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能面男、居候生活へ 8

「ああ、召喚者のその女の子に、これ以上辛い思いはさせられない」


正直、俺だって…どうなっていたか分からないんだ。たまたまそういう道具と共にこの世界に来て、たまたまそういうサバイバルがしてみたいと思って、そういう知識と能力を貰った。だからこそやってこれたし、たまたまゼノやローザという優しい人達に出会えたからこそ、今こんなに良い生活なのだから。そう、本当にたまたま、運が良かったのだ。


「そうね、その為にいま、あの子達に託した手紙も効果があるでしょう。今は、ゼノを待ちましょう」


何かメモ書きを渡していたのは分かるけど…兵士のベテランにとか何とか…


「まさか、軍を動かすとか?」


「そこまでしないわね、流石に…そこまではね」


「…?」


「まぁ、その時が来れば分かるわ」


ローザの言葉の意味が分からないまま、俺はローザとゼノを待つ事にした。




ゼノは、恐らく1時間もかからずに帰ってきた。急いで帰ってきたのだろう、少し息を切らしていた。


「おかえりなさい、大丈夫?」


「はぁ…ふぅ…年寄りが無茶するもんじゃ、ないのぅ…」


「これからもっと無茶しようっていうのに、何を言っているのよ」


「ふむ…それも、そうじゃな…」


まずゼノの呼吸が整うのを待ち、それから準備を始めた。ゼノはシンプルにレザーの胸当てにバトルアックスを肩に担ぎ、ローザは何やら銀に緑の宝石の付いた指輪を嵌めている。何なのかと思っていると、俺の視線に気付いたローザが「ちょっとした秘密のお守りよ」と答えてくれた。その後ゼノが耳元で


「あれはの…若い頃にローザが自身の魔力を限界まで込めた指輪じゃよ…今のローザの魔力に上乗せして扱えるんじゃよ。所謂、増幅機(ブースター)じゃな」


ローザはやはり更地を作るつもりなんじゃなかろうか…不安になる。


「大丈夫よ、無茶しないから」


俺の不安を読み取ったのか、ローザは念を押してきた…信じよう。


「で、ケンタロウは準備は?」


「…問題無い、かな?鎧にハルバードに鉈に…」


「ケンタロウ…万が一戦闘になったら…人を斬るかもしれんぞ?」


「…覚悟はしているつもりだよ、一応…後は、自分の鈍感さと感情の起伏の無さに掛けてみるよ」


人の形に近いゴブリンは、殺した事がある。だが、今回もし戦闘になれば…斬るのは人だろう。人を斬る…その後、俺はどうなるのだろう。罪悪感に苛まれるのか、吐いたりするのか、まるで何も感じないのか。今の段階では…緊張はある。それはあくまでも戦闘になるかもしれない緊張感で、それ以外は感じないというか、考えられない。兎に角、今は行くしかないし、やるしかない。


「よし…大丈夫、行こう」


場所はさっきこの宿屋の主人に訳を話したら、そこだろうという場所を教えてくれた。裏路地でも指折りの治安の悪い場所で、前からそういった…売春宿として噂されていて、自分から望んでくるような女はおらず、奴隷化された者や拐われてきた者が大半、とも言われているらしい。宿屋の主人は「関わり合いたくはない」と言っていたが、此方の事は言わないと約束はしてある。

