能面男、居候生活へ 22
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ベッドに横になって、既に小さな寝息を立て始めている佳菜子にソッと布団をかけてやり、ローザは1人椅子に座って考える。初めて魔法に触れ、魔力を持った佳菜子。その最初の一歩である魔力の発現…その成功が速すぎる、と。まさか一発で成功するとは思わなかった。
魔力が強すぎて謂れのない苛めを受けたアーシャですら、最初は上手く出来なかったという。発現こそ出来たが、暴走し爆発、村の大人に怪我を負わせてしまったらしい。
ハーフエルフのエリーは、発現からの消滅は上手く出来たが、佳菜子ほど強い力ではなかったはずだ。
「…溺れさせてはいけない」
高い魔力は、シンプルに強すぎる力だ。そんな力は、人も、自分にも恐怖を覚えて萎縮してしまう、アーシャのように。または、己の弱点を知り、それを補う研究をエリーのように行う。
自分はどうだったろうか?生まれつき高い魔力を持ち、閉鎖的な森の連中に嫌気が差して家出し、このフォーテッドにたどり着いたのがもう百数十年も前。
その強力な魔法の力は当時の国の上層部にすぐに伝わり、魔法師団へ。それから、がむしゃらに魔法の力を鍛え、研究し…魔法研究所を設立し…正直、溺れる余裕なんか無かった。エルフ故、美しいと言われる容姿にも頓着せず、ただがむしゃらに強くあろうとしていた。
結果、魔法師団長及び魔法研究所所長も勤め、国の重大な会議でも意見を出す立場となったが、ゼノに惚れ込んだその瞬間、立場も魔法の力にも興味がなくなった。
そんな自分が戦いの中に身を投じていた頃…何人も見てきた。魔法の力に溺れ、自分のように研鑽するも理由は己の欲望の為のみ。そうして、何時しか人の命すら軽々しく扱うようになった…邪悪そのもの、魔力に溺れた者達。
佳菜子がそうなるとは思えないし、思いたくない。ただ、心はいつ変わるか分からない、とローザは思っている。魔法は万能ではないが、多くの夢を見せてくれる。万能だと勘違いしてもおかしくない力である。だからこそ、より一層思うのは、自分の所に置き、そうして正しい方に…正しさも間違いも1つではないが、せめて自分の思う、命を軽々しく奪うような溺れた者達と同じにはなって欲しくないし、させる気もない。
「まだまだ死ねないわねぇ」
もう何百年と生きてきた。いつ生まれたかなんか正確に覚えてない程に。だが、それでもまだ生きる理由が出来てしまった。
せめて、この世界に望んだ訳でもないのに呼ばれてしまった青年と少女の人生が、幸せであるように、と。その為なら、自身の使い道の無い金なんぞ、いくら無くなっても構わない。
「ろーざ」
ふと、小さなホーンドラビットから念話が飛んできた。この子も、随分と数奇な運命を歩んでいる。
「何かしら?」
「おこってる?こわいかお」
「…ふふ、怒ってなんかないわよ。色々考えていただけ…そうだ、貴方もちゃんと念話が使えるようにならないとね」
「ちゃんと?」
「今は、ただ言葉を撒き散らしているだけ…ほら、カナコもちょっと寝苦しそう。貴方の言葉がとどいてしまっているの」
「…どうしよう」
「大丈夫。念話の使い方を覚えれば、特定の誰か…例えば、今寝ているカナコには念話を飛ばさず、私とだけ会話するとか、ケンタロウと私だけとか、細かく分けて出来るようになる」
「れんしゅう?」
「そう、練習。でも今は止めておきましょう。カナコが起きちゃうから…さ、貴方も少し寝なさい、疲れているでしょう?」
「わかった、かなことねる」
「ええ、お休みなさい、ウサ子ちゃん」
ウサ子はローザの言葉を聞いた聞かないかのタイミングで、モゾモゾと佳菜子の眠る布団の中に潜り込み…顔だけぴょこっと出して寝息を立て始めた。この子も相当に負担がかかっていたはずなのに、周りの心配までしていた。優しいことなのだ、魔物だとはいえ。
「…お休みなさい」
もう一度そう伝え、ソッと静かに、音を消す魔法をひっそりと使いながら…ローザは病室の扉を閉めた。
◆
本当に音もなく病室から出てきたローザに、アーシャとエリーは研究所に戻ったことを伝えた。
「あの子達、泊まったりし始めなければいいけど」
「一応、帰ってるとエリーは言っていたけど…何か追い込みとかになったらヤバいかもね」
