能面男、居候生活へ 26
「そ、そんなっ…」
ローザの提案に、思わず男は立ち上がって文句を言おうとして、一瞬で自分の目の前に炎が立ち上ったのを見て、また尻餅をついた。
「私はエルフだ。火を扱うのは得意じゃないんだ…屋敷ごと、炭になりたかったのか?それとも、私の提案が飲めないというなら…城に連れていき、騎士にでも突き出してやろう。彼等はルードに煮え湯を飲まされていた連中だ、お前が裏で繋がっていたと知れば…只では済まないと思うが?」
「ぐぅう…」
醜い唸り声が、了解の代わりとなった。ローザは立ち上がると、すぐ近くにいた執事と思われる男に伝える。
「今、この男に伝えた通りだ。すぐに資産をまとめろ。使用人達の資産は取らない、あくまでこの男の物だけだ」
すぐに執事は動き出そうとするが、その背中に向けてローザは
「嘘はつくなよ?私はかつて、敵兵への拷問もしていた事がある…貴方はとても頭が良さそうだが…さて」
立ち止まってその言葉を聞かされた執事は、「かしこまりました」とだけ答え、足早に立ち去っていった。
「さて…どれ位で終わるかな」
ローザの呟きは、資産の計算なのか、哀れな成金の運命の事なのか。
◆
ジェイクの工房に、ゼノとジェイク、ルーシー以外の職人が複数人集まった。全員が取り囲むのは、今はもうこの町にいない職人の作った脱水機と、ゼノのアイディアをまとめた紙。
「あー、つまりゼノの旦那は、この2つのローラーでまだ柔らかい段階の劣化ミスリルを通して伸ばして…ってな事か?」
1人の職人がゼノに聞く。彼は、脱水機を運んできた男だ。
「そうじゃ。パイプの厚さを保ちつつ、平らに伸ばす最良の手段じゃろ?」
「確かになぁ…でもよ、伸ばした先はどうするんで?」
「それは…1つ考えておるのは、この先に角度を変えたローラーを取り付けての、伸ばしていった先に取り付けておけば、伸ばしながら丸めていけるんじゃなかろうか、と思っておる」
「ふむ…つまり…」
ジェイクが紙を一枚、脱水機に挟む。そして…手で丸を作り、他の職人に脱水機のローラーを回させると…流れていった先で紙はジェイクの手に当たり、そのまま円の形に丸まっていった。
「こういう事ですよね?師匠」
「おぅ、そういう事だ…鉄板は多少の厚さはあれど、その先にもローラーを付ければ上手いこと丸まっていく…はずじゃ」
あくまでこれはまだ、構想の段階ではある…あるが、かなり理想的な物になる気がする…その場にいる皆がそう思った。
「後は角度と、丸まった後をどう繋げるか…だね」
ルーシーも会話に参加する。ルーシーは、鍛冶仕事事態はまだ半人前ではあるが、こういった新しいアイディアを出すのは得意だったりする。
「そうだなぁ…角度に関しては何度か調整していくとして…どう繋げるかだな」
そこで詰まってしまった。どう繋げるか…ネジでは当然隙間から水が溢れるし、圧力がかからない、膠は論外、折り曲げて…としても、そう長い年月は保たずに圧力に負けて広がり、圧力は逃げる。
「こう…一点に熱を集めて再度溶かして繋げる…しかねぇんじゃねぇかなぁ?」
「だがよ、そんな事出来るかぁ?」
そう、この世界にはまだ「溶接」と現代日本で言われているような技術が、まだ無い。良く使われる放電を利用した「アーク溶接」や、ガスを燃やした熱で繋ぐ「ガス溶接」、もっと新しくなるとピンポイントで出来る「レーザー溶接」等は、まだこの世界には無い。そうなると考えられるのは…
「鋳掛け(いかけ)、しかねぇんじゃねぇかなぁ」
鋳掛けとは、日本でいうと江戸の頃から昭和前~中期頃まで行われていた手法の1つで、荷物を持って独特の歌を歌いながら町を歩いて回り、声をかけられたらする「鋳掛屋」という人達が見られた。
当時、まだ機械による正確かつ大量生産がなされていなかった鍋や釜等は溶けた鉄を型に流し込む段階でムラが出来てしまい、製造の段階で鬆、所謂、隙間が出来やすかった。その為、使用期間が長ければ長いほど、その箇所に穴が空きやすく、穴が空いてしまえば使い道が無くなる。
だが、その当時の鉄は貴重で、盗賊が鉄を狙う事も度々あった程(「月夜に釜を抜かれる」という諺は、そういった意味合いがあった)で、穴が空いても「修理をする」という風にして、長く使っていた。そこで現れるのが「鋳掛屋」であり、穴が空いた鍋や釜の修理を頼むと、「鋳辺」を溶かして穴を両側から塞ぎ、金槌などで叩いて慣らして完全に穴を塞ぐ、というものだ。鋳辺を溶かす為の鍋に鋳辺を入れ、下から火を当てて溶かして使う。ただ、鋳辺を溶かすにもそれなりに高熱が必要な為、持ち歩けるサイズの鞴も持ち歩き、溶かしていた。