俺とゼノ、ローザは宿屋を出て、教わった場所へと向かうことにした。


「あれ?ウサ子は?」


「魔法研究所で一躍大人気マスコットになってて、動物医なんかも呼んで入念に健康チェックされているわ」


「ああ、そう…いや、無事ならいいや」


改めて、件の宿屋へと歩を進めた。この先は、鬼が出るか蛇が出るか。




裏路地とは、所謂スラム化した地域の事だったようだ。道は荒れ果て、ゴミが散乱し、その合間にたまに人が座り込んでいたり転がっている。


「…酷い臭いね」


ローザが呟く。確かに…生ゴミと、それが腐ったものと、それ以外にも何だか嫌な臭いと…兎に角、普通なら顔を背け、近付きたくはない臭いの場所である。


「気を付けるんじゃよ?スリなんかも当たり前のようにおるからのぅ」


そういってゼノがチラッと目配せした先には、路地の更に分岐した細く暗い道の奥から此方を見ている子供がいた。


「同情はした所で足りぬ。今ワシらがすべき事は…」


「例の宿屋に向かう、そして救いだす」


「…うむ、ローザもじゃぞ?可哀想と思うのは分かるが」


「ええ…私がすべき事じゃなく、国がすべき事だからね…後で進言しておくわ」


「すぐに解決は難しそうだけどね」


辺りを見て、俺がローザの言葉に反応する。辺りの汚れ具合や壊れ具合を見るに…スラム化してから長い年月が過ぎているのだろう。


「他国からの避難民やら、貧富の差から生まれた歪み…ワシらが何をしようにも、焼け石に水じゃよ」


国が動いて抜本的な改革を…かな。1人でどうにか出来るレベルを超えているし、そういう所に入り込み、隠れ蓑にする悪党共がいるから、治安の悪さは悪化の一途だ。国側が手を打とうにも、悪党共が縄張り化したスラムを守る為に反抗するだろうし、結果として被害にあうのは無関係なここで生きるしかないスラムの住人達、と…胸糞悪い話だ。俺が前まで生きていた日本にはもう殆ど無くなった、と聞くが、世界には当たり前のようにあり、麻薬が蔓延し、ギャングが跋扈し、行政は手も付けられず臭いものに蓋をしながら、少しずつ少しずつやっていく他無い。


「…ここね、宿屋のご主人の話だと」


スラム化した裏路地を進んだ奥、恐らくかなり治安の悪いであろう場所に、その建物はあった。見た目には看板も何もなく、ただの建物だ。だが、スラム街の中にしては大きく、やけに小綺麗な建物だ。そして何より…2階と思われる部屋の窓全てに格子がされている。そこには逃げようとする者を逃がすまいとする意図以外感じられない程にしっかりとしていて、まず人が通り抜ける隙間等無さそうだ。


「…成る程、逃げ出せないな、これは」


周囲に漂う安っぽい酒の臭いや、その異様な窓の姿、そのくせ入り口は小綺麗にしている様…そのどれもが、気に食わない。


「さて、行くかのぅ…」


バトルアックスをその肩に担いだまま、ゼノはスタスタと扉の前に向かう。そして、無言で、まるでさも当たり前のように


「ほっ」


と、短い呼吸と共に、その扉を思いっきり、今まで見たことの無い勢いとパワーで蹴り破った。木の折れる音と何か金属製の蝶番とかそういうものがひしゃげて吹き飛ぶ音なんかが入り交じった、凄まじい音を立ててと扉はもう単なる残骸へと変貌していた…ゼノ、やること派手過ぎん?

大パニックに陥っているであろう声が響き渡る店内へ、悠々と歩を進めるゼノ。それに続いて優雅に、まるでお買い物にでも行くかのように続くローザ…この老夫婦、肝の座り方が桁違い過ぎる。その2人に緊張と共に続く無駄にデカイだけの俺の情けなさよ…何なら、一番しっかり武装してるのにこのザマである。


「な、何だテメェらがっ!?」


入り口から入ると、ちょっとした酒場のようのスペースになっていた。その中の1人、先程の爆音と扉の突然の破壊という衝撃からいち早く立ち直った酔っ払いらしき男が立ち上がり、此方に食ってかかろうとした…のだが、立ち上がる前にゼノが大きな手でその顔面を思いっきり掴む…所謂、アイアンクローという奴だ。いや、ゼノ?貴方長いこと鍛冶職人なんでしょ?鉄をハンマーで打ってるその握力って…ああ、聞くまでもなくやられた酔っ払いが声も出せない上に激痛に踠いてるわ。


「ここの主人はどこかのぅ?」


そう言いながら、ゼノは掴んでいる酔っ払いを片手で持ち上げる。決して細くも小さくも貧弱でも無さそうなその哀れな酔っ払いは、いとも簡単に引き摺られ、浮きはしないが自力で立てているとは言えない状態となってしまった…どうなってんだよ、その腕力…更に手に力が入ったのか、声にならない悲鳴をあげる酔っ払い、雉も鳴かずば何とやらだったな、哀れなり。


「なんじゃ?ここの連中は言葉が通じんのか?ここの主人はどこかのぅ?」


煽りよる、このドワーフのお爺ちゃん。周りの連中は様々だ。此方に敵意を向けてくるのが大半、隠れようとしているのやら、逃げ出そうとしているのやら。


「ああ、逃げようとしても無駄よ?既にこの建物の周りには結界を張っているわ。その入り口や、あるかは知らないけど他の出入口から出ようとすれば…」


ローザが足元の酒瓶を拾い上げ、開け放たれている入り口に向かって放り投げる。入り口を越えた酒瓶は…破裂音と共に粉々になった。いつ仕掛けたんだよ、あんなえげつないトラップ…逃げようとしてた奴が固まってるよ。突然現れて圧倒的な力を見せる老夫婦&ただ立っている俺。どうしたもんかと。


