能面男、居候生活へ 13
◆
「これで全部かしら?」
ガランとなった大部屋の真ん中で、ローザは溜め息交じりに誰にとも無しに聞いた。
「はい、ほぼ全てです。残っているのは、最近運び込まれた物なので、除外しても良いかと思います」
近くにいたエリーが答える。この子は優秀だけれど、冷たい印象なのが損してるわね、とローザは思った。
「大丈夫ですか?かなり魔法を使ってらしたので…」
アーシャがハンカチを手渡してきた。この子はこの子で優秀なんだけど、緊張しいなのと人見知りが激しいのが損してるわね、とローザは思った。
「ありがとう、私も歳ねぇ…この程度で汗かくなんて」
ハンカチを受け取り、額の汗を拭う。そんなローザを見ながら、部屋の中にいた全ての所員は思う
「この程度!?いやいや、移動やら浮遊を2時間以上ぶっ続け、たまに怪我人に治癒魔法して、重いものを運ぶ連中に腕力強化の付与魔法までしながら、しかも此方に指示出しながら、この程度!?」
と。底知れないとは思っていた。凄まじい魔力の持ち主だとも知っていた。だが、大部屋の中にいる全所員の想像の遥か上の、桁違いが2桁位違うんじゃないかと思わせる程に、部屋の真ん中で2人の新人の子達に優しい顔をしている老エルフは凄かった。恐らく、この国に彼女以上の魔法使いは永遠に現れないだろうと思わされる程に。
だが、所員達は知らない。そんな希代の魔法使いは、普段は農作物の出来に一喜一憂したり、自作の野菜で作る絶品トマトスープを作ったり、夫婦仲良くパンを作ったりしているお婆ちゃんだとは。そして、今はこんな片付けをしながら新たな野望を秘めているとは。
「ふぅ、さて…後はゼノが戻るのを待つだけだけど…私はここを離れて良いかしら?」
「ローザ様、何か御予定が?」
「ちょっとカナコの所に行こうと思ってね。医者に任せているとはいえ、やっぱり心配なのよ。それに…ちょっとね」
聞いたエリーも、近くにいたアーシャも頭の上に「?」が浮かぶ。
「ま、気にしないでちょうだい」
そう言い残して、ローザは魔法研究所を立ち去った。後に残された所員達は、残る残骸の纏めと、置き直し、本日の日付と場所、置かれた物を記録に残していくようにローザから指示が出でいるため、それに従い記帳していく。それと平行して移動の際に出た埃なんかの掃除も行われ、所員達は自分達の大先輩からの不始末の最後の片付けをしていた。と、そこに受付から連絡が入る。
「あのー、ゼノ様とお連れの方がいらっしゃいました」
入れ替わり立ち替わり、普段は滅多に来客が無い魔法研究所は、天才魔法使いが出ていったと思ったら名工と連れが来客というパニック寸前の事態に見舞われていた。
◆
病室は、静まり返っていた。窓の外から僅かに聞こえる街の音、病院内の誰かの歩く音や話し声など、音が全く無い訳ではない。俺がいるこの、佳菜子ちゃんの病室だけが…ただ無音だった。気まずい訳ではない。この部屋にいまある主たる音は…彼女の寝息。佳菜子ちゃんは一頻り泣き、そして疲れて眠ってしまった。寝初めてしまった彼女のスマホの電源を落とし、ハンカチで顔を優しく拭いてやる。それから掛け布団を掛け直し…今は座っている。
「…聞こえているか?神様よ」
頭の中で考える。どうせ見てるんだろう?御託はいいから返事しろ。
「…聞こえていますよ」
「なら、今俺がどれだけ腹が立っているかも、分かるか?」
「ええ、とても強く感じています」
「何故だ?」
「…?」
「何故、この子は、こんな目に会った?」
極力我慢している。しているが、暴言を吐きそうだ。
「…申し訳なく、思っています」
「せめて、干渉出来ないのかもしれないが、助けてあげられなかったのか」
「すみません、仰る通り、干渉出来なかったのです」
「もういい…彼女は救いだした。もうこうならないように、何か考える」
「………」
少しだけ悲しそうな気配だけを残し、神の気配は遠退いていった。
「…ふぅ…」
