能面男、居候生活へ 11
ゼノは悩んでいた。大量に積まれた金属製品の成れの果ては、本当に変質しているのかすら分からない。そしてこれを調べるとなると、何日かかるか分からない。何より、運び出すだけでも時間がかかる。
「…はぁ~…そもそも、この部屋事態は魔力が満ちておるのは分かる。だがの?最近置いた物は変質しておらんじゃろうし、変質しておるものは恐らく埋もれておるじゃろう。埋もれておるなら…それを運び出すだけでもどれ程時間がかかる事やら…」
流石のゼノも、怒るのを通り越して呆れてしまう。これだけの量の金属を溜め込んでいただけでも財産だ。だが、それを調べる身にもなれ、と思う。自分達で何とかしようと思わなかったのか。
「あの、ですね…聞いた限りではですが、この…部屋のこの、右奥位から古い年代らしいです。ただ、恐らく一番古いのは埋もれているかとおもいます」
「…それが分かっただけでも良いか…」
ゼノは言われた右奥の辺りに進むと、確かに置かれた金属は古そうで、埃を被っている。
「ふむ、ここは変質しておるな。品質はどうかは分からんが」
短く折れている金属の棒を拾い上げ、埃を払い落としてからぼやく。金属は、ミスリル特有の淡い光は帯びていないものの、錆が殆どついていない。
「…ふむぅ…変質はしておるが…ふぅむ…」
「質は良くない?」
いつの間にか後ろにいたローザが、しゃがみこんで調べているゼノの後ろから聞いてきた。ゼノは頷く。
「そうじゃな、残念ながら…ケンタロウのハルバード程の品質は…無いな」
「そう…でも、劣化とはいえ、ミスリルにはなっているのかしら?」
「恐らくはな。ただ、何処まで変質が進んでいるのかも分からんし」
そこまで言うとゼノは立ち上がり、
「この量を運び出したり調べたりするのに、ワシ1人ではどれ程かかるのやら…」
改めて積み上がる埃を被った金属の山を見て、大きな溜め息をついた。
◆
ふと、声をかけられて目を覚ます。
「到着したよ…やっぱり寝ちゃってたねぇ、そんなに乗り心地良いとは思えないんだけど」
行者のおじさんは笑いながら俺を起こしてくれた…俺、乗り物に乗ったら確実に寝る、なんて事無かったんだけどなぁ。
「ありがとうございます…行ってきます」
寝起きでまだしっかりしていない頭で立ち上がろうとして、よろける。な、情けねぇ。
「そんなに慌てなくてもいいんだよ、召還者さん。お代貰ってんだし、夕方とかにならないなら構わんから」
「すいません、行ってきます」
恥ずかしさに目は覚め、荷馬車を降りて小走りに居候小屋に向かう。しかし、何だかここに帰ってくるのが当たり前な気もしてくるな。扉を開けて、中に入る。
「えーっと…」
割と急いで荷物を出した割に、ちゃんと纏めてある自分に感謝しながら荷物を選ぶ。
「えっと…コレと…後は、コレ…ちゃんと合うといいけど…あ、コレも持っていくか」
持っていくものを選び、久しぶりにビニール袋を使う事にした。いやー、本当に便利だ。自然には帰らないかもしれないし有料ではあるが、本当に便利だ。
袋に入れた物は、ソーラー充電出来る携帯用バッテリーと充電ケーブル、カップラーメンの3種。充電切れなだけの佳菜子ちゃんのスマホを充電してあげれば、思い出も甦らせてあげられる。ケーブルは…恐らくは俺と同じようにスマホだったし、古すぎなければコネクターは大丈夫なはずだ…確認すりゃ良かった。そして最後の目玉商品はカップラーメン。
現代社会に生きる人も、生きていた人も食べた事が一度はあるであろうはずのカップラーメン、俺の食卓では主力選手の1人だったが…佳菜子ちゃんが超絶お金持ちで、そんな庶民の物を口にしたことは無い、って事が無い限り、懐かしい味に感じてくれるはずだ。
そりゃあ、もっと彼女のような女の子の流行りの物でも…例えば、流行り末期に出ていたインスタント式のタピオカミルクティーなんかを持ち込めていたら大勝利ではあったが…28歳、もうすぐ三十路も見えているオッサン予備軍にとって、若い子の流行りなんか分かる訳もなければ、わざわざ買う事もない。ましてや、俺は2泊3日のキャンプの予定だったのだ。持ち込める訳も無し。
というか、タピオカミルクティーが流行りから廃れてきていたのすら知らなかった。社長の所の女子高生の娘さんに聞いて、3ヶ月くらい前に初めて知った位だ。因みに、その後のマリトッツォに関しては、さらに素早く流行ロードを走り去っていったらしい。確かに俺も途中から、
