能面男、居候生活へ 28
◆
「んが…?」
目が覚めた…今、何時だ?確か、今朝明るくなってきてから帰ってきて、半分意識無くなってる状態でハルバードを立て掛けて、鎧を脱いで…後の記憶がない。こういう時、時計は便利だと思う。兎に角、起きなくては…
「うぉお!?体痛ぇ!?」
筋肉痛、襲来。結構キツいの来てるな…だが踏ん張って立とう。油の切れた機械のようにギクシャクとした、自分の思い通りにならない動きで窓に向かう。そして、寒さ対策の分厚いカーテンを開けると…
「あー…夕日が見えるなぁ…」
どうやら、早朝から夕方まで爆睡していたようだ…つーか、もう夕日も沈み始めている。
「やべぇな…完徹で仕事した後の休みの日みたいになっちまった…」
筋肉痛で痛む体を、無理しない程度に伸ばす…ボキボキいってるな。よたよたしながらも、何とか服を整えて下の階に降りていくと、当たり前ながらそこには夕飯を食べに来た客で賑わっていた。ランプの灯りでも眩しいぜ…
「やっと起きてきましたか」
そこには珍しい客がいた…エリーとアーシャ、ルーシーの3人だ。この宿屋で見掛けた記憶が無いが…何事かあったのだろうか?
「ああ…おはよう」
「どうしたのケンタロウさん!何か産まれたての子鹿みたいになってるけど?」
「ああ…ちょっと訓練したら筋肉痛だ…」
驚いているルーシーに答える。こっちでもそんな表現するんだな。何とかカウンター席に辿り着く。すると、宿の奥さんが
「この人ね、昨日の夜のまだここにお客いるような時間から出て、朝方まで門番の子とぶっ通しで訓練して、詰所で朝まで待機させて貰いながら、更に色んな事聞いてたんですって」
水を出してくれながら、3人に呆れながら話す。奥から主人も出てきて
「他の門番さんに聞いたら、街門用の燃えにくい松明が4本も燃え尽きるまで帰ってこなかったらしい。その頃俺もうちのも心配になってな、丁度様子見に行ったって訳だ」
サンドウィッチを出してくれた。おお、鹿の肉を焼いて塩コショウしたヤツだ。これ美味いんだよなぁ。
「そ、そんなに長い時間、訓練を?」
アーシャが驚いている。俺もあんなに長くやるとは思ってなかったよ。
「それでこの時間まで起きられなかった、と…なるほど、納得しました」
エリーの納得は何に納得したんだ…
「というか、何か用事があるんじゃないのか?俺に」
筋肉痛でプルプルしている腕で、サンドウィッチを持ち上げて頬張る…ああ、このバランスの完璧な焼き具合と塩コショウ…たまらん。
「えっとね、まずはご報告。ケンタロウさん考案の井戸のポンプ、殆ど構想は固まった…んだけどね、ちょっと予想外の事になっちゃってるんだ」
ルーシーからは、例の井戸の話が出た。ゼノに「任せろ」と言われて任せていたが、何か問題が?
「何があったんだ?まさか無理になったとか?」
「いやいや、まだ無理だとかいう段階じゃなくてね。まぁ詳しくは長くなるから省くけど、今専用の工房と、パイプ専用の大型の道具を作るって話になってて。まず土地を探して…って話になってたのね」
「そっからか…こりゃ、暫く帰れないな、この街から」
「で、今度は私が」
エリーがルーシーの話を引き継いで話をし出す。
「昨日マガミさんと別れてから、ローザ様は孤児院に行っていたらしいのですが、そこの土地を奪おうとする連中をあっという間に制圧し、そのバックに貴族がいたらしいです。それで、その貴族…ルードと裏で繋がっていて、女の子を売っていたようなんです」
「…そいつはちょっとシメてやらねぇとなぁ」
「それで、ですね…既にローザ様はその貴族も、すでに拘束済み。今日にも他の街に放逐されるようです。しかも、財産はほぼ没収、ローザ様指示の元、各孤児院に寄付されるとの事です」
「そっかぁ、もうシメられてたかぁ」
一瞬で終わる、俺の行き場の無い怒りよ、何処へやら。
「囚われた元冒険者の人間曰く、「本物の魔王を見た」と妄言を言っているらしいです」
「…まぁ、ローザが本気になったら、なぁ…」
魔王かどうかは見たこと無いが、あの剛腕ゼノをして「最強」と自分より強いと言わしめているんだ、そりゃ強いんだろう…そして報告会最後は…
「あ、あのですね」
アーシャである。
「えと、カナコちゃんが「今日は来ないのかなぁ」って、言ってました。ちょっと寂しそうでした」
うわー、グッサリ突き刺さったわ…そうか、ずっと行ってたもんなぁ…まさか夜間訓練やり過ぎて寝過ごした上に筋肉痛とは情けない。
「あ、ローブ見ました!あれ、すっごい高かったんじゃ…」
「…本人に言ったらダメだぞ?気にしちゃうから」
「値段が分からなかったので、綺麗だねー、としか言ってません!」
