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能面男、居候生活へ 24

無言のまま、何時間なのか何秒なのか分からない時間が過ぎていく。うるさい程に聞こえる心音や早い脈は、俺のものか彼女のものか…それすら分からないまま、ただ彼女を受け止めていた。こういう時に気の効いた事の1つでも言えればいいのかもしれないし、抱き締めてキスの1つでもしたらいいのか、それともこのままでいればいいのか…全くもって分からない。

数少ない恋愛…とも呼べるか、今では分からない程に感情の揺らぎが少なかった頃の経験も、大概は受け身というか、そんな感じで自分からこうしたい、とかは無かった気がする。全て相手発信だったと、今では思う。

だから、こういう時に何が正解なのか分からない。それに、彼女がこの世界に来た最初の体験の恐怖や嫌悪は消えたのだろうか?いや、記憶から消える事は無いだろうから、少しでも小さくなったのだろうか?


「真上、さん…」


消え入るような声が聞こえた。


「あの…ですね…とても良くしていただいている、と思っているんです」


「ああ…」


「その…こんな、何というか…今はまだ、自分の気持ちが良く分からなくて」


「多分、俺もそうだよ」


「だから…たまに、本当にたまにでいいんです…こうしても、いいですか?」


「ああ、構わないよ」


ゆっくり、まるで名残惜しいかのように離れ、お互いの顔を見つめる。ほんのり赤い頬と、潤んだ瞳。ああ、まずいな…気持ちがまだ分からない、なんて言ったばかりなのに。お互い、そう言ったばかりなのに…まるで吸い込まれてしまいそうな…それに抵抗が出来ない。ゆっくり、その距離が近付いて…


「マガミ殿ー、いらっしゃいますかー!?」


「うぉお!?」「ひゃああ!?」と、お互い声が出て、慌てて離れる。うぉお…心音はっや!ヤバい!


「うむ、いらっしゃらないのだろうか?」


佳菜子ちゃんは…ススス…と音もなく離れ、ベッドに入り…布団を被ってドーム形成。「ううううう…」と鳴き声まで聞こえだした。ウサ子はさっきまで空気を読んでいたが、「そと、しらないにんげん」と念話をしてきていた。だが、俺には分かるぜ…その声。扉を開けると同時に外に出て、部屋を閉める。


「おお、いらしたのですね、マガ」


「アーク君さぁぁあ!?」


ガシッ!と肩を掴む。そして、


「ぬぉぉおおおお!?」


揺らす。


「診療所内はお静かにって注意されてなかったっけかなぁあ!?」


「うぐぐぐぐぐ!?まっ、揺れ…」


離す。


「うぉお…き、気持ち悪い…」


「で?何の用ですかね?因みにここは佳菜子ちゃんの病室ですが?」


「うぷ…そ、そのカナコ殿からお預かりしていた荷物を届けに来ました」


そうして手渡そうとしてくるのは革袋。またかよ。


「今、佳菜子ちゃんは寝てる。俺が責任持って受け取って、返しておくよ。後…革袋は返しにいかないといけないから、中身だけ貰っておく」


「ああ、いいですよ。うちで来客用にと作らせてる物ですから、好きに使って下さい」


ほーん、まぁ貰えるなら…ん?何かひっかかるな…?


「なぁ…いや、あの、アークさん?」


「はい?」


「いま、「うちで」とか「作らせてる」とか言ってませんでした?」


「あ…ええ、まぁ、言い、ましたね…」


何だか嫌な予感がする。こう、言い方に関してだが、普通なら「我が王が」、「職人に作って貰ってる」とか、そんな言い方しないか?「うちで」がどういう意味か分からんが、アーク、もしかして偉い人なんじゃ…


「もしかして…偉い人、なのかなー、と」


するとアークは何か言いかけてやめ、天を仰ぎ、長い溜め息をついて…何か意を決したように、真正面から俺を見た。


「マガミ殿、これを聞いて…態度を変えないでくれ、とか、変に畏まらないで欲しい…と言っても難しいかもしれないのですが」


と、前置きをして話をし始めた…いや、もう確定ではないかな?


「私は、現フォーテッド国王と、血の繋がりがあります」


特大級のが来たなオイ!