これは、当時は融点の低い鋳鉄製の鍋や釜を使っていた為に出来た事で、時代が進むと共に大量生産出来るようになったり、鉄より安いアルミや、鉄そのものが安くなって、わざわざ修理をする必要が無くなってきた為、昭和中~後期になる頃には廃れ、廃業していく人が増え、消えていった。因みに、大阪では昭和40年代頃まで少ないがいた、という。
更に、大阪弁で「夫婦仲良く出掛ける」等を「いかけ屋やなぁ」等と言っていたそうで、これは1800年代初頭頃に夫婦で鋳掛屋を営む人達が人気があったから、だとか。上方落後でも登場するのだが、そういった意味合いがあったからである。
「鋳掛けなぁ…やり方は?」
「端は繋げ易いんだがな…後は、軽く開いておいて、少しずつ繋いでは閉じて…とかな」
「歪になっちまわねぇか?」
「俺らが何の仕事してると思ってんだよ」
「そもそも、蓋した井戸の下っ側になるんだろ?多少の歪みくれぇは目立たねぇよ。それよりは、キチンと穴を塞いでやる方が重要だろうが」
「錆はどうするよ?多少なら問題ねぇが、時間が経つとどうしたって錆びちまうだろ」
「いや、劣化ミスリル溶かして鋳掛けしちまえばいいだろ、あれも鉄よりは溶かすのはちょいと大変だがよ、扱いは簡単だ」
誰かの疑問に誰かがすぐに答えを出していく…職人が集まると、こうも心強い物だろうか。
「1人で悩んでおっても、結局解決はせんかった。やはり鍛冶の事は鍛冶職人が集まってやれば早い」
と、ゼノは考えていた。此方の世界で言う、3人寄れば何とやら、である。
「さてと、それじゃあ次は井戸の深さだ。多分、場所によって違うだろうから、調査してこなきゃならねぇ」
「そうだな、パイプの長さを決めちまう訳にはいかねぇと思うぜ。ほんで、調査方法だが…」
職人達に混ざった紅一点、ルーシーが手を上げる。
「ロープに重りを付けて少しずつ下ろしていって、底まで落としたら縁でロープに印を付けるの。そうすれば、パイプを取り付ける時にポンプ側に少し嵌め込んでネジ止めする分は浮くから、水を吸い上げる隙間は作れると思うんだよね」
職人達が全員聞き入っている。水を吸い上げる隙間の計算までした上でか、と、ゼノも感心していた。
「それとね、パイプ側に1本ネジを通してナット?で止めるようにするとして、そこに網を付けたいなって」
「網を?」
「吸い上げるときに、どうしたってゴミとかも一緒に来ちゃうでしょ?だから、それでゴミの吸い上げを防げればなぁって」
なるほど、確かにそれなら衛星的にも悪くない。井戸の浄化は魔法研究所に任せてあるし、それなら飲み水としての不安も減る。
「パイプの太さが分かれば、俺が作るぜ」
職人の1人が手を上げた。細かい装飾などが得意な男だ。
「頼む。さて、ある程度は纏まったが…そもそも、工房を新しく作らねばなるまい。そんな大きな物を作るとなると、それなりの規模が必要になるじゃろう」
ゼノの言葉に、全員がハッとなる。そうなのだ、まずはパイプ程の長さの劣化ミスリルを伸ばし、丸める為の機械もそうだし、それを置く場所も必要となる。
「そうか…確かに、すっかり忘れてた」
「まぁ、まずはそれからじゃな」
広い土地に専用の工房、更にパイプを円筒型にする装置…まだまだ、本当にまだまだやる事は山積みだ。
◆
ローザは執事から渡された資料に目を通しながら、執事の老人とやり取りをしていた。本来の主であるゴーヴァスは、既に廃人のように呆けて座り込んだまま、ボーッとしている。
「それで?君達の資産は?」
「メイド達には既に事の顛末を伝え、荷物をまとめさせております。それと…」
「囲っていた女達か?それは知らん、君の裁量でどうにかしろ」
「畏まりました。後は、我々とメイド達に退職金を出していただけるならば…我々はもう何も申しません」
「幾らが妥当か、私には判断しかねる」
「では、此方でその分を計算して、分配させていただきます」
この執事、有能だな…とローザは感じていた。一体何者なのだろうか、気になったので聞いてみる。
