能面男、居候生活へ 6
「例えば…こう、地面があって井戸があります。で、この井戸の上ですね、ここを真ん中に穴を開けた頑丈な木の板か何かで塞ぎます。その穴に、井戸の下、水の中まで届いて、かつ底面に付かない位の所までの長さの管を通します。板の上側には水を吸い上げる手動のポンプを設置して…そうすれば、井戸の水の汲み上げが楽になるのでは、と」
一気に説明しながら、記憶とサバイバル知識先生のお力フル動員で、イラストを書いていく。
「で、この管なんですが、恐らくポンプ部分は鋳物でいいのですが、管は水にずっと浸かっている訳で…木では腐るし鉄は腐食してしまう。鋳型ではそもそも作る事が大変だし、重さが出てしまって上の板も鋳物にしたりと工夫しなくてはなりません。更に、そうしてしまうと菅の重さでポンプから外れたり、重さで万が一折れた時に、蓋まで鋳型だと蓋を外すのに一苦労な上に、そこから更に井戸に降りて重い菅を拾い…とても便利とは言えなくなってしまうと思うんです」
説明は止まらない。俺の頭の中に浮かんだアイディアを何とか伝えたい。そして、ゼノやローザに楽をしてもらいたい。まるで本当の血縁者に対してのような思いではあるが、そもそも元いた世界の両親は早く逝き、親戚連中は殆どろくな奴らがおらず、唯一堕ちた俺を引っ張り上げてくれた爺ちゃんや婆ちゃんも、俺より先に逝ってしまっている。
孝行でもするつもりなのか?いまいち俺には分からんが、恩は返したい。
「そこで、軽さと強度、耐水性を兼ね揃え…ていると良い、劣化ミスリルの出番な訳です」
ローザは…ボールペンに夢中だ。膝の上には何時の間にか帰ってきたウサ子が乗っかり、丸くなっている。ゼノは…腕組みして俺が描いたイラスト付きの解説を見て何か考えているようだ。
「ふむ…実はの、街の貴族の家や、城なんかには汲み上げポンプが導入されておるんじゃよ」
「あるんですか…じゃあ、管の素材は?」
「ポンプと同じ鋳物のはずじゃ。但し、ポンプとの合わせが外れて落ちたりする事は良く起こっていて、紐や縄なんかでつないでいたりするんじゃがな」
「それも劣化して切れてしまう…」
「そうじゃ、結局それで修理…となってしもうておっての」
「水質も悪くなりそうだな…それなら尚更、劣化ミスリルの管が…」
言おうとする俺を制し、ゼノが髭をモサモサ撫でながら話し始めた。
「問題はある…まず1つ。そもそも劣化ミスリルの性能じゃな。耐久性、耐水性、撥水性があるならば管に使うのは問題無かろう。それにはまず、向こうで確認せねばならん」
そうだった…自分のアイディアに浮かれていたが、まずそこの問題からクリア出来ていなかった…逸りすぎたな、情けない。
「次に、ポンプの部分は鋳物で良いとしても、接続部分をどうするか、じゃな。ただ嵌め込むだけでは当然外れてしまうじゃろうな…膠ではのぅ、溶けてしまうじゃろうなぁ」
膠…あれか、動物の皮やら肉やら骨なんかをドロドロになるまで煮詰めて作る、自然の接着剤…確か、昔の楽器とかに使われていた記憶がある…この世界にもあるのか。とはいえ、膠は確か水溶性だから向いてないな…木材の家具とか、楽器なんかにも使われているらしいが、基本的にその辺の物は水に濡らさない前提、楽器類は基本的に水分どころか湿気もNGだし。
「さて…ポンプと管の繋ぎをネジ式にするか…?」
ネジあるの!?
「ただのぅ…溝を削るのに手間がかかるのぅ。鋳物用とミスリル用で必要になる」
「あの、ネジがあるのは分かったんですが、ナットとかはどうですか?」
「む?なっと…聞いた事無いのぅ…」
「えと、ネジは何を繋げるのに使ってますか?」
「ん?木と木を繋げて家具なんかに使われたり、一部では金属製品にも使われておるのぅ。ただ、あまり大量に作れんから、数は少ない」
大量には作れない…か、どういう事だ?手彫りで螺旋の溝を付けているのだろうか?
「手で削る者もおるが、魔法を遣っておる所もあるとは聞くのぅ」
異世界要素来たな、唐突に。魔法…って、どうやってだろうか?