「あれ?これって、街中のパン屋さんでたまにやってる、コッペパンに生クリーム挟んでもらうトッピングと違いは?量?」
と気付いてしまった位だったから。いや、美味しいんだけど、あの量の生クリームは、そろそろ胸焼けする。
「…っと、下らん事を思い出していた。待たせていたんだった」
小屋を出て、行者さんに声をかける。
「ん?もういいのかい?」
「はい、大丈夫です」
「そっか、なら乗っておくれ。出発するから」
「分かりました」
荷台に乗り込み、もう座り慣れた木の板改めて長椅子に座る。
「よし、出発するよ…あの板、大丈夫だね?」
ローザの結界を通過するためのお守りもしっかり鎧の下に来ている上着のポケットに入っているのを確認し、「大丈夫です」と伝えた。それを確認してから、行者さんは馬を進ませ始めてくれた。何処までも気の効く人だ。
さぁ、街に戻ろう。戻ったら宿屋さんに寄って、ゼノとローザがいれば一緒に、いなければ伝言でも頼んで、診療所に向かおう。
◆
一方、ゼノは魔法研究所にローザを残し、1人街を歩いていた。
「…ふぅむ…ワシの知っとる連中がどれだけ残っておるやら…」
ゼノの向かう先は、この街の商店や屋台が立ち並ぶ地域から少し奥まった所にある、工房の立ち並ぶエリアだった。かつてはそこに、王家公認の武具鍛冶師、天才ゼノの工房もあった。しかし、ローザと結婚して森の中に家を建てると、すぐに弟子に工房を譲り、引っ越してしまった。
特に何か後ろめたい事は無いのだが、それ以来工房エリアには足を殆ど踏み入れていない。何というか、わざわざ来る用事も無かったし、弟子に任せた工房に行くのはプレッシャーを与えてしまいそうだったので辞めていたのだ。
ライバルもいた、仲間もいた…が、ゼノはここから出ていった。別に行き詰まった訳でも、追われた訳でも無い。それよりも何よりも、ローザとの暮らしを優先したかったのだ。
「我ながら、一途にも程があるのぅ」
連れ添ってもうどのくらいか、3桁を越えているであろう夫婦は、今や空気と同じ位に当たり前で、それでいて仲も良い。愛も冷めてはいないが、恋愛のような熱い感情ではなく、家族への深く静かで優しい愛へと変わっていた。
歩きながら、そんなことを急に思う自分に驚き、そして思う。自分なのもローザにも、大きな変化はあった。
「ケンタロウが現れた事は、ワシら夫婦に大きな変化なのじゃろうな」
ゼノからしたらやたらと大きな身体に、変化しない表情。最初にあった時はホーンドラビットの角で作った槍を向けてきたデカくて無表情、何を考えているかも分からない存在だった。興味があるのは、彼よりも彼の持ち込んだ異世界の道具達だった。
ただ、話す内に、そして境遇を憐れんで居候させて共に暮らす内に、彼の何とも言えない性格や、その変わらない表情に愛着が沸くようになり、ホーンドラビットの子供が懐く程の内側にある優しさも理解出来た。元々、子に恵まれなかった夫婦は、すぐに彼を自分達で身請け出来ないかと考えたのだった。
「まぁ、見た目は孫と爺婆じゃし、実年齢をケンタロウで考えたら…御先祖様の子孫位になりそうじゃがな」
そう考えると、つい可笑しくなって笑みが零れてしまう。健太郎はどうなのだろう?心は開いてくれていると思う。だが、勝手に身請けの事を決めてしまった事を少々後悔もしているし、居候していた手前、断れなかったのではないか?とも思う。最近色んな事が起きすぎて、しっかりと考えを纏める暇が無かった。
「ま、嫌なら出ていくじゃろうし、その時に引き留めるか考えれば良いか」
そうして色々考えている内に、目的地に到着した。
「…流石にあの当時のまま、とまではいかんが、面影は残してくれておるんじゃな」
ゼノが足を止めた場所は、かつての自身の工房であり、今は弟子に任せた工房である。もしかしたら、全くの別人の手に渡っているかもしれない。妙な緊張感と居心地悪さを感じながら、扉の前に立ち…ノックした。もう、後戻りは出来ない。
「はーい」
中から聞こえたのは女の声…弟子ではない。彼奴はそもそも男だ。若いドワーフだ。やはり、もう別人の手に渡っているのかもしれない。ゼノの感情の動きなど関係ない、とばかりに扉は開かれ、そこにはやはり女、しかもドワーフの若い娘が立っていた。