「ある程度簡単に、省略して離しますと…当時、国王の奥方…王妃様ですね。まぁ、私の血の繋がらない母、となるのですが、その王妃には娘がおりました。王妃様は元々体が弱く、次に懐妊出来るかすら分からないと医師に言われてしまい、婿を迎え入れようか、それとも女王として据えようか…と考えました」


なるほど、良くある…と言ってしまうのは失礼だが、王族には良くある話ではあるな。


「しかし、その娘は…生まれて2年後に病で亡くなってしまいます」


何と…お気の毒に。王族だとか関係無く、我が子を失うというのはとても辛いと聞く。殆ど天涯孤独だった俺には分からんが。


「王も王妃も嘆き悲しみます。やっと授かった娘を失った悲しみと、もう後継ぎは生めないかもしれない事の重圧、王妃は毎日泣き続けていたそうです。そんな時に…王妃と年も近く、ずっと親友として過ごし、2人きりの時は立場も無く仲の良かったお付きのメイドが言います。「自分が代わりに身籠るのはどうか?夫が他の女を抱くのは嫌だろうが、それ以上に貴方が重圧と、一部の心無い連中に責められるのは見ていられない」と言ったそうです」


お、男前だな…友達の為に、なんて男前な人だ。


「それが、私の母となります。そうして生まれたのが私なのですが…それから数年後、ずっと魔法治療を続けてきた王妃が…奇跡の懐妊、男児の出産をします。そうして、私は王位継承権を失い、お役御免となり…ですが、騎士にしていただいた上、母は今も王妃の元でお仕えしていた立場から、第2婦人として暮らしております」


「……何と言っていいか…」


「まぁ、私は何とも思っておりませんよ。城で王子として過ごしたのはほんの数年、物心つかつかないかの頃の話ですし、王も王妃も本当に良くしてくれ、本当ならば王族として…とも言われましたが、私には元来の母の豪快さが濃く引き継がれていたようで、王族の暮らしは向いておりませんので。因みに今は、王子も「兄さま!」と言ってくれていますし、周りの騎士団員は…割りと普通に接してくれていますし、何より王も王妃も、そして母も優しいので、私は騎士としてあの方々をお守りしたい、と思っておりますので」


そうか…俺には何と言えば良いか分からない、分からないが…


「そうか…よしアーク、今度飯に行こうな?」


と、今まで通り、いや、以前よりフランクに、そして以前した約束をもう一度確認しておいた。


「…マガミ殿、良いのですか?」


「ああ、生まれについて?生まれ云々は俺自身は殆ど天涯孤独で生きていたし、この世界の王族の事は知らなかったし、この世界に来て…俺を引き取ってくれたのは…あの夫婦だぜ?」


「ああ、ゼノ様とローザ様」


「王様に直接何か言える爺さん婆さんが身元引き受け人なんだ。今更、元王位継承権があった奴が現れても…と、思えばいい」


「…貴方は優しいのだな」


「さぁな、自分で自分が分からないからな、優しいかどうか」


アークは「フッ」と笑うと、


「では、また今度」


と言って立ち去っていった…あ、つまづいた。アイツはつまづかないと気が済まない呪いにでもかかってんのか?アークが診療所を出るまで見送ると、病室の扉を見つめる。さて、どうしたものか…あんな事があった以上、非常に入りにくい。但し、入らない訳にはいかない。改めてノックして、「入るね」と声をかけて、中に入る…ベッドの上のドーム、未だ健在。


「あー、あの…佳菜子ちゃん?」


「ご、ごめんなさい、ちょっと今、お顔見れません!」


「あー、いや、俺もなんだけど…佳菜子ちゃんから預かっていた物を返却されたよ」


すると、モゾモゾとドームが開き、主登場。


「あ、えと、何でしたっけ?」


目は合わさない、流石だ。有言実行って奴だな、いや違うな。


「えと、まず100円玉」


「はい?」


「どこだろう?会員証」


「あー…うちの近所の和菓子屋さんのです」


「…レシート」


「んふっ…な、何でレシートがこんな丁寧に丸められて巻物みたいに…」


「しかも、止めてるこれ…紐さ、下手したらレシートより高いんじゃ…」


「…ですね…どこのレシートだろう…?」


「…どこ?」


「ファミリー○ートでミルクティー買った時のみたいです」


「そうか…それをそんな、巻物の如く大切に返してきてくれたのか…これが何かは言わないでおこう」


佳菜子ちゃんは立ち上がると、壁のフックにかけてあるトートバッグから財布を取り出すと、元に戻し始めた。そこで、ふと思い出す。


「そういや、ゼノから言われたんだけど…こっちの世界の人の中には、珍しい物のコレクターがいるらしいんだ」


佳菜子ちゃんは壁にトートバッグをまたかけながら


「あー、日本、というか向こうの世界でもそういう人、いましたよね」


と返してきた。そう、そうなのだ、所謂珍しい物コレクターである。


「こっちの世界からしたら、レシートだって珍しい訳だよね?」


「そう、なりますね、多分」


「いや、レシート売れたらちょっと笑ってしまうなぁ、と」


「…ふふ、確かに。私達からしたら、笑ってしまいますね」


やっと笑顔が見れた。良かった良かった。


「そうだ…もし、もしも、なんですけど…そういうコレクターの人とかがいるなら、色々と売ってしまってもいいかなぁ、と」


「ん?例えば?」


「それこそ…このお財布はちょっと売れませんけど、中身のお金も何も、もうこの世界では使えない訳で…それなら、そういうのを集めてそうな人に売ってしまおうかと思います…その、取り返してくれた真上さんには申し訳ないのですが」


