能面男、居候生活へ 14
「だがよ、ミスリルの知識は無かったんだろう?」
「前の世界では、ミスリルとは違う物質があったんですが…そっちの知識は殆ど無いんです。で、ゼノが言っていたミスリルの特性の水によって錆びないというのを聞いたのと、自分で井戸から水汲みした時に感じた大変さの緩和は出来ないか、と思って…まぁ、他の人も勿論ですが、自分が楽出来ないもんかな、と思ったのが始まりです」
そうして発明は生まれるのだろうか、と思う。自分が、自分の家族が大変だから楽をさせてあげたい。科学の発展は、そうして起きてきた筈なのに…前の世界のアホな連中は、それらをほぼ全て人殺しの道具に流用した。というか、そこから発展している技術もあるから、何というか…何とも言えない。ただ、ダイナマイトは本来は炭鉱で仕事が捗るようにと作られたように、あらゆる発明品は平和の為、暮らしを豊かにする為の物であって欲しい、と思う。
「いいじゃねぇか、自分の為でも人の為にもなる事だしよ」
「そうですかね…まぁ、ゼノはまだ力もありますが、ローザが井戸から水を汲むのは大変だろうな、とも思いましたから」
「気に入ったぜ、ケンタロウのアイディア、俺も乗るぜ」
「私もです!ミスリル…まぁ、低品質ではあるけど、ミスリル扱えるし、面白そう!」
良かった…ゼノのお弟子さんなら、腕は確かだろう。どれだけ作れるかは分からないが、最低限錆びないという点がクリア出来れば、少しはこの世界の為になるかもしれない。
「それでの、ケンタロウ…これを見てくれ」
ゼノが、俺に何かを見せてきた…折れた…何だこれ?
「こいつはな、折れた槍の穂先なんじゃが…ここを見てみぃ」
「…錆びてる、ね」
錆びが発生している…つまり、変質はしているが錆びるか、変質すらしていないか…なのか?
「そう、じゃがな…こいつをこう…」
と、折れた槍の穂先、刃の一部を何処から取り出したのか、鑢で削っていくと…錆びは一瞬で無くなり、その下には錆びていない部位と同じ、青白い金属が現れた。
「これって…」
「そうじゃ、表面こそ錆びておるが、これは恐らくは変質前の物じゃ。ケンタロウの理想とした錆びないミスリル化、先程運び出した物は殆どがそうなっておる。つまり…」
「井戸のポンプの水を汲み上げるパイプに…使える?」
「使えるのぅ」
ゼノのお墨付きに、安堵の溜め息が出た。最初の難関、クリアだ。次は…
「加工、だね」
そう、錆びない金属の劣化ミスリルとはいえ、長い筒状に加工する事も、それを繋ぎ止めるボルトとナットを作る事も…やはりこの世界では大変な技術であり、相当に難し
「それなら俺や師匠、ルーシーに工房周りの連中に言えば出来るぜ」
…難しくなかったよ、出来ちゃうのかよ。
「なら…後は量、かな?」
「量は…そうですね、試作してみてですけど…まぁ、この先もここの研究所には劣化ミスリルの増産をしてもらって…そんなにかからずに、殆どに設置出来るんじゃないかなぁ、と思いますよ?」
難しいと思っていた事が、職人が集まるとこうもあっという間に進むのか…やはり、誰かを頼るのは悪いことじゃないな。俺1人じゃ、変質したかすら分からないから…と、部屋のドアをノックする音が。
「誰じゃ?」
「エリーです」
「おぉ、エリーか。どうぞ」
ゼノが応対し、エリーが室内に入ってきた。何かあったのだろうか?
