能面男、居候生活へ 18
今の俺は、この世界の知識も無ければ、冒険者で大金、なんて実力も時間も勇気も無い。出来る事と言えば木を切ったり、薪を作ったり、レストア紛いの事したり、川に穴掘って風呂と言い張ったり、紐を作りかけたり、棚ぼたで獲た獲物を捌いて食って干し肉にしたり…何の仕事が出来るんだよ。
やっぱりサバイバルで生きていくしか…いや、待てよ?流石に今日今から、とはいかないだろうが…明日ならもしかしたら?いや…考えている時間が勿体ないな、動こう。
今来た道を戻って商業地域を抜ける。そこは荷馬車なんかが集まっている広場で、泊っている宿屋も近くにある。そして、広場周辺に…あった、これか。看板を見て、そして扉を開けて中に入る。
「ようこそ!冒険者ギルドへ!」
◆
「はぁ~…」
鈴白佳菜子は、天井を見上げていた。質素な木の天井。何度見ても変化の無い天井。これからも、暫くは見ないといけない可能性のある、天井。
「ビックリ、したなぁ…」
それは昼過ぎの出来事。自分を救ってくれた、歳上の男の人。荷物を取り返してくれて、スマホ越しとはいえ、また両親の姿を見させてくれた人。何かと気を遣ってくれて、ペット…なのかな?可愛いウサギを抱っこさせてくれたり、今も入院生活が苦痛にならないように預けてくれた。信用もしてくれているんだろう。
因みに、そのウサギは今、隣でスピスピ鼻を鳴らしたりしながら寝ている。
そう、昼過ぎの出来事だ。そんな自分と同じ日本で1度死に、此方の世界に来た男性、真上 健太郎。その彼に…抱き締められた。
「うぅ…」
それを思い出すだけで、顔から火が出そうで出ない。出てもおかしくない程だが。
正直、1度だけルードとかいう怖そうなおじさんに抱き付かれた事はある。その時は、自分を拾い、監禁したあの老婆が「まだ商品に出来ないから待ってくれ」みたいな事を言って、それ以上はされなかった。
嫌悪感と恐怖で、その日は吐いてしまった後は何も食べられず、ただ震えて冷たく固いベッドの上で泣いた。ずっと泣き続けた。この世界にきて、殆ど毎日泣いていたけど…何も変わらない絶望だけが続いていた…だが、更なる絶望はその次の日にやってきた。
「やっとお前の身請けが明日通る。無駄な金使わされた分、明日の夜から客を取らせる。その前にルードの親分自ら相手して下さるとよ」
客を取らせる…つまり、自分の身を売れ、という事なのだろう。一番奥の自分の部屋の手前から、毎晩うめき声と泣き声、暫くして、怨嗟の言葉と絶望に塗り潰された死を望む言葉が聞こえてきていたから、自分の未来がもう閉じた地獄でしかないのを思い知らされていた。
そうして、次の日…自分から死ぬ事も出来ない弱さにうちひしがれながら、あの下劣で恐ろしい男が部屋に入ってきた。
「ああ、終わりだ。自分が何でこんな目に合わなければならないのか。自分が何をしたのだ?理不尽に命を落とし、その後最愛の両親から引き剥がされ、たどり着いた新たな人生の開幕がこれか」
と、絶望以外の何物でもない感情に、意識すら失いかけていた。抱き締められ…服に手をかけられた瞬間、下から何か大きな音がした。それから、あの老婆の怒鳴り声。男は舌打ちして部屋から出ていった。何か起きたのだろう、だが自分にはもう未来なんか無い、そう思っていたら…部屋の扉が乱暴に開かれて…大きな男の人が、鎧を着て立っていた。手には大きな武器を持って。
その時に、服は破かれていたのに気付いた。だが、恥ずかしさとか、そんなものは感じなかった。そんな事より、何故この人は扉を壊したのだろう?という変な疑問だけが浮かんでいた。それから、入れ替わりで女の子が入ってきて、いつ殴られたか分からない頬を、魔法で治してくれた。そこで、ようやっと助けて貰った、と分かった。光が、見えた気がして、涙がまた溢れた。
「…本当に…助けて貰えて、良かった」
もう、あの部屋に監禁されていた時の記憶は断片的だ。ローザは
「記憶を消す魔法はあるけど、貴方の全てを消す可能性が高い。だから、ごめんなさい」
と謝っていた。病室に入れられ、それから…あの男を倒し自分を助け出してくれたのが、あの扉を壊した大きな男の人だと改めて聞いた。
「悪い人を倒して救ってくれるなんて、漫画みたいだな」
なんて、少し他人事のように思っていた。それから…荷物を取り返してくれて、表情は殆ど変わらないけど優しくて…そんな人に、今日また助けられたし、抱き締められた。不可抗力と言っていたが、まさにその通りだと思う。自分がよろけたのを抱き止めてくれたのだ。
彼はどう思ったろうか?病人の痩せこけた体に驚いただろうか?自分は…どうだったのだろうか?