随分と突然だな、何かあったのだろうか。


「えっと、ローザお婆ちゃんやゼノお爺ちゃん、アーシャやエリー、ルーシーさんに…真上さんにも…何か、お返しがしたいんです。せめてここの入院費用位は出したいし、この世界の事を知るには…本とかも必要ですから」


そうか、知識を得るためにはこの世界の書物が一番か…佳菜子ちゃんの中で、自立したい気持ちが芽生えてきたんだろう。それは、さっき俺が話したコレクターの話だろう。お金を手に入れる方法があるなら、そうして少しでも受けた恩を返そうと思っているのだろう。

ただ、相手がアーシャやエリー、ルーシーなら良い。ゼノは勿論、ローザも受け取らないだろうなぁ、と。俺は勿論受け取らない。俺の考えとして、スタートがいきなり何も知らない所でマイナスからスタートだったんだ、リスタート時はチート並に恵まれてていいと思う。


「えっと、俺へのお礼とかはいらないよ、本当に。それで…そうだな、そういうコレクターがいるかどうか、出来る範囲で調べておくよ。それでもし見つけて、佳菜子ちゃんが本当に処分しても良い物だけを厳選して…それで、元気になったら、アーシャやエリー、ルーシーと何か美味しい物でも食べに行ったり、買い物しにいけばいいと思うよ」


「で、でも…」


「大丈夫だって、俺は元々もう必要なのは日々の食事位なもんだから」


「…じ、じゃあ…もし元気になったら、その」


「…どこかに出掛けようか?」


「…!はい!是非!」


「さて、それで…そのローブ、どうする?着たまま寝ちゃう?」


俺の言葉にハッとする佳菜子ちゃん…存在を忘れてたのか、忘れるほど馴染んでたのか。慌ててローブを脱ぐと、ベッドから降りようとするので、


「俺がやるよ」


と制し、ローブを受け取って壁にかかったハンガーに袖を通して壁にかける。ほんのりと暖かいのは魔法の力か、人の温もりか。佳菜子ちゃんは俺がプレゼントしたショールをかけていた。


「これも暖かいです」


えへへ、と笑う佳菜子ちゃんに、「良かった」と伝えた。何だろう…本当に穏やかな時間が流れていた。




佳菜子の病室で流れる穏やかな時間とは真逆の時間が、工房地域では流れていた。


「これで強度はどうですかね?」


ジェイクの問いに、ゼノは腕組みをしたまま


「もう少し厚くしねぇと、すぐにどっかが割れちまうだろうな。ポンプから汲み上げる圧に耐えられなきゃならねぇ」


劣化ミスリルと変質していた金属類のインゴット化を済ませたジェイク他複数の工房では、不要な金属や木を削り、水を直接送るパイプとして丁度良い厚さの模索をしていた。鋳造班は既に試作を終え、今はネジ屋と開ける穴のサイズ、ネジのサイズ等でああだこうだとやり取りを続けている。


「厚すぎてもダメ、薄くてもダメ…ここでこんなに詰まるとは思わなかったですよ」


「本当になぁ…何せ、誰かが先にやってねぇ仕事だ、何もかんも手探りなのは仕方ねぇが…どうすっかなぁ…」


そして、厚さが決まったらパイプ作り…これも、手打ちでやるか、何か他の方法を考えるか…手で打っても厚さにバラけが出たりする事は、ほぼ無いとは思う…思うのだが、1つのミスで台無しになりかねない。何か…確実な方法が無いか、それも含めて悩んでいた。


「任せろ、と言った手前、のぅ…」


最初に劣化ミスリルを使おう、と言ってくれた、異世界からきた青年。彼はそもそも珍しい物を沢山持ち込んできていて、それだけで自分の殆ど失いかけていた物作りへの思いを呼び覚ましてくれただけではなく、「皆が大変だろうから」という思いで井戸の事をかんがえてくれた。本人は「自分が楽したい」と言っていたが、妻のローザの事考えてのことでもあっただろう。

そんな彼にまた頼るのか…と。鍛冶士として、やれ伝説だとか、天才だとか、散々言われてきたが…結局このアイディアへ自分が出来たのは素材の選定のみ。


「はぁ~…情けないのぅ」


首をゴキゴキと鳴らし、長い溜め息を吐く。慣らし、円筒型にし、そこを繋ぐ…どうしたものか。やはり魔法の力にも頼るしかないのだろうか?鍛冶士に出来る事はもう無いのだろうか?ジェイクの鍛冶工房に籠り、黒板にアイディアを書き、消し、書き…結局、何も残らないで、頭を抱えてしまう。

