能面男、居候生活へ 7
「ゼノ様、ローザ様…先に知らせを下されば、城から迎えを出しますのに…」
年配の門番はただただ頭を下げるばかり…ああ、うちの取引先でやらかした後輩の為に俺もやったなぁ。
「あ、あの…先輩?こ、この爺さんと婆さんは?」
聞いた若い門番への答えは、ビンタ。いや、何もそこまで肉体言語で体育会系な。
「ばかもん!この方々は、お前なんぞが生まれる前からこの国を支えて下さっていた方々なのだぞ!失礼な口を聞くな!!!」
「こらこら、何も叩かなくても良いじゃろぅが」
ゼノがバトルアックスを荷台に置くと、ひらりと飛び降りた。
「いや、しかしゼノ様。貴方様は元とはいえ、国家専属の鍛冶職人で「名工」ゼノ様。奥方様は元国家魔法師団長にして魔法研究所の所長を勤められた方々、失礼な事があれば陛下の顔に泥を塗る事になりかねません!陛下からも強く「訪れたら必ず失礼なきようお通しせよ」とのお達しが出ております!」
「あの子ったら…変な心酔してるからね、特にゼノに」
ローザが溜め息混じりにぼやく。あの子…とは、恐らく現国王の事だろうか…あの子呼ばわりとは…そりゃ、周りが恐れおののく訳だ。
「全く…あやつの頃にはもう武器も鎧も打っておらんじゃろうに」
ゼノもぼやく。寧ろ、実際を知らないから余計に…という可能性もあり得る。
「兎も角、お二方がいらした以上、失礼な事は出来ません!」
おじ様門番は改めてビシッと敬礼すると、「どうぞお通りください!」と促した。
「んむ…すまんが、まずワシらの身分証を返してくれんかの」
さっき若い門番に渡した金属製の掌サイズの小さな板の事か…確かに、返してくれてないな。おじ様門番が睨み付けると、若い門番は凄い速さで立ち上がり、両手で差し出しながら「申し訳ありませんでした!」と半泣きで2枚の金属製の板を差し出してきた。
「うむ、ありがとう…あまり気に病むんじゃないぞ?」
ゼノは身分証を2枚受け取ってから、若い門番の背中を軽く叩いてやっていた。
「ああ、それといいかしら?」
ローザも荷馬車から降りると、中年の門番に声をかけ、それから俺を指差した。
「あの子、私達が引き取って身分の保証をするわ。名前はケンタロウ・マガミ。異世界からの召喚者よ」
紹介されたので頭を下げると、中年の門番は俺に
「ではケンタロウ殿、お手数ではありますが此方に。身分証の作成を致します」
「あ、はい」
言われて慌てて荷馬車から降り、中年の門番に促されるまま着いていく。
「ケンタロウ、門をくぐった所で待っておるからな」
ゼノはそう言い、来た時と同じようにローザを引き上げて荷馬車で先に門の中へ入って行った。
「分かった、終わったらすぐに行く」
走り去る2人に声をかけ、俺は身分証作成の為に中年の門番に着いていった。門の前はまだザワザワとしていたが、 後はあの若い門番が何とかするだろう。
身分証作成は、ゼノとローザの保護下というこの国最強クラスの身分の保証があった為、いとも簡単に終わった。金属製の板に手を翳し、板が一瞬発光、するとあら不思議、俺の名前とゼノとローザの保証付きというのが此方の文字で刻まれた、俺の身分証の完成だ。僅か数秒の事だった。
「便利でしょう?これも魔法研究所でローザ様が私達の仕事を減らす為に開発してくれた物なんです」
「はぁ…ではこれも魔法ですか?」
「そうです…ああ、貴方は召喚者なのでしたな。彼方の世界には魔法が無いとか?」
「ええ、ありません。だから、俺自身も驚いてばかりです」
すると門番のおじさんは、
「そうなんですなぁ…ですが、ちょっと前に来た子は確か、魔法に近い…カガク?というのが発展している、と…」
と、魔法だ化学だ以前に気になる事をぶちこんで来た。ちょっと前に、来た?