「すみません、魔法が俺の世界にはなかったので想像付かないです」
すると、専門分野だとばかりにローザが会話に割り込んできた。
「こう、何て言うのかしらね?旋盤?兎に角、鉄の棒を固定して、そこに細く水の魔法を当てて削りながら回していくのよ。出力調整が絶妙過ぎて、殆どいないわね」
「そうじゃな、鉄の棒を固定して、までは同じじゃが、後は切削用の鐫を充て、歯車式のハンドルで削るんじゃよ。一度ではちゃんといかんから、何往復かさせながら削るんじゃ」
ほほう、歯車噛ませて回転力を上げて削るのか…ふむふむ…鋳物と劣化ミスリルにネジ穴…いや、開けなくても良いのか、恐らく。ネジを通せて、隙間の少ない穴を空けさえすれば、そこに長くて太いネジ…ボルトを通してナットで止める。
問題は、ナットの作り方の説明と、それを締める為のレンチの作り方だが…
「ボールペン返して貰っていいですか?」
まだ機構やらが気になるのか、ずっとボールペンをいじっていたローザに声をかけると、「あら、つい…」と言いながら返してくれた。予備があるならプレゼントしたいくらいだ。
ボールペンを返してもらうと、紙の空いたスペースを使ってボルトとナット、レンチの説明を始める。
「まず、このネジ側の頭、ここを六角形に切断します」
「六角形?何でまた…」
「ちょっと待って下さいね…で、もう1つ、此方も同じく六角形に切った鉄の真ん中に、ネジ側のネジ部分と同じ太さの穴を空けます。これはネジ穴に加工します」
「…ふむ…」
「で、こっちのネジ穴を空けた棒をある程度の幅…そんなに広く取らないで大丈夫なんで、切っていきます」
「なるほど、ネジとその輪っか…ナットか、で挟み込んで締めてしまう訳か」
流石はゼノ、話が早い。
「そうです。これならネジだけとは違って、かなり外れにくくなります。で…もう一つ必要なんですが…」
「その六角形のネジを締める道具じゃな?ケンタロウ、そのペンをちょっと貸してくれぃ」
まさかもうイメージ出来た…?流石過ぎるぜ、ゼノ親方!
「こう、持ち手があるじゃろ…ほんで、この六角形に合わせた型で…」
「ここ、無くても大丈夫です。全部被せなくても、橫からこう入れて、六角形だから引っ掛かって回せます」
「おお!そうかそうか!なるほど、これなら全部より嵌め込み易いし、締めている途中で外して嵌め込み直すのも楽じゃな!」
俺は身振り手振りで、ゼノは紙に描きながら…2人のイメージは固まっていく。
「これも出来れば錆びない方が良いのではないか?」
「ですね。錆びたら回らなくなってしまうし」
と、盛り上がる2人に
「2人共ストップ、それはあくまでも劣化ミスリルの性能と量次第になるでしょ?」
ローザからの正論火の玉ストレート炸裂。ごもっともです。
「兎に角、明後日には私も行くから、全員準備しない?それからご飯にしましょう」
ぐうの音も出ない俺とゼノは、頷いて立ち上がるしか出来なかった。
「ケンタロウ」
「はい?」
「ウサ子ちゃん、ちょっと借りるわね?」
「え?あぁはい、どうぞ」
ローザは「じゃあウサ子ちゃん、行きましょう」と、ニコニコで自室に消えていった。
「ケンタロウは準備は何かいるのか?」
「そうですね…着替えと簡単な物は持っていくとして、後はリュック…背負い鞄から中身出して行く位ですかね」
「そうか、ワシも後はその背負い鞄に品物入れて貰う位じゃ」
「じゃあ、俺の持っていく荷物以外出したら、工房行きます」
「うむ、待っておるぞ」
そうして、ゼノとも別れて小屋に戻り、荷物整理を始めるのだった。
◆
予定が決まっていると時間が流れるのは早いもので…ついに今日、街に行く予定日となった。
「さて、装備良し、荷物良し…」
ゼノと打ち合わせをし、前日のうちにリュック内にゼノの作った製品を入れてある…なかなかの重さだが、割と大丈夫そうだ。恐らく、最初に持ち込んだ俺の荷物全てよりは…軽く思える。ただ、これを背負って山道を2日か…恐らく、途中からランナーズハイならぬ山道ハイにでもなりそうだな。
「ふんッ…!」
ソッと背負うつもりではあったが、やはり重さの都合上、気合いを入れなくては背負えない。リュック内でガチャガチャと金属音が聞こえる。
「…間に布を挟んでいるとはいえ、傷が出来てしまいかねないな」