疲れた、精神的に。文句の1つも言いたくなる。相手が神様だか観察者だかは知らないが、やはり腹立たしい。取り敢えず、今は怒りは収まった。後は…泣き疲れて寝てしまった佳菜子ちゃんをそのままにしていくかどうしようか、という問題。看護師に任せてしまってもいいのだろうが…しかしなぁ…悩んでいると、部屋の扉がノックされた。俺は立ち上がると扉を開ける。
「あらケンタロウ」
「ローザ、ローザも御見舞い?」
「それもあるけど、ね」
何か含みのある言い方だな、何か伝えたりすることがあるのだろうか。取り敢えず、1度ローザと廊下に出る。
「いま、泣き疲れて寝てる」
「どうかしたの?」
「ああ、スマホ…あー、えっと、俺達の世界ではポピュラーな、色々と出来る機械があってね、それに保存されていた御両親の写真を見て、ね」
「あら…そうだったの…そうよね、まだ若いんだもの、悲しいわよね」
確かに、まだ日本では成人…はどうだったっけ?何か20歳じゃなくて18歳からになる、とかニュース見た気がするが…まだ施行前だっけな。兎に角、まだ若いのは間違いない。
「ローザ、俺は1度宿に戻るよ。いま俺に出来ることは無いだろうから」
「それなら、魔法研究所に向かってみたら?ゼノも戻っているかもしれないし」
魔法研究所…って、国家機関でしょうが。俺がホイホイ入れる訳…
「私の名前出して、ゼノの名前出して、何ならエリーかアーシャを呼び出せば行けるわよ」
何の杞憂もいらなかったな、それで入れなければ余程厳重なエリア51だ。
「分かった、場所は聴きながら向かうよ」
「あぁ、後ね…」
「ん?」
「貴方、一夜にして有名人よ?」
「………んん?」
何で俺が?…考えても答えなんか出ないので、大人しく魔法研究所に向かう事にしよう。
病院の受付で話を聞き、城の敷地内へ。敷地の入り口を守る門番に身分証を見せると、「おお!貴方があの!」と言われた。何が「あの」なのか分からんが、何だか通してくれたので良しとしよう。恐らく、ローザとゼノのお陰だ。そりゃ、希代の名工と天才魔法使いの所に引き取られていたら、「あの」だよなぁ。才能比べられたらもう一度落雷してくんねぇかなぁ、俺に…って思うけど。
巨大な門をくぐり、水堀に掛けられた吊り橋を渡る…初体験、続くなぁ…。そうして城門をくぐるとそこは…お城だった。そりゃそうか。さて、ここからどう行けばいいのやら…たまたま近くを歩いていたメイドさんに声をかける…本場本物のメイドさんか…初接触だな。
「…何か?」
訝しげに見ないでくれ…そりゃ、武装もしてるからアレだけど、これは身元引き受けしてくれたお爺ちゃんからのアドバイスなんです!何があるか分からないから、武具は宿屋以外では装備していろ、と、言われたんです!
「えっと…魔法研究所って何処ですか?」
「どのようなご用件でしょう?」
冷たい、本場本物のメイドさん冷たい。流石、本物は違う。何が違うかは分からんが。
「俺の身元引き受けしてくれてる人…ゼノがそこに来ていると聞いて。同じく身元引き受けしてくれてるローザが教えてくれたので」
「ッ!?」
どうしましたか、そんなに鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して。
「あ、あの…失礼ですが、お名前を…」
「えーっと、ケンタロウ マガミです。これ身分証です」
「!!!」
どうしましたか、そんなに鳩が餌だと思って出された豆取り上げられて、フルパワーで叩き付けられた位ビックリして。
「あの、魔法研究所の場所を…」
「あ、貴方があの、悪漢を一撃で切り伏せ、囚われてあわや身売りさせられかけていた召喚者の女の子や、酷い目に合わされていた女の子達を救った、あの召喚者の戦士様ですか!?」
妙な説明口調、ありがとうございます。漸く何が起きているか分かったわ。つーか、ネット社会でもあるまいし、噂広まるの早すぎないか?いや、つーか、噂になってしまっている…?