「俺の他にもいるんですか?召喚者」
「ええ、勇者として呼ばれた青年から暫く後でしたかねぇ…街の宿屋の女将に連れられて、女の子が1人」
「そうなんですか…今、その子は?」
「門から出た記録はありませんから、恐らくはまだ街の中かと…ただ、少し気になる事が」
中年門番は俺の耳元で囁くような声で
「その宿屋、裏通りにあって、あんまり評判良くないんですよ…召喚者を奴隷化してしまうと重罪なので無いとは思いますが…私も気にはなっているのですが、仕事柄簡単には離れられない内に時間も経ってしまっていて」
と、教えてくれた…何というか、気になる。同じ所…かは分からんが、同じ国、同じ世界から来た女の子が、もしかしたら大変な目に合っている可能性がある…放ってはおけない!とまでは正直言わない。他人への興味どころか、自分への興味すら薄い俺としては、本来なら絶対助けなきゃ!となるんだろうが、今はまずゼノ達の所に戻ろう…モヤモヤするな、やっぱり…戻ったら聞いてみようか。
「心に留めておきます、それでは」
中年門番さんに会釈して、大きな門をくぐる。何となく気になって見た身分証を見て気付く。
「ゼノとローザ、名字はバレンスっていうか」
知らなかった…いや、聞いてもいなかったが。そうなると、俺も真上からバレンスになるのだろうか、養子になるなら。
「おーい!」
遠くから聞こえたゼノの声に、身分証から目を離して声のした方へ向くと、ゼノとローザが手を振っていた。近くには行者さんと荷馬車もいる…
「あ、リュック!」
荷物を荷馬車に置きっぱなしな事に思い出して、慌てて戻る事にした。
◆
合流した俺とゼノ、ローザは、行者さん紹介の宿屋に行き、部屋を取る為の交渉を済ませ、俺とゼノで1部屋、ローザとウサ子が1部屋となった。荷物を下ろして、ゼノに先程の話をする。
「…ふむ」
考え込んでしまった。これから作った商品を売りにいかなくてはならないのに余計な事を言ってしまったかもしれない。
「その子の事を助けたいか?」
「…正直、助けなきゃ!という感情は湧かなくて…でも、モヤモヤするというか、何か気にはなる…かな?」
「…お主は本当に不器用なんじゃのぅ…恐らくじゃが、ローザが聞いたらすぐにでも行くじゃろう」
「言わない方がいいかな…?」
「言わないと怒るぞ、ローザは。あれはそういう性格じゃ」
「…確かに、そうかも」
結局、ローザを部屋に呼んで先程門番から聞いた話をする。
「行きましょうか」
早い早い、即断即決だな。男らしいな。
「ローザ、お城の魔法研究所に行かないといけないんじゃ?」
本来のローザの目的の事を聞いたが、
「そんな事より、その召喚者の子の事の方が重要よ。研究所の件はあの子達のミスだもの」
き、厳しいのか優しいのか…自分の元部下?に厳しいな、ローザ。
「兎に角、行きましょうか」
「いや、待て待て待て!場所も分からんじゃろ?」
立ち上がるローザを慌ててゼノが止める。
「…しらみ潰しにいけばいいんじゃないかしら?」
「探っている事が分かったら、余計にその子の身が危険じゃろう?」
ゼノの説得に、ローザはベッドに座り込んだ…納得してないが、仕方ないといった雰囲気だ。
「ローザ、まずお主はお主の事を済ませてきなさい。ワシとケンタロウで、納品ついでに情報を仕入れてくるから、な?」
「…分かったわ。取り敢えず研究所には顔を出してくる。恐らく、対処というか、品質は貴方がいないと正確には分からないだろうから、危険性のチェックだけ済ませたら私も合流する」
「劣化ミスリルはどうするんじゃ?」
「保管させとく」
「そ、そうか…まぁ、元はと言えば研究所の子らが忘れていたのが問題だからのぅ…分かった、そうしたら一旦宿に戻ってきてくれ、すれ違ったら面倒じゃ」
恐らく、ローザの譲らないラインがゼノには分かるのだろう。折衷案を出してローザを納得させた。
「じゃあ、私はウサ子ちゃんと研究所に行ってくるわ」
「うむ、分かった…ケンタロウ、行けるか?」
「大丈夫、途中寝たから問題無し」
「じゃあ、そういう事での。何か分かって宿に連絡出来るようなら連絡させるわい」
そうして各々立ち上がると、ローザはウサ子と一緒に研究所へ、俺とゼノは納品と情報収集をするために別れて行動をする事になった。