「いらっしゃいませ、どうぞ!」
明るく言われて、つい工房の中に…懐かしい、内装は殆ど変わっていない。そして、言われるがままに席に座ってしまった。
「本日はどのような物が?」
店の中を見回すと、剣や斧、槍、弓など、あらゆる武器が所狭しと並んでいた。
「ふむ、すまんがお嬢ちゃん、1つ聞いても良いかのぅ」
「はい!」
「ここに、ジェイクという鍛冶士はおるかのぅ」
「ああ!ジェイクは父です!父のお知り合いでしたか!」
ゼノにとって、衝撃的な事実だった。
「なんと。あの実直で口下手で鍛冶にしか興味が無かった若造が、結婚して娘までおったのか…」
と、驚きの余り声に出しそうになるのを我慢して心の中に留める。それから、
「ゼノというジジイが久しぶりに会いに来た、と伝えておくれ」
と伝えた。娘は、「少々お待ちください!」と言った後でペコリとお辞儀をし、パタパタとカウンターの奥に走っていった。その背中を見ながら、「あやつに娘、のぅ」と、1人静かに笑っていた。
◆
一方、魔法研究所に残されたローザは、ゼノの留守にしている間にこの集積所内の変質している劣化ミスリルを、順に古い物から順に別の部屋に移動していた。
「ほらほら!このまだ、一番古いエリアすら終われないわよ!」
ローザ自身も複数の金属部品を纏めて魔法で浮かせて移動させながら、他の所員に檄を飛ばす。額にはうっすら汗も滲んでいた。
「くぉお…重たっ…」「こ、腰が…」「何でこんなに溜め込んでるのよー」「冒険者達から壊れた武器や防具も集めてたからね…」「これ、うちの兵士からも集めてない?」と、所員達は阿鼻叫喚である。新人達が駆り出されているのは、長くいればいるだけ研究に没頭して体力が無くなっている連中ばかりだからである。新人達はそれを恨みながらも、明らかに最年長のローザが一番働いている現実に奮起したりもしているのである。
一度積み上げていた物を下ろし、下から順に運び出していく作業は既に1時間以上続き、だが漸く最古の物達の山は消えつつあった。
「兎に角、古い物から運び出しなさい。もしかしたら、劣化とはいえ人工的なミスリル製造の糸口が見付かるかもしれないわよ」
と、ローザが励ます…が、新人所員全員が
「いや、希代の天才魔法士にして初代魔法研究所所長の貴方の研究結果は覆せませんって…」
と、心に思いながらも、口には出さずに作業を続けていた。
「ねぇ、エリーちゃん」
古ぼけた壊れた兜に細かい鉄屑を入れて運ぶアーシャがエリーに声をかける。
「どうしたの?」
同じく、壊れた兜に折れた剣や、槍の先端やらを入れた物を運ぶエリーが反応を返すと、
「兵士の人達、大変だねぇ…こんな重い物被って、重い鎧着て…」
と、染々とぼやく。
「そうね…仕事だし、自分からやろうと決めた事なんだろうけど…良く動き回れるわよね」
エリーもアーシャのぼやきに賛同すると同時に、自分には無理だなと結論を出していた。
「少し、兵士さん達を尊敬しちゃう」
「そうね、彼らのお陰でこの国は平和で、私達も研究続けられるんだもの」
決められた場所に廃材を下ろし、また戦場へと戻っていく。戦場では、古ぼけた金属製の棚の運び出し
に悪戦苦闘をしている男性所員達の姿が見えたが…アレは手伝えないなと2人ともが思い、男性所員達へ心の中で謝罪しながら別の物をまた運び出すのだった。
◆
街に戻ってきた俺は、街の入り口で行者さんと別れた。また別の人を運ぶらしい…忙しそうなので、簡単に別れの挨拶を済ませてから宿屋へと向かった。宿屋の御主人曰く、「御二人ともお戻りになられていません」との事なので、1人診療所へと向かう事に。改めて御主人に行き先を告げてから、一路診療所へと向かった。
診療所内は前日とは打って変わって、多くの患者が診察に訪れている。受け付け前のロビーは満席、看護士や事務員と思われる人達が忙しそうにしていた。
「あのー…」
受付の女性に声をかけると、昨日の女性だった。
「あ、昨日はどうも、大変でしたね」
「いや、現状そちらが大変なような…」
「ああ、昨日は緊急事態で一般診療お休みしたので、昨日のも含めて…ですかね」
「ああ、そういう…あの、御見舞いに来たのですが」