どの時代、どの業界も、仕事が立て込んできたり、ラストスパートがかかるとしんどい事になるものだ。それは、異世界も変わらないらしい…世知辛いなぁ…
「あの子達の事も気を付けないといけないわね」
「まぁ、そこは上司が業務改革でもしてもらわないとね」
個人的に、かなりの広さの仮眠室があり、誰も風呂に入れていない状況を気にしていない上に男女共用でも問題が一切起きない…という状況を打破する方法は少ないと思う。それこそ、増員するか、業務の削減か。
で、大体増員しても人件費がかかるし、削減すると売り上げは当然減るので…働き人達の気合いと努力と睡眠時間と自由を犠牲に、日々仕事に向き合い、馴れ合い、上手いことこなして生きていくしかないのだ…世知辛ぇな
「そうね、今度伝えておくわ…さて、行きましょうか」
「資産管理局、だったっけ?」
「ええ、そうよ」
漸く、この腰の革袋から解放される…いや、結構腰に来るし、大金と聞いているから周囲を無駄に警戒しがちで疲れるのだ。ローザが前を歩き、その後ろに付いていく。診療所から出る際に佳菜子ちゃんの事を改めてお願いしてから診療所を出た。
歩きながら、ローザは保護され入院中の例の女の子達8人全員と会った事を聞いた。心を病んでしまった子もいたり、気持ちの良い話ではない部分もあったが…中には田舎に帰りたいと言っている子や、新たな働き口を探したいという子もいるらしい。
その全て…とまではいかないが、ローザは出来る限りの事はしてあげたい、と言っている。俺では恐らく止められないので、「無理はしないようにね」とだけ伝えておいた。いざとなったら、俺も動けばいい。俺だって一応は元営業だし、ルードを倒した男として有名になりつつはあるので、そのネームバリューを遺憾無く使えるだろう。あんな悪党でも、こんな事にでは役に立つもんだ。
そうして歩いていく先は、城を出てメイン通りの交差点を工房地域とは反対側に向かう。主に貴族が住むようなデカイ家があるような場所らしい。その手前に、そこはある。
「…意外と、こじんまりしてますね」
本当にこの世界の普通の民家、と言った位の大きさで、恐らくゼノの家より小さい。ここで、資産の管理とは…本気か?
「ああ、見た目はね。地上は受付だけだか
ら」
「地上は?」
「この建物は地下がメインよ。巨大な地下に預けられたお金やらの管理をしているメインの場所かあるわ。一般人は入れないけどね」
そうか、地下か…それなら保管場所の確保も出来るし、安全面の不安も地上よりは減るのだろう。ただ、気になる事はいくつかあるが…いや、ローザに聞くよりは中に入って質問した方が確実ではあるか…よし、入るか。
ローザが先に、俺は後ろという隊列は変わらぬまま、建物内に入る…と、すぐに警備兵からのチェックが。
ローザは顔パスで済んだが、流石に俺はそうはいかない。身分証を渡し、ボディチェック。異世界の警備兵が見慣れぬ物はいちいち聞かれるので、危ないものではないからと全て預ける事に。カラビナやら財布やらスマホやら…俺、もう使わない物を結構持ち歩いてるな。何せこの世界、恐らくは硬貨しかない以上は長財布は逆に不利になる。そんなに硬貨入らないしな、俺の財布。札は入れる場所あっても使ってなかったし。
スマホは…出来たら壊れて欲しくない思い出の写真…とかはないが、何か使えそうな気もするので壊さないように伝えておく。ボールペンは…まぁいいか、字を書く物だと伝えて、それも預ける。大体預けたら、漸く解放された…俺はミニマリストには恐らくなれない。
「ローザ様、いつもお世話になっております。本日は…そちらの方での御用ですか?」
受付の男性は、ピシッとしたナイスミドル。オールバックと口髭の似合う、おじ様好きには恐らくたまらん人だ。そして、ローザは受付の人にも名も顔も知れているらしい…そりゃそうか。
「ええ、そうよ。うちのケンタロウ マガミの口座の新規作成よ」
「なるほど、ご利用ありがとうございます…それでマガミ様、まずは当局の説明からお受けになりますか?」
「そうですね、ある程度は事前に聞いてきましたが、お願いします」
受付の男性は、ここの利用方法から登録方法、預けられる物と預ける際の利用料金、高額商品購入時に身分証を使って支払った場合のもれ手数料、お金の引き出しの際の手数料等、「良く分かる資産管理局」というタイトルの冊子かのような説明をしてくれた。