ゼノと俺は、注文をした店や家に向かい、俺のリュック内の製品を取り出して確認をしてもらい、それからお金を払ってもらって製品を渡すという流れで何件か回っていた。その際に気付いた事はというと、皆がゼノを信頼していたし、中には「本当は専属でやってほしい」と頼んでくる貴族までいた。勿論、ゼノは断っていたが。
ゼノの作る金属製品は全然壊れないし、メンテナンスをしっかりすれば鍋やフライパンは穴があくまで、包丁は細くて使えなくなるまで全然使えてしまうらしい…やはり名工である。
それと、例の召喚者の女の子の話だが…貴族のお付きの執事さんから1つ情報を得た。どうやら、5日日日程前に裏通りの怪しげな宿屋の女将が、妙に上機嫌であと一週間程待ってくれれば、ここの主人に上玉が用意出来る、といった話をしていた、とのこと。その時は、ここの主人はそういった事はしない事を知っていた執事が追い返したらしいが。
「どういう事だと思う?ゼノ」
次の目的地に向かう途中、歩きながらゼノに問う。ゼノも歩みは止めずに、「もしかしたら…」と前置きをして、それから自身の考えを話し始めた。
「恐らく、恐らくなんじゃが…此方の世界の人間が引き取ってから1ヶ月もするとの、正式に親族として認められるようになる。そうなれば、召喚者としての保護を別の者が出来なくなるんじゃ。するとしてもとてつもなく面倒だし金もかかる。悲しい事じゃが、余程強い戦闘力や魔力でも無ければ…そこまでの労力をかける者は少ない」
日本でも、孤児の身元引き受けは大変だと聞く。此方が違うのは、最初に言ったもん勝ち、と言う点だろうか。
「5日程前に、「あと一週間程」と言っていたのなら…あまり時間は無さそうじゃな…ケンタロウ、残りは後一件じゃ、ワシは直接品物を持って納品してくる。お主は先に宿に戻れ…ローザに話をしておいてくれ」
「…止める?」
「…出来たらそうしてくれ、但し無理はせんでええ。ローザ程の実力者に挑むのは、命が幾つかあっても足らん」
「了解…宥められたら宥めてみる」
俺はリュックから最後の注文品の鍋をゼノに渡すと、ゼノと分かれて宿屋へと急いだ。その子も確かに心配だが、ローザがブチ切れて裏通りとやらを焼け野原にしてしまわないかも心配だ。そうなったら、俺は止められないまま犠牲者達へせめて祈る他出来ないだろうが。
ゼノと別れて、宿屋へと引き返す…果たして、ローザを説得出来るだろうか。頭も良く、魔法での戦闘力も高いローザ対頭は決して良くない、腕力だってゼノに勝てない素人の俺…どんなクソゲーだよ、説得も戦闘も100%勝ち目がねぇよ。
何だかんだ説得する方法を悩む間も無く、宿屋に到着してしまった…さて、どうしたものか。
宿屋の入り口を通り、宿屋の店主に「おかえりなさい」と言われ、会釈で返す。そのまま2階へと上がり…ローザの部屋をノックする。
「はい、どちら様?」
出来たらまだ帰ってきてなかった方が、幾分か平和的解決も見えた気がしていたが、脆くも崩れさった…ん?部屋の中から複数人の気配がする。まさか客でもいるのか?だとしたら…下手に話すわけにはいかないな。
「俺、ケンタロウ」
「あら、おかえりなさい。どうぞ」
許可を得たので扉を開けると、ローブ、というのか?白い白衣かのようなローブに、何かしら紋様が背中に入った物を着た人が2人…女性ばかりだ…あんまりこういう空間は得意ではないな…
「お客さん?もしアレなら後にするけど」
「いえ、いいわ…この子達は魔法研究所の所員の子達でね、劣化ミスリルについての資料を持ってきてくれたの」
「あ、そうなんだ…ああ、どうも初めまして、ローザとゼノの所でお世話になってます、ケンタロウです」
軽く頭を下げて名乗るが、何となく名字は名乗らなかった。真上の性でもいいんだろうが、ゼノとローザが身元保証人みたいなもんだし、そちらのバレンスの性を名乗るか一瞬迷ったが、どちらも名乗らないという選択肢を選んだ。というか、一瞬迷って面倒になった、が正解なんだが。
「初めまして、エリーです。魔法研究所の職員をしております」
あ、手を差し出された…握手か、何かと思った。ワンテンポ遅れて、握手し返す。つーか、そりゃそうか、握手とかの文化なのか。細い眼鏡をして、長い金髪をポニーテールにして纏めている。身長は…どうなんだろう、160センチ位かな?ちょっとキツそうな印象だが、仕事の出来る人なんだろうなぁ…年も近そうだが、基本的に仕事そこそこな俺とは大違いだ…って、あの、もう1人の方、何か怯えてません?