恥ずかしさに拍車がかかるが、1つ確実なのは、嫌悪感も抱かなかったし、恐怖も感じなかった。吐き気なんて万が一にも感じていないし、その後抱き抱えられたままベッドに寝かせて貰えた時など、心臓が飛び出てしまうのでは?という程に鼓動が早くなった。そして、ふと思う。初恋は実らない、というが…
「じゃあ、初恋じゃなかったら…?」
無意識に、本当に意図せず口からポロッと漏れた一言に、思考回路は停止し、でも病室だから大きな声も出せず…1人悶絶する事となる。
因みに初恋は小学生の時、クラスの担任の先生だった。すぐに結婚していると聞いて破れ、それから恋に似た感情なんか忘れていた。
「ど、どうしよう…?」
どうしたらいいか分からないが、取り敢えずいつの間に起きたのか、此方を心配そうに近付くウサ子を撫でながら、
「どうしよう、ウサ子ちゃん…」
と、答えの帰ってこなさそうな問いをし、また悩む。暖かい何かと恥ずかしい何かとがごっちゃごちゃのまま、時間だけが過ぎていった。
◆
冒険者ギルドの中には、疲れきった連中が酒に現実逃避していり、若い連中が夢と希望を抱いていたり、逆に現実に打ち砕かれていたり、淡々と依頼書を眺めながら作戦を立てていたり…様々だった。そんな連中が、扉を開けて入ってきた俺を一斉に此方を見る。
怖っ…おっさん、別に酒取らねぇから抱え込んで睨むな、そこの若い奴ら、ライバルじゃねぇから睨むな、そっちの奴は俺を仲間に誘えるか?みたいな期待に満ちた目ぇすんな、作戦を立ててる奴らは大人しく立ててろ。
平静を装い…こんな時、表情筋が死んでると楽だな、ポーカーフェイスのまま行ける。無視せしながらカウンターに進むと、受付の女の子が対応してくれた。
「新規ですか?それとも他の街から?」
「いや、冒険者って訳じゃなくて、ここで解体とか鑑定してる職員の男性の方、いらっしゃいますか?」
「んーと、誰だろう?結構いますからねぇ、男の職員さん」
名前、聞いておけば良かったなぁ…失敗した。
「うーん、名前は分からないんですよね…中年の方、としか」
「それだと探せないんですが…えっと、探してる方は貴方のお名前とか、分かります?」
「分かる…と思います。あ、これ身分証」
分かるかなぁ…俺の事を知ってたし…ただ、名前までは…お互いに名乗ってなかったし、あ~…何でこう、アイディア思い付くと必ず褄付くかなぁ。自分の詰めの甘さにガッカリしつつ、身分証を渡し、溜め息を付く。
「はい、お預かりします…ああ、貴方があのルードを斬った方なんですね。えと…懸賞金、どうします?」
受付の子が言った言葉は、結構な衝撃をこのギルド内の連中に与えたようだ。
「ん?ギルドから貰えるんですか?」
「と、言うと?」
「あ、いや…城の方からも懸賞金が…と言われていたので」
「あー…それはあれですね、ギルドがかけた懸賞金の事です。お城の兵士さん達が捕まえていたら発生してなかったものです」
「ふーん…え?今支払い出来るの?」
意外だ、城の関係者が少し待ってくれ、と言っていたのに。
「手続きの関係でしょうね。お城で連中の判決下されてから、此方に連絡が来て、その上でお城から一括…という流れだったのでは?と思います」
「なるほど、時間がかかる訳だ」
「ただ、そうなると…一括で払える金額では無さそうなので分割…とも思ったのですが、お城側から支払うのであれば、数字が狂う可能性もあるので、待った方が良いかもしれませんね」
「別にいいよ、急いでないし…兎も角、今日はその人はいないんだね?」
「はい」
「分かった、そうしたら…また朝に来るかもしれない」
「分かりました、お待ちしております」
いないなら仕方がない、1度佳菜子ちゃんの病室に向かい、ウサ子引き取って帰るか…しかし、あのルードという男、どんだけ悪人なんだよ…迷惑千万だな。しかし残念だ、鑑定は無理でも、解体は手伝えると思っていたのだが…まぁ仕方ないか。
ギルドから出ようと入り口の方に歩いていく間も、視線を感じてはいた。だが、そんなもんは完全無視して、ギルドからさっさと出る。
「おじさんは良い人だが、冒険者連中は気に食わない」
今日は鎧もハルバードも鉈も装備していない、していたら喧嘩を吹っ掛けられたら応戦してただろう。真の護身とは戦わぬ事…某漫画の合気道の達人は言っていた。ありがとう、某漫画の合気道の達人。取り敢えず、必要以外ではあそこに行かないと決めた。
「しかし、バイト出来なかったな」
佳菜子ちゃんにウサ子以外で何か暇を潰せるものを…とは思っていたが、如何せん手持ちゼロなので何も買えない。良い歳してお小遣いはもうねだりたくない、本気で。
と、なると…どうしたものかな…と、歩いている内に、街の入り口にいた。