「何の騒ぎだい!?」


どうしたもんかと悩んでいると、階段から1人の女が降りてきた。やたらド派手なドレスを着た、恐らく28歳の俺より10…いや、20…下手したら30は歳上の、大分厚いド派手な色のアイシャドウと口紅の仮面…じゃない、化粧をしている。恐らく、軽く叩いたらパリパリ割れて剥がれるんじゃないかと思う。


「そこのジジイ!アンタ何の用だい!」


いちいち酒焼けの掠れ声で喚くな、うるさいな。


「うん?お主がここの主人か?」


「だったら何だってんだい!?」


穏やか(既に片手に掴んだ奴は気絶しているが)なゼノとは対照的に喚く主人と思われる酒焼け仮面ババア。少しは大人しく喋れんのか。


「ちぃと聞きたい事があってのぅ…ん?その前に…ほい」


片手に掴んだ奴を放り投げるゼノ、その腕力は本当にどうなってるんだよ…地面に落ちた気絶者を一瞥もせず、ゼノはここの責任者らしいババアの方を向いたままだ。


「で、じゃ。単刀直入に聞くが、ここに召喚者のお嬢ちゃんがおるじゃろ?」


「いたら何だってんだい!?」


いちいち質問に質問で返すな、アホなのか。段々イライラしてきたな、このババア。つーか、周りの連中の中には酒瓶で殴りかかろうと構えている奴や、ナイフを出している奴までいる…が、ローザの底知れない魔力を感じているのか、ローザに近付こうとしない。俺の方にも何人か敵意を向けてる…というか、何か切欠があれば襲い掛かろうとしている連中が視界の端に見えている。


「おるか、おらんのか、それを聞いておるんじゃが?」


あ、ゼノも苛ついてる…怒らせると怖いぞ、そのお爺ちゃん…俺ですら両手じゃないと扱えないバトルアックスを片手で持ってるんだからな。あと、そこにいるエルフのお婆ちゃんも、ここにいる全員が恐らく骨も残らず消し飛ばす位の力はあるらしいからな。


「おいおい、いたら何だってぇんだ、ジジイ!」


階段からまた何か降りてきた。身長は俺より低いが、結構なマッチョだ…つーか何で上半身裸なんだテメェは。


「お主が何者かは知らんし聞いておらん。ただ、おるんじゃな?」


ゼノがバトルアックスを握る手に力を込める。アレを片手で降るつもり…いや、いけるか、人間1人を片手で自由に出来るんだし。


「ああ?ジジイなめてんのか?俺様はよ、ここいら収めてるルードってモンだ」


「るーど?ああ、裏路地の流民やら貧民を力で支配して言うこと聞かせとる、小悪党か」


更に煽るゼノ、つーかここいらの悪党の親玉って事か。


「テメェ…!」


「はぁ…あのね、いいから質問にだけ答えなさい。丸焼きにでもなりたいの?召喚者の子はいるのかしら?」


ローザも相当ピリピリしている。既に片手は魔力なのか何なのか、ショートしているみたいにとバチバチと何か迸っていた。そんなローザに答えるのは仮面化粧ババア。


「いるけど何だい!?あの子は私が身請けしてんだよ!」


「身請けしてどうするつもりだ?」


何となく答えは分かっている。ただ、俺は聞かずにはいられなかった。


「ハン!アンタもここが何なのか分かって来てるんだろぅ?まだ満足させられないだろうが、客取らせんだよ!」


言質取った…つーか、何を偉そうに抜かしてんだ。


「全く!練習がてらルードの旦那に相手して貰おうと思ってたのに、アンタらが騒ぎ起こすから何も話が進みゃしないよ!」


「本当だぜ…まだ初物だって話だからよぉ、俺様がキッチリ勉強させてやろうと思ってよぉ…ブルブル震えてなぁ、脱がせるまではいったんだが」


もういい、聞く必要はない。俺の体は意思より早く、ゼノが構えようとしたバトルアックスよりも、ローザの放とうとした魔力よりも早く動き出し、一気に踏み込むと同時に、背中のハルバードを外して全力で振り下ろしていた。


「は…?」


純正ではないにしろ、かなり良い品質のミスリル製、しかも名工ゼノが作り上げたハルバードの斧刃は、狭い所での運用という不利な点など一切考慮せず、天井の梁の一部を切り、そのままルードとかいう汚物を右肩から左腰まで両断し、さらに近くの木のテーブルまで一緒に斬っていた。

その辺りで記憶は飛んでいるのだが、後でゼノに聞いた話では、ルードの両断した体が倒れる前に蹴り倒し、階段を凄まじい勢いで駆け上がっていったらしい。

慌てておいかけたゼノが見たのは、一列に並ぶ9つの部屋の扉を、順番に蹴り抜いたりハルバードで両断していく俺の姿だった。ハルバードは2階の梁も切り裂いていたらしい。そして最奥、最後の扉を蹴り開けて、そこで俺の記憶は戻ってきている。