より慎重かつ迅速に運ばなくては…難易度高いな、おい。兎に角、家の前に向かおう…鎧とハルバードの分、荷物は恐らく最初より重いな…だけど、両方とも置いていく訳にはいかない。何があるか分からないからな、異世界。
そんな覚悟を元にゼノやローザの家の入り口へと向かった俺を迎えたのは…ウサ子専用ポケット?袋?を首から下げ、お腹辺りにぶら下げているローザと、でっかい刃の…バトルアックスっていうのか、戦闘用のエグめの斧を肩にのせたゼノ、そしてローザのぶら下げている袋からひょっこり顔を出しているウサ子…それに、幌が無い荷馬車…
「荷馬車!?」
「何じゃ急に、どうしたんじゃ」
「あー、いや、あー…と」
俺は元来、余程の事が無ければ気にしない主義というか性格だ…性格だが、流石に突っ込まない訳にはいかない。
「何時の間に荷馬車を!?」
「一昨日、手紙運んでくれた配達人にローザがの」
「荷物が大変だろう、と思っていたけど、まさか私まで行くことになるとは思わなかったわ。丁度良かった」
ぬ、抜け目ない…。
「ところでケンタロウ…もう大丈夫か?」
「えっと、敬語はやめろ、という?」
「そうじゃ。前から気にしておったんじゃがの、少々他人行儀過ぎるとは思っておったんじゃ」
「そうよ、私達と街に行く以上、それなりに近い関係じゃないと不自然な感じがするわ」
「…気を付けま…付けるよ、ローザ」
そうなのだ。敬語禁止とゼノ、ローザを呼び捨てにしろというお達しが、一昨日の晩に言い渡されたのだ。何でも、街に入るには身分を証明出来る物が無い場合、それなりに面倒臭く時間のかかる審査があるらしい、当たり前だが。俺は身分を証明出来る物なんて、向こうの世界の保険証位なもんで、まぁ効果なんぞ無い。免許証は部屋に置いてきてたからなぁ。
そこで、ゼノ、ローザ夫妻に拾われ、引き取られた召喚者として身分の保証をするとの事。それは分かるし助かる…が、ゼノとローザから言われたのが「引き取った以上は家族みたいなもんだから、敬語も名前にさん付けも他人行儀でおかしい」との良く分からない注文。
で、昨日1日かけて矯正というか慣れさせるというか、努力した。郷に入っては郷に従え、なんて諺もある。この世界はそういうもんなんだろうと何とかしてみている。
敬語とは距離を置く他に、自身へ踏み込まれ過ぎないような盾でもある、と俺は思って使っている。だから、其れを外せというのは少々骨が折れた。
まぁ、死んだ感情に照れの概念はほんの僅かだったらしく、照れはない。違和感はまだあるが。つまるところ、まだ違和感があるだけだ。
ただ一点、気になるのが…ゼノとローザがやたら嬉しそうな点。この世界、そういうもんじゃ無かった可能性が急に出てきたが、もう今更どうでも良い事ではある。
「まだ怪しいわねぇ」
「仕方ないだろ、昨日1日で何とかしろって方が無理な話だ」
「カッカッカ!良い良い!徐々にワシらの子…は言い過ぎじゃな、孫になれば良い!」
やっぱりそっちが狙いか!…いや、何だか悪い気はしないが。俺自身はどうでも良いのだが、2人が迷惑でさえなければ。
「さて、兎に角街に向かうぞ、馬車なら今日には到着出来るからのぅ」
さよなら俺の山道ハイ、願わくばもう二度と現れませんよう。
「そこの客車…荷台の椅子に座っててくれたら、街まですぐお運び致しますよ」
荷馬車の運転手?行者さん?が声をかけてきた。人の良さそうなおじさんだ。客車を敢えて荷台と言い直した所も何だか好感が持てる。
「あ、はい、宜しくお願いします」
頭を下げて、それからゼノ、ローザに続いて乗り込む。最初はレディファーストの精神は無いのかな?とも思ったが、ちょっと高い荷台にローザの手を取って引き上げている姿は流石夫婦なんだなと。それに、ゼノとローザの身長差だと乗り込む際にレディファーストとはいかないのだろう。
荷台に乗り込み、リュックを下ろしたタイミングを見計らってか、行者のおじさんは
「じゃ、出発しますよ。荷物も自分も落ちないように気を付けて下さい」
と、ユーモアなのかガチなのか分からない注意の後で馬を進ませ始めた…いやいや、初手から結構揺れるな、おい。これはガチの方だな…リュックをしっかりと抑える。