「コホン…いいかしら?貴方は以前、何か…経理とかをしていたのかしら?それとも、長く執事の仕事を?」
何時もの口調に戻ったローザに執事は振り替えると、
「この屋敷の前の主人の頃からもう50年代以上になります」
と答えが帰ってきた。なるほど、後者だったか。
「前の持ち主はどうしたの?」
「…そこの男に騙され、追い出されてしまいましてな。戻られるまではこの屋敷をお守りしようと耐えておりましたが…最近、亡くなられたと聞きまして。そうなると、そろそろ潮時か…と考えていた所にローザ様が現れましてな」
「そうだったの…ごめんなさいね、辛い話をさせたわ」
「いえ、身寄りも無い年寄りが無駄な抵抗を続けていた…それだけの話です」
ローザはチラッと座り込む醜悪な成金を見て、「国に裁かせる?」と聞くと、執事は首を横に振り、「流石に疲れました」と寂しそうに笑った。
「…貴方、身寄りが無い、と言ったわね?」
「ええ、ございません。そういった機会にも恵まれませんでしたので」
ローザはすこし考えてから、
「ねぇ、貴方にもう少しだけ仕事をして欲しい、と頼めるかしら?」
と、執事に聞いてみた。ローザの中に1つの考えが浮かんできていた。
「そうですね…前の主人の墓参りをし、もし生きておられるなら奥様にご挨拶をして…その後で、この老骨がお役に立てるのであれば」
「ええ、そうね…そうしてあげて。その後で、もう一度、私を訪ねてくれるかしら?ちょっと今は色々と移動しているから捕まりにくいけれど」
と、宿の場所と名前を伝えた。
「分かりました。では、メイド長と話をして、それぞれ退職金を割り振り…皆に今回の事を伝えてまいります」
「ええ、お願いするわ。ところで、この男の身分証がなければお金は引き出せないと思うのだけれど、出させましょうか?」
ローザの問いに執事は首を横に振ると、
「ご心配には及びません。その男、余程金が好きなのでしょう、地下室に全財産を貯めておりまして。そこから分配した後、ローザ様に全てお譲り致します」
と、帰ってきた。このゴーヴァスという男、人望がとことん無いのだな、と思うのと同時に、わざわざ面倒な手続きをしなくて済んだ、とローザは思う。まぁ、手続きするとなると、結局この男を国に突き出す事になるので、それはそれで良かったのだが…忙しい役人や兵士達を煩わせてしまうのも、気が引ける。
「ところで、メイド達も仕事を奪ってしまう事になってしまったわね」
何となく帰ってくる答えは分かるが、敢えて聞いてみる。すると、
「安い給料で、悪い連中に脅されながらいやらしい行為を強要されなくなって助かった、と言ってましたよ」
予想以上に酷い答えが帰ってきた。危うく、またギアが上がるところだった。本当に何というか、人の悪い部分の見本市かと思えるレベルに、最低な小悪党だな…という感想しか、ゴーヴァスには湧かない。ここまで感情移入も出来ない、情けをかけようとも思えない奴がいるとは…ある意味、感心する。
「やはり、指の2、3本でも落としてやっておけば良かったかしら」
「止めておきましょう、絨毯が汚れます」
「それもそうね」
何とも物騒な話をしていると、1人の女性が部屋に入ってきた。スラリと伸びた高い身長と手足、整った顔立ちと尖った耳…一目で美しいエルフ族と分かるが…同じエルフ族であるローザと違う点は…肌が浅黒く、髪は白銀のロング、紅い瞳。
「あら珍しい、ダークエルフとこんな所で会うなんて。しかも、可愛らしいメイド服で」
「私は、先程まで此方にお仕えしていたので…此方で、メイド長をしておりました」
「そうだったの…気高い貴方達には苦痛ではなかったの?」
「…拘束魔法が」
メイド長の言葉が終わる前に、空刃が呆けているここの元主人、今は財を失った醜い生き物の残り少ない毛の一部を短くカットした。
「どうする?このゴミの鼻でも切り落とそうかしら?」
「ローザ様、絨毯に傷をつけないで下さい。前の主人の物でしたので」
「あらそうだったの、それは申し訳なかったわ」
そんなローザと執事のやり取りに、メイド長はすこし引いていた。
「あの…私もかつては魔法を扱う者として割と自信のある方でしたが、貴方を見ると自信が無くなります…」
「メイド長も前の主人の頃から仕えてくれておりましたが、その男が来た時に拘束魔法の呪いをかけられてしまいまして」