「先程、ローザ様から預かっていた手紙を新所長に見せまして。今後も劣化ミスリルの製作…といっても、放置するだけなのですが…と、もう少し早く作れる上に安全な方法を模索していこうと決まりましたので、その事をお伝えに来ました」
…問題が瞬く間に解決されていく…ある意味恐怖すら感じるな。
「ワシとローザの実験のデータは役に立つかのぅ?」
「ええ、とても。ただ、強力な魔物の魔石を採取するのは危険が伴いますので…そこは何かで代用出来ないかを模索すら形になるかと思います」
代用出来るのだろうか?難しいからゼノやローザはそれを使うに至った訳で。
「例えば…あくまで例えばの話にはなりますが、召喚の儀を執り行う部屋の…」
「まだ呼ぶつもりか?」
エリーの言葉を遮る。冗談じゃない、また被害者を増やすのか?あっちの世界での死は仕方ない事だが、此方に呼んでまた辛い思いをする必要は無いはずだ。
「やめいケンタロウ、エリーやルーシーが怯えておる」
「…申し訳ない」
「…召喚者さん、凄い迫力でしたよ」
「正直…逃げ出しそうになりました…話の続きをしても?」
「すまんのぅ、続けてくれぃ」
エリーは軽く咳払いして…気持ちを切り替えたのだろうが、続きを話し出した。
「召喚の儀を執り行う部屋の装飾品を初めとして、壁、柱、床に至るまで、かなりの魔力を今も有しています。そこに新たに金属類を配置してみるという実験も承認を得ました」
「召喚の儀自体はどうするんだ?」
俺の最もな質問に、
「もう暫くは行われないと思われます。ローザ様からの強い意向と、今回の召喚者の1人…カナコをちゃんと国で保護出来なかっただけでなく、続くケンタロウさん、貴方も実際は保護出来ず、たまたま出会えたゼノ様とローザ様が保護されてどうにかなりましたが…」
「ま、つまりは国家規模で行った事で2連続の失態しちまった上に、ローザさん怒らせちまった、と」
「ちょっとお父さん…」
「ローザだけじゃないぞ、ワシもじゃ」
「…そうですね、魔法研究所の所員の1人として、返す言葉もありません。本来であれば、召喚者のお二人には前所長以下、召喚の儀に関わった上層部が謝罪をする所なのですが、そちらはもう暫く御時間を下さい」
上も色々あるんだろう、何せ国家プロジェクトだ。ただ、国家プロジェクトで死んだ後の人間を更にこき使うってんなら、そこはそれなりのサポートはちゃんとして欲しかったもんだ。まぁ、謝罪があるっていうんだ、暫く待とう。
「エリーの責任じゃないんだ、気にしなくていいよ」
自分らの問題を下の、しかも入りたての新人にやらすんじゃねーよ、と。上に立つ者なら
、下が信用して着いていけるような背中見せろ、と。どうせ言っても始まらないから言わないけど。
「さて、と…俺はよ、ケンタロウと師匠の書いた設計図を元に、出来そうな奴らを集めておくぜ」
「私は鑑定を進めておくね、そっちのが得意だし」
「ワシはどちらの手伝いをしようかのぅ」
「俺は…大人しく退散しようかな…多分何の役にも立てないし」
そう、俺には金属の鑑定も出来ないし、鍛冶士の知り合いもいない。出来る事と言ったら、せいぜい荷物の移動くらいなものだ。つまり…役に立たない。
「そうしたら、私の手伝いしてくれませんか?鑑定したものを運んで貰えると助かります」
と、ルーシーが手を上げた。仕事が、やる事が
あるとホッとする…社畜の悲しいサガだろうか…
「分かった、指示してくれると助かる」
「じゃあ、ワシはジェイクと共に仕事をしてくれそうな連中を当たるかのぅ」
「いや、師匠の頼みを断れる奴なんか、あの辺にはいませんよ?恐らく」
「んー?そうか、それなら話が早ぇじゃねぇか」
相変わらず、ジェイクと話す時だけ昔の口調になるんだな、ゼノ。それだけ付き合いが長いんだろうなぁ、と感じる。
「じゃ、決まりだね!ケンタロウさんは私と、お父さんはゼノさんと、各々別れてやる事やっちゃいましょう!」
ルーシーの掛け声に全員が頷き、ゼノとジェイクは連れ立って外に出ていくのを見送った。
「さて、じゃあ私達も仕事、仕事!」
「ああ、そうそう…私もご一緒します」
「えっ?何で?」
「ここは魔法研究所、ゼノ様はローザ様の旦那様ですし、ここに以前来られた事もありますし、前所長、新所長のお墨付きです。しかし貴方やケンタロウさんはまだ許可無く施設内を移動されたら困るんです。ここには危険な物も多数ありますので…まぁ、言い方は悪いですが、監視の役目もあります」
「なぁんだ~…ケンタロウさんに向こうの世界の事色々聞きたかったのに、2人っきりで」