本当、この子は優しくていい子だ。前2人の割とイカれた規模の報告に比べたら…
「あ、それとですね、ウサ子ちゃんが角を触らせてくれました!」
比べたら、本当にホッコリする…何かね、お小遣い上げたくなるよ、本当。
「それで気付いたんですけど、ウサ子ちゃんに念話のやり方として、こう…角から相手に向けて届くように発信してみたらどうかな?ってアドバイスしたら、最初はぎこちなく首をふったりしてましたが、今日帰る頃には私の方を見ないで私にだけ「ありがと」って伝えられるようになりました!」
忘れてたわ、この子も逐一ホッコリするが、魔法研究所でやっていける位の天才肌だった。
「あと、カナコちゃんも少し魔法使えるようになりました!」
嘘だろオイ、いくら天才だからって、もう使えるような教え方したのかよ、凄いな、この子。
「アーシャは私のように理論的に教えるのではなく、感覚的に魔法の使用方法を掴んでいるタイプなので、カナコのように魔法に触れて来ていない子には分かりやすいのかも知れません」
エリーが捕捉する。なるほど、理論派のエリーと直感型のアーシャか。真逆だが、だからこそ上手く行ってるんだろう。
「それで?佳菜子ちゃんはどんな魔法を?」
「まだ初歩の初歩ではありますが、簡単な治癒魔法です。私、たまたまウサ子ちゃんの爪で指を切ったんですけど」
言葉の途中で、俺は見逃さなかった。エリーがピクッと肩を震わせたのを…エリーさん?過保護過ぎやしませんかね?ルーシーも気付いたらしく、ニヤニヤしてる…やめて上げなさい。
「丁度良いかな、と思って、軽く止血しながらカナコちゃんに治癒魔法のイメージを伝えて…まさか、すぐに出来てしまうとは思ってませんでしたが」
そう言って、親指の切ったであろう箇所を見せてくるが…どこが?まるで傷痕も分からん位に塞がっている。
「傷痕1つ無いな」
「はい!カナコちゃんは才能あるかもです!」
まるで自分の事の様に「えっへん!」と言わんばかりに胸をはるアーシャ、やっぱりこの子、ホッコリするわ。こんな妹いたら、恐らくハチャメチャに甘やかしてしまいそうだ。
「ふぅ…そんで?以上かな?報告会は」
3人が顔を見合わせた後、頷いた。
「皆、好きな物頼んでくれ。すいません、この子らのオーダー、お願いします。戻ったら俺が払うので。ちょっと外の空気吸ってきます」
と言い残し、外に出た。後ろで何か言ってたが、まぁたまには年上のお兄さんに奢られなさいな、世話になってばっかりだし。
外は、もう夕日も殆ど姿を消して、夜の帳が世界を覆い出している。今日はもう、何か訓練しようにも体は動かないし、何処かへ行こうにもその内暗くなる。少し体を動かしてストレッチをして…気付く。
「誰だ…?見られている?」
決して友好的では無い視線を感じた…寧ろ、敵意全開。辺りを見回す…通行人しか分からないが…確かに感じる。視線に警戒していると、通行人の中から見知った顔が此方に近付いてきた。
「兄貴、こんばんは」
「ようエクス、昨日…つーか、今朝はありがとうな」
そこには、普段の門番兵の装備をした姿ではなく、普段着のエクスがいた。手には何か、長い物に布を巻きつけた物を持っていた。
「今日は非番か?」
「ええ、今日と明日は非番ッス。兄貴、体はどうですか?」
「すげー筋肉痛、身体中痛ぇ」
「あっはっはっは!運動不足ッスよ!まぁ、俺も夕方手前まで寝てましたけどね」
「俺はついさっき、夕日も沈む頃だ」
「そーなんスよねぇ、夜勤明けはどうしても寝ちゃいます…で、兄貴、気付いてます?」
エクスの声のトーンが変わる。流石は門番。
「あー、視線は感じるな…敵意剥き出しで、隠す気も無さそうだ」
俺がわざと大きめの声で言うと、物陰から男が数人、ゾロゾロ現れた。手にはナイフやらを持って。
「兄貴、そんな分かりやすく誘き出さなくても」
エクスが呆れた声で言う。
「街行く人や、今この宿屋の中にいる知り合いに危害を加えて欲しく無くてな」
そう、コイツらは俺に危害を加えようとしているはずだ。だが、その為なら人質も取りかねない…例えば、中にいる3人とか。俺、スイッチオン。
「で?テメェら何モンだ?俺にナイフの押し売りでもしてぇのか?」
「兄貴、口調変わってますよ…」
「テメェのせいでよぉ、俺らは親分失うは、飯食いっぱぐれるは、女は抱けねぇはでよぉ…散々なんだわ」
男の1人が口を開く。通行人達は悲鳴を上げて逃げたり、遠巻きに此方を見ていた。
「あぁ?んな事知らねぇよ」
「そうそう、真面目に働いたら?おじさん達さぁ」
「うるせぇぞガキが!引っ込んでろ!」
エクスの煽りに他の男が口調を荒げる。さて…見た感じ…10人位かな?