ただ、昔の、若く自分で何でも出来ると思っていた頃ならここで終わっていた…だが、今は違う。丸くなったのだ、自分も。最初は固く角だらけの岩が、時間、そして老いという流れにゴロゴロと流され、ぶつかり、削れ…丸くなった。


「聞いてまわるかのぅ」


鍛冶士の力を合わせよう、ゼノの結論はそこに行き着く。己の腕のみで生きてきた自負のある連中で、人の為に。そして、鍛冶士のプライドの為に。立ち上がり、ジェイクに声をかける。


「おぅ、ちょっと外の空気でも吸ってくる」


「はい、お気を付けて」


「ただの散歩だ、何も気ぃつける事もあるめぇよ」


「転んだり…」


「年寄り扱いすんじゃねぇやぃ!」


いや、こんな事言ってる時点で年寄りなんじゃな…と、ぼんやり思いながら、ゼノは工房の外に出た。


「ふぅ…冷えるのぅ」


外はまだ明るいのに、もう息は真っ白で、顔に当たる風も冷たさを増している。外の空気の冷たさは、ゼノにある予感を感じさせていた。


「こりゃあ…雪が降りだす頃には帰れんのぅ…春まで家に帰れんかもしれんな」


蓄えた髭をモサモサと触りながら、愛しい我が家と我が妻の顔、そして健太郎の顔を思い浮かべて、小さく溜め息をついた。


「おっ、ゼノの旦那、どうしたんです?」


近所の工房の弟子が声をかけてきた。買い出しをして帰ってきた所のようだ。


「なぁに、単なる気晴らしじゃよ」


ゼノは考える。彼だって修行中の身ではあるが、何かヒントはあるかもしれないと思い、今の状況を話して見た。


「井戸の水を…うーん…」


「いや、別にいいんじゃよ、わざわざ呼び止めてまで済まんかったのぅ」


「鉄…いや、ミスリルか…やっぱ難しいっすよね、鉄って。まだ修行中ですが思います。パン生地みたいに麺棒で伸ばせればいいんですけどねぇ」


「カッカッカ!そうじゃのう、それなら楽じゃろうなぁ!」


「ま、そんなこと言ってたら、うちの師匠にどやされちまいますけどね、「そんな下らない事考えてる暇があんなら修行しろ!」って」


「まぁ、鉄と向き合う時間は、長ければ長いほど良いからのぅ…精進しなさい」


「はい!では失礼します」


走り去る青年の背中を見送りながら、思う。鉄と向き合う時間は恐らく相当に長い自分も、行き詰まっているのだ、あまり偉そうな事は言えないな、と。


「ふむ…」


1つ、引っ掛かっている。パン生地…か。確かに、それなら加工は容易ではあるが…劣化ミスリルは鉄より加工しやすい。とは言え、流石にパン生地のようにはいかない。


「他の者にも聞いてみるか…」


もう少し工房地域をブラついて、何か少しでもヒントを手に入れたい。ゼノはまた当てもなくウロウロと工房地域を歩き始めた。工房地域では、鍋や包丁などの調理器具、鋳造、武器に防具に、家財道具まで。ありとあらゆる物を作るこの場所で、未だ作ったことの無い物を作るというのだ。

生きている限り、修行ってのは終わらないもんだ…ゼノはつくづくそう感じていた。新たな可能性を、新たな物を…伝統は守りつつ。


「難しいもんだなぁ…引退なんて、してられねぇのかもなぁ」


まだ鍛冶仕事をしているから、引退とは言えないのかもしれないが…それでも、半分引退しているようなものである自分が、まさかまたこの工房地域の一大プロジェクトを担うとは思っても見なかった話だ。やれやれじゃな、と思いながらも歩は進む…と、工房地域の一角、表通りから路地を入った場所に来ていた。そこは、工房兼家屋で暮らす人達の生活圏でもあり、日常の場所でもある。そこで、ふと視界に入ったのは、井戸の近くで洗濯をしていた人間の中年の女性だった。


「やぁこんにちは、精が出るのぅ」


声をかけると、彼女は一瞬ビックリして顔を上げ、それから安堵したかのように溜め息を吐いた。


「なんだいもう、ゼノ様じゃないか…ビックリさせないでおくれよ…」


様、とは呼ばれているが、別に王族でも何でもない、ただ長く鍛冶をしている爺さんなのだから、本来は「様」なんて付けなくても良いと思っているゼノだが、今更な事を言っても仕方ないので言わない。

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