看板娘だよ」
自分で言うのか、この子は。いや、まぁ…確かに、可愛らしくはあるんだが。
「それ、自分で言う事なのですか?…いや、まぁいいです、私はエリー、魔法研究所の所員です。何か分からない事があれば聞いてください、答えられる範囲でならお答えします」
「わ、わ、私、アーシャって言います!あ、ああの、エリーちゃんと同じ、魔法研究所の所員です!」
アーシャはやっぱり引っ込み思案なんだな、そんな全員の自己紹介を、凄く真剣に聞き入っていたディアナは、此方の自己紹介が終わると
「ケンタロウ様にルーシー様、エリー様、アーシャ様…宜しくお願い致します」
と、それから綺麗な姿勢のお辞儀をした。メイド長だったってのが分かるな。本当に一挙手一投足がピシッとしている。
「で、2人は何処へ?」
「ゼノにちょっとね、話があって」
「なら、うちに…ヤバい、先に行って片付けておくー!」
ルーシーが先に走っていってしまう。
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫ー!私強いしー!」
本当かよ…全然見えないけど。どちらかと言うと、華奢な部類に入ると思うが…魔法を使えるとも聞いてないし。
「マガミさん、ああ見えてルーシーさんはハーフのドワーフですので…腕力は恐らく成人男性の平均より強いかと」
腕力1点突破かよ…心配ではあるが、もっと心配な子達がいるからなぁ…
「マガミ様、御安心下さい。既に私が防護魔法をかけておりますので」
「えっ!?いつの間に?」
「先程、お伺いする、と言ったタイミングです。何となく焦っているのが分かりましたので」
メイド長すげぇ!なんつー気遣い、周りを常に見てるんだな。一方、俺とは違う驚き方をしているのはエリーとアーシャで、
「い、今、分かりましたか?」
「ううん、全然…詠唱も無かったよね?」
と、防護魔法をかけたタイミングとかに驚いてる…流石は魔法研究所の所員達、研究熱心な事で。
「お客様をお送りする際に、気付かれぬよう、そしてその方が安全にお帰りになられるような配慮を続けた結果です」
褒められても無表情なディアナさん、何か俺に似た気配を感じ…いや、よーく見ると…ちょっと嬉しそうだ。口元緩みそうになってる。プロだなぁ…もう辞めたんなら、素直に感情出せばいいのに。苦手なのかな?
「ディアナ、いいのよ?喜んで」
ローザには気付かれていたか、流石。
「その…苦手なんです、こういった…感情表現を表に出す事が…ですが…その、ありがとうございます」
「あら、貴方…可愛らしく笑えるじゃない」
言われたディアナは少し俯いて、「は、早く行きましょう、お待たせしてしまいますから」と、1人先に歩いていってしまった。ローザを見ると…妙に幸せそうだな、お婆ちゃん。
「ダークエルフはもっと怖い方ばかりと思っていましたが…あの方は可愛らしくて、仲良くなれたらいいですね」
「うん、ディアナさん、可愛いです!」
先を行くディアナの褐色の尖った耳がピクピク
している…夜道だから見えないが、恐らく明るい昼間だったら…朱いんだろうなぁ。
そんなディアナを先頭にして歩き続けると、工房地域に入る。普段、この時間は皆仕事を終えているはずだ、とローザは言うが、まだ結構な場所がフル稼働しているようだ。まさか、これって…
「ま、例のポンプの件で、でしょうね」
ローザの言葉に、何だか申し訳なくなってしまった。俺のアイディアなのに、俺には何も出来ないのが情けない。こんな時、俺は思う。もっとサバイバル特化ではなく、全知全能…とまではいかないが、現代日本の知識がもっと欲しかった、と。同時に、もっと勉強しておけば良かったな、とも思う。後悔先に立たずとは良く言ったもんだぜ、全く。
「初めて来ました。何というか…凄い雰囲気ですね」
ディアナは辺りをキョロキョロ見回している。余程仕事が忙しかったのか、仕えていた主がクソ野郎だったのか。エリーから聞いたローザの
話からすると、後者なんだろうな。
「私は最近実験道具の関係で来ましたね」
「わ、私は殆ど来たことない」
「あら、では私とほぼ同じですね」
ディアナはアーシャの方を見て言うと、アーシャは「えへへ…」と照れ笑いをしていた。エリーが少し悔しそうなのは、百合な気配からなのか、冬の美人なダークエルフのお姉さんポイントを先越されたからなのか。なお、30ポイント貯めてもお皿は貰えないが仲良くはなれるぞ!…何のこっちゃ。
工房地域を進むと、その内にジェイクの工房が見えた…と、店の前にいるのは…
「ゼノ!」
俺が声をかけると、にっこり笑って手を振ってくれた。つい、駆け寄ってしまう程に優しい笑顔だった。近くまでいくと、笑顔のままゼノは俺に、
「ケンタロウ、お主のアイディア、実現出来そうじゃぞ」
と、嬉しそうに教えてくれた。そうか…形になるのか…
「ゼノ」
「うん?」
「ありがとう」
「カッカッカ!何を言うておるか!ワシこそありがとう、じゃよ。ここ最近忘れておった「物を作る」事の大変さと楽しさを思い出させてくれた。考えて、話し合って、試行錯誤して、形にする…本当、久しぶりにこんなに鍛冶職人として作る事に向きあったわい」
そう豪快に笑うゼノに、何だかホッとしたような、嬉しいような、良く分からない感情を覚えた。
「ほら、何時までも外にいたら凍えちゃうよ!中に入って!」