その説明において分かった大きな収穫は、この世界においての通貨単位はあるものの、場所によっては通貨単位が変わり、その時は冒険者ギルドを通じて両替を行うらしい。ただ、通貨毎の差はそこまで大きくない上、一部を除く世界の大半は同じ通貨で通用するらしい。
通貨が変わるのは、独自の文化が広まっているためらしい。
それと…共用とも言える通貨単位は、今から300年程前に現れ、魔王との戦いを制した女の勇者がいたそうだ。その人が定めたものらしく、その人の生まれ育った地にあった、最も美しいと思った物から名前を借りたそうだ。
「オウカ」という通貨単位と、現段階で最高等級の白銀大金貨に描かれた…俺の良く知る花…桜の花弁が3枚、三角形に並んだその姿と、その人が残した「もう二度と見ることが叶わない故郷の美しい桜の姿、せめてこの地にどんな形でも良いから残って欲しい」という言葉を、今も守り続けると共に敬意を払って最高等級の金貨に必ず刻印を入れるという。
「桜、か…そうか…」
思わず呟いた俺に、「知っておられるのですか?」と聞いてきた受付の男性に
「勿論、知っています。冬の時期を越え、暖かさと共に花を咲かせる、俺のいた国の象徴でもあります。花弁は鮮やかなピンクで散りやすく、風が吹くとまるで鮮やかな色の付いた風に見えるし、散ってしまった後の地面はまるで絨毯を敷いたかのように染まる…本当に美しい花ですよ」
花見とは、本来馬鹿騒ぎするものではない。春の訪れと、新たな出会いと別れ、旅立ちへの思いを桜の散り行く花弁に乗せ、静かにゆっくりと楽しむ物だ、と爺さんと婆さんに聞いた。そうか、桜か…懐かしいな…確かに、もう見れないとなると、寂しく感じるな。そういえば…「ちょっと待っていて下さい」と言い、警備兵に頼み込んでスマホを返してもらう。
確かあったはず…と、データフォルダを漁り…あった。
「これ、見てください」
写し出されたのは、昨年の事。たまの休みでコンビニに飯を買いに行った帰り、公園に咲く桜があまりにも綺麗で動画を撮影した時のものだ。そこには、鮮やかピンクの花弁に包まれた桜の木と、舞い散る花弁の姿。
「…な、何と美しい…」
「素晴らしいわね…こんな、こんな美しい物が、貴方の世界にはあるのね」
「恐らく、300年前の勇者様も、自分の元いた世界の美しい桜に思いを馳せたのでしょう。その頃なら、もっともっと美しく感じたでしょうから」
暫くして動画が終わると、受付の男性は
「私の残る生涯で、絶対に忘れられない光景となるでしょう」
と、余韻に浸っていた。ローザも
「あんなに美しい光景を貴方は何年も見てきたのね、羨ましいわ」
と言っていた。そうだ、感情がほぼ死にかけていた俺ですら、つい動画に納めてしまう程の光景だ。普通の人達ならば…その感動は大きいだろう。
「いけないいけない…あまりの美しい光景に仕事を忘れかけていました…説明は以上です」
受付の男性が仕事モードに切り替えた。そうだった…俺もここに金を預けに来たんだった…忘れてた。登録の仕方から何から、色々と説明を受けた後で…漸く、腰の革袋を出して登録を開始した。
受付の男性が出してきたのは、綺麗な円型の青白く光る銀の板。これが登録する為の魔法の装置だそうで、見た目通りの純ミスリル製の板で、裏側には表面に触れた物の情報を一時的に記憶し、送信する機能があるそうだ。
そして、送信された情報はというと、奥にある顧客のデータ保存の為の石板に刻まれ、それを地下の倉庫の空き部屋にセットすると、自動的にその部屋は登録者の保管場所として設定され、管理責任者が月に1度だけ品質管理の為に立ち入る以外は、一切立ち入れなくなるのだとか。但し、例外として顧客が身分証を使用して買い物をした時だけは別で、買い物をして店にあるミスリル板に購入者と価格の情報を一時保管、転送魔法によってこの資産管理局へと送られてくる。その情報が来た時だけは扉が開き、規定の金額を取り出し、支払われる…という仕組みとか。
「例えば、多く取り出して…とかしちゃう人がいたりとか…」
という不安に対し、
「必ず3名態勢で、毎回自分の名前を登録してから取り出します。その情報はお客様の登録されたお部屋内にあるミスリル製の板に細かく保存されます。更に、その情報を照らし合わせて別の、ここで普段働いていない第三者機関による金額等の照らし合わせが1ヶ月に1度行われ…万が一合わない場合は再チェック、それでもダメなら関わった職員を全て厳しい取り調べの後、もし犯人が分かったら…家族への賠償が発生、本人は…ギロチンにかけられます」