「召喚者殿!」
うぉ!?びっくりした…急にデカイ声で話しかけられたと思ったら、例の肉体言語されてた若い門番兵の子じゃあないか。
「召喚者殿、聞きましたよ!」
「ん?何を?」
「街に蔓延る悪党共を始末した、と!」
「いや、始末したのは1人ね…って尾ひれってのは付くもんなんだなぁ」
「はい?」
「あー…いや、気にしないでくれ…って、あれ?」
前、一緒にいた中年の門番の方が見当たらない。
「どうかしましたか?」
「いや、もう1人の方は?」
「今は休憩です」
あぁ、そういう事。納得した。
「ところで召喚者殿は、どうなされたのですか?」
君、最初の印象と違いすぎて別人かと思えてきたよ。
「ああ、いや…宛が外れてね」
「宛…ですか?」
「そう、ちょっとしたアルバイト…ま、簡単な仕事の手伝いして、小銭稼ごうと思ってたらね、残念…という奴さ」
「なるほど…あれ?ゼノ様やローザ様は?」
「いるにはいるが、俺はもう28なんだ…小遣いせびるのは…な」
「召喚者殿、もっとお若いかと…何といいますか、生気に溢れていると言いますか…しかし、仕事ですか…自分が何か宛があれば良かったのですが」
「あー、いや、気にしないで。ブラブラ歩いてたら、たまたまここまで来ただけだから…つーか、君こそ歳はいくつなんだい?俺から見たら10代そこそこに見えるけど?」
「自分ですか、自分は18です!」
おぉう…そ、そうですか…若さ溢れる情熱と輝きに、気圧される。つい、門に背中を預け、そのまま座り込んでしまう。
「ど、どうかなさいましたか?」
「いや、若さってのは偉大だな、と」
「まだ自分は…若輩者です。以前、皆様に失礼な事をしてしまった事も含めて、まだまだです」
うーん、いくらゼノが「気に病むな」と言ってもな。噛み付いた相手が国のお偉方レベルだったんだから、そりゃ気に病むなってのが無理な話だ。
「まぁ、ほら…見た目はあの2人は偉そうに見えないから、知らないんじゃ仕方ないさ」
見上げた少年の顔は、未だ失敗への後悔の影があった。全く…こういうのは俺には似合わないんだがな。
「君、名前は?」
「自分はエクスと言います」
「じゃあエクス…」
立ち上がり、エクスの背中を叩く。
「ぐぁあ!ゲホッ…な、何するんですか突然!?」
「若い内は多いに悩め、とも言うが、悩みすぎてもダメだぜ?要はさ、失敗したら反省して、次やらないようにして、それを糧にもっと出来るようになりゃいいんだ。それにな?俺なんかいい歳して文無しで、小銭稼ぎの仕事探してる位だ。先輩が休憩して1人で任せられる位に仕事が出来ると買われてるんだ、自信持て、若者」
前に、失敗した会社の後輩を励ました時の言葉で、俺が失敗した時に先輩から言われた言葉である。勿論、小銭稼ぎの仕事云々は今回限り…になれば良い、オリジナル自虐ネタだが。
「召喚者殿…」
「エクス、俺の名前は…知ってるだろうが、ケンタロウ マガミだ。好きに呼んでくれ」
「わ、分かりました、ケンタロウ殿!」
根が真面目なんだな、こいつ。恐らく、あの時は舐められまい、としていたのだろう。
「殿もいらないって…さて、俺は行くそろそろ行くよ、夕暮れまでに戻らなきゃならない場所があってね」
日は傾き始めていた。結局、俺は午後を散歩した位で終わらせてしまった。よっぽど何をやってんだ、と思う。エクスに手を振って別れを告げ、診療所に戻ろう。
「ケンタロウさん、俺にはいないですけど、兄貴みたいですね」
そんなエクスの言葉を背にしながら。
◆
「ただいま」
ノックをして返事を待ち、中に入る。何度かしている内に慣れてきていた。
「おかえりなさい…って、私のお部屋じゃないんですけどね」
クスクス笑う佳菜子ちゃん…抱き締めた事は怒ってないようで安心した。世が世ならヨガファイ◯ー…じゃなくて、世が世ならセクハラだったろうからな。
「それで、用事は終わったんですか?」
「…何の成果も得られませんでした」
「それ、何かで聞いた事が…」
なんて会話をしている間も、既に佳菜子ちゃんの太ももの上で丸くなるウサ子…新たな定住地にすんな…と、部屋がノックされる。
「ただいまー」
部屋に入ってきたのは、アーシャだった。俺が「おかえり」と答えると、
「ひぇ!?ま、マガミさん!?」
と、ビックリしていた。そりゃそうだ、歳若き乙女の病室に、三十路手前の無表情な奴からの野太い「おかえり」コールだからな。
「もう、ビックリさせちゃダメですよ」
佳菜子ちゃんに叱られてしまった。
「アーシャも御見舞い?」
「はい、私とエリーちゃんで、暇があったら来てます」
「2人とも忙しいのに来てくれて、私の話相手になってくれるんです」
そっか、3人は歳が近いから、友達になれたのかな?