「すみません、それって…もうかなり広まってます?その話」
「ええ!街中ではもうかなり!」
頭を抱えた。どうしたもんか。
「ど、どうかされました!?」
どうかしてんのは噂を広めたアホだ、とは言えない。
「広まっちゃってるのかよ…最悪だ…」
「あ、あの…?」
「あー…いや、広まって欲しくなかったな、と」
「そ、それは何故でしょう?貴方様の武勇が広まる事は良くないのでしょうか?」
そうか、そういう判断なのか…違うんだよなぁ。
「…いや、その…あまり噂が広まると、そこに囚われていた女の子達が、もう一度世に出にくくなるじゃないですか。名前とか調べる奴もいるだろうし、そうなると、退院後に彼女達は残りの人生を送りにくくなるんじゃのいのかな、と」
被害者は守られなくてはならない。加害者はその罪に見合う償いと、十字架を背負わなくてはならない。かつて加害者の側に立った俺だから分かる、被害者はもう静かに、時間をかけて心の傷を小さくする以外にない。だからこそ、噂になるのは面倒臭い。被害者の心の傷が、何処かで必ず開かれてしまうから。あらぬ噂が出るかも知れないのだ。
「召喚者の戦士様は、お優しいのですね」
「そんな事無いです。単なる偽善です」
正義は、人を奮い立たせもするが、時に人を傷付ける事もある。正しい事なんか、そうそう分からないものだ。
「…噂の広まりに関して、私に出来ることはございませんが、せめて広めないように致します」
「ありがとうございます…それで、魔法研究所の場所は何処でしょう?」
「あぁ、それでしたら…」
メイドさんから道順を聞き、俺はその通りに進む。こういう時に変な所に興味を持つと、間違いなく迷うからだ。道順はそこまで複雑ではなく、すぐに目的地と思われる場所についた。そこは城内でも中心から離れた所にある。
「本当に国の重要な施設なのか?」
とも思ったが、魔法研究所なのだ、爆発事故なんかで城だけならまだしも、王様に何かあったらマズイから離してあるのかもしれない。何せ、1度外に出て、魔法研究所へ向かう為だけの専用の通路を通らなくてはならなかったからだ。
「何か…割と普通の建物に見えるんだが…本当にここか?」
流石に、某アクションゲームの敵の博士の作った研究所みたいなクレイジーなセンスの研究所で、トイレの青い置くだけ洗浄剤みたいな形の飛行物が飛んできたり、即死ギミックの嵐だったり、8体のボスと再戦させられるようなモノは想像してはいなかったが、ゴテゴテもしていない、ゼノの客の貴族の屋敷よりは小さいサイズの普通の屋敷に見える。
「兎に角、入ってみるか…」
恐らく入り口であろう、両開きの扉を押し開けると、正面にカウンターがあり、そこに2人、女性がいた。所謂、受付なんだろうか。カウンターの両側には扉があり、その先に研究所があるのだろう。入り口から左手側にはちょっとした休憩スペースのような物があり、右手側にも休憩スペースがあった…のだろうが、そこにあった椅子やテーブルは移動させられ、探す人物もそこにいた。
「どういったご用件ですか?」
と受付の人が聴いてきたのに対し、何かを運んでいるゼノを指差して、
「あそこで何か運んでいるドワーフのゼノに会いに来ました」
「どういったご関係でしょう?」
「身元引き受けして貰ってます」
そんな会話をしていたら、ゼノが此方に気付いたらしい。
「おーい、ケンタロウ!」
と、運んでいた荷物を下に置き、大きな声で呼びながら手を振ってきた。
「えと、あの…身分証の提示…はもう大丈夫です、どうぞ中へ」
有名人の身内のネームバリュー、すげぇな。俺は軽く会釈すると、ゼノの元へと歩いていった。
「何この荷物、引っ越し?」
「いや、例の劣化ミスリルの鑑定して、変質の進み具合の良い物を厳選して運び出しておる。細かい物は大分変質が進んでおるが、いまいちな物も多くてのぅ」
「1人でやってるの?」
「まさか、ワシの弟子と、その娘が手伝ってくれておるよ」
「そっか。何か手伝うよ、荷物運びとか」
「なら、この箱をそこの置き場に置いてくれ」
「分かった」
頼まれた箱を持ち上げる…重っ!?危ない危ない…こいつぁ腰をやりかねないな。
「結構、重いな…」
「カッカッカ!腰をやらんようになぁ!」
そう言って、ゼノは廊下の奥の部屋へと消えていった。
「いやいや…俺はそれほど鍛えていた訳じゃないからね?…っと、ここでいいのか?」
木箱を指定された場所に置く。上から覗くと、何に使ったか分からない金属片から、折れた剣や斧の刃の部分、槍の穂先など、金属類が結構な量で入っていた。
「うわ…俺、良く運べたな…ほんの数歩だけど」
台車とかで…無いか、流石に。ちょっとゼノに進言しておこうかな。
「おーいケンタロウ、ちょっと此方に来てくれるかのぅ」
悩んでいると、そのゼノが廊下の先にある部屋の入り口から手招きしてい…まだ運ぶ荷物があるのだろうか?俺はドワーフより絶対に腕力無いからね?