…マジか…死刑&家族に負担とか…重罪だな。だが、受付の男性曰く…その分、管理と支払い担当は高給取りな上、普段そういった支払いが発生しない間は地下の清掃や湿度管理、壁面などの故障チェック、受付の休憩中の交代等、簡単な雑務をしているだけ、との事。
釣り合って…るのか?俺には良く分からんが、本人達は別に金に困らない給料貰えてるから窃盗するだけリスクがめちゃくちゃ高いしやらないんだそうだ…なるほどなぁ…恐らく、上手く出来てはいるのだろう。
「さて…ご安心頂けたかと思いますが…登録致しますか?」
「そうですね、お願いします。あと、管理の方々に「お疲れ様です」とお伝え下さい」
受付の男性が出したミスリル銀製の上に掌を乗せる。板が一瞬発光し、まずは第一段階。続いて手を退かして身分証を置く、もう一度発光したら、そこでまず俺本人と身分証が本人の物である、と、謂わば紐付け処理が完了。続いて、紙にフルネームを複数サインする。紙を先程の板に置き登録、最後に同意書にサインをし…完了だ。
「ふぅ…何だか緊張した」
「皆さんそう仰います。私もする側に回るとそうだろうなぁ、と思います。それで、そちらは全額預けられますか?」
「あ、えーと…ちょっ買い物もあるので…というか、いくらあるかが分からないんですよ」
「なるほど、ではご説明致しましょう…総額は…そうですね、391万4000オウカとなりますね」
「…えーっと、ごめんなさい、それがどれくらいなのかが…」
「そうですねぇ…当局の管理の最高責任者、恐らくフォーテッド王国内でもかなりの高給ですが、その方の3ヶ月分の給料より少し多い位です」
「い、いきなりそんな大金を渡されてたのかよ俺!?」
「はぁ…流石に私もその額には驚いたわ…確かにプラチナ大金貨がやたら入っていたけれど…全く、ちょっと注意しないとね」
ローザが呆れていた。そりゃそうだ、そんな大金をパッと渡され、街中ウロウロしてたかと思うと怖くなるわ!しかも運んでたのは残念イケメンのアークだぞ!?
「そうですね、本来なら受け取りに来て貰い、護衛付きでここに来てもおかしくない額ではありますね。まぁ…結果的に、ローザ様という我が国最強クラスの護衛はいらっしゃいましたが」
男性がサラッと言う。まぁ、そりゃそうなんだけどさぁ…でもさぁ…
「おいくら程お預けになられますか?」
「…380万、お願いします」
「承りました。そちらの革袋はお使いになられます?」
「そうですね…今は、お金を入れる物も無いので」
「分かりました、それでは11万4000オウカを残し、お預かりいたします」
すると奥から女性2人と男性1人が現れ、女性の1人が「計算して参ります」といって全額をトレイに置いて持っていった。後に残された革袋は…うん、空になると分かるが、結構大きかったんだな。
「もし、今後も大金を持ち歩く予定が無いのでしたら、当局からそれより小さめの革袋を無料でご用意致しますが」
「是非お願いします…この革袋は後で城に返しに行ってくるか」
「私も行くわ、少し注意をね」
ああ、またローザに怒られるのか…城の人達、可哀想に。そんな城の人達に思いを馳せていると、奥から先程の人達が出てきた。トレイには先程より大分ボリュームダウンしたお金が乗せられていた。
「計算が終わりました。380万オウカのお預かり致しまして、残り11万4000オウカが此方となります」
トレイを此方に出してくれた女性の横にいた男性が、
「そして、此方が当局でご用意した革袋です。此方、作りはかなり頑丈で、万が一刃物で窃盗されそうになっても耐久の魔法のおかげでそう簡単には奪われる事はありません」
と、革袋を渡してくれた。なるほど、確かに頑丈だ…しかし、窃盗か…そういう事があり得る…よな、確かに。それも気を付けなくてはいけないな。紐はベルトに結んで、ポケットにしっかり入れておこう。
「それでは、本日はご利用ありがとうございました」
そう言って、受付の人も立ち上がり、頭を下げる…何か、VIPにでもなった気分で緊張するな…そういうのとは無縁な生活だったし。此方も会釈と「お願いします」と自分の残りのお金の管理を任せ、資産管理局を出た。