「2人とも、私より年下なのに凄いですよね。難しい研究とか、沢山してるんでしょ?」
「そ、そんなことないよ?簡単な事だけだし、今まであった物の改良ってだけだし、エリーちゃんがリーダーしてるから進むだけで」
「アーシャも頑張ってるよ、エリーに聞いたもん」
うぉお…また違う若さの痛烈な眩しさ+女の子同士の会話に、気圧されてしまう…
「来たばかりだけど、ちょっと出てくるね」
耐えきれずに、部屋の外に出た。ここにエリーでもいたら、俺はもう耐えられないだろう。
「ケンタロウさん、病室前でどうしたんですか?」
噂をすれば何とやら…エリーにルーシーまでいる。
「ルーシーも来たのか」
「そう、召喚者の女の子、私の1つ年下らしいので、気になって」
これには俺もギブアップせざるを得ない。
「すまない、ウサ子はここで1日泊まるなり君らの誰かに任せる。俺は今日は宿に戻るよ」
そう言い残して、受付に行く。受付でウサ子の事を聞いたら、「大人しいならかまわない」との事だったので、廊下にまだいたエリーとルーシーにその事を伝え、そのまま宿に帰る事にした。無理だ、俺にあの若い女の子達と一緒の空間は…絶対無理だ。大人しく帰って宿屋さんのご飯を食べよう。あと、あのおじさんに会えたら名前を聞いておこう。
◆
「帰っちゃったねぇ、ケンタロウさん」
「帰りましたね」
「帰っちゃったね…」
「そ、そうだね…」
女子4人、病室内にて。最初の話題は、先程慌てて帰っていった召喚者。皆よりちょっと年上で、表情は変わらないが内面は優しい。ただ、怒った時はとんでもなく怖い。これはここにいる誰も見た事が無いが、怒りが収まった直後を佳菜子が、それから少し後をアーシャ、エリー
が見ていた。ルーシーは流石に知らない…というか、付き合いは一番短い。
「何で帰っちゃったんでしょう?マガミさん」
「そりゃ、こんだけ女の子だけだったら、ケンタロウさんは居辛いでしょ」
「確かに、ちょっと浮いてしまうでしょうからね」
アーシャの疑問に答えたのはルーシー、エリー。佳菜子は
「帰っちゃわなくても、ねぇ?」
と、ウサ子に問い掛けていた。
「ウサ子もメスですからね、しかも大きさ的にはまだ小さい女の子位ですし」
「に、しても…」
ルーシーは、この部屋に入ってからどうしても気になっていた。
「カナコが抱いてるその子…可愛いー♪」
もうメロメロだ。そして、その反応にアーシャもエリーも頷く。自分達もそうなった、それはそうだろう、と。佳菜子もニッコニコで、
「抱っこ、します?」
と、ウサ子に「いい?」と聞いてからルーシーに差し出す。もう既に、軽く意志疎通をこなせる程に仲良くなっていたし、ウサ子の頭の良
いのだろう。そして受け取ったルーシーは、
「ふぁあ♪暖かくてフワフワから♪」
頬擦りしていた。もう抱っことほぼ同時に、していた。それを見ていた女子3人は「そうだろうそうだろう」と、頷いていた。端から見たら、ベッドに上体を起こして座る少女と、回りに座る少女達が、ウサギを囲んで頬擦りしたり頷いてたり…何の集まりなのか分からない…下手したら、何か宗教の儀式かと思われても仕方ない程に、何か異様な風景であった。
回診に来た医師が、扉をノックしかけて少し開いた扉からその光景を見て、そっと扉を閉じた程に。