「何で2人っきりじゃないと話出来ないんですか?」
いや、本当にな。なんでやねん、と。
「何でも、よ」
「理由の説明がなければ許可出来ません」
「…喧嘩する位なら手を動かそうか。俺は何を運べばいい?」
何か嫌な予感がしたので話を切り替えた…女は良く分からん…はぁ。
◆
佳菜子が目を覚ますと、そこは運び込まれた病室。そう、もう虐げられる日々は終わったのだ。外はもう夕暮れから夜の帳が世界に降りようとしていた。窓から差し込んでいた夕日も消えかけていた。
「あら、おはよう」
「ふぁ!?」
急に声をかけられて驚いてそちらを見ると、意識が無くなる…眠りに付く前までいた自分を救ってくれた真上ではなく、運び込まれた時から側にいてくれた老エルフ…ローザだった。
「あっ、ローザ、さん」
ローザお婆ちゃん、と呼ぶのを踏みとどまった。流石に、まだ馴れ馴れしいだろうと思ったからだ。
「良く眠っていたわね」
「あ、あはは…泣いたまま寝ちゃったみたいで…あ、真上さんは…?」
「ケンタロウなら、今は別の場所で用事を済ませているわ」
「そうですか…色々とご迷惑をかけてしまったなぁ、と」
あと少し遅かったら、生まれてから守り通してきた純血を散らされていた。あんな酷い連中のいる場所から自分や、他の女の子達を助け出してくれた。スマホの充電器をわざわざ1度街から往復で持って来てくれ、残り少ないカップラーメンをくれ…今は、恐らくここから帰る時にスマホの電源を落としてくれた上に布団をかけ直してくれた。もう恩が多すぎてどうしたらいいか分からない。
「そう?多分、あの子はそこまで気にしてないし、恩を返そうとか思わなくていいと思うわよ?貴方を救い出そうとしたのも最初言い出したのは私だし。まぁ…助けに行ったらいったで、大暴れしたのはあの子だけどね」
「そ、そんなに凄かったんですか?」
部屋に監禁されていた自分は、何が起きていたか分からない。ただ、突然下の階で凄い音と怒鳴り声がして…部屋の扉が突然開いて、真上が立っていたのだ。
「それはもう。私や夫が牽制して、兵士達の突入待ってたのよ。そしたら突然、一撃であの裏路地のボスだった奴を天井の梁ごと斬り倒して、そのまま2階に駆け上がって、扉をぜーんぶ斬るか蹴り開けちゃってね」
「えぇ…す、凄いですね…」
あの、無表情だが優しい真上が…佳菜子には信じられなかった。実は怒らせると怖い人なのだろうか?と、考える…そして、ふと「私の為に?」という考えが頭を過り、そして慌てて「無い無い」と改め直す。自分以外の子も助けているし、ローザが言い出しっぺだともいうし。
「そ、そもそも!別にタイプでも無いし!?勘違いしてないし!?」
…何でツンデレみたいになってるの、私…と、頭の中で1人照れたり怒ったり、感情のジェットコースターになっている佳菜子を見て、ローザは思う…やはり、引き取らねば、と。
男の子も欲しかったが女の子だって欲しかった。異種間での子供が出来にくいという覚悟はしていた。だが…やっぱり子は欲しかった気持ちに変わりはない。今、この子達は身よりも無いどころか、この世界の事を殆ど知らない。不便な事も多いだろうし、考え方の違いで悩む事もある。だからこそ私が…いや、違う。何だかんだ屁理屈を並べても、結局は子を欲しい気持ちの埋め合わせなのだ。
そこに気付くと躊躇もするが、それでも放ってはおけない。
「ねぇ、カナコ…ちょっといいかしら?」
自身の迷いや躊躇も上回ったのは、母性の強さか、年の功か…ローザは自身の考えを切り出した。
「ふぇ?あ、はい…何ですか?」
「あのね、これから先の話…貴方が退院した後の話なんだけど…」
そう、何時までもここにいられる訳ではない。今すぐに、とはいかないものの、そう遠くない内にこの病院から退院しなくてはならない訳で。同じく入院している、あの場所で捕まっていた子の中には、既に数日後には退院して元々住んでいた所に帰るつもりだ、という子もいた。
自分だってそう、あと何日いられて、あと何日したらここを出て…そうしたら、何かしら仕事を始めて、暮らす場所を探して、生活出来るようにしなければ…そもそもの話、ここの入院費用は?捕まっていたことが全員、ろくにお金なんかもっていないはずだ。
「いや、そういえば私もだ…えっ、どうしよう…アレかな、待って貰って、働いて返せばいいいのかな?」
そう、自分もこの世界では文無しなのだ…財布はあるけど。価値の無くなったお金はちょっとならあるが、この世界で交換出来るのだろうか?