その部屋は薄暗く、粗末なベッドとテーブルとイスがおいてあるだけの部屋だった。そのベッドの上に…探していた子はいた。泣き腫らした目と、殴られたように腫れた頬、そして意味を成さぬ程に破れた服…それは、俺がいた世界の服とは違うものの、服の残骸。俺を見て怯えるその子の視線で、俺の頭に上った血は急速に冷えていった。


「だ…」


声が出ない。何て声をかけたらいいか、分からない。あのクソ野郎のルードの話では未遂だったようだが、どれ程に怖かったろう。


「ケンタロウ!!!」


雷かと思える程の声にハッとする…ゼノだ。


「…ゼノ…」


「無事か?」


「俺は何とも…」


「…兎に角、ローザを呼んでくる。今はそこにおれ」


「ああ、うん…」


短い会話の後で、ゼノは部屋の中は覗かずに「助けにきた」とだけ伝え、下に降りていった。すると間を置いてから「助け…?」「私助かるの…?」といった声が、各部屋の中から聞こえてくる。


「あ、あの…」


俺が最後に開けた部屋、同じ召喚者の女の子から声をかけられたと同時に、ローザが2階に上がってきた。


「ケンタロウ、もういいわ、終わったから下にいて頂戴。エリーとアーシャもすぐに上に上がってくる

から」


「あ、ああ…分かった」


「ハルバード、もう仕舞いなさい」


言われて気付いた、自分でも信じられない位の力で握っていたらしい…こんな事、初めてだ。


「…」


無言のままハルバードを背中の留め具に戻し、そのまま歩き出す。各部屋からは啜り泣く声、喜びの声なんかが聞こえていたが、俺はそれより何よりも、無意識に、怒りに任せて人を斬り殺したという事実が此方には向ける視線に向き合う事なく目を反らしながら、2階を後にした。階段の途中、エリーやアーシャとすれ違ったが、特に何も言われないし言わなかった。 

下の階に降りると、景色は一変していた。どこかから引っ張ってきた椅子にどっかりと座っているゼノと、鎧に身を包んだ…騎士かな?が、7、8人の騎士がおり、何人かを拘束していた。その中には厚化粧ババアもいた。


「ケンタロウ、落ち着いたか?」


ゼノの言葉に、俺は初めて長く息を吐いた。一気に緊張感が抜け、同時に力も抜けてしまう。


「…っと」


よろけた俺を支えてくれたのは、1人の騎士だった。


「大丈夫ですか?召喚者殿」


「あ、はい…ちょっと、力が抜けてしまって…」


「どうぞ」


椅子を置いてもらい、座る。ハルバードはいつの間にか騎士が外してくれて、俺に手渡してくれた。ハルバードを抱えて力なく座る俺に、ゼノが


「凄まじい一撃じゃったぞ」


「は、はは…結局これじゃあ、情けないけどね」


震える膝を叩きながら、自嘲する。


「…それでも、お主の一撃は悪党の親玉を葬り、結果的にここを潰す事になった。これから調べが進むじゃろうが、恐らくここは取り潰し、働かされていた女達は…何処かへ引き取られるか、国へ帰るか、この街で働き口を見付けるか。働くならワシも口利きしてやろうかの」


カッカッカ、と笑うゼノにも上手く対応出来ない。俺は、悪人だろうが何だろうが…人を1人殺したのだ。しかも、怒りに任せて一方的に。その事実は、重い。フェミニストでもなければ、博愛主義者でもない。ただ、気に食わないと思っただけで武器を振ってしまう俺の内面が、恐ろしく思う。

サイコパス、なんだろうか。サイコパスになるのは生まれや育ちが良く影響すると言われている。そして俺は、十分当てはまるらしい。昔からそうだったかもしれない、思い切りは異常な程に良かった気がする…悪い方向に。

どう処理したらいいか分からない。人を斬り殺した事実と、サイコパスなのではないかという疑惑が考えれば考える程に深くなるという事実に、精神が暗く重いものに押し潰されそうになる。

周りの喧騒も、音も、遠くで鳴っているような、水の中から聞いているような…兎に角、意識が周りから遮断されていくような、自分でも止められない、自身の思考による追い込みと、事実という重さが、更に更に何かを塗り潰していくような気がする。

1人座って、周囲の事などに気も配れず、思考の悪い方向に落ち込んでいた。

だから、階段を降りてくる音も殆ど聞こえていなかった。

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