「分かった」
招かれた部屋に入るとそこには、見知らぬドワーフの男性と女の子が1人いた。
「紹介しておこうかの。ワシの弟子で今はワシの元工房を継いでくれとるジェイクと、娘のルーシーじゃ」
「はじめまして、ジェイクだ」
「はじめまして、ケンタロウ マガミです。今はゼノの所に居候という形で、身元の保証もして貰ってます」
ドワーフの男性が差し出してきた手を握り、握手する。ガッチリとして、硬い。まさに職人の手だ。格好良い手だと思う。男の子なら皆、憧れる手だ。
「ルーシーです!貴方が噂の召喚者さんね!?」
と、此方は娘さんか…握手を求められたので、握手し返す…と、同時に、
「すみません、出来たら噂を余り広めないで下さい…被害にあった子達がこれからその噂を聞くたびに嫌な思いをしないように」
と、伝えた。ルーシーはハッとしたような顔をして、「気を付けます」と言ってくれた。本当、この国の人は良い人ばかりだ。メイドさん然り、ルーシー然り。
「なぁ召喚者の兄ちゃん、ルードを倒したのは紛れもなく栄誉な事だぜ?誇らねぇのか?」
ジェイクが聞いてくる。この世界の普通は、恐らくそうなのだろうな。
「…誇れるような戦いではありませんよ。素手で鎧も着てない相手を、ほぼ不意打ちで斬っただけですから。しかも技術も何もない、ゼノの打ったハルバードの斧の切れ味のみで、後は力任せに振っただけです」
起きた事、やった事をありのまま伝える。そうだ、噂になるような英雄譚でも、激戦でも無いのだ。ただの不意打ち、しかも素手の相手に、だ。不意打ちで人を殺し、それを英雄の如く祭り上げられても困る。
「…召喚者ってのもあるんだろうが、なるほど。人を斬る事を良しとしてねぇのか?」
「してませんね。極力ならば、斬りたくはない。ただ、自分の若い頃の環境のせいと、この世界で感情の抑えが効いてないのもあってか…怒りの感情のまま、やってしまいました。反省すべき事です」
「…自分の身を守る為なら?」
「詳しくは省きますが、割と自分はどうでも良いかな、と」
「例えば、だ。万が一に…また、召喚者の子が危機に晒されたら?あり得ねぇが、師匠や師匠の奥さんがそうなったら?」
「挑みますよ、ゼノやローザを万が一にも追い詰めるような相手に勝てる訳ありませんが」
全て、嘘じゃない。この世界で良くしてくれた人や、佳菜子ちゃんのようにサバイバル生活をしたかった訳じゃないような子を自分なんかが守れる場所にいたら、そりゃ戦うだろうし、理不尽にはキレる。ただ…それでも、自分から斬りかかるのはキレない限りは出来るかは分からない。
「…そうか。いや、すまないな、変な事を聞いちまってよ」
ジェイクが頭を下げてきた…えっ?何で?慌てて「気にしないで下さい」とだけ返す。ルーシーが
「お父さん、突然何なのよ!失礼よ!?」
と、怒っていた。まぁ落ち着いて。別に俺の事で怒る必要なんかないから。
「で、ジェイク。どうでぇ、うちのケンタロウはよ?」
ゼノ、その口調が昔の口調?格好良いじゃない。ちょっと江戸っ子口調なのは何でか分からないけれども。
「そうですねぇ…自分の身を案じてない事以外は、気に入りました」
どこに気に入る要素があるのか。ドワーフ族、いまいち掴めない。
「ま、気にしないでくれ。師匠から話を聞いててな、ちょっと聞いてみたかったんだよ」
「はぁ、そうですか…まぁ、実際出来るか分かりませんし、口だけの単なる偽善でもあるかもです。そもそも、今までの人生で、この世界に来るまで自分にも他人にもそこまでの興味が湧いたりしてませんでしたから」
そう、本当にそうなのだ。この世界に来てから誰かを気にするようになった。前の世界は、あまりにも機械的に過ごしていたからだろうか?
「ほーん…ま、今が違うならそれでいいさ」
…分からん、ドワーフ族分からん。
「ところで…師匠からケンタロウのアイディアを聞いたぜ?何でも、井戸の汲み上げを簡単に行えるようにしようって話だろう?」
「そうそう!あれ、結構凄いアイディアですよ!」
ああ、そういえばそもそもがソレがこの街にくる理由の1つだった。佳菜子ちゃんの救出で忘れてた。
「はは…いや、まぁ…前の世界での先人の知恵というか、アイディアというか。俺の知識にたまたまあるだけで、思い付いたって程のものじゃないですよ」
謙遜ではない。日本で、世界で昔にいた頭の良い人達のおかげだ。