「アーシャ、挨拶」
エリーに促され、ビクッ!と身体を震わせてから、此方を…目が合わないが、恐らく此方の方を見て、それから
「あ、あの…あ、アーシャです…は、初めまして…」
聞こえにくっ!いや、まぁこちとら仕事でスゲーうるさい音の工場内で営業したり、新商品開発の打ち合わせなんかもした事があるので聞き取れるが。で、エリーの時に倣って手を差し出す。
「ひえっ!?」
いやいやいや、ノーベアナックル、シェイクハンドオーケー?何をそんなに怯えて…ああ、俺デカイからね。アーシャの方は、顔の半分隠れちゃうんじゃないかというレベルの大きな眼鏡と、栗色のショートヘアー…ボサボサなのは、あまり外見に拘らないタイプなのかな?俺と気が合いそうだ。身長は…恐らくゼノと同じか、もっとちっちゃい。150無いんじゃないかな?そら189センチ(四捨五入で190)な、鎧きたデカイのは怖いわな…出した手を引っ込め、頭を軽く下げる会釈をした。
「あ…」
「アーシャ…挨拶の握手なだけだったのに失礼でしょう」
「うぅ、ごめんなさい…」
「ああ、いいんですよ、俺デカイから威圧感あるでしょうし」
と、三人での挨拶のやり取りが終わるのを待っていたローザが口を開く。
「で?何か分かったの?」
「あー…まぁ、一応」
口ごもる俺を不思議そうに見るエリーとアーシャに、ローザが事の経緯を説明をした。
「召喚者の女の子が…?」
「あ…もしかして、少し前に、山の中で観測される前に街の外れで観測された…アレかな?」
「報告は見たけど…見付からなかったのよね…」
「そうだねぇ…探し回ったんだけど…」
エリーもアーシャが話し合うのを尻目に、ローザは改めて俺に「で、分かった?」と聞いてくる。
「…多分、合ってると思う情報を得られた。で、ちょっと宜しくないかもしれない」
「…話して」
ローザの雰囲気が変わる。すうっ…と、部屋の温度が下がったような、部屋の半ば外の冬の気候を遮断していたはずなのに。研究員2人…特にアーシャが、ビクッと反応し、距離を置いている。アーシャに至っては既に涙目で震えていた。
だが、俺までめげていてはしょうがない。出来る限り簡潔に分かりやすく、ゼノと行った貴族の家で執事が教えてくれた事とゼノの見解を告げた。そして最後に「ゼノが帰るまで待て」というのも伝えた…希望を込めて。
話し終えると、さっきまでプルプルしていたアーシャも、そのアーシャを支えるように抱き締めていたエリーも怒っていた…まぁ、それはそうか。世界の事も分からない女の子を囲い、法を掻い潜り…恐らくだが…身体を売らせて稼ごうとしている。それくらい俺だって分かる。
さて、ここで問題なのは、目の前で座ったまま、そのピシッとした姿勢も崩さず、氷の如き気配と目をしたお婆ちゃんである。このお婆ちゃん、ゼノの話では全魔力を使いきる勢いで魔法を使えば、恐らくこの街の2/3位は間違いなく更地になるレベルの力を未だに持っている、らしい。そんなローザを如何にして止めるか?
「ローザ」
「大丈夫、ゼノが来るまで待ちましょう」
声をかけたら意外な返事が帰ってきた。てっきり1人ででも突撃して、圧倒的な力で制圧してしまうと思っていた。
「アーシャ、エリー…お願いがあるの」
声をかけられた2人は、またビクッとしている。
「今から書くメモを城の兵士の誰か…ベテランの人に渡して?」
言うや否や、ローザは紙に俺の貸したボールペンで何かを書き始めた。そして書きながら、
「その後は魔法研究所に戻り、いつものように研究を続けてちょうだい」
と言い、メモを折り畳むとエリーに手渡した。
「じゃあ、お願い…すぐにね?」
その、「すぐに」という言葉で、エリーもアーシャも「了解しました!!!」と大きな声で言うや否や、部屋を飛び出して行った…怖かったんだろうなぁ、間違いなく。
「ケンタロウ、貴方は…」
「俺も行くよ、勿論…ただ、役に立つかは分からないけどね」
「…正直な話をすると、貴方にも、この世界に呼ばれてしまった子達も…出来るだけこっちの世界の暗い部分、汚れた部分なんかに触れないで、見たことが無いであろう物や事に触れて、一度落としてしまった命を、人生を楽しんで欲しいと思っているわ…此方の都合で無理矢理魂を引っ張ってしまったんだもの」
ローザから先程までの冷たい気配は消え失せ、少し疲れたような溜め息をついた。
「少なくとも俺は、最初は1人でサバイバルしながら楽しんではいたよ…飯は常に悩んでいたけど…それに、ローザにもゼノにも出会えた。少なくとも俺は、この世界に来て良かったと今は思っている」
「そう…そう言ってくれると、本当に嬉しいわ…だからこそ」