馬車はゴトゴト、割とな振動を腰から体に伝えてくる…いや、これは結構腰にくるな。何せ、荷台の椅子はシンプルな木製の板張り。元々の荷台に、縦と橫に板を付けただけと思われる代物だ。釘は打ってあるし、作りは頑丈ではあるが…じゃあ座りやすいか?と言うとそうではなく…振動と相まって、腰にかなり来る。
更に、走り出しからすぐに気付いたが、これは喋ると舌を噛みそうだ。だから普段割と喋る方のゼノやローザも黙っているのか。ウサ子は、ローザのお腹に下げた袋から出てこない…恐らく、必死に丸まっているか、踏ん張っているのかもしれない。
移動速度の代わりにこの振動と腰のダメージ…果たして、ちゃんと等価交換なのだろうか…不安である。
◆
「もうすぐ街の門です」
行者さんの言葉に、ハッと顔を上げる…寝てたのか、いつの間にか。緩やかになる振動に気付いて下を見ると、地面は土ではなくしっかりとした石畳になっていた。更に馬車の先には大きな門と外壁が見えてきていた。
「お、おぉ…」
まるで漫画やアニメで見たかのような、石積みの外壁に、木造の門、その前には…何台か並ぶ馬車や大きな荷物を持った人々、武装した人…その列の中に、俺やゼノ、ローザが乗る荷馬車がいた。
「起きたか?」
「…起きた…いつの間に寝てたんだ…」
「それでも荷物もハルバードをしっかり持ってわね、偉いわ」
「あー…」
恐らく、日本時代の電車内で座れたら、自身の荷物を抱え、微動だにせずに寝て、最寄り駅近くで目を覚ます…そんな、悲しい体内時計と共にいたからな…振動になれたらすぐそのモードに入ったのかもしれない。便利な体だな、全く。
「さて、このまま街に入りますか?」
行者のおじさんの質問に、ゼノが「頼む、入ったら適当な所に下ろしてくれ」と答えていた。行者のおじさんは頷いて返し、列に並んでくれた。
ゼノとローザは自身の身分証を準備しており、俺にはやることがなくなってしまった…ああ、空、綺麗だなぁ…今日も。ハルバードの刃部分には布を巻き、ナイフとかハンドアックスやらは自室に置いてきた。代わりに、空いた時間で研いだり柄の付け直しをしておいた鉈を腰に下げてきた。勿論、此方にも布を巻いてある。
順番が来るまで暫くかかりそうな気がする…とはいえ、慌てて入りたくても俺には身分証が無いので、街にはどうせ入れない。やれる事と言えば、荷物のチェック位な物で…結局、空や景色を眺める以外にする事など無かった。
「次、身分証を見せろ」
漸く順番がきた。結局、ゼノもローザも準備は終えてしまい、何となく雑談していたら順番が来ていた。まず行者さんが身分証を提示する。それからゼノ、ローザと身分証を奪うようにして確認するこの若い門番に軽くイラッとはしたものの、後は俺の身分の保証をして貰えば…
「あぁ?身分証が無いだぁ!?」
あー…こりゃダメかな?
「じゃから、ワシと妻が彼の身分を証明する。引き取った孫みたいなもんじゃ」
「で、このデカいのが召喚者で?アンタらとたまたま出会って?」
「ええ、そうよ」
「信用出来るか!そもそも、魔物まで連れ込もうとしやがって!」
コイツ、ちょっと黙らせてやろうかな?俺に何か言うのは多少は許すが、ゼノとローザに何かしたらブン殴るぞ。
「この子は大人しいから平気よ」
「だーかーらー!それでも魔物は魔物だろうが!何か起きないと確実に言いきれんのか!怪しいババァめ!」
かちん。
「そんな子供の魔物にまでビビってる奴が門番なんかしてんなよ。お家帰ってブルブル震えてろ」
「…何だと?」
「おい、槍向けたな?つまり明確に此方に害を与えようって考えか?」
俺に何か言うのはいい、ローザが怪しいババァだと?ちょっと見過ごせねぇよなぁ?
「おいケンタロウ、落ち着け」
「私なら大丈夫よ、怒っちゃダメ」
宥められた…俺、こんな短気だったかな?ついイラッときてしまった…と、そんな騒ぎを聞き付けてか、そろそろ老齢に手が届きそうなもう一人の門番がやってきた。そして、ゼノとローザの顔を見るや否や
「ぜ、ゼノ様にローザ様ではありませんか!」
と、真っ青になってデカイ声を上げていた。ざわつく周囲の人達、何が何やら分からない若い門番、周りのざわつきに頭を抱えるローザと、溜め息をつくゼノ…これは俺のせいだな、やっちまった。