「エクス、お前喧嘩は?」
「今は槍の方が得意ですけど、兵士になる前は素手のが得意でした」
「素晴らしい回答だな」
「おい!ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!ルード親分の仇討ちだコラァ!」
我慢出来なくなったのか、男の1人が太い木の棒…恐らく棍棒の類いで殴りかかってきた。俺とエクスはそれを避けると、男はそのまま宿屋の入り口に置いてあった、空の木樽を破壊する。
所謂、開始のゴング代わりだった。俺は態勢を崩した男の顔面目掛けて思いっきり拳を突き入れた。筋肉痛が痛ぇだの言ってはいられない。
「兄貴!コイツを!」
エクスから渡されたのは、昨日訓練で使ったハルバードより短く、斧も槍も鉤もない鉄の軸棒だった。
「これは?」
「昨日の訓練用より取り回し良いのを工房地域から貰ってきたんです!来ますよ!」
エクスの言葉通り、足元で鼻から血を流して伸びている男を除いた連中が襲い掛かってきた。
まずは最初に俺にナイフを向けた男。突き出すその一撃は、エクスの突きに比べれば遅く、大した事が無い。体を捻りながら交わし、軸棒の石突き側で顎を打ち上げる。次に見えた奴に突きを入れ、後ろにいた奴には引き戻しながら打ち込む。
エクスはエクスで、一見めちゃくちゃに振り回しているようで器用に相手の攻撃を受け、弾いていく。そして一気に腹に突きを入れて相手の呼吸をさせにくくしてダウンさせていく。
「…ふぅ」
戦闘は、数分程度で終わった。気付けば俺とエクス以外、周りに立っている奴らはいなかった。
「大した事無かったッスね」
「だな…さっき言ってたが、ルードの手下の連中、捕まったんじゃないのか?」
「大体駆逐したって聞いてますけど…アレじゃないッスか?上手いこと逃げ隠れしてた、下っ端も下っ端の連中」
「あー…そういう事か…」
ふと気付くと、宿屋の扉から3人娘が覗いていた。
「大丈夫だったか?」
と声をかけると、3人とも声もなくコクコク頷いた。
「お知り合いッスか?」
「そう、こっちで世話になった子らだ」
「へー、そうだったんスね!あ、俺エクスって言います。普段門番やってます」
本当に社交的だな、エクスは。感心していると、遠くからガチャガチャと金属がぶつかるような音が聞こえてきた。何だ、新手か?鉄の軸棒を構えていると…
「マガミ殿ぉー!」
お前か。
「はぁ…はぁ…ま、マガミ殿、無事…」
息を切らして駆け付けてくれたアークと仲間達。アークは言いかけて辺りを見回し…
「無事、でしたな」
と、安堵したような声を上げた。
「コイツが武器を持って来てくれて、手伝ってくれたからね」
と、俺はエクスを親指で指すと、エクスは急にビシッ!と背筋を伸ばし、
「騎士アーク殿、お久しぶりです!門番兵エクスです!」
と、右手を握りしめ、胸の前に持ってきた。これがこの国の敬礼なのだろうか。
「ああ、君は確か門番兵への昇進試験で素晴らしい技量で一発合格した少年か!」
「はい!」
一般兵士より門番兵の方が上なんだったな。普通は何年もかかる所だったが、エクスは1年後に昇進したと聞いた。
「それで、マガミ殿…この者達は?」
「ああ、未だ残ってたらしいわ、ルードの残党」
既にアークの仲間の騎士に縄で拘束されつつある奴等や、気を失っている奴等を顎で差して教える。
「そうですか…お手数をおかけします。エクス君も、ありがとう。我が友を助けてくれて」
アークがエクスにペコリと頭を下げる。年下の部下にもちゃんとこれが出来る…アークは良い上司なんだろうな。俺にもこんな上司欲しかったよ…
「いえ、その…たまたま兄貴…いえ、マガミ殿とはこの宿屋の前でたまたまお会いしまして…更に、本当にたまたま訓練用にこの鉄の棒を2本持っていたので…」
エクスの見たことの無い姿と口調に吹き出しそうになる…我慢するが。すると、宿屋のドアがちょっとだけ開き、手だけ出てきて手招きされる。俺?と自分を指差すと、更に派手にブンブン手招きされる…何なんだ?