と、工房からルーシーが顔を出して全員を招き入れる。ここで「片付けは終わったのか?」と聞かないだけ、昔よりは成長していると思う。昔なら「いや、先行して行ったから待ってたんだが」とか言ってしまっていた。思うだけならタダ、思うだけなら火の粉も煙も立つことは無いだろう、恐らく。
工房を入ってすぐに、楕円形のテーブルと椅子が複数、形が違うことから察するに、引っ張り出してきてくれたのだろう。ルーシーに悪い事をした気になってしまう。どうやらそれはエリーとアーシャも同じようで、「私達は帰ろうか…」等と話していたが、ルーシーの「折角準備したんだから」のお言葉に甘える事にしたようだ。
つーか、俺はそこいらに立ってても構わんのだが…と、言おうとすると、もう1人そういうタイプがいた…そう、元メイド長の現魔法研究所所員予定のディアナだ。だが、そんな彼女が言葉を発する前に、ローザに手を引かれて座っていた。
さて、俺は言われるがままゼノの隣に座り、そうしてゼノとルーシーによる現在の進行状況の説明があった。ジェイクは別の工房にて打ち合わせ、奥さんは鍛冶に関してあまり知識もなく、お茶でも出そうとしたがルーシーに「お母さんは休んでていいよ」と言われ、今は2階の自宅スペースでゆっくりしているそうだ。
ゼノから説明されたアイディアは、ローラーで熱い状態の劣化ミスリルを延ばして平らにしていき、その先で更に角度を付けた複数のローラーで巻いていき、最後は同じ劣化ミスリルを溶かした物で繋いでいく「鋳掛け」方式で円筒にするそうだ。
そこで俺は気付く、溶接技術には専用のバーナーとガスまたは電気が必要になる。この世界にそんな物は当然無いので、ゼノのいう鋳掛け方式になるのだ。鋳掛けには、鍋やフライパンなんかの修理を専門にしている職人さんに劣化ミスリルの性質を伝え、協力して貰える事を約束してきているらしい。
「後は、この街の井戸全ての深さを調査して、パイプの長さを決めて…それからじゃな。ローラーを付けた大型の道具と、それを作る場所に関しては、目下検討中じゃ」
「それなら丁度良かったわ」
ローザがゼノに続いて話を始めた。まずは広い場所についてだが、確保出来ている、と言い出した。一体何処にだ…と思っていたが、例の悪徳貴族を追い出した後の屋敷だ。そこの前の主人は亡くなっているという事らしい。
前の主人から支えていた執事さんは、今そちらの墓参りを済ませた後、身が空き次第ローザは頼みたい事があるとか。執事さんが戻り次第、その屋敷内で必要な物を運び出してしまって、後は改築しても大丈夫だ、との事。そして、その貴族から没収した資産はほぼ全て孤児院に寄付するとの事だ。大体はエリーから聞いた話と合致している。
「もしそこを本当に改築して良いのなら、話は進むのう…ただ」
「ただ?」
「家に帰れん」
そうだった…宿代も馬鹿にならないだろうし、何より、住まれなくなった家の痛みは早いというから心配だ。
「…確かに。ローザ、結界魔法はあとどの位維持されるの?」
「そうねぇ、ここまで長い間家を空けると考えて無かったから、1度帰って張り直しが必要になるわね」
「ならさ、俺も一緒に帰るよ。それで、部屋の片付けをしておく。ローザもまだやることがあるんだろう?」
「あるわねぇ…そうしたら、その時に私も選別をしていくわ。ゼノの物は…そうね、ケンタロウと以前話した通り、別にしておきましょうか」
ローザも俺の案に賛成してくれた。それなら、善は急げともいう。俺は明日か明後日にでも出発しよう、と提案する。随分と急ではあるが…雪が降り始めたら、ましてや積雪してしまったら馬車での移動がしにくくなる。そうなると行くにも戻るにも大変だ。
考えと今後の動きがまとまりつつある中、アーシャがおずおずと手をあげる。
「あ、あの…カナコちゃんの事についてなんですが…マガミさんはそうなるとお見舞いに暫く来れなくなる、という事になるんですか?」
そうか…あの家に戻れば、おいそれとこの街に戻る訳にはいかない。ましてや、馬車が動かなくなるなら、雪中行軍が待っている。いや、やる気はあるが。
「極力、雪の降る前には何とかしたいけど、もし無理ならそうなるかな…まぁ、雪の中でも問題なく俺は行けるけど」
問題なくはないが、変に心配をゼノやローザにかけたくない。極力は避けておきたい。
「わ、分かりました、カナコちゃんには伝えておきます」
「いや、俺が明日の朝にでも行って、伝えておくよ」
わざわざアーシャの手を煩わせるような事でも無い。別に永遠に会えない訳でも、何年も遠く離れる訳でも無いんだし。
「そうそう、冒険者ギルドの解体とか鑑定とかしてるおじさんがたまに宿屋で飯食ってるけど、ゼノやローザの保管してる荷物の中で不要な物があったら、鑑定して今の冒険者に安く卸したりするってさ」
と伝えておく。ゼノもローザも興味無さそうに「ふーん」とだけ言っていた…余計な事をしてしまったかな、こりゃ。
「そうじゃの、ワシも1度もどるかのぅ」
ゼノが突然言い出した。いや、そりゃいいけど、井戸の方は大丈夫なんだろうか?
「別にワシが今ここを離れても問題ないじゃろうしな。雪の降りだす前に1度帰りたいというのもある」
なるほど、納得。そうして諸々話は纏まり、ローザはディアナと例の屋敷に行って片付け、ゼノは自分の荷物の整理、俺はエリーとアーシャを送る為に…また各々で行動する事になった。
出発は明後日、極力早く2人は戻る事に。俺は1人、留守番する事になる予定表だ。