「どうぞー、事情を把握しておりますので、そこ廊下をお進み下さい」
「はい、ありがとうございます」
これ以上の雑談なんかしてる暇も無さそうだ…俺はさっさと佳菜子ちゃんの病室へ行き、ドアをノックした。
「はい?」
「俺、真上だけど」
「え?あ、ちょ、ちょっと待って下さい!」
何かドタバタしてるな…身嗜みとか、入院してるんだから気にしなくていいのに。
「…ど、どうぞー」
ドア前で待つこと数分、入室の許可が下りたのでドアを開けて中に入る。
「昨日ぶり。良く眠れた?」
「ええ、起きたら夕方で、看護士さんが果物剥いてくれました」
「それは良かった…あ、そうだ。ちょっとスマホ貸してくれるかな?」
「スマホですか?良いですよ、ちょっと待って下さいね…」
佳菜子ちゃんは身体を起こしてベッドの脇に置いてあるトートバッグを取ると、中をゴソゴソと漁ってスマホを取り出す。
「電源、入らないですけど…」
と、手渡してきてくれたスマホの充電コネクターの形を確認する…良し、俺のと同じだ。俺はビニール袋の中から充電機を取り出すと、佳菜子ちゃんが
「え?何ですか、その大きいの…」
と聞いてきたので、
「これ、スマホとかのUSB接続出来るものを充電するモバイルバッテリーなんだけど、ソーラー充電出来るんだ。キャンプとかで便利なんだよね」
と、教える。
「へー!そんなのあるんですか!…え?って事はまさか…」
「充電出来るから、またスマホの中身は見れるよ。流石に通信は電波そのものが無いから出来ないけど、データフォルダ内の写真とかムービーは見れるよ。通信を使わない物は全て出来るよ」
そう言いながら、ケーブルを取り出してバッテリーと佳菜子ちゃんのスマホを繋ぐ…一瞬の間の後、充電を開始する赤いLEDが点灯する。
「よし、画面も割れて無いし、後は起動するか、かな。ある程度充電するまで待とう。少ない内から起動して、充電しながらだとバッテリーがヘタるからね」
そう言いながら、佳菜子ちゃんにケーブルが繋がったままのスマホを渡す。バッテリーの方は、一応窓際の光が射し込む所に置いておく。ソーラーパネルは寿命が20年程、と言われている。流石にこれは購入して充電してからまだ一度も使ってないからパネル自体は大丈夫だろう。内部のリチウム電池の寿命の方が早く来るだろうが。
兎に角、これで佳菜子ちゃんのスマホ内の思い出は、恐らく甦る。写真や動画でしか見れないが、それでも彼女の心の癒しに少しでもなれば…幸いだ。
「真上さん…本当にありがとうございます。助けていただいただけじゃなく、もう絶対出来ないと思っていたスマホの充電まで…本当に、何とお礼を言ったらいいのか…」
「気にしないで。たまたま持っていた物だから。キャンプ用のランタンとかの充電に使う為に持ってたけど、それも無限ではないだろうし、そもそもこっちの世界に来てから使って無かったから…あ、そうだ…」
ビニール袋を持ち上げる。中身のお土産、カップラーメンを取り出して、手渡す。
「カップラーメン!」
「たまたま持ち込んでてね。残念だけど、もう食べられないじゃない?だったらせめて、最後に食べたいかな、と…こんなもんで悪いけど」
「いえ!うわー、私これ好きなんです!普段はそんなに食べないけど、たまに食べてたんですよ!」
俺の主食でした。そうか、普通はたまに、なんだな…
「あ!あとそれ…コンビニの…」
「そう、色々便利でね。もう持ち手が伸びて切れちゃいそうだけどね」
7と11の有名なコンビニ袋だ。普通ではない使い方をしていたから、そろそろ限界ではあるが…そうか、彼女にしてみたら、これだって向こうの世界の、もう既に懐かしくて二度と出会えない物か。
「いる?」
「えっと…でも、真上さんも必要ですよね?」
「うーん、今はほら、昨日いたエルフのお婆ちゃんとドワーフのお爺ちゃんの所に居候してるから、いらないかな?またサバイバル生活するなら分からないけど、無くても代用出来るから」
「居候、ですか…いいなぁ、ローザお婆ちゃん、優しかったし」
…ふむ…俺の代わりに彼女を頼んでもいいかもな。あの2人なら絶対安全だし、俺はテントもあるし、サバイバル生活も出来るしブッシュクラフトの知識も増えている…そういえば、ロープ作りとか居候し始めてからしてないが、またサバイバル生活に戻るなら始めようかな。