「2人ともすまない、ちょっと行ってくる」
アークとエクスに声をかけてから、宿屋の中に戻る…と、ルーシーがやたらと興奮していた。
「け、け、ケンタロウさん!?あ、あの、アーク様とお知り合いなの!?」
鼻息荒いな、おい。随分とお行儀が悪くてよ?ルーシーさん。
「そうだよ、佳菜子ちゃんの病院で知り合って、友達」
「な、何で教えてくれなかったんですか!?あのアーク様と、お友達だったなんて!」
と、エリーが溜め息と共にルーシーのお尻を叩いた。
「あいたー!?」
「何してるんですか、恥ずかしい」
「だ、だってさぁ…あのフォーテッドでも1、2を争う美形のアーク様だよ!?」
やはりイケメンなんだな、アーク。残念だけどな、言わないけど。
「…取り敢えず、俺は戻るよ」
「申し訳ありません、言い聞かせておきます…ほらルーシーさん、こっちで座ってて下さい!」
「うあー!せっかくの出会いがー!」
頭痛ぇ…ルーシーはイケメンに弱い、と。エリーに任せて外に出ると、エクスは相変わらず緊張していたが敬礼の姿勢は崩し、アークもにこやかだ。転がってた残党は、既に連行されていったようだ。街行くご婦人方は、アークの方をチラチラ見ながら歩いていく。
「お、マガミ殿、戻られたか」
ラメでもぶちまけたのかと思われる程にキラッキラの笑顔で此方に手を振るアークの顔をジーッと眺めてみる。
「な、何かついてますかな?」
「目と鼻と口…何で神様は不公平なんだろうな、エクス」
「兄貴、アーク殿と顔の良さを比べて勝てる人いませんよ…絵画になる位なんスから」
「顔の…正直、生まれ持った顔の良し悪しなど、気にした事がないからなぁ」
「エクス!聞いたか!?美形が何か言ってるぞ」
「兄貴…俺も美形に生まれたかったッス…」
「えー…」
ま、そういうエクスも割とイケメンの部類に入ると思うがな…この2人と並ぶのは辛いぜ…まぁ、あんまり気にした事も無いけど。
「ところでアーク、1つ聞きたいんだが」
「はい?」
「訓練施設、みたいのを借りたり出来ないか?」
「訓練施設、ですか?」
「そう、訓練施設」
ちょっと戦闘しただけでも分かる。やはり俺にはまだ足りない物がある。鍛練をして、それを補えれば、と改めて思うのだ。エクスが「俺が相手しますよ」とは言ってくれていたが、エクスにはエクスの仕事があり、疎かには出来ない仕事だ。
俺ではゼノやローザの手伝いは到底出来ないし、エクスのように兵士でも、アークのように騎士でも、アーシャやエリーのように魔法研究所の所員でもない。冒険者でも、自分で商いをしている訳でもない。
同郷の女の子の見舞いにフラッと行き、後は好き勝手やっている…金だけは多少ある、良く言えばサバイバー、歯に衣着せなければ単なる無職の徘徊者である。
それならばせめて、己の身を守れるようにくらいはなりたいし、誰かを守れるならそれでいい。全世界を救う勇者になんかなる気は無いが、自分くらいはどうにか出来るようにはなっておきたい、サバイバーを名乗るなら。
だっておかしいだろう?サバイバル生活の途中で何かあったら、誰かに助けを求めに行くのは。それなら無理せず街で暮らしてろ、となってしまう。もっと言うなら家で大人しくしててくれ、と。
故に、俺は己を鍛える。肉体も、技術も、精神も…まぁ、精神は割と動じない方ではあったから、すぐにでも何とかなるだろう。
時間は、恐らく沢山ある。何せ、少なくとも佳菜子ちゃんの退院まで、ローザのやりたい事が落ち着くまで、ゼノが井戸のポンプを作り終えるまで…いや、御見舞いにも手伝いにも、頼まれたらいくけど。
「ふむ…マガミ殿は身分も保証されておりますから…そもそもルードを討ち取った事で陛下も感謝しておりました」
「それは懸賞金を貰ったからいいんだが」
「それはあくまでも討ち取った相手に懸賞金が掛けられていたから、お支払いしたまで。国内の安全と裏路地という問題への解決の大きな一歩、そして…恥ずかしながら、国が保護すべき召喚者の少女を助け出してくれた…陛下は、本来は直にお会いしたいとまで申されておりましたから」
「兄貴、やっぱすげーや!」
いつの間にか元の口調と呼び方に戻っているエクスにまた笑いそうになるが、
「それなら尚の事…俺に訓練施設を使わせてくれ。俺は、まだまだ足りないんだ、筋力も、技術も」
と、アークに訴える。