ローザがパチン、と指を弾いて鳴らすと…メイド長の首に巻かれたチョーカーが千切れた。
「…え?」
「拘束魔法、解いておいたわ。仕返ししたければ好きにしていいわよ?こんなのの生死に興味は無いし」
詠唱もなく、一瞬で。メイド長の拘束魔法は、自身にかけられていたのでなければ確かに解除出来るような物ではあった。自身にかけられていたから解除出来なかっただけではあったが…それでも、一瞬で解除なんて出来ない。改めて、目の前の老婆の底の知れなさにメイド長の背筋が冷たくなった。
「いえ…私も同じ気持ちですので。それと…解放していただき、ありがとうございます」
「ふふ、昔はいがみ合っていたエルフとダークエルフ、蔑まれていたハーフエルフだけど…時代は変わるものね」
「…先代魔王に操られていた時代もありましたし、そもそもの性質の違いを、お互いが受け入れない性格ですからね…だから、ハーフエルフの迫害なんていう時代もありました」
「そうねぇ…嫌な時代だったわ。能力があれば、悪事に手を染めなければ、普通に暮らしていれば…わざわざ他人を下に見る必要もない。だからこそ、私は森を出た」
「…貴方のような考えが、最近漸く広まってきています。良いことです」
2人のエルフの会話が弾む中、執事は淡々と財産の計算を進めていく。ゴーヴァスはというと…既にローザが眠らせていた。起きた時、彼は僅かばかりの金と共に別の街へ向かう馬車の中だろう。その間に騒ぎだしたら五月蝿いので、ローザが皆も気付かぬ内に眠らせていた。
「そうだ…メイド達はどうするのかしら?」
「故郷に帰る者もいれば、この街で新たな仕事を探したり、メイドとしてまた雇って貰う先を探したり…大丈夫、ご心配なく。前の主人は付き合いも多かったので、すぐに新たな仕事先が見付かるでしょう」
執事は、淡々と仕事をこなしながら此方に答える。本当に有能な人物だ。
「そう…ところでメイド長さん、貴方は?」
「私は…もう魔界領には戻る気はありませんし…まだ何も。恐らくこのまま冒険者にでもなるかもしれません」
「あら、そうなの」
ここで、またローザが閃く。そう、有能な人材はいればいるだけ良いのだ。
「なら、魔法研究所で働いてみたら?」
「えっ?いや、しかし…私にはそういった所に行った事がありませんし、正規の手続きの仕方も分かりませんし」
するとローザはそこいらの紙を一枚取ると、「名前は?」とメイド長に聞く。
「え?あ、ディアナと申します」
「OK、それじゃあこの紙を持って魔法研究所の受付に渡せば、すぐにその日から働けるから」
「え?いや、え?」
紙にはただ一言、「此方のディアナ嬢を宜しく ローザ」とだけ書いてある。本来、かなりの狭き門のはずの魔法研究所が、こんな一言だけ書かれた紙1枚でどうにかなるのだろうか?メイド長…ディアナは、どうも信じられないでいた。だが、もう既に執事の所で何か話しているローザを見て、「本当にこれでいけてしまいそうだ」と思えてしまう。
先程この屋敷に訪れた時の、恐怖そのものが歩いているかのような気配を思い出すと、実際にあり得てしまうのだろう、とも思える。
「ありがとうございます。私の魔力を存分に生かしたいと思います」
「そんなに肩肘張らずに、皆と一緒に何かを生み出せればいいのよ」
ローザはそのまま執事とまた話を始めてしまった。ディアナはその背中に頭を深く下げて礼をすると、そのまま部屋を出ていった。
◆
あれから佳菜子ちゃんの病室で少し話した後、俺は宿へと戻っていた。既に夕日は沈み始めており、宿の1階の食堂は多いに賑わっていた。何時ものカウンター席が空いていたので座り、宿の主人に水を貰う。
「ふぅ…」
一息付く。怒涛だった…いや、マジで怒涛だったな。大金渡され、預け、初めて買い物をこの世界でして、アークの事を知り…佳菜子ちゃんとキスをしかけた。
「いやいやいや…」
何だろう、吊り橋効果とはちょっと違うし、佳菜子ちゃんは弱っているからだし、そこにプレゼントしたから…とか、色々と考えるが、どうも纏まらない。
「思春期か、俺は」
自嘲気味に笑う。ああいう時、年上の俺がこう、上手いことリードするべき…いや、リードじゃない。そもそもが、流されていないかをちゃんと考えるべきだろ、良い歳した大人なんだから、俺は…だが…初めての経験すぎて分からん。あんな風な雰囲気も、あっさりその雰囲気に飲まれる事も。