「無理だよねぇ…」
結論は出ていた。それはそうだ、この世界のお金に換算したところで、その先が無いなら交換しようとは普通は思わない。
「あ、あのぉ…」
恐る恐る、佳菜子はローザに聞いてみる事にした。お値段次第では、荷物を売ったりして何とかしなくてはならない。
「何かしら?」
「その、ここの入院のお金とかって…」
「ああ、それは気にしないでいいわ。今回は召還者である貴方の保護を出来なかった国の責任だから、国へ請求されるわ」
「えっ、そうなんですか…?」
助かった、と思った。だが、「それでも、きっとこの国の人々が納めたお金から使われるんだよね…」という罪悪感も感じた。結局、長居する訳にもいかないな、と佳菜子の中での結論が出た。
「…動けるようになったら、すぐに退院しないとなぁ…」
そんな呟きに
「気にしないでいいのよ。国王のポケットマネーから出させてるから」
と、とんでもない答えをローザが返してきた。
「出させ…!?」
「ま、その辺は本当に気にしないで、良くなるまでいなさい。それでなんだけどね?」
「はい、いや気にしないでって言われても…えっと、何ですか?」
「貴方、ウチの子にならない?」
「は?」
この世界に来て、割と上位に入る位の疑問符が佳菜子の頭に浮かんだ。
◆
「すいません、マガミさん」
鑑定された金属類を運んでいたら、研究所の受付さんに声をかけられた。
「はい?」
「お城から、マガミさんを探している方がいらしてます」
「逮捕?」
「知りませんけど、何かしたんですか?」
「人を1人…」
「あー…でも、どうでしょう?本来ならこの国の兵士がやるべき事でしたが、捕縛して罪に問えなくなっちゃいましたからねぇ」
「えー…じゃあ、怒られたり?」
「しないと思いますけどね」
「…取り敢えず行きます、荷物置いたら」
「はーい」
冗談なのか本気なのか分からないが、確かに殺人罪だよ?とか言われたら、ぐうの音も出ない。何せ目撃者多数だし…兎も角、まずはこの劣化版ミスリルとしてちゃんと?使えるこの金属類を置いて、と…さて、受付に向かおう。
「ああ!やっと出会えました!召還者殿!」
そこにいたのは、あの小悪党道具屋のギリーの所に証拠品の押収に来ていた人だった。
「あ、その節はどうも」
「ああ、いえいえ此方こそ大変お世話になりました」
名刺でもあれば交換していたであろう、社会人としての嗜み挨拶を交わしてみる。あちらもどうやらそういった仕事をメインにしているのだろうか。
「それで、わざわざ俺を探してくれていた、とか?」
「ええ…まさか一度街からお帰りになられていたとは思いませんでした」
「あー…ちょっとどうしても必要な物を取りに行ってました」
「そうでしたか…実はですね。あの後色々と調べておりまして…どうやら、懸賞金がかかっていたようです」
「懸賞金?…ルードにですか?」
あの悪党になら懸賞金くらいかかっていてもおかしくはない。というか、かかってなければおかしい。
「ルードと、あのギリーという道具屋と…あの宿屋の老婆も実は懸賞金が他国のギルドでかけられていたそうです」
おいおい、関係者の面倒臭そうな連中全員じゃねーか。
「そこでですね…そちらを誰に支払うべきかと問われ、そこで召還者の貴方が候補に上がりました」
「…何故?」
「まず何より…貴方がルードを斬ったので、ルードの分は貴方に入るでしょう」
それは、まぁ…納得せざるを得ない。
「そしてあの老婆も、貴方が一撃でルードを斬った事で洗いざらい喋ったので」
…んん?それはいまいち分からん。
「さらにあの道具屋のギリーも、貴方が先行して老婆から聞き出した店に突入、逮捕に繋がりました」
「いやいや、アレはゼノのおかげでしょう、どう考えても」
「ですがまぁ…ゼノ様は受け取らないでしょうし、恐らく貴方に渡すと思われますし」
ぐうの音も出ない。反論も出来ない。
「よって、貴方に全てお支払いする形になります」
「いまいち納得出来ませんが…分かりました」
了承すると、押収係の人は「では後日、詳細と共に準備してお渡しします」と言って、帰っていった。
「…懸賞金、と言われてもなぁ…まぁ、貰えるもんは貰っておくか」
帰る背中を見送りながらぼやく。いまいち腑に落ちないが…懸賞金、ねぇ…
「やりますね、一気にお金持ちになれるかもしれませんよ?」
「そんなに高額なんですかね?懸賞金って」
「さぁ?」
適当過ぎないか?この人…まぁいいんだけどさ。
「じゃ、俺はまた作業に戻りますね」
「はい、また何かあればお伝えに伺いますので」
何か疲れた…さて、作業に戻るか…ああ、そういえば佳菜子ちゃんの物をいつ返して貰えるのか、聞けば良かったな。